隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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異世界に来た料理人

11品目・領都へ向けて出発、知らぬはダイスばかりなり(焼き鳥のタレ)

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 ダイスの屋敷に勤めている執事が、ユウヤを呼びに向かった日の夜。

 とうのダイス本人は、ほくほく顔でダイニングで食事を取っている真っ最中。
 ちなみに奥方と二人の娘は、やや不機嫌そうに食事を取っているのであるが、その理由が『ユウヤの露店』が最近休みであり、以前のように固く歯ごたえのある、それでいて薄味の肉串しか並べていなかったから。
 正確には、それ以外の料理もしっかりと並んでおり、料理人のジョンが丹精込めて作った料理については満足そうであったのだが。

「ん? みんなどうしたのだ? 今日はあまり食が進んでいないようだが」
「ほら、ここ最近はあの焼き鳥屋さんが休んでいるので、あの美味しい鳥串や豚串、ジャガイモ料理が食べられなくて」
「うん、この肉串だって、ヤーソイヤーさんのところの最新作って話していたけれど、やっぱりユウヤさんのとみころのを食べちゃったら、物足りないのよ」

 そう不満を呟く家族に向かって、ダイスはニイッと笑うと。

「ああ、あの料理人の屋台なら、露店の許可証を取り上げてやった。私の頼みを無視するどころか、説教じみたことを話していたのでな」

 笑いつつ呟き、そしてワインぐらいを傾けるダイスだが。
 まさか自分の父親や伴侶が、そのような愚行を犯していたなどとは考えもつかなかった。
 
「え、それってつまり、お父さんがユウヤの焼き鳥屋さんを潰したっていうの?」
「ああ、その通りだ。たかが料理人風情が、私に向かって説教を垂れるのでな。せっかくこの私が、辺境伯の園遊会で焼き鳥屋のタレを使ってやるから売れと言っているのに、頑なに断って来たのでな。まあ、そろそろ露店が出せなくて焦っているだろうし、アトキンソンを使いに出しているから、もうすぐここに来るだろうさ……と、どうした? そんな血相を変えて」

 満足そうに笑っているダイスとは対照的に、奥方と二人の娘たちは食事もそここそに立ち上がる。

「貴方という人は、どうしてそう考え無しに行動するのですか!!」
「焼き鳥屋さんがまた露店を開けるようになるまでは、もうお父さんとは口もききたくありません」
「はぁ……じゃがバターが食べたかったよぉ」

 プリプリと怒りつつ、家族たちがダイングを後にするのを、ダイスは呆然と見送ることしかできなかった。
 そしてそれから30分後、ユウヤの元から戻って来た執事のアトキンソンから報告を聞くと、ダイスは難しい顔をして部屋へと戻っていった。
 アトキンソン曰く『交渉のテーブルには乗りませんとお伝えください。別に露店を開かなくても十分らに生活できるだけの稼ぎはありますので』という報告に、ダイスは次の一手を考えるべきか、家族の機嫌を戻すためにユウヤに詫びを入れるべきか、考えることにしたのであった。

 〇 〇 〇 〇 〇

――翌日
 今日の昼に、俺たちはこの街を後にする。
 すでに移動中に必要な食事の仕込みは終わっているし、宿も引き払ってきたのでのんびりと広場で時間でも潰すとするか。
 と、その前に、あの肉串屋で昼飯用に少し多めに買っておくとするか。
 自分のところの味付けもいいのだが、あの野趣あふれる味わいと、『肉を食っているなぁ』っていう感触については、自分で作るよりもうまく感じる。
 正確には、『自分が作った料理の味は熟知しているので、それ以外のものを食べたい』ということ。
 料理人にとっては、死ぬまで修行が続くものだと親方も笑って話していたからなぁ。

 そかんこんなで肉串屋の前にいくと、ちょうど店を開けている真っ最中だった。

「よお、ちょいと多めに焼いてほしいんだが」
「ああ、焼き鳥屋の旦那。ちょっと待ってくれな、今、火を起こしたばっかりだからさ……まあ、立っていないで、中で待っていてくれ」

 相変わらず、愛想がいい。
 それじゃあと言葉に甘え、店の中で待つことにする。
 ちょうど焼き場の横にカウンターがあるので、そこで食べながら酒も飲める感じだった。
 やがて程よく肉が焼ける音と香りが店内にも広がって来る。

「う~ん、いい香りだ。これこそ、肉を焼いているっていう感じだよなぁ」
「あっはっは。自分も露店で肉串を出しているくせに、どの口が話していることやら」

 笑いつつ、半ば冗談交じりに話を返してくれる。
 こういうやりとりこそ、オープンキッチンの醍醐味だよなぁ。
 そう思ってのんびりとしていると、目の前に肉串の乗っかった皿が二つ、並べられた。
 一つはやや胡椒のような香り、そしてもう一つは、うちの焼き鳥のたれによく似ている。

「ちょいと味見してくれ、それで感想を聞かせて欲しいんだが」
「ははぁ……なるほどねぇ」

 うちの味に対抗して、独自で再現しようと考えたのか。
 そういう前向きな職人は嫌いじゃないし、むしろ好感度に感じる。
 それに、うちの味を盗んで再現したものを、俺に味見させるとはいい根性をしているじゃないか。

「では、ご相伴に預かるか」

 一つは胡椒の薫りがする、塩味の肉串。
 ハーブを粉末状にまで細かくしたものを混ぜてある、うむ、日本でもよく見た『ハーブソルト』って感じか。もう少し胡椒を効かせた方がいいが、これはこれで悪くない。
 だが、タレの方はどうしても今一つ。
 そもそも醤油と味醂が無いので、塩味の液体……恐らくは魚醤に砂糖と水を加えて煮詰めた感じだか。
 やはり魚醤独自の臭みは抜けていない。
 こつちは落第だな。

「……どうだ?」
「そうさなぁ。こっちの塩味については、俺の故郷でも似たようなものを食べたことがある。ただ、胡椒が少ないのと音もう少し粗びきにしてもいいかんじだ。それ以外は及第点ってところだろう」

 そう説明すると、親父も満足そうに笑っている。

「だが、こっちのタレは駄目だ。これは魚醤に砂糖と酒を加えて煮詰めたのか?」
「あたりだ。まあ、この街は海からかなり離れているので、ちょっと離れた湖で獲れるヒゲネコウオの白身を使って作った奴を使っている。まあ、移動距離が遠くて、途中で発行してしまうので鮮度の良いものを使っているのだけれど……駄目だったかぁ」

 がっかりとしている親父。
 まあ、それでもここまで自分なりに調べて、研鑽しているのは実にいい。
 だから、厨房倉庫ストレージから保管してあった『自家製塩コショウ』を一袋と、同じように冷蔵庫の奥にしまっておいた焼き鳥のタレ(当たりしく仕込んだ奴)を一升瓶一本だけ取り出して、カウンターに置く。

「それでも大したものだよ……ということで、これは餞別代りに置いていく。使っている調味料やその割合については秘密だから、あとは自分で調べてくれ……まあ、タレの方には小麦と大豆をベースに作った醤油というものを使っている。あと、甘さについては味醂といって、もち米と米麴を使った酒を使っている。このあたりでは聞かない調味料だけれど、ここは交易都市、どこか知っていそうな商人にでも聞いてくれや」
「いいのか? 料理人にとっては大切な、秘伝の味だろう?」
「あんたが料理人だから、ということだな。だから、あとは自分で調べてくれ……と、肉串、まだか?」
「うおっと!!」

 俺と話をしている最中に、数本焦がしてしまっている。
 まあ、新しく焼きなおして貰っている最中も、俺は親父と料理談義に花を咲かせることとなった。

………
……


 そして購入した肉串を空間収納ストレージに保管して、俺は隊商交易馬車便の待つ停車場へ。
 すでにシャットとマリアンは旅の準備を終えて待っていたので、俺も倣って鞄一つを肩に下げての登場。
 頭にはバンダナを巻き、トレードマークの紺色の作務衣とジーンズ姿。
 足元は動きやすいスニーカーを着用。
 流石にこの姿は馬車に同行する人たちの目を引いてしまったので、俺の故郷、異国の民族衣装ということで話を誤魔化した。

「まあ、ユウヤだからなぁ」
「ユウヤ店長ですからねぇ」
「なんだなんだ? そのいつもなにかやらかしているような言いぐさは」
「露店のメニューでやらかしまくっているからにゃ」
「そりゃそうか……と、どうやら出発のようだな」

 隊商交易馬車便の責任者が、出発するという声を上げている。
 今回の責任者は領都ウーガ・トダールに拠点を置く大商会『モアアード』の幹部とかで、かなりの量の商品を運搬するため、かなりピリピリとしている。
 もっとも、俺たち一般客にはそんなの関係はなく、こっちにまでそんな雰囲気が流れてくるようなことはない。

「お、走り出したな」
「そのようだね……うん、長旅になりそうだからなぁ」
「そうそう、しっかりと用意しておいて、よかったわね」
 
 シャットとマリアンが鞄から大きめのクッションを取り出して尻の下に敷いている。
 よく見たら、他の客も同じように椅子の上にクッションのようなものを置いているじゃないか。
 まあ、この板張りの硬い椅子に10日間なら、これぐらいは必要なのだろう。

「ユウヤは何か敷かないのか? お尻が痛くなるよ?」
「ああ、そうだな……それじゃあ」

 肩掛けカバンに手を突っ込み、そこからダイレクトに厨房倉庫ストレージを開く。
 取り出す対象は、座敷に置いてある座布団。
 それを3枚ほど引っ張り出し、重ねたまま尻の下に置いて、そこにどっしりと腰かける。

「んんん、それってあれかにゃ?」
「ああ、あれだよ、座布団だ」
「うわ、ちょっと狡いかも」

 シャットが絡んでくるがそんなの知ったことではない。
 そう思って馬車の中をぐるりと見渡して見ると、俺たち3人以外にはざっと7人ほどの客が乗っているのに気が付いた。
 旅商人らしき男性が3人と夫婦が2組。
 その誰もが、俺の鞄をじっと凝視しているじゃないか。

「ユウヤ店長、みなさんは店長のアイテム鞄に興味があるようですよ」
「ああ、そういうことね」

 アイテム鞄とは、アイテムボックスの魔法が掛けられている内部拡張された鞄のこと。
 非常に珍しい魔導具であり、商人としてはこれを手に入れるだけで大成功するとも言われている。
 俺が鞄の中から大量の座布団を取り出したのを見て、これがアイテム鞄だと思っているらしい。

「ま、まあ、先祖代々伝わる家宝でしてね……」

 苦笑しつつ呟くと、納得したかのようにほほ笑み、また談笑を始めている。

「ふう。これはちょっと気を付けないと駄目だよなぁ」
「ユウヤは目立つからなぁ」
「ははは……違いない」

 そんなバカ話をしつつ、俺たちは馬車に揺られて領都ウーガ・トダールへと向かう。
 まあ、話によれば、大きな交易街道を使うので盗賊が出る確率はかなり低いらしいし、魔物が徘徊する深い大森林からも離れているので、そうそう危険になることはないらしい。
 それじゃあ、のんびりと旅を楽しむことにしますか。 
 
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