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酒と肴と、領主と親父
21品目・まずは一件落着というところか(カップ酒のみ)
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俺の目の前で罵詈雑言を浴びせて来るダイス市長。
周囲には騎士たちが集まり抜剣して構えているし、うちのお嬢さんたちも臨戦態勢に突入しているし。
そしてダイスの向こうからやって来たアードベッグ辺境伯には俺の声が届いたらしく、ギロッとダイスを睨みつけているんだけど。
「皆さん、下がってください。さて、ダイスくん、彼が不敬を働いたということらしいが、それはどのようなことかね?」
「い、いえ、アードベッグ辺境伯さま、ほんとうに些細な事ですので、この者の処分は私にお任せください……ええ、辺境伯さまのお手を患うことはありませんので……おい、とっととこいつを捕らえろ!!」
アードベッグ辺境伯の問いかけに、声を震わせて呟くダイス。
だけどさぁ、騎士たちはもうダイスの言葉に耳を貸していないんだよなぁ。
その様子にダイス市長もさらに動揺し、騎士たちに向かって叫びまくっているんだけれど。
「お、おい、このダイスが命じているのだ、とっとと捕らえないか!!」
「それは必要ありません。そうですね、ユウヤさんと仰いましたか。このあと、お時間はありますか?」
「う~ん。そのダイスって市長が乱入したおかげで、今日の露店がしっちゃかめっちゃかになっちまったからなぁ。時間はあると言えばあるが? それよりも、俺としては今日の売り上げ、どうやって責任を取ってくれるのか教えて欲しいんだが」
最初はアードベッグ辺境伯へ。
そのあとの言葉はダイス市長へ向けたもの。
「せ、責任だと……この犯罪者風情が、何を言っているのだ!!」
「ああ、ダイスくんはもういい、それ以上は話さなくて結構です。ということで、よろしければ我が家に来ていただけますか? ダイスくんから伺っている話と、私が知っている貴方とではどうにも印象が違いまして。詳しいお話を伺いたいのですが」
ああ、視察とやらでダイス市長の町に行ったとき、一方的に俺に対する罵詈雑言でも聞かされたのだろうな。
「ふぅ……それは構いませんよ。あと、旅の途中でふるまった食事、あのときの食器を返却されていないので、そちらも戻していただけると助かりますが」
「ああ、あの時のですね。ご安心を、しっかりと洗って梱包してありますので、そちらもお渡ししましょう」
「かたじけない……ということで、シャットとマリアン、すまないけれど今日は店じまいなので片づけを頼まれてくれるか……と」
俺と辺境伯の会話を聞いて、二人もようやく落ち着いたらしい。
そして遠巻きに俺たちを見ていた客たちも、ホッと安心しているようだ。
「んんん、ユウヤはつかまらないのかにゃ?」
「大丈夫だって。ちょっと話をしてくるだけだ、ということで悪いけれど、これを周りのお客さんにふるまってくれるか? 味付けとかは分かるだろう?」
この騒動で周りの客にも迷惑を掛けちまったからなぁ。
その分の償いぐらいはしておかないと。
「え、ええっと……いいのかにゃ?」
「ユウヤ店長、私たちは構いませんけれど、おひとりで大丈夫ですか?」
「万が一のときは、越境庵に籠るさ。だから、あとは任せた……ということで、みなさん、ちょっと騒がしてしまったお礼です、このあとの食事についてはお一人一品、無料でご提供しますので!!」
これぐらいやっても、罰は当たらないだろう。
下手に誤解を招いだまま悪評が流れるよりはいい。
むしろ、この市長にきっちりと清算させてやることにするさ。
〇 〇 〇 〇 〇
――アードベッグ辺境伯邸
辺境伯の馬車に同乗して、俺は町の北方にあるアードベッグ辺境伯の屋敷へと案内された。
当然ながら、事の次第を確認するためにダイス市長も同行し、詳しい話を聞くために応接間へと案内されると、席に座った途端にダイス市長があることない事を言い始める。
「……ということでですね、彼は我が屋敷に勤めている料理人が作り出した特製のタレを盗み出しただけでなく、アードベッグ辺境伯を迎えるために準備した晩餐会の料理をだいなしにしたのです。これは立派な不敬罪といっていいのではないでしょうか?」
「ふむ。その話については、前にあなたの屋敷でも聞きましたね。それでユウヤさん、この件についてなにかご意見はありますか?」
へぇ。
やっばり市長の屋敷でそんな話をしていたのか。
それなら誤解を解かないとならないな。
「真っ赤な嘘ですね。俺が市長に言われたのは、まずギルドに呼び出されて市長の屋敷に勤める料理人に料理を教えて欲しいという事。領主さまをお迎えするので秘伝のタレを売って欲しいといわれたこと。その翌日には露店が営業出来なくなっていたこと……ああ、あの商業ギルドの書類って偽造されていましたよね、俺は鑑定能力があるのですぐに見抜けましたよ」
「そんなバカな、あれを見抜けるはずが!!」
「あれを見ぬける??」
慌てて立ち上がり叫んだダイス。
ああ、やっぱり露店の件は市長が手を回していたのか。
そして今の瞬間、アードベッグ辺境伯もやれやれと呆れたような表情をしていた。
「ま、それについては調べればわかることでしょうから。あと、露店が使えなくなってから、俺に指名依頼で『焼き鳥のタレとレシピを納品しろ』っていうのもありましたよね。しっかりとお断りしましたけれど」
「まあ、ギルドへの依頼については、こちらでも精査可能ですのですぐに確認させましょう。ということでダイスくん、ユウヤさんはこのように告げていますが、なにかありますか?」
そうアードベッグ辺境伯が問いかけると、顔じゅうに汗を拭き出させているダイス市長がしどろもどろになっている。
「え、あ、いや、あのですね……そう、これは何者かが私を罠にかけたに違いありません。いや、このユウヤという料理人が、私を罠にかけたのでしょう」
「まあ、面倒ですから、市長のところの料理人にでも話を聞いた方がいいですね。ダイス市長の言い分では、私がタレを盗んだという事らしいですけれど。それってつまり、市長のところの料理人は、あの秘伝のタレを作れるっていう事ですよね? 材料も分量も、手順も全て知っているっていう事で? ああ、俺は説明できますよ、材料の産地を始め、手順から熟成方法に至るまで全てね」
まあ、あの料理人を問い詰めるつもりは毛頭ないさ。
あの人だって被害者のようなものだろうから。
むしろ誠実そうな印象はあったので、ここは名前だけ借りることにするか。
「い、いや……それは……その」
「俺に盗まれたっていうけれど、あのタレの仕込みなら半日で済む。それなら晩餐会までにある程度の熟成も可能だ、にも関わらず盗まれただの、晩餐会を台無しにされただの……。俺が盗んだことにして、一体なにを企んでいるんですか?」
そうにっこりと笑って問い返すが、すでにダイス市長の顔色は真っ青。
はぁ、どうしてこんなわかりやすい嘘をつくのかねぇ……ってああ、そもそも俺とここで出会うなんて予想もしていなかったか。
俺と会わなかった場合、ダイス市長の流した嘘は真実として流れ、彼の名誉は傷つくことない。
それどころか、俺が泥棒として追いかけまわされる可能性だってあったってことか。
「ふむ。どうやら真実は見えて来たようですね。ユウヤさん、私の部下が大変ご迷惑をおかけしました。アードベッグ辺境伯領のすべてを取り仕切る責任者として、貴方の名誉を傷つけてしまったことを謝罪します」
そう告げて、アードベッグ辺境伯が深々と頭を下げる。
「あ……いえ、頭を上げてください。アードベッグ辺境伯の謝罪は受けました。まあ、とうの本人からの謝罪は聞けそうもないのですが、それはまあ、あとはお任せします。俺としても誤解が解ければいいのですから」
「そうおっしゃっていただけると助かります……」
そうアードベッグ辺境伯が告げた時、ダイス市長がブツブツと呟き始めた。
「……なんでだ。たかがタレじゃないか……そんなもの、必死に隠す必要があるのか……」
「ん、ああ、悪いが、あんたにとっては『たかがタレ』だろうけれど、俺にとっては命より大切なタレでもあるからね。親方がその親方から、さらにその親方から代々受け継いできたタレ。それをわずかに譲り受けて、俺がさらに熟成させたもの。あのタレには、200年の歴史が詰まっているといっても過言じゃなくてね」
とはいうものの、実際は150年程度だろうと親方も笑っていた。
元々のタレの味はそのままに、代々受け継いでいるので歴史は古いが味については洗練され続けている。いわば、味うんぬんではなく師匠の魂を受け継いでいるようなものだからさ。
「ということだよ。人によって大切なものはさまざま。それを見極め、そして尊重することができないようでは、まだまだ私の片腕になるのは難しいという事だ。君の処分については追って連絡をする。まあ、もっと研鑽することだね。さがりたまえ」
「は、はい……」
すでにダイス市長は意気消沈。
そのまま部屋を後にすると、アードベッグ辺境伯がもう一度、頭を下げた。
「という事で、今回の件については私に預けてくれると助かる。ダイス君については、自領での政務についてはそれほど悪い噂は聞き及んでいない。ただ、私の査察があったために、あのように無理難題を吹っ掛けて来たとおもう。出世欲が高すぎるのも難点だが、これで少しは懲りたであろうから」
「まあ、あとはお任せします。俺としても、のんびりと商売が出来ればそれでいいと思っているのでね」
「そういってくれると助かる……ああ、今日の売り上げについてはこちらで補償もするので」
「それは助かります……」
という事で、ダイス市長の暴走の件はアードベッグ辺境伯預かりという事で決着はついた。
俺も一日分の露店の売り上げを保証してくれるということ、今使っている露店の区画については、半年間ほど無償で提供してくれるということで決着がついた。
まあ、あとは露店に戻って、二人の様子を見て片づけをするだけ。
………
……
…
――中央広場
「はぁ、そうだよなぁ。クーラーボックスの中に、ワンカップも入れておいたんだよなぁ」
無事に露店に戻ってきたのだが。
すでに炭火は落とされていて、荷物も全て纏められているのはいいんだが。
「あ~、ユウヤ、おかえりなさい」
「こっちの片付けも全て終わりました。材料は全て捌ききりましたのでご安心ください。あとですね」
疲れ果てて座り、ラムネを飲んでいるシャットとマリアン。
その近くでは、地面にどっかりと座り込んで、カップ酒片手につまみをパクついている冒険者たちの姿があった。
しかも、どいつもこいもへべれけ状態。
数日前のアベルとミーシャなんて目じゃないほどに酔っぱらっている奴らばかり。
「ああ、助かったよ。こっちは無事に終わったので、あとは片づけて飯でも食いに行くか? 酔っ払いについてはまあ、放置という事で」
「ご飯ですか……それは嬉しいですね」
「ユウヤ、久しぶりに越境庵で食べたいにゃ!!」
「うちでか……まあ、たまにはいいか」
ということで荷物を片付けてから、一旦、俺の止まっている宿に向かう。
俺の部屋に移動して俺だけ越境庵に移動すると、正面入り口を開いて部屋と店を接続した。
「ま、たまにはいいでしょう……いらっしゃい」
「はいっ、おじゃまします」
「辺境伯のところでなにがあったか、教えて欲しいにゃ」
「はいはい。その前に飯でも作るから待っていろって」
そういえば、広場に酔っ払いたちを放置して来たけれど……まあ、いいか。
周囲には騎士たちが集まり抜剣して構えているし、うちのお嬢さんたちも臨戦態勢に突入しているし。
そしてダイスの向こうからやって来たアードベッグ辺境伯には俺の声が届いたらしく、ギロッとダイスを睨みつけているんだけど。
「皆さん、下がってください。さて、ダイスくん、彼が不敬を働いたということらしいが、それはどのようなことかね?」
「い、いえ、アードベッグ辺境伯さま、ほんとうに些細な事ですので、この者の処分は私にお任せください……ええ、辺境伯さまのお手を患うことはありませんので……おい、とっととこいつを捕らえろ!!」
アードベッグ辺境伯の問いかけに、声を震わせて呟くダイス。
だけどさぁ、騎士たちはもうダイスの言葉に耳を貸していないんだよなぁ。
その様子にダイス市長もさらに動揺し、騎士たちに向かって叫びまくっているんだけれど。
「お、おい、このダイスが命じているのだ、とっとと捕らえないか!!」
「それは必要ありません。そうですね、ユウヤさんと仰いましたか。このあと、お時間はありますか?」
「う~ん。そのダイスって市長が乱入したおかげで、今日の露店がしっちゃかめっちゃかになっちまったからなぁ。時間はあると言えばあるが? それよりも、俺としては今日の売り上げ、どうやって責任を取ってくれるのか教えて欲しいんだが」
最初はアードベッグ辺境伯へ。
そのあとの言葉はダイス市長へ向けたもの。
「せ、責任だと……この犯罪者風情が、何を言っているのだ!!」
「ああ、ダイスくんはもういい、それ以上は話さなくて結構です。ということで、よろしければ我が家に来ていただけますか? ダイスくんから伺っている話と、私が知っている貴方とではどうにも印象が違いまして。詳しいお話を伺いたいのですが」
ああ、視察とやらでダイス市長の町に行ったとき、一方的に俺に対する罵詈雑言でも聞かされたのだろうな。
「ふぅ……それは構いませんよ。あと、旅の途中でふるまった食事、あのときの食器を返却されていないので、そちらも戻していただけると助かりますが」
「ああ、あの時のですね。ご安心を、しっかりと洗って梱包してありますので、そちらもお渡ししましょう」
「かたじけない……ということで、シャットとマリアン、すまないけれど今日は店じまいなので片づけを頼まれてくれるか……と」
俺と辺境伯の会話を聞いて、二人もようやく落ち着いたらしい。
そして遠巻きに俺たちを見ていた客たちも、ホッと安心しているようだ。
「んんん、ユウヤはつかまらないのかにゃ?」
「大丈夫だって。ちょっと話をしてくるだけだ、ということで悪いけれど、これを周りのお客さんにふるまってくれるか? 味付けとかは分かるだろう?」
この騒動で周りの客にも迷惑を掛けちまったからなぁ。
その分の償いぐらいはしておかないと。
「え、ええっと……いいのかにゃ?」
「ユウヤ店長、私たちは構いませんけれど、おひとりで大丈夫ですか?」
「万が一のときは、越境庵に籠るさ。だから、あとは任せた……ということで、みなさん、ちょっと騒がしてしまったお礼です、このあとの食事についてはお一人一品、無料でご提供しますので!!」
これぐらいやっても、罰は当たらないだろう。
下手に誤解を招いだまま悪評が流れるよりはいい。
むしろ、この市長にきっちりと清算させてやることにするさ。
〇 〇 〇 〇 〇
――アードベッグ辺境伯邸
辺境伯の馬車に同乗して、俺は町の北方にあるアードベッグ辺境伯の屋敷へと案内された。
当然ながら、事の次第を確認するためにダイス市長も同行し、詳しい話を聞くために応接間へと案内されると、席に座った途端にダイス市長があることない事を言い始める。
「……ということでですね、彼は我が屋敷に勤めている料理人が作り出した特製のタレを盗み出しただけでなく、アードベッグ辺境伯を迎えるために準備した晩餐会の料理をだいなしにしたのです。これは立派な不敬罪といっていいのではないでしょうか?」
「ふむ。その話については、前にあなたの屋敷でも聞きましたね。それでユウヤさん、この件についてなにかご意見はありますか?」
へぇ。
やっばり市長の屋敷でそんな話をしていたのか。
それなら誤解を解かないとならないな。
「真っ赤な嘘ですね。俺が市長に言われたのは、まずギルドに呼び出されて市長の屋敷に勤める料理人に料理を教えて欲しいという事。領主さまをお迎えするので秘伝のタレを売って欲しいといわれたこと。その翌日には露店が営業出来なくなっていたこと……ああ、あの商業ギルドの書類って偽造されていましたよね、俺は鑑定能力があるのですぐに見抜けましたよ」
「そんなバカな、あれを見抜けるはずが!!」
「あれを見ぬける??」
慌てて立ち上がり叫んだダイス。
ああ、やっぱり露店の件は市長が手を回していたのか。
そして今の瞬間、アードベッグ辺境伯もやれやれと呆れたような表情をしていた。
「ま、それについては調べればわかることでしょうから。あと、露店が使えなくなってから、俺に指名依頼で『焼き鳥のタレとレシピを納品しろ』っていうのもありましたよね。しっかりとお断りしましたけれど」
「まあ、ギルドへの依頼については、こちらでも精査可能ですのですぐに確認させましょう。ということでダイスくん、ユウヤさんはこのように告げていますが、なにかありますか?」
そうアードベッグ辺境伯が問いかけると、顔じゅうに汗を拭き出させているダイス市長がしどろもどろになっている。
「え、あ、いや、あのですね……そう、これは何者かが私を罠にかけたに違いありません。いや、このユウヤという料理人が、私を罠にかけたのでしょう」
「まあ、面倒ですから、市長のところの料理人にでも話を聞いた方がいいですね。ダイス市長の言い分では、私がタレを盗んだという事らしいですけれど。それってつまり、市長のところの料理人は、あの秘伝のタレを作れるっていう事ですよね? 材料も分量も、手順も全て知っているっていう事で? ああ、俺は説明できますよ、材料の産地を始め、手順から熟成方法に至るまで全てね」
まあ、あの料理人を問い詰めるつもりは毛頭ないさ。
あの人だって被害者のようなものだろうから。
むしろ誠実そうな印象はあったので、ここは名前だけ借りることにするか。
「い、いや……それは……その」
「俺に盗まれたっていうけれど、あのタレの仕込みなら半日で済む。それなら晩餐会までにある程度の熟成も可能だ、にも関わらず盗まれただの、晩餐会を台無しにされただの……。俺が盗んだことにして、一体なにを企んでいるんですか?」
そうにっこりと笑って問い返すが、すでにダイス市長の顔色は真っ青。
はぁ、どうしてこんなわかりやすい嘘をつくのかねぇ……ってああ、そもそも俺とここで出会うなんて予想もしていなかったか。
俺と会わなかった場合、ダイス市長の流した嘘は真実として流れ、彼の名誉は傷つくことない。
それどころか、俺が泥棒として追いかけまわされる可能性だってあったってことか。
「ふむ。どうやら真実は見えて来たようですね。ユウヤさん、私の部下が大変ご迷惑をおかけしました。アードベッグ辺境伯領のすべてを取り仕切る責任者として、貴方の名誉を傷つけてしまったことを謝罪します」
そう告げて、アードベッグ辺境伯が深々と頭を下げる。
「あ……いえ、頭を上げてください。アードベッグ辺境伯の謝罪は受けました。まあ、とうの本人からの謝罪は聞けそうもないのですが、それはまあ、あとはお任せします。俺としても誤解が解ければいいのですから」
「そうおっしゃっていただけると助かります……」
そうアードベッグ辺境伯が告げた時、ダイス市長がブツブツと呟き始めた。
「……なんでだ。たかがタレじゃないか……そんなもの、必死に隠す必要があるのか……」
「ん、ああ、悪いが、あんたにとっては『たかがタレ』だろうけれど、俺にとっては命より大切なタレでもあるからね。親方がその親方から、さらにその親方から代々受け継いできたタレ。それをわずかに譲り受けて、俺がさらに熟成させたもの。あのタレには、200年の歴史が詰まっているといっても過言じゃなくてね」
とはいうものの、実際は150年程度だろうと親方も笑っていた。
元々のタレの味はそのままに、代々受け継いでいるので歴史は古いが味については洗練され続けている。いわば、味うんぬんではなく師匠の魂を受け継いでいるようなものだからさ。
「ということだよ。人によって大切なものはさまざま。それを見極め、そして尊重することができないようでは、まだまだ私の片腕になるのは難しいという事だ。君の処分については追って連絡をする。まあ、もっと研鑽することだね。さがりたまえ」
「は、はい……」
すでにダイス市長は意気消沈。
そのまま部屋を後にすると、アードベッグ辺境伯がもう一度、頭を下げた。
「という事で、今回の件については私に預けてくれると助かる。ダイス君については、自領での政務についてはそれほど悪い噂は聞き及んでいない。ただ、私の査察があったために、あのように無理難題を吹っ掛けて来たとおもう。出世欲が高すぎるのも難点だが、これで少しは懲りたであろうから」
「まあ、あとはお任せします。俺としても、のんびりと商売が出来ればそれでいいと思っているのでね」
「そういってくれると助かる……ああ、今日の売り上げについてはこちらで補償もするので」
「それは助かります……」
という事で、ダイス市長の暴走の件はアードベッグ辺境伯預かりという事で決着はついた。
俺も一日分の露店の売り上げを保証してくれるということ、今使っている露店の区画については、半年間ほど無償で提供してくれるということで決着がついた。
まあ、あとは露店に戻って、二人の様子を見て片づけをするだけ。
………
……
…
――中央広場
「はぁ、そうだよなぁ。クーラーボックスの中に、ワンカップも入れておいたんだよなぁ」
無事に露店に戻ってきたのだが。
すでに炭火は落とされていて、荷物も全て纏められているのはいいんだが。
「あ~、ユウヤ、おかえりなさい」
「こっちの片付けも全て終わりました。材料は全て捌ききりましたのでご安心ください。あとですね」
疲れ果てて座り、ラムネを飲んでいるシャットとマリアン。
その近くでは、地面にどっかりと座り込んで、カップ酒片手につまみをパクついている冒険者たちの姿があった。
しかも、どいつもこいもへべれけ状態。
数日前のアベルとミーシャなんて目じゃないほどに酔っぱらっている奴らばかり。
「ああ、助かったよ。こっちは無事に終わったので、あとは片づけて飯でも食いに行くか? 酔っ払いについてはまあ、放置という事で」
「ご飯ですか……それは嬉しいですね」
「ユウヤ、久しぶりに越境庵で食べたいにゃ!!」
「うちでか……まあ、たまにはいいか」
ということで荷物を片付けてから、一旦、俺の止まっている宿に向かう。
俺の部屋に移動して俺だけ越境庵に移動すると、正面入り口を開いて部屋と店を接続した。
「ま、たまにはいいでしょう……いらっしゃい」
「はいっ、おじゃまします」
「辺境伯のところでなにがあったか、教えて欲しいにゃ」
「はいはい。その前に飯でも作るから待っていろって」
そういえば、広場に酔っ払いたちを放置して来たけれど……まあ、いいか。
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