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自由貿易国家編

能力の解放、命の価値観

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 翌朝。

 天翔族の村を出発した玄白一行は、カースドドラゴンの住む洞窟へと向かう。
 セッセリたちの話では、卵を抱いている間はドラゴン族は身動きができない。
 それでも、術式を組み込んだりブレスを吐き出すことぐらいはできるし、なによりも卵を守るためには、一瞬だけでも離れる可能性がある。
 
 それならば、ダメ元で話し合いに持ち込み、隙を見てエリクシールを飲ませるという方法をとることにした。
 万が一の時は勇者たち四人が魔法によるバックアップを行うため、玄白はエリクシールを飲ませることだけに専念するようにと、紀伊國屋にも釘を刺される。
 それに、聖者である紀伊國屋がいるのなら、万が一の際に負傷したとしても、それは彼の魔法により癒すことができる。
 
「ふむふむ、全力で走るのは、実に久しぶりじゃな。あの城塞都市の周りを走り回っていた時、それ以来か?」
「ははは、懐かしいですね」
「あの時は、タクマたちが突っかかってきて大変でしたけどね」

 正確にはあの都市の郊外、深き森に住み着いていた竜族との話し合いをしたときにも、玄白は全力を出している。
 あの時以来、その力を使うことはないと思っていたのだが、このタイミングでは使わざるを得ず、解体新書ターヘル・アナトミアに魔力を通して身体強化を試みた。

──ブゥゥゥゥウン
 身体の中を魔力が循環し、力が湧き出る。
 これならば、天翔族が飛ぶよりも早く、カースドドラゴンの住む洞窟に辿り着く。
 そう全員に説明すると、武田が玄白以外のメンバーに対して『身体能力強化』の術式を唱えた。
 
「これで、玄白さんと離れることはありませんよ。あまり長時間は効果が持続しませんので、都度、掛け直す必要がありますけど」
「助かります。しかし、普通の身体強化よりも桁違いに身体が強くなっていますね」
「こ、このジャンプ力……凄い」

 他の勇者三人は慣れているのか、それほど驚くことはない。
 だが、大賢者の身体強化を始めて受けた二人は、今までの常識を覆えされ、軽くジャンプしては体が軽くなったことを実感している。
 
「では、参ろうか」

 森を越え草原を駆け抜け、聳り立つ霊峰の岩肌にジャンプして飛びつくと、それを幾度となく繰り返す。
 そして日が暮れる前には、目的地である洞窟へと辿り着いた。

「うむ、予想よりも早く着いたし、まだまだ魔力が枯渇する様子もないか」

 両手を広げ、軽く握る。
 その手の中に見えるほどの魔力を、今は体に纏っている。
 そして静かな洞窟を道なりにまっすぐに進むと、やがて広い空洞へと辿り着いた。

「……なるほどなぁ。そこにいたのか」

 広間の奥、少しだけ窪んだ場所に、カースドフェザードラゴンは丸くなっている。
 その体から伸びる長い尻尾巻きつけるようにして卵を抱えていた。

「……人族……殺す!!」

 そう叫ぶや否や、口を大きく開き、漆黒の炎を一直線に噴き出す。
 玄白もその攻撃に素早く反応し、横に飛んで躱そうとするのだが、カースドドラゴンはブレスを吐き続けたまま、頭を横にずらして玄白を捉えようとする。
 だが、プレスは玄白に届く前に、彼女の目の前で拡散した。

「光の精霊による、極光の壁オーロラウェールです。竜族のドラゴンでは、これを破壊することはできません」
「そして、次はこれ出し!! 魔術中和の箱ルーンキューブっ」

 大賢者の武田が叫ぶと、さらに後方から柚月の魔術も発動する。

――カチッカチッカチッ
 カースドドラゴンが、透明な四角い箱の中に閉じ込められる。
 それを破壊しようと爪を立てるものの、その攻撃のすべてが壁によって封じ込まれる。
 さらに目の前で魔術を唱えるも、それすら途中で術式破壊されてしまっていた。

「この中にいればブレスは防げますが、ルーンキューブではブレスは止められない。だがら、あとは緒方が囮にになりますので、その隙にエリクシールを!! 緒方さん出番ですよ」

 そう呟いてから、紀伊国屋が傍らで待機している緒方に魔術を唱える。

「よっし、破壊神の加護がきたぁぁぁぁぁ、そこのでっけえ爬虫類、覚悟しろやぁぁぁ」

――ドッゴォォォッ
 全力で踏み込んだ緒方の体が、一瞬でルーンキューブの中に現れる。
 転移したのではなく、純粋に走っただけ。
 それでドラゴンの顎の下に潜り込むと、その下にある鱗を一枚つかんで、力いっぱいむしり取った!

「グアアアア、貴様、何をした」
「本当なら、ペンチで爪をはがすぐらいはしたいんだけどよ……お前の爪に合うペンチはないから、鱗を一枚ずつ、無理やり引き剝がす」
「なんだとぉぉぉぉ」

 そのまま顎下から飛びずさり、軽くジャンプして頭の上に着地すると、今度は頭上後ろの鱗に手をかけ、むしり始めた。

「うわあ、緒方っちのチンピラ殺法が炸裂したし」
「えれ、陰湿で痛いんですよね……確か、魔族の副官相手に尋問するときは、緒方さんは嬉々としてやっていましたよね……」

 柚月と武田も引くほどのチンピラっぷり。
 だが、その攻撃はしっかりと聞いているらしく、カースドドラゴンも大きく口を開けて絶叫している。


「……ふむ、そういうことか!!」

──シュタタタタ
 ブレスの直線上に囚われないように、玄白も走りだす。
 横というよりも斜め前、出来るだけカースドドラゴンに近寄ろうと距離を詰めつつ、解体新書ターヘル・アナトミアから霊薬の入った瓶を数本、手に取った。

 そしてカースドドラゴンが緒方を引きはがそうと頭を振っていたとき、さらに緒方が一枚の鱗をむしり取った。
 その時の一味で、ドラゴンの動きが一瞬止まったとき。

「今です!!」
「応じゃ!!」

 紀伊国屋の声と同時に、玄白は手にしたエリクシールを力一杯、横に振る。
 瓶から直接、カースドフェザードラゴンへ掛かるように振り回すと、ちょうど大口を開けていたドラゴンの喉奥へと吸い込まれてしまった!!

「ゴフッ、ガハッ……こ、これはなんだ!! 貴様、何を飲ませた!!」
「霊薬、エリクシール。振り回して気化しても、それを飲んでしまえは効果は出るじゃろうが!!」
「き、きさまぁぁぁぁぁぁ!!」

 カースドフェザードラゴンは翼を広げ、魔力を集める。
 そして力一杯羽ばたき、魔力の籠った羽根を玄白目掛けて飛ばしていったが、これもすべてルーンキューブの壁に阻まれて止まってしまう。

「ふっ……我がオーロラヴェールを破壊できるのは……魔王のみ」
「違うし、止めたのは、あーしのルーンキューブだし!!」
「で、でも、僕のヴェールも効果を発揮しているよ?」
「それは認めるし」

 やや中二病っぽいポーズでつぶやく武田に、力一杯突っ込む柚月。

「な、なんだと、この、忌々しい壁よ……!」
「勇者の力じゃよ。ということなので、そろそろおしまいにしようぞ。頼むぞ」

 腰に下げているドラゴンの牙から生まれたショートソード。
 そこにエリクシールを注ぎ込み、力一杯カースドフェザードラゴンへと投げ飛ばす。
 その玄白の動作を見て、カースドフェザードラゴンも再びブレスを吐いて迎撃しようとしたが、その剣から発している竜の息吹を感じ取ると、ブレスを吐くのを止めた。

『もう良い!! 我らの呪いは、かのスギタが解いでくれる』
「お、おお、おおお……其方や、どうしてそのような姿に」
『我は黒竜の女王の怒りを買った……竜としての誇りを忘れ、魔族によって呪われし姿に成り果てた我を、女王は不憫に思い、せめて安らかにと……」
「おおお……」

 巣で丸くなっていたドラゴンは、傍に突き刺さった剣に近寄り、その姿に涙する。

『今、ここで運命に従うならば、天翔族はやがて我らを、その子をも殺すだろう。だから、スギタに従い、呪いを解いて自由に羽ばたくが良い』
「そうか、そうか、其方がいうのなら……」

 気化したエリクシールを吸い込み、カースドフェザードラゴンの羽毛も綺麗に生え変わりつつある。
 
「ということなのじゃが。そろそろ、攻撃の手を止めてくれるか?」
「うむうむ、此方の言葉を信じよう……いや、既に呪いが解呪されつつある。今一度、我と、この子の呪いを解いてくれぬか?」
「では、これを飲むがよいぞ」

 玄白がゆっくりと近づくと、カースドフェザードラゴンも口を開く。
 そこにエリクシールを流し込み、ドラゴンが飲み込むのを確認してから、もう数本作り出して卵にも上からかけていく。
 やがて、ドラゴンの呪いも解けたのか、綺麗に輝く黒い花羽根が生えそろい、卵も艶々とした輝きを発し始めた。

「さて。出来るなら、ここから離れてくれると助かるのじゃが。そして、二度と人里に、特に魔族領に近寄らない特に約束してくれるか?」
「ええ。それで、その、彼方の剣を、私が受け入れたいのですが」
「そうしてくれ。わしは何もいらん、命の在り方を、改めて考えさせてくれたからな」

 そう告げてから、玄白は洞窟の入り口へと歩き始めようとしたが。

「……骨はある、か。玄白さん、その骨の中に、魂は存在しますか?」

 ルーンキューブが解除され、インディゴドラゴンもようやく体を伸ばすことができた。
 そこに紀伊国屋は、ゆっくりと近寄りつつ、そう問いかけていたのである。

「うむ。意思を感じるが」
「そうですか……私も、これを使うのは初めてですから、成功するとは限りませんが……申し訳ないですが、実戦で練習させてもらいます」

 そう告げてから、紀伊国屋がカースドドラゴンの骨に対して術式を唱える。
 それは今まで玄白が聞いたことのない、長い祝詞。
 その紀伊国屋の言葉に反応するように、骨がゆっくりと光輝く。
 そしてやがてそれは大きく変質し、最後には巨大なインディゴドラゴンの姿に戻っていった。
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