イベントへ行こう!

呑兵衛和尚

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第一章・夢から少し遠い場所~イベント設営業~

私は使えませんか?

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 7月最終金曜日。

 来週からはロックフェスティバルの設営も始まります。
 ちなにみ私はロックフェスティバルではなく、市内で行われる夏祭りのイベントとか、あちこちの会社の身にビアガーデンなどの設営に参加します。
 実家に帰省するのは一週間延ばし、その間は毎日現場での仕事を入れて貰いました。
 とくにビアガーデン関係の設営では、音響スタッフの補佐というか、設営後の当日スタッフとして参加することになっています。
 その前にまずは、この大型イベントの設営から。
 ホテル・ロビンソン札幌の二階と三階のホールすべてを借り切って行われる医療関係の祭典。
 私が所属しているウィルプラスのほかにも、【MACHマッハ】と【プロエール】という二つの設営会社も参加、総勢60 名近くのスタッフでの設営です。

 ウィルプラスは三階のオクタシステムの設営が担当で、設営の請負元さんは宇治沢施工という初めて聞く会社です。そこから東尾レンタリース経由で設営の仕事が入ってきまして、ベテランの皆さんからもピリピリとした緊張感が……って、あれ、いつもよりも緊張していますよね? 
 普段はもっと気楽で、肩から力が抜けている感じなのですが。
 心なしか東尾レンタリースの関山さんもキリッとまじめ顔ですが。

「さて……気が重い」
「今日の担当はあの人じゃありませんように……」
「もう、とっとと終わらせて帰ろう、そうしよう」

 んんん?
 本当におかしいですよね。
 
「あの、トミーさん、気のせいか今日の設営、みなさん緊張していますよね? いえ、普段もしっかりとやるときはやるっていう感じなのですけれど、まだ設営どころかトラックからの荷下ろしも始まっていないのに、どうしてここまで緊張しているのですか?」

 そう横に立っているトミーさんに尋ねますと。

「あはは……今日の現場が宇治沢だからだね。まあ、設営というか、担当の一人がとにかく厳しい人でさ。今日がミコシーちゃんの洗礼を受ける日になるとは思っていなかったよ」

 洗礼!!
 そういえば、以前誰かに言われたことがあります。
 設営でとにかく厳しい人がいる会社があるって。

「今日は医学関係学会の設営で、高額な備品とかも入ってくるから余計ピリピリしているのよ。それこそ一台一億円ぐらいする医療用器具の搬入もあるけれど……そつちはうちじゃないから安心して。それよりも怖い思いするかも知れないから」
「え、そんなにですか?」

 そう問い返した時。

――ピシッ
 はい、確かに空気が凍り付くような雰囲気が漂ってきました。
 心なしか皆さんも背筋を伸ばしています。
 そして関山さんと一緒にやって来た、細身のおじさんに全員が頭を下げます。

「「「「「おはようございます」」」」」」
「はい、おはよう。今日はとにかく安全にね。しっかりと設営して頂戴……私からは以上よ」
「ということで、よろしくお願いします」

 宇治沢施工の責任者さんが気楽に挨拶しました。
 そのあとで関山さんが一言告げると、さっそく二人は設営会場へと移動。
 私たちはトラックから資材を降ろして搬入用エレベーターへと積み込みを開始します。
 
「あの人が。、宇治沢の都筑さん。とにかく細かくて、なんというか重箱の隅をつつくような人……良く言えば仕事熱心で顧客に優しく設営に厳しいから」
「糸目の細身のおねぇ言葉のおじさん……」
「うん、あれですごく厳しいから注意してね」

 はい、気を付けます。
 心なしかいつもよりも作業は慎重、これは今日の設営は一波乱ありそうです。

………
……


 そして設営を開始して一時間ほど。
 ここに至るまでも、ずっと都筑さんのダメ出しが繰り広げられていました。
 いつもなら特に問題がないシステムの組上げも遅いといわれ、ほんのわずかのパネルのシミもすぐに交換。
 さらには顧客さんと一緒に打ち合わせをして、いきなりこの場で図面の変更をしかけてきたり。
 いえ、時間が足りないのでと言いたくなりそうですし、ベテランの方々は『それ、先に判っていたはずだよな』『いきなりそこを変更擦れるってことは、その島をやり直ししないとならないんだけど』と不平不満が大爆発。
 
 大抵の現場では、先に顧客と施工さんとで細かいチェックを行い図面を出します。
 そののち図面の確認を行ってから、私たちの元に図面が配られているのですけれど。
 その図面すら無視して、仕様変更をいってくるので堪りません。
 そして、ちょうど私が具材を持って移動していた時。

「ここのパネル、少しくすんでいるからメンテしてもらえる? いや、交換できるのならすぐにして頂戴」

 そう私が指示されました。

「はい、今伝えてきます」
「え? あなたがシステム交換すればいい話じゃない。とっととやってね」
「私はまだ、システムを組めませんので。ですから他の方にお願いしてきます」

 そう説明しますと。

「システム組めないって……あなた、ここに何しに来たのよ……ちっょとちっょと、どうして素人を現場に入れるのよ。こんなのありえないわよね……」

 そう呟いて、高尾さんの方へつかつかと歩いていきます。
 
「へ? 素人って……」

 いえ、確かにまだ入って3か月ですし、システムについては研修の時に組んだことしかありません。
 それでも間配りやその他の作業は一つずつ覚えてきましたのですが。
 素人って言われました。

――トン
 なんだろう。
 悔しくて涙が出そうになってきました。
 すると、誰かが私の方を叩きました。

「あの人はいつもあれだからさ。ここはこっちに任せて、隣のブースの間配りを頼みますわ

 伊藤さんが笑いながら、私に指示を出してくれました。
 あれがいつも通りって……。
 ふと見ると、ほかにも設置してあるシステムの角度が曲がっているとか、そんなこと最初から直しておきなさいとか、とにかく言いたい放題。
 いえ、それは確かにそうなのですが、いつもなら最後に微調整するはずが最初からきっちりとやれと、寸分たがわず設営しろと文句を言っています。

――グズッ
 涙と鼻水をぬぐって、伊藤さんに頭を下げます。

「頑張ります」
「まあ、あの人の場合はさ、顧客に対しての責任があるから厳しいんだよ。もっとも、それをこっちに八つ当たりみたいに指示してくるから嫌われているんだけどね。何人も言い争いになって、あの人の現場の出禁になったひともいるぐらいだから……指示はしっかりとハー聞いておいて、あとは話半分で聞き流したわうが気が楽だから」

 そう励ましてくれました。
 はい、仕事だから厳しいのは当たり前。
 まじめに作業をしないと事故に繋がることもありますから。
 それじゃあ、すぐに間配りに見戻りましょう。

「それじゃあ、作業に戻ります」
「はいはい、頑張って」

 そのまま具材を乗せた台車を押して移動を開始。
 途中で都筑さんとすれ違いましたが、今度は何も言ってこないので続行します。
 はぁ、まだ始まって一時間なのに、どうしてこんなに憂鬱な気分になってしまうのでしょうか。
 
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