隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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酒と肴と、領主と親父

17品目・職人魂に火が付いた?(海鮮焼きと冷たいジュース)

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 さて。
 露店の準備も終わったので、一旦宿に戻り、そこから中央公園へ移動。
 宿から露店までの距離がちょっとあるので、少し早めに出て歩いていくことにする。

「うん……町の中でも馬や馬車は走っているのか。街道沿いなら問題はないっていうところだが、それってあれか、自転車はありなのか?」

 近所に仕入れに行くときに使っていた自転車。
 後ろに大きめのカゴが付いている電動三輪自転車で、最近はこれでちょっとしたものを買いに出かけていた。昔は電動じゃなかったのだけれど、すっかり足腰が弱ってしまったので、奮発して電動三輪自転車に買い替えたんだよ。
 
「まあ、今から出すのも面倒だし、充電してあったか覚えてないからいいか」

 そのままてくてくと街並みを眺めつつ、指定された場所へ到着。
 あとはいつも通り炭焼き台を取り出して火を熾す作業と、シャットたちに任せるためのテーブルとか椅子とロープなども用意。
 町内会ではこういうときに貸し出すための人員整理用のプラスチックチェーンポールがあったのだけれど、個人では持っていなかったからなぁ。

「あ、ユウヤ発見だにゃ」
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。まずは、今日のメニューの説明から始めるか」

 シャットとマリアンも来たので、まずは味見がてらイカ焼きとエビ焼き、ホタテバター焼きを準備。
 今回は全てリサイクル可能な紙皿に乗せて出すようにしているので、後片付けも楽。
 焼きあがったイカとエビは生姜タレを潜らせてさっと焼き直し、ホタテは両面に火が通ったあたりでバターをひとかけら乗せて、醤油をひとたらし。

――ジュワァァァァァァァァァァァァッ
 バターが溶けたところに醤油が足らされ、それが少しずつ焦げるときの音と香りで二人はすでにノックアウト。

「うはぁぁぁぁぁぁ、早く食べたいにゃ」
「はは、待て待て……と、ほらよ」
「ありがとうございます……」

 二人に一通り渡してから、俺はエビとイカを白焼きしておく。
 たれは掛けないないである程度火を通したものを、炭をよけておいた場所にバッドを並べてのぜておくだけ。
 さすがにホタテは焼置きできないので、都度焼いて出すようにしておく。
 
「おっと、こいつも置いておくか」

――ドン!!
 炭焼き台の横にあるテーブル、さらにその隣にクーラーボックスを置いておく。
 中にはラムネやコーラ、オレンジジュースが瓶ごといれてあるので、売るときに栓を抜いて手渡しするだけ。
 マリアンやシャットは、内の店の中で瓶ジュースを飲んだことがあるので、二人に任せておけばオッケーだろう。まあ、空き瓶の回収については、マリアン曰く『まず帰ってきませんよ、こんな高価なものは』だそうで。
 仕入れのときに空き瓶は返却しなくてはならないのだが、まあ、仕方がないから瓶ごと買い取りにするしかないか。

………
……


――そして
「はい、お待たせしました。イカ焼き二つとエビ焼きみっつ、ホタテバターが一つですね」
「ええっと、ラムネ二本とコーラひとつ、オレンジジュースが二つだにゃ?」
「ほいほいほいっと、ホタテバター先に二つ、お待たせしました。マリアン、こっちにイカとエビは置いておくからな!」
 

 予想通り、広場の人々が香りにつられてやって来る。
 一人、また一人と客が増えるたびに香りの連鎖反応が始まる。
 そして予想外に暑い気温と日光の下、キリッと冷たいジュースが売れない筈もない。
 最初はマリアン一人ですべて回していたのだけれど、どんどん増える注文に手が追い付かなくなっていた。
 そのため、シャットがジュースコーナーに移動し、客の誘導も兼ねて販売を担当していた。
 そして開店から2時間で商品は全て完売。
 空き瓶の回収率はほぼゼロパーセントという結果になってしまった。

「はぁぁぁ……ねぇユウヤ、このクーラーボックスの中の水を飲んでいいかにゃ?」
「駄目に決まっているだろうが。ほら、これでも飲んでおけ」

 厨房倉庫ストレージから、良く冷えたスポーツドリンクを数本取り出してシャットに軽く投げると、すぐさまクーラーボックスの中に入れて冷やし始めた。

「これはなんだかにゃ?」
「スポーツドリンクだな。疲れた時に体が必要な成分が含まれている。まあ、冷やしておいたから、そのまま飲んでも構わないぞ」

 そう俺が説明すると、シャットは頷きつつペットボトルを取り出すのだが、開け方が判らなくて困っている。

「どうやってあけるにゃ?」
「こう、捻るだけだ」

 蓋を捻る素振りを見せると、シャットもそれを真似てスポーツドリンクのスクリューキャップを開く。そして一口飲んだのち、瞳をキラキラさせながら一気に飲み始めた。

「ああっ、シャット、私にもくださいよ」
「ほい、パスだにゃ」

 焼き台の前でイカとエビを焼いているマリアンに向かって、シャットがペットボトルを投げてよこすと、彼女もシャットのようにキャップを外し、ゴクッゴクッと呑み始めた。

「ぷっはぁ……、これ、凄いですね、なんていうか、疲れが一気に抜けていく感じがします」
「そっか。まあ、それならいいか。それでどんな感じだ?」
「ええっとですね、エビの焼け具合が判らないのですけれど」

 マリアンは俺に倣って料理の修行を始めている。
 まあ、基礎中の基礎から教えるとなると、弟子入りさせて一から修行……っていうことになるんだが、ここは異世界。
 彼女でもできる範囲から教えた方がいいだろうと考えた。
 そもそも俺が弟子に教えるスタイルはというと、ちょっとスパルタが入ってしまうのでよろしくない。昭和の堅物料理人に師事していたので、その教え方が身についてしまっているのである。
 そんな教え方だと現代の若者には通用しないって、よく弟に怒られたものだよ。

「ああ、それはな……」

 とりあえず焼き加減を教えたのち、マリアンが焼いたものは全て俺たちの賄いへと変化する。
 今日はどんぶりじゃなく、ご飯のおかず。
 ついでにクーラーボックスにぶち込んでおいた麦茶のボトルも取り出して、まだ注文したそうな人たちの視線を無視して食事にありつくことにした。

「んまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」
「あら、これは本当に美味しいですわ。ちょっと火加減が強すぎたかもしれませんけれど」
「まあ、初めてならそんなものだ。数をこなして覚えればいいさ」

 黙々と食事を続けていると、俺たちの近くに男性が一人やってきた。
 雰囲気から察するに、賄い飯を売ってくれとかそういう類ではなさそうだが。

「ああ、食事中にすまない。どうしても気になって仕方がなかったもので」
「いえ、別に構いませんよ、俺はもう食べ終わっているのでね……と、ちょっと離れて話をききますよ」

 まだマリアンとシャットは食事中なので、そこから離れて話を聞くことにした。
 またベルランドの市長のような無茶を言われるのかとも思ったのだか、身なりは市長とか貴族風ではなく、どちらかというと職人のようである。
 だから敢えて話を聞くことにしたのだが、男は方から下げている鞄から空き瓶を数本取り出して俺に見せて来ると。

「これの作り方を教えて欲しい。これはカレットルのようだが、こんなに不純物のない綺麗なカレットルは初めて見た。しかも、それをこのような形に、寸分も狂わず同じものを作り上げるとは……特にも、この中に球の入っているもの、これはどうやって作ったのだ?」

 カレットル……ああ、ガラスのことか。
 
「まあまあ、落ち着いてください。そもそも、貴方が誰で、どんな仕事なのか俺は知らない。そんな人に技術を乞われても、俺が教えると思いますか?」
「ああ、そうだな……すまない」

 俺の言葉に納得したのか、男性はスーッと息を吸って落ち着きを取り戻す。

「私の名前はアモルファスという。この街でカレットル職人を営んでいるものだ。普段は教会や領主館、貴族邸にステンド絵画を修めているのだが、とある貴族がここで入手した瓶を手にやって来てね。このように透き通ったカレットルを使って食器を作れないかと尋ねてきたのだ」
「それはどうも……俺はユウヤ・ウドウ。旅の料理人でね。申し訳ないが、今いったように料理人なので、カレットルの製法までは詳しくはないんだ。また、それを納品している職人についても俺は分からない。なにぶん、旅の途中で仕入れたものでね」

 ガラスの製法なんて俺は知らない。
 まあ、瀬戸物については何度か自家製の食器を作りたくなって市内の焼き物教室に通ったことがあるので多少は知っているのだが。ガラスについては動画で見た程度で、材料も知らない。

「そうか……では、これを仕入れた場所はどこか教えて欲しいのだが」
「俺の故郷でね……東方の島国っていえばわかるか?」
「東方……ああ、ワランハ諸島王国でしたか。では、仕入れるのも無理ですか……」
「まあ、そういうことなので諦めてくれると助かるんだが」
「そうですね……仕方ありません」

 来た時と違い、がっくりと肩を落としている。
 これは深い事情があるようにも見えるんだが。
 残念なことに、ガラスの作り方までは詳しくはない……と、ちょっと待てよ?
 
「すまないが、その空き瓶を貸してもらえるか?」
「ええ、それは構いませんよ……どうぞ」

 うちから買っていったものなので、返せというわけにもいかない。
 一旦預かったのち、すぐに『詳細説明』の画面を開いてみる。

『ピッ……空き瓶。素材は珪砂《けいしゃ》、ソーダ灰、石灰石。製造方法は……』

 よし、しめた。
 どうやら詳細説明はある程度俺の知りたいところまで説明してくれるようだ。

「材料でしたら、珪砂と木炭、石灰岩でできますよ。あとは一定比率の原料を大体1400度ぐらいの高温で煮溶かして、それを吹き筒で吹いて加工する……っていうのを聞いたことがあります」
「ふむふむ……ソーダ灰ではなく木炭ですか……いや、しかし………うーむ」

 腕を組んで唸り声のようなものを上げつつ、なにか思案を始めるアモルファス。
 さすがにこれ以上の情報はないし、素材だって仕入れたことが無いものばかりなので調達は不可能……と、そういう、そういえば面白いものがあったな。

 厨房倉庫ストレージ経由で、倉庫に置いてある『割れ物』と書かれているバケツを引っ張りだす。ここには店内で割れた食器やグラスがへ放り込まれていて、あとでまとめて処分するためにためておいたのである。
 それをアモルファスさんの目の前に置くと、目を丸くしてバケツに飛びついた。

「おおお、こ、これはなんじゃ?」
「その瓶と同じ素材で作ったコップですよ、割れてしまって価値が無いので廃棄しようとしていたのですが、それでよろしければお譲りします。研究のために役立ててください」
「そ、そうか……では、ありがたくいただくとするか。して、この色のついた分厚いものもカレットルなのか?」

 それは瀬戸物だな。
 まな板皿を落とした時のやつで、見事に真っ二つになったので廃棄しようとしていたものだ。

「瀬戸物といいまして、粘土を固めて乾燥させて焼いたものです。表面には釉薬といううわぐすりが掛けられていまして、防水性も高いものですが……落として割ってしまいまして、それも廃棄しようとしていたのですよ」
「そ、そうか、これも貰っていいのか、金なら支払うから!!」
「いや、俺にとっては割れてしまった時点で価値はないのですよ……とはいえ、それでは納得しそうもないので、言い値で構いません」

 その俺の一言で、アモルファスさんは懐から財布を取り出して1000メレル銀貨を20枚ほど俺に握らせると、バケツを持って嬉しそうに立ち去っていった。

「はぁ。割れたガラスと瀬戸物が2万円か。いや、なんか申し訳ないような気がして来たぞ。さて、どうしたものか……」

 アモルファスさんが納得しているので、それはそれで構わないのかも知れないが。
 俺にしてみれは、燃えないゴミを高額で売りつけたような気分なので、ちょっと罪悪感もある。
 ま、まあ、とりあえず考えていても始まらないので、とっとと後片付けをして明日の仕入れと仕込みをやってしまうとするか。
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