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自由貿易国家編

竜王の怒り? 何が起きたのか?

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 大空洞と村をつなぐ街道を馬車で駆け抜ける。
 
 マクシミリアンたちは、紀伊國屋たち四人を連れて、急ぎ天翔族と玄白の待つ霊峰へと向かう。
 大空洞まで辿り着けば、あとは半日程度で竪穴を越えて霊峰中腹には到達する。そうすれば、あとは彼らと合流しカースドドラゴンを討伐できる。
 焦る気持ちをグッと堪えて、セッセリは目の前に聳える霊峰を睨む。
 そこで起きた惨劇、それを知るのはあと少し先。

………
……


 天翔族の集落から大空洞の竪穴に流れた翌日。入り口外で待機していた天翔族の戦士であるナズリは、信じられないものを見た。

「あ、あれは……姿を消した黒竜の女王……クイーンオブノワール……」

 森の向こう上空を、伝説の竜がゆっくりと旋回している。
 何かを探しているのか?
 まさか、あのカースドドラゴンを探しているのか?
 希望を込めて、ナズリは槍を掲げて天を見上げる。
 ここから森の向こうへは遠く、もっと近寄らなければ声など届くはずがない。

 だが、黒竜の女王はゆっくりと降下し、森の中に着地した。
 
「あ、あのあたりは、俺たちの集落? 長老、大変だ、長老~」

 ナズリは急いで扉を開き、竪穴の上にある広い空間に駆け込む。
 そこは天翔族が万が一のために用意した避難所で有り、玄白もその奥でゆっくりと体を休めている。

「長老、大変だ!!」

 ナズリが大声で叫ぶので、まさかカースドドラゴンがここまできたのかと、避難していた人々は不安になる。
 それと同時に戦士たちも覚悟を決め、武器を手に取り立ち上がったが。

「どうしたナズリ! 何が起こった!!」
「クイーンが、クイーンオブノワールが現れた!! 俺たちの集落あたりに降りたんだ!!」
「なんじゃと!!」

 天翔族の民が、次々と竪穴空洞から外に飛び出す。
 それを見て玄白も外に出ると、そこでは信じられないことが起きていた。
 遠くの空、そこでカースドドラゴンと巨大な黒竜が戦っている。
 いや、戦っているなど烏滸がましく、黒竜が一方的にカースドドラゴンを蹂躙していた。

「こ、これはまさか天の助け?」
「長老や、あれは何者じゃ?」

 事態が掴めない玄白が、長老に問いかける。
 すると天翔族は翼を広げ、空に向かって飛び上がる。

「クイーンオブノワール、黒竜の女王じゃ。かつて勇者が討伐し、精霊の加護を得て『エセリアルドラゴン』に進化したもの。それがクイーンオブノワール」
「黒い竜は戦闘狂ではなかったのか?」
「クイーンは別じゃよ。精霊の加護を受けてあるが故に、ヒト族の仲間である。それが、まさか我らに助力するとは!!」
「落ちた!! カースドドラゴンが落ちたぞ!!」

 空から見ていたものが叫ぶ。
 そしてナズリは玄白を抱き抱えると、上空に舞い上がった。

「うおお、お、お? 黒竜が何処かに行くぞ?」

 玄白が空高く見下ろした時。
 ちょうど黒竜は羽ばたき、霊峰を降って行く。
 
「カースドドラゴンが倒されたのか? 我らは助けられたのか?」
「分からん、片一方だけかもしれない。そうなるとまた、厄介なことになりかねないが」
「まずは一度、集落まで戻るぞ。たとえ番いであっても、両親が卵を放置して降りてくることなどないからな!!」

 抱卵中のドラゴンは、卵を放置して離れたりはしない。
 狩りなどでもどちらか一方のみが出かけ、もう一頭はけっして卵から離れない。
 その習性ゆえに、片親が事故などで死んでしまった場合は、残された竜が死ぬまで卵を抱える。
 この理不尽な摂理により、全滅したドラゴン種も存在するらしいと玄白は説明を受けた。

「急げ!! 偵察隊は集落を確認するのだ! 女子供は洞窟に戻れ!!」

 長老からの命令で、急遽、偵察隊が編成される。
 玄白はというと、無理を言って偵察隊に加わり、集落まで一度戻ることにした。

 
 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──天翔族・集落跡
 転がっているのは、巨大な竜の骨。
 集落から少し離れた場所に落ちている骨は、まさしくカースドドラゴンのものである。

「ふむ。これは雄の骨じゃが。見事なまでに浄化されておるな」

 玄白は恐る恐るドラゴンの骨に触れ、解体新書ターヘル・アナトミアを開いて情報を確認する。

『インディゴドラゴンの骨……錬金術によりエリクシールを生み出す原料の一つとなる。また、一対の巨大な牙は剣に加工することで、【竜殺しの大剣】を作り出すことができる』

『ヴェルディーナ王国にて、魔族の呪詛を受けカースドドラゴン化した存在』

 この二つの項目を見て、玄白は目頭を抑えるしかなかった。

「なぜじゃ……どうしてこうなった……なんで、ここに来てしまったのじゃ……」

 玄白は涙を流し、嗚咽混じりの声で呟く。
 ひょっとしたら別のドラゴン種ではないか?
 頼むから、同じドラゴンでないように。
 その淡い期待は、解体新書ターヘル・アナトミアに記された文字を見て粉々に打ち砕かれてしまった。
 
『スギタ……我を、子の元へ……』

 それは、目の前のドラゴンの頭骨から聞こえてくる。
 すると、玄白が周辺を調べているナズリに話しかけた。

「ナズリ殿、この骨を少しもらって良いか!! これは、このインディゴドラゴンは、わしの知り合いじゃった……せめて、骨の一部だけでも、番の元へ届けてあげたいのじゃよ」

 するとナズリも腕を組んで考えてから。

「まあ、特に問題はないと思うが、もう一頭は安全なのか? スギタ先生のことを認識しているのか? それに一旦は長に報告させてくれ。何名かは集落までの安全が確認できたので洞窟まで迎えに戻るが、先生はどうする?」
「わしか? そうじゃなぁ……」

 手にした解体新書ターヘル・アナトミアをチラリと見てから、玄白はナズリに一言。

「こっちに残るものがあるなら、わしは彼らとここで待っておるよ。この骨を色々と調べたいからな」
「わかりました。では、私たちはすぐに戻ってきますので、くれぐれもお気をつけください」

──ブワサッ
 ナズリたちが翼を広げて舞い上がる。
 そして二、三度旋回してから、洞窟のある方角へと飛んでいった。

「さて。このままここで、その身を晒しているのも可哀想じゃ……それにカースドドラゴンの呪いは解けておるし、いつまでもこの場に止めることはできぬじゃろ?」

 解体新書ターヘル・アナトミアのページを開く。
 そこには、古代の竜言語が浮かび上がってくる。

『肉体は滅んでも、魂は滅ばず……我に、汝の力を……』

 死んだ竜は、転生して新たな肉体を得る。
 それはカースドドラゴンとなってしまっても変わらず、寧ろ、それしか彼らの苦痛を癒すことは出来ない。
 目の前の骨となったインディゴドラゴンの魂は、その転生先を世界の摂理ではなく玄白に求めた。

「力……なぁ。まさかエリクシールではないじゃろ?」
『我が骨に、神薬を授けてくれるならば』

 文字が掠れ始める。
 恐らく、魂が転生を始めようとしているのかもしれない。
 そう考えた玄白は、竜の骨、ちょうど右前足の指先にエリクシールを垂らす。

──ブゥン
 すると指先が光り、やがてそれは小さな剣になった。

「……竜の魂が転生した剣か。わしに持っていけというのじゃな?」

──カタカタ
 剣が震える。
 そして玄白は剣を手に取ると、腰のベルトにそれを固定した。

「さて、あとはどうするか……お主の嫁も、まだ卵の子供も残っている。せめて、呪いを解くことができるのなら……」

 そんなことを呟きつつ、玄白は今晩泊まる宿を探す。
 そして先日のカースドドラゴンの襲撃で壊れていない宿を見つけ出すと、今日はそこで一晩、身体を休めることにした。

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