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自由貿易国家編
ドラゴンの命と、天翔族の運命
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翌朝。
玄白が目を覚ますと、天翔族の長をはじめ、洞窟に避難していたものたちが集落まで戻ってきていた。
しかも、マクシミリアンとミハル、そしてセッセリの姿もあることに、玄白はまだ眠い目を擦りつつも、彼らの元へと歩み寄っていく。
「おお、無事に戻ってきたようじゃな?」
「はい。どうにかカースドドラゴンを討伐するための仲間を集めてきましたが。残念なことに四人しか協力してくれなくてですね」
「でも、その4人は最強の助っ人ですよ」
マクシミリアンとミハルが説明を始めた時、ちょうど長たちの元から四人の冒険者がやってくる。
「彼らが、今回のドラゴン討伐の手伝いをしてくれる冒険者の……いえ、西方の勇者さまたちです。それで、カースドドラゴンの一体を討伐したそうですが、どういうことなのですか?」
「私も、集落の里の白骨死体を見ました。あれって、誰がやったのです? 長たちはクイーンが助力してくれたとか話していましたけれど」
マクシミリアンの紹介で、四人の勇者のうちの二人、緒方と紀伊国屋が頭を下げる。
武田と柚月は近くの椅子に腰かけ、体力を温存しているようである。
そしてミハルはここに来る途中に見たドラゴンの白骨について、玄白に話を聞きたそうにしているのだが。
残念なことに、玄白も全てを見ていたわけではなく、ナズリから聞いた話を7人にも再度話す程度でしかない。
それでも、残りのカースドドラゴンが一体だけということで、天翔族も希望が見えてきたことを説明すると、マクシミリアンたちもホッと胸を撫で下ろす。
「問題は。残りの一体が卵を捨てて、この集落を襲った場合じゃな。カースドドラゴンの生態については、わしはあまり詳しくないのじゃが……その辺りは、どうなんじゃ?」
セッセリたちに問いかけるが、やはりカースドドラゴンの生態については不明瞭な部分が多すぎるらしく。一般的なドラゴンの生態程度の知識しかないらしい。
ただ、普通のドラゴンが強力な呪いに掛かって変質化したものを、カースドドラゴンと呼んでいるらしく、その呪いを解呪することができたならば、まだ、元のように正気を取り戻す可能性もあるらしい。
その、解呪こそが最大の問題ではあるが。
『……呪い……解き放って欲しい……』
ふと、玄白は腰に下げているショートソードから、インディゴドラゴンの意志を感じ取る。
剣に変化してもなお、つがいの相手の身を案じているのが、玄白にも痛いほど理解できる。
ましてや、一度は心を通わせた間柄でもある。
今の無念残る姿のまま、すべてを終わらせることなど玄白にはできはしない。
「ふむ。どうしたものか……」
その場で腕を組んで考えるも、直ぐには答えが出てこない。
呪いを解くのなら、霊薬エリクシールでどうにかできる。
ただ、それをふりかけるにせよ飲ませるにせよ、近寄らなくてはいけない。
そのために、多くの天翔族の犠牲を払って良いのかと。
ドラゴンと天翔族、二つの命を天秤にかけてしまう。
「なぁ、セッセリさんや。天翔族としては、この後はどのような対応になるのじゃ? ワシとしては、その辺りを知りたいのじゃが」
「それがですね。当初はカースドドラゴンが一体だけという予想で、討伐を考えていたではないですか。それがつがいとわかり、より危険度が高まったのは理解していますよね? それがいきなり、相方が死んだことにより状況が大きく変化したのですから」
「つまり。カースドドラゴンは死ぬまで卵を抱き続ける。それ故に、この集落を襲うことは無くなったということか?」
何がきっかけで、ここまで運命が大きく変わるのかなど予想はできない。
ただ、クイーンオブノワールという黒竜の女王の力により、天翔族の命運は延びたのも事実。
「はい。長老会議が行われますが。恐らくは監視のみで、カースドドラゴンが衰弱して死ぬのを待つでしょう。そのあとで、卵が孵化していなかったなら、その卵も破壊します。フェザードラゴンの、特に黒竜種は危険な存在ですから」
セッセリの言葉で、玄白の腰のショートソードが震える。
「うん、そうじゃなあ……まだ生まれていない命、それまでも取り上げてしまうのは、人としては違うよなぁ」
「ん? スギタ先生は、誰と話をしているのですか?」
「独り言じゃよ……まあ、ワシとしては、カースドドラゴン……いや、インディゴドラゴンの呪いを解き放ちたいと思う。さすれば、あのドラゴンはわしと心を通わせた存在、話し合いで解決できると考えているのじゃが」
「ですから、それは無理なんですよ」
セッセリが頭を振って呟く。
その理屈も理解できるし、玄白としても、カースドドラゴンの呪いを解き放つために、多くの命を犠牲にするようなことは考えてはいない。
ただ、何か手があるのではないかと、何も見えない状態で手探りに思考を巡らせているだけ。
解体新書を開いてみても、何も解決策はない。
いくら玄白がチートじみた能力を持っているとしても、それは勇者ほどの強さはなく。
回復特化型の転生者というだけ。
「……無力じゃなぁ……」
「いえ、そうでもありません。人にはそれぞれ、なすべきことがあります。私たちは貴方をサポートします。その代わり、貴方たちは、私の仲間に呪いを仕込んだ魔族の追跡を手伝ってほしいのです」
「仲間の呪い……じゃと?」
紀伊国屋の言葉で、玄白は立ち上がって座っている二人をじっと見る。
確かに元気はなさそうに見えるし、呪いの解除というのなら、玄白の領域でもある。
「どれ、わしが見てもかまわんか」
「はい。マクシミリアンさんとミハルさんから、貴方が高名な治癒師であることは伺いました。どうぞ、よろしくお願いします。蘭学医の、杉田玄白先生」
その紀伊国屋の話し方で、玄白もピンときた。
目の前の男性は、わしのことを知っている。
そう思ったからこそ、玄白はうなずいてから体調の悪そうな武田と柚月に近づいていった。
「……ありゃ、おじょうちゃん。あーしたちにはあまり、近寄らない方がいいし。触ってうつるとは思わないけど、万が一のこともあるから、ね」
弱弱しくつぶやく柚月。
だが、玄白はその彼女の手に触れると、そのまま解体新書を取り出して、ページをめくっていった。
「魔族化症候群……か。強力な呪いで体内の魔素を侵食し、魔族の核である魔人核を形成する……さて、特効薬はと」
調べたらわかる。
すべては解体新書に載っている。
すぐさま霊薬エリクシールを取り出して柚月にさしだすと、一言。
「わしを信じてくれるなら、これを飲んでくれると助かる。これは、そなたの体内の呪詛をすべて破壊し、元の体に戻すための薬じゃよ」
いきなりそんなことを言われても、普通ならば疑うのが当然。
でも、柚月はにぃっと笑って、手渡されたエリクシールを一気に飲み干した。
5秒……10秒……30秒……
何も変化はなく、紀伊国屋も落胆した表情を見せていたのだが。
「んぐっ……んぺっ!!」
柚月が口の中から何かを吐き出す。
それは黒い小さな球体。
それが何なのか、その場の誰もわからなかったのだが、玄白がそれをチョンと触れて解体新書を確認する。
「これが、この子の体の中、胃壁に生まれつつあった魔人の体内器官のようじゃな……どれ」
もう一度柚月に触れて解体新書を確認すると、彼女の呪詛は完全に消滅していた。
「よし、呪いは解離した。これでもう、大丈夫じゃよ」
「へ? まじ? 自己鑑定……ッテうっそ、あーしの呪いが消えているし!! ありがとう、なにちゃん?」
「こっちの世界ではランガクイーノ・ゲンパク・スギタ。玄白ちゃんというのはこっぱずかしいから、ランガちゃんでかまわんよ」
「ありがとー、らんがちゃん!!」
ひしっと玄白に抱き着いてお礼を告げる柚月。
だが、すぐに玄白は離れると武田の方へと近寄っていった。
「さて、おぬしの治療もはじめるか……うむ、どこぞの肉屋ほどではないが、少しやせろ。そして柚月さんと同じ呪詛じゃな」
そのまま、あれよあれよという間に武田の呪詛も解除する。
「さて、これで二人の呪いは解除した、魔族を追いかける必要もあるまいて、安心して手伝ってもらうがよいな?」
にいっと笑う玄白に、紀伊国屋と緒方、武田、そして柚月も力強くうなずいていた。
勇者四人の力があれば、カーストドラゴンの動きを止め、エリクシールを飲ませることができるかもしれない。
手荒なことにはなるが、それが最良の手段であろうと玄白は考えたのである。
玄白が目を覚ますと、天翔族の長をはじめ、洞窟に避難していたものたちが集落まで戻ってきていた。
しかも、マクシミリアンとミハル、そしてセッセリの姿もあることに、玄白はまだ眠い目を擦りつつも、彼らの元へと歩み寄っていく。
「おお、無事に戻ってきたようじゃな?」
「はい。どうにかカースドドラゴンを討伐するための仲間を集めてきましたが。残念なことに四人しか協力してくれなくてですね」
「でも、その4人は最強の助っ人ですよ」
マクシミリアンとミハルが説明を始めた時、ちょうど長たちの元から四人の冒険者がやってくる。
「彼らが、今回のドラゴン討伐の手伝いをしてくれる冒険者の……いえ、西方の勇者さまたちです。それで、カースドドラゴンの一体を討伐したそうですが、どういうことなのですか?」
「私も、集落の里の白骨死体を見ました。あれって、誰がやったのです? 長たちはクイーンが助力してくれたとか話していましたけれど」
マクシミリアンの紹介で、四人の勇者のうちの二人、緒方と紀伊国屋が頭を下げる。
武田と柚月は近くの椅子に腰かけ、体力を温存しているようである。
そしてミハルはここに来る途中に見たドラゴンの白骨について、玄白に話を聞きたそうにしているのだが。
残念なことに、玄白も全てを見ていたわけではなく、ナズリから聞いた話を7人にも再度話す程度でしかない。
それでも、残りのカースドドラゴンが一体だけということで、天翔族も希望が見えてきたことを説明すると、マクシミリアンたちもホッと胸を撫で下ろす。
「問題は。残りの一体が卵を捨てて、この集落を襲った場合じゃな。カースドドラゴンの生態については、わしはあまり詳しくないのじゃが……その辺りは、どうなんじゃ?」
セッセリたちに問いかけるが、やはりカースドドラゴンの生態については不明瞭な部分が多すぎるらしく。一般的なドラゴンの生態程度の知識しかないらしい。
ただ、普通のドラゴンが強力な呪いに掛かって変質化したものを、カースドドラゴンと呼んでいるらしく、その呪いを解呪することができたならば、まだ、元のように正気を取り戻す可能性もあるらしい。
その、解呪こそが最大の問題ではあるが。
『……呪い……解き放って欲しい……』
ふと、玄白は腰に下げているショートソードから、インディゴドラゴンの意志を感じ取る。
剣に変化してもなお、つがいの相手の身を案じているのが、玄白にも痛いほど理解できる。
ましてや、一度は心を通わせた間柄でもある。
今の無念残る姿のまま、すべてを終わらせることなど玄白にはできはしない。
「ふむ。どうしたものか……」
その場で腕を組んで考えるも、直ぐには答えが出てこない。
呪いを解くのなら、霊薬エリクシールでどうにかできる。
ただ、それをふりかけるにせよ飲ませるにせよ、近寄らなくてはいけない。
そのために、多くの天翔族の犠牲を払って良いのかと。
ドラゴンと天翔族、二つの命を天秤にかけてしまう。
「なぁ、セッセリさんや。天翔族としては、この後はどのような対応になるのじゃ? ワシとしては、その辺りを知りたいのじゃが」
「それがですね。当初はカースドドラゴンが一体だけという予想で、討伐を考えていたではないですか。それがつがいとわかり、より危険度が高まったのは理解していますよね? それがいきなり、相方が死んだことにより状況が大きく変化したのですから」
「つまり。カースドドラゴンは死ぬまで卵を抱き続ける。それ故に、この集落を襲うことは無くなったということか?」
何がきっかけで、ここまで運命が大きく変わるのかなど予想はできない。
ただ、クイーンオブノワールという黒竜の女王の力により、天翔族の命運は延びたのも事実。
「はい。長老会議が行われますが。恐らくは監視のみで、カースドドラゴンが衰弱して死ぬのを待つでしょう。そのあとで、卵が孵化していなかったなら、その卵も破壊します。フェザードラゴンの、特に黒竜種は危険な存在ですから」
セッセリの言葉で、玄白の腰のショートソードが震える。
「うん、そうじゃなあ……まだ生まれていない命、それまでも取り上げてしまうのは、人としては違うよなぁ」
「ん? スギタ先生は、誰と話をしているのですか?」
「独り言じゃよ……まあ、ワシとしては、カースドドラゴン……いや、インディゴドラゴンの呪いを解き放ちたいと思う。さすれば、あのドラゴンはわしと心を通わせた存在、話し合いで解決できると考えているのじゃが」
「ですから、それは無理なんですよ」
セッセリが頭を振って呟く。
その理屈も理解できるし、玄白としても、カースドドラゴンの呪いを解き放つために、多くの命を犠牲にするようなことは考えてはいない。
ただ、何か手があるのではないかと、何も見えない状態で手探りに思考を巡らせているだけ。
解体新書を開いてみても、何も解決策はない。
いくら玄白がチートじみた能力を持っているとしても、それは勇者ほどの強さはなく。
回復特化型の転生者というだけ。
「……無力じゃなぁ……」
「いえ、そうでもありません。人にはそれぞれ、なすべきことがあります。私たちは貴方をサポートします。その代わり、貴方たちは、私の仲間に呪いを仕込んだ魔族の追跡を手伝ってほしいのです」
「仲間の呪い……じゃと?」
紀伊国屋の言葉で、玄白は立ち上がって座っている二人をじっと見る。
確かに元気はなさそうに見えるし、呪いの解除というのなら、玄白の領域でもある。
「どれ、わしが見てもかまわんか」
「はい。マクシミリアンさんとミハルさんから、貴方が高名な治癒師であることは伺いました。どうぞ、よろしくお願いします。蘭学医の、杉田玄白先生」
その紀伊国屋の話し方で、玄白もピンときた。
目の前の男性は、わしのことを知っている。
そう思ったからこそ、玄白はうなずいてから体調の悪そうな武田と柚月に近づいていった。
「……ありゃ、おじょうちゃん。あーしたちにはあまり、近寄らない方がいいし。触ってうつるとは思わないけど、万が一のこともあるから、ね」
弱弱しくつぶやく柚月。
だが、玄白はその彼女の手に触れると、そのまま解体新書を取り出して、ページをめくっていった。
「魔族化症候群……か。強力な呪いで体内の魔素を侵食し、魔族の核である魔人核を形成する……さて、特効薬はと」
調べたらわかる。
すべては解体新書に載っている。
すぐさま霊薬エリクシールを取り出して柚月にさしだすと、一言。
「わしを信じてくれるなら、これを飲んでくれると助かる。これは、そなたの体内の呪詛をすべて破壊し、元の体に戻すための薬じゃよ」
いきなりそんなことを言われても、普通ならば疑うのが当然。
でも、柚月はにぃっと笑って、手渡されたエリクシールを一気に飲み干した。
5秒……10秒……30秒……
何も変化はなく、紀伊国屋も落胆した表情を見せていたのだが。
「んぐっ……んぺっ!!」
柚月が口の中から何かを吐き出す。
それは黒い小さな球体。
それが何なのか、その場の誰もわからなかったのだが、玄白がそれをチョンと触れて解体新書を確認する。
「これが、この子の体の中、胃壁に生まれつつあった魔人の体内器官のようじゃな……どれ」
もう一度柚月に触れて解体新書を確認すると、彼女の呪詛は完全に消滅していた。
「よし、呪いは解離した。これでもう、大丈夫じゃよ」
「へ? まじ? 自己鑑定……ッテうっそ、あーしの呪いが消えているし!! ありがとう、なにちゃん?」
「こっちの世界ではランガクイーノ・ゲンパク・スギタ。玄白ちゃんというのはこっぱずかしいから、ランガちゃんでかまわんよ」
「ありがとー、らんがちゃん!!」
ひしっと玄白に抱き着いてお礼を告げる柚月。
だが、すぐに玄白は離れると武田の方へと近寄っていった。
「さて、おぬしの治療もはじめるか……うむ、どこぞの肉屋ほどではないが、少しやせろ。そして柚月さんと同じ呪詛じゃな」
そのまま、あれよあれよという間に武田の呪詛も解除する。
「さて、これで二人の呪いは解除した、魔族を追いかける必要もあるまいて、安心して手伝ってもらうがよいな?」
にいっと笑う玄白に、紀伊国屋と緒方、武田、そして柚月も力強くうなずいていた。
勇者四人の力があれば、カーストドラゴンの動きを止め、エリクシールを飲ませることができるかもしれない。
手荒なことにはなるが、それが最良の手段であろうと玄白は考えたのである。
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