隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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酒と肴と、領主と親父

31品目・強欲商人と、値切られた香辛料(香辛料取引、初日は失敗)

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 猛暑対策で炭焼き系のメニューからカレー粉をたっぷりと使ったキーマカレー・トルティーヤに変更したのはよかったが。
  
 冷たい瓶ビールとびりっと香辛料の効いたトルティーヤの組み合わせは、予想外の盛況ぶりを発揮。
 賄い飯用によけておいたもの以外は、全て完売した。
 そして賄いも終わり露店を撤去したとき、周囲で待機していたらしい商人たちが次々と集まって来た。
 
「あの香辛料の料理は、どうやって作るのかね?」
「それよりも、香辛料はどこで仕入れたのだ? あの料理に使われている香辛料の量から考えると、あんな安値で販売できるはずがないだろう」
「頼む、商人としての流儀に反していることは重々承知のうえで、仕入れルートを教えて欲しい」
「う~ん、そう言われましてもねぇ……」
 
 ふと気が付くと、俺に取引を持ち掛けている商人たちと、この街で普段見かける商人とは服装が大きく異なっていのに気が付いた。
 この街の商人たちの服装は、大体が麻地のシャツやズボンを着用し、その上にベストを重ね着しているのが普通。
 俺のように作務衣にジーンズ、スニーカーといった格好は目立ちすぎるのだが、『ユウヤの露店の主人』という感じに定着している。 
 だが、ここに集まった商人たちは、どっちかというと白地のロングコートのような衣服を身に纏っている、いわば地球でいうところの『カンドゥーラ』って奴を着た中東の人たちってかんじだな。
 だが、ここまで熱心に頼み込んでくるっていう事は、何か理由があるのかもしれない。
 最後に話を持ち掛けた商人など、流儀に反するのはって話していたからなぁ。

「そうですね。それじゃあ、どうして俺から香辛料を仕入れたいのか、説明して貰えますか? 理由によっては多少なら融通しても構いませんが」

 そう告げた時、二人の商人はほっとした顔をしていたが、一人はどうにも、口元に変な笑みを浮かべている。こいつはやばい奴かもしれないな。

「実は、我々は海向こうのティラキート藩王国の商人です。こちらがそれを示す藩王国の組合章、こっちがこの国の商業許可証です」

 二つの紋章入り首飾りを取り出して提示してくれたので、チラッと後ろで眺めているマリアンに視線を送ってみる。

「ユウヤ店長、それは本物で間違いはありません。藩王国の組合章からは魔力を感じられますし、商業許可証はこの国の商業組合の者に間違いありません」
「そっか、サンキュー」

 俺とマリアンの会話に安堵したのか、一人がネックレスを懐にしまい込んで話を続けてくれた。

「私たちが所属しているのはティラキート藩王国の藩王であるアブドゥラ・ティラキートさまの直営であるバギャン商会です。この国の南方のいくつかの領主の元と香辛料や綿花などの交易を行っていたのですが、実は此度の交易船が嵐に巻き込まれてしまい、消息不明となってしまったのです」
「そしてその交易船に積んであった積荷の一部は、この国の王家から直々に依頼されていたもの。このままではバギャン商会の信用にも関わってしまいます」

 なるほどねぇ。
 この話が本当なら、王家に卸す香辛料だけでもどうにか手配しなくてはならないと。

「それでですね、どうしたものかと途方に暮れていたところ、王都の冒険者からの噂で、北方のアードベック辺境伯領に一風変わった商人がいるという噂を聞きまして。私たちがこまこまでやって来たのですよ。まあ、空の荷馬車を走らせるのは無駄という事もあって、こうして交易品を乗せて露店を行いつつ、その商人についての情報を集めていたのです……ご理解いただけましたか?」
「まあ、ね」

 この話が全て真実だったら、融通してもいい。
 ただ、何処まで信憑性があるかどうか。

「シャット、冒険者組合で南方の交易船が行方不明になったという噂が無いか、確認してきてくれるか?」
「わかったにゃ!!」
「ということで、すいませんが裏付けを取らせてもらいますよ、ああ、ある程度の信憑性があれば別に融通してもいいと思っていますので」
「そうですか……助かります」

 そのまま暫くは、バギャン商会の三人と雑談を楽しむ。
 といっても、海向こうの国の料理に興味があったので、どんな料理があるのかといった程度。
 香辛料をふんだんに使った料理が多いかと思って話を聞いてみたら、肉料理には香辛料を使うものの野菜主体の料理については少ししか使わないらしい。
 それでもこの国の料理に使用されている量の5倍以上は使っているらしいので、流石は香辛料大国なのだなと思って話を聞いていた。

「ユウヤァ!! 王都からの隊商交易馬車できた冒険者たちから話を聞いてきたよ」
「お、ありがとさん。それでどんな感じだった?」
「王都で香辛料を取り扱っている商会が、積荷が届かなくなったってぼやいていたらしいよ。あと、香辛料を使った料理とかにもいくつか欠品がでていたり、冒険者組合に野生の香辛料の採取依頼が多く掲示されているようだにゃ」

 お、これはありがたい。
 どうやら裏付けも取れたようなので、 

「それじゃあ、交渉に入りましょうか」
「では、まず私から……」

 俺が話を振ってみると、3人の中で最もうさん臭そうなやつが前に出てきた。

「ユウヤ店長、香辛料の取引でしたら、一度商業組合に行ってそこで仲介をお願いしたほうが良いかと思いますわ。ものが高価な商品なので、しっかりとしたところを通して適正価格で取引することをおすすめします」

――チッ
 マリアンがそう忠告してくれたのと、目の前の商人が舌打ちしていたのはほぼ同時。

「そ、それでは時間が掛かってしまいます。今ならば、適正価格の2倍、いや3倍はお支払いできますが」 
「う~ん、それじゃあ商業組合に場所を移しましょう。やはりここは、組合に間に入って貰った方が良い気がしますので」
「そうですな。では移動することにしましょう」

 シャットが戻ってくる前に露店の片づけは終えてある。
 ということで、俺たち三人とバギャン商会の3人は、一度商業組合に向かい、間に入って貰うことにした。

 〇 〇 〇 〇 〇

――商業組合
 組合受付で事情を説明すると、一人の職員が仲介担当を請け負ってくれた。
 幸いなことに、この街で過去に香辛料を取り扱っていた記録があったので、それに合わせて適正価格を決定して貰うことになった。
 そして不足している香辛料について可能ならばサンプルを見せて貰い、ついでに『詳細説明』を確認し、地球でいうところの香辛料がどれにあたるのかを確認。
 彼らの必要量とこっちの在庫うんぬんについては詳しく知らべてからということで今日は商業組合を後にし、宿から越境庵に移動したのち、過去の仕入れリストをチェック。
 必要な香辛料が全部で12種類、特に必要なのがクミン、ターメリック、コリアンダー、カルダモン、シナモンにあたるものらしく、このあたりをそれぞれ20キロずつ、その他を10キロほど融通して欲しいと頼まれたが。

「参ったなぁ……これを全て仕入れるとすると、150万円は軽く超えるじゃないか」

 取引先の食材取り扱いメーカーからは、ギャバンの香辛料は仕入れることができる。
 だが、それにしても種類と値段が問題。
 今の店に置いてある予算を考えても、流石にこれだけの金額の取引を行うというのは、正直言って難しい。
 もっとも、全てを揃えられなくてもとは話していたので、必要五種類を10キロずつ、のこり7種を4キロずつならどうにか可能。
 ただ、明日の取引で買いたたかれる可能性もある。

「そうなったとしたら、当面は香辛料料理が続くことになるが……だんだんと涼しくなるから、それでも構わないか」

 ということで、仕入れについては開き直ってしまうことにした。
 あとは明日の朝、届いた香辛料を入れるためのツボを町の雑貨屋で購入し、人海戦術で詰め替えるするか。

「シャットとマリアンの二人にも、詰め替えを手伝って貰って……うん、ちょっとしたバイトと思えばいいか」

………
……


――翌日夕方、商業組合
 昼間の露店は、つくねと野菜串で済ませた。
 そして賄い飯を食べ終わったあたりでバギャン商会の3人がやって来たので、全員で一度商業組合へと移動。
 昨日頼んだ仲介担当職員の前で、俺は香辛料の入っている壺を次々と取り出してテーブルの上に並べるのだが。

「ふむ、どうやら予想よりも低品質のものを揃えて来たようですね」

 一人の商人が、蓋を開けてそう呟いた。
 そして残り二人の顔をちょっとみると、なにか言いたそうな雰囲気だったが、俯いて沈黙している。

「ほう、では、どれぐらいの価値があると思いで?」
「ここにある香辛料、全て纏めて80万メレル。これ以上は出せませんね……って、おい、何をしている?」

 いきなり、仕入れ価格の2/3の金額を言われたら、こっちとしても取り下げるしかないだろう。

「いえね、こっちの仕入れ原価を大きく割っているもので。それなら取引無しで構いませんよ」

 そう告げつつ、テーブルの上に置いてある鞄の中に俺とシャット、マリアンの三人て次々と壺を閉まっていく。すでに空間収納ストレージと鞄の入り口を連動させてあるので、二人に手伝って貰ってすべてのツボを収納した。

「ま、待て、そんなに大量の香辛料の在庫を抱えてどうするつもりだ、ものが高価なだけに、早々に現金化することはできないぞ」
「まあ、昨日のうちの料理は見ていましたよね? 普通に使うので問題はありませんよ。と、どうやら交渉は失敗のようです、お手数をおかけしました」
「いえ、問題はありません。まあ、こちらの予想額よりもはるかに安い金額提示だったので、そうなるだろうとは思っていましたから」
「ま、待て、待ってくれ、それじゃあどうだ、90万出す、それなら赤字にはならないだろう?」

 ここにきて10万メレルの追加ねぇ。
 それでも赤字なので、やはり今回はやむなし。

「はぁ……それでも赤字なのですよ。では、これで失礼します」

 仲介担当職員に頭を下げてから、残りバギャン商会の二人にも頭を下げて部屋から出ようとしたら。

「180万だす。それでどうだ!!」
「ばっ、馬鹿野郎、貴様はだまっていろと言っただろうが!!」
「煩い、貴様こそ欲の皮を吊っぱらせるな! ここで取引が失敗したら、王都の商会主にどんな顔をすればいいのだ。そもそも貴様が、商会主にいい顔をして香辛料を入手出来るなどと話したからこそ、こんなことになったのだぞ!!」

 ふむ。
 どうやら仲違いをし始めたようで、組合の職人もうんざり顔である。

「どうにも話し合いにならなさそうなので、一旦、この場を引き下がって話し合いを行っていただきます。ちなみにバギャン商会としては、どれだけ出せるのでしょうか?」
「さっきも話した通り90万が限界です、はい」
「商会主からは200万の支度金を預かってきていますので、それを上限として取引を」
「はぁ……では、また明日にでも。ということでユウヤ店長、明日、またご足労お願いします」
「まあ、その方がよさそうですね。それでは」

 ということで、今日はこの場を離れることにしよう。
  まったく、交渉するにしても、もう少し意思の統一をして欲しいとこだよ。
 時間の無駄になったじゃないか。
 
「あのバギャン商会の方、どうやら仕入れ値を誤魔化して差額を懐にいれようとしていたようですわね。それを暴露されて誤魔化そうとしていたようですわ」
「そうだよなぁ。まあ、こっちとしては仕入れ値よりも少しだけ儲けられればいいか……って、ちょいと風が冷たくなってきたなぁ」
「クンクン……明日は曇りだにゃ。雨の匂いはしないから大丈夫だけれど、ちょっと冷えるにゃ」

 それじゃあ、明日の露店はあったかい料理の方がいいか。
 カレーライス……は、あの見た目で敬遠されるかもしれないから、せいぜい賄い用だけ用意しておいて。なにか別のものを考えるとするか。
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