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酒と肴と、領主と親父
32品目・香辛料取引の結末と、急いで作る賄いカレー(三輪自転車と賄いカレーライス)
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香辛料取引の為、王国南方のバギャン商会との仲介を商業組合に頼んだのは良かったのだが。
結果としては、どうやらバギャン商会の商人の一人が欲の皮をっつばらせてしまい、俺から格安で香辛料を入手しようとしていた事が発覚。
俺としてはこういった取引で儲ける気は毛頭ないので、原価+若干の手数料で手を打つつもりだったのだが、原価すら回収できない金額を提示されたため交渉は失敗。
バギャン商会としても、ここで取引を失敗した場合の責任は重いらしく、商人の一人が本来の交渉提示額をばらしたため身内同士で大いにもめまくった。
という事で、話し合いは翌日に持ち越し。
バギャン商会の連中も一旦宿かどこかに戻り話し合いをするようで。
まったく、面倒なことは一回で終わらせて欲しいものだよ、本当に。
………
……
…
――深夜・ユウヤの泊っている宿
町の明かりが静まり、夜空に月が浮かんでいる時間。
ユウヤの宿泊している部屋の外から、なにやら物音が聞こえてくる。
カチャツとドアの鍵が開けられると、二人組の人影が音を立てずゆっくりと部屋に侵入。
そのまま目配せをするように合図を送り合うと、ベッド横に置いてあったユウヤの鞄を静かに持ち上げる。
やがて、人が寝静まっていると思わしきベッドから離れると、入って来た部屋の扉から静かに退室。
鍵を掛け直してから、一目散に退散していった。
――タッタッタッタッ
宿の外、少し離れた路地裏では、バギャン商会の商人の一人であるブリタイが宿から走って来る男たちを笑顔で迎え入れていた。
「おお、戻って来たか。首尾はどうだね?」
そう問いかけるブリタイに、男たちはユウヤの鞄を手渡す。
「しっかり寝静まっていましたぜ。俺たちが侵入したことにも気が付いていないようです」
「これが、約束の品です。それじゃあ、俺たちはこれで……」
「ああ、これで取引は成立だ。すまなかったな」
ブリタイは鞄を手にしてから、男たちに軽くねぎらいの言葉を告げる。
彼は今回の香辛料取引で、ユウヤから格安で仕入れを行った後、差額を懐に入れようと考えていた。
残る二人の商人ラ-ジャンとアヴィーブの二人にも多少の金を握らせて口止めしようと考えていたのだが、ユウヤとの取引は不成立。
このままでは不味いと考えて一旦は商業組合を後にしたものの、3人での話し合いは平行線のまま。
まずは取引を成立させることが大切であると二人に諭されたので、その場ではやむなく提案を受け入れたのだが、それでは腹の虫が治まらなかったので、街の裏組織である盗賊組合を探して仕事を依頼。
ユウヤが持っていた鞄を盗み出させたのである。
「……しかし、まさかアイテムバッグとはねぇ。まあ、この手のマジックアイテムはカバンを破壊した時点で効果は消滅する……どれ、それじゃあお宝を見せて貰いましょうかねぇ」
自分たちが使っていた荷馬車まで移動し、その中でユウヤの鞄をナイフで切り裂く。原型をとどめないほどに破壊すれば、空間拡張の加護は失われ、荷物がその場に姿を現わすのであるが……。
――ジャキッ、ジャキッ
ブリタイがどれだけ切り裂いても、アイテムバッグの中身は零れ落ちない。
「糞ッ……どうして中身が出てこないっ。まさか、俺が盗ませることを計算して、偽物を用意していたのか……」
ズタズタに切り裂かれたバッグの残骸を前に、ブリタイはただ悪態をつくだけ。
今からもう一度、盗賊を雇うには時間が足りない。
かと言って、もう一日時間を稼ぐとなると、納品までに戻れるかどうかも分からない。
「こうなったら……意地でも取引を妨害し、奴から頭を下げるようにしむけるしかあるまい。たかが地方の商人風情が、バギャン商会に楯突くとどうなるか教えてやらねばなるまい……」
そのまま朝日が昇るまで、次の手を考えていたブリタイだが。
気が付くと馬車の荷台で居眠りを開始、そのまま落ちるように熟睡してしまった。
そしてふと目が覚めると、時間はすでに昼を大きく回っている。
慌てて取引に向かう準備を始めるが、他の二人はすでに取引を終えて戻って来ていたという。
………
……
…
――翌日・昼前
昨日は、シャットとマリアンの提案で宿に泊まることなく、越境庵の小上がりでごろ寝していた。
まあ、以前にも何度か、夜半過ぎまで仕込みをしてそのまま泊まり込むなんて言うのもやったことがある。その為に事務室の棚には俺専用の毛布も置いてあるので、エアコンの温度を調節しておけば、そんなに寒さも気にならない。
ということで、朝一番で越境庵から宿の部屋に戻ったのだが、案の定、ベッドの横に置いてあった鞄が無くなっていることに気が付いた。
「……なるほどねぇ。冒険者の勘って奴は、結構当たるものだなぁ。こりゃあ、二人には何かいいものでも食わせてやらんとならないな」
そう思って宿の外に向かい、朝日を浴びる。
今日は昨日よりもやや涼しく、風もちょっとだけ肌寒い。
昼の露店のメニューをどうするか考えていると、昨日のバギャン商会の二人が宿の前にやって来た。
「先日は申し訳ありません。実はお願いがあって参りました」
「昨日の取引ですが、今からでも再開したいのですが、よろしいでしょうか?」
はて。
取引の時間は夕方からだったはずだが。
それに、昨日の煩い奴の姿も見えない。
「そりゃあ構いませんけれど、なにかあったのですか?」
「いえ、ブリタイは不正を働こうとしていたようでして、昨日の話し合いでは意見が纏まらなかったのですよ」
「ですから、彼抜きで取引を終えてしまい、ブリタイが気が付いた頃にはこの街を立ち去ろうと思っています」
はぁ、なるほどねぇ。
「こっちとしては別に構いやしませんが、そちらはあとで揉めませんか?」
「ブリタイが色々と画策していた証拠は昨晩のうちに抑えてあります。あとは納品用の取引を終えてしまえば、何も文句はでないでしょう」
「そもそも商業組合を通しての取引です、あとから文句を付けようがありませんので」
「そうでしたか。では、今からでよろしければ構いませんよ」
ということで、そのまま二人の商人さんと共に商業組合に移動。
事情を説明して仲介担当職員を一人付けて貰うと、あとはスムーズな取引が完了した。
香辛料は商業組合の倉庫に下ろし、あとでバギャン商会の馬車で引き取りに来てもらう。
高額取引のため、商業組合から正式な取引完了証書も発行して貰ったので、これで全ては完了。
昼前には全て終わらせたので、あとは露店を開くだけ。
一度宿に戻り越境庵案に移動、仕入れたものを全て冷蔵庫に放り込んだまではいいのだが。
「……あと2時間で露店かよ。流石に今から仕込めるものって、何かあったかなぁ」
厨房倉庫の冷蔵庫内をくまなくチェック。
今使えそうなものと言えば、昨日に続きキーマカレーの材料とトルティーヤのみ。他にもある程度の在庫はあるが、流石に100人分単内での在庫はない。
「……となると、今日は普通にカレーライスでも作りますかねぇ。この気温と風だと、それが早いか」
そうと決まれば、あとは仕込み。
まずはご飯を炊くところからスタート。
野菜はタマネギ、ニンジン、茄子の三つを使用。
タマネギは皮を剥いてくし形にカット、茄子とニンジンは乱切り。
そしてカットした野菜のうち茄子は水に漬けてあく抜き、その間に人参と玉ねぎはバターで炒めてから寸胴へ移動。
鶏ひき肉は卵とパン粉を加えてから塩コショウでうっすらと味付けしておき、それを一口大に丸めると、170度の油で揚げておく。
さらにあく抜きした茄子もバターで軽く炒めてから寸胴にぶち込み、そこに水と牛乳、隠し味にビールを加えて火にかける。
「うん、ギリギリどうにかなるか」
寸胴の中のスープが沸騰してきたら、次に揚げた虎団子をスープの中に投下。
そして野菜に火が通る前に、大きめのフライパンにトマトピューレを入れてから、スープも少し加えて火にかける。
あとは昨日仕入れたスパイスを加えてカレーペーストを作ると、これを寸胴に入れてゆっくりと火に掛けるだけ。全体的にとろみがつき始めたら、塩コショウであたりを取り、仕上げにヨーグルトを少々加えて混ぜるだけて完成だ。
「……まあ、急ぎ仕事だが、こんな感じか」
本当なら、ニンニクや生姜を加えたり、タマネギを飴色まで炒めたりしたいところだが。
そこまで本格的ではない、賄い飯用カレーの完成だ。
そして慌てて時計を確認すると、急いで移動しないと露店に間に合わない。
別に時間については自由なんだけれど、やっぱりいつも同じ時間に開けておいた方が客も離れないだろうさ。
「ううむ……仕方がない、あれを使うか」
完成したばかりのカレーの入った寸胴と保温ジャーを厨房倉庫に保存。
そして急ぎ宿から外に飛び出すと、事務室裏口近くに放置してあった三輪自転車を厨房倉庫から引っ張り出し、広場まで全力で走り出した。
………
……
…
――広場・露店
「おお、今日はユウヤの方が遅いにゃ……ってなんじゃ、そりゃ!」
「え、馬でもない謎の物体……それはなんですか?」
「ま、まあ、越境庵の備品だな。それよりも、とっとと準備をするので」
急ぎ三輪自転車を厨房倉庫に放り込むと、入れ替わりにテーブルと五徳、ガス台とカレーの入った寸胴を引っ張り出す。
その横には保温ジャーと紙製のボウル皿、スプーンを用意。
クーラボックスは瓶ジュースとラムネのみ、世界のビールフェアで仕入れたビールは昨日一日で完売しちまったからな。
「よっし、これでどうにか体裁はとれたな。ということで、今日のメニューはカレーライスだ。まあ、見た目は良くないが、まずは味見をしてくれ」
トマトピューレを多めに使った、酸味のあるカレーライス。
定番のウコンを使ったカレー色ではないので、それほど抵抗はないだろうと思った。
「んんん……きのうのキーマカレーのよう香りだにゃ?」
「まあ、そんな感じだな。ご飯とちょいと混ぜて食べてみな……って、マリアンはもう食べていたか」
「んーんんんーーー」
シャットに説明している最中に、すでにマリアンは実食中。
「これは、すっごい美味しいです、昨日のよりも香辛料が強烈で、うん、なんというか贅沢の極みです」
「はぅあ……ユウヤぁ、お代わりを所望するにゃ」
「後にしろ、あとに。それじゃあ、とっとと準備して始めるとするか」
あとはいつも通りの露店開始。
昨日のキーマカレートルティーヤの噂を聞きつけたらしいアードベック辺境伯の使いの者も並んでいて、しっかりと4人分のカレーライスを購入していった。
そのあとはまあ、やはり香辛料を使っている料理っていうのは匂いで分かるらしく、昨日来ていた冒険者たちも次々と来店。予定よりも40分も早く、露店は終了となった。
「ん~、明日もこれがいいにゃ」
「でも、高くつきますよねぇ。香辛料って、やっぱり原価が掛かってしまいますので」
「そこは秘密のルートがあってね……と、おや、バギャン商会の皆さん、これから出発ですか?」
俺たちが賄い飯を食べている最中、ちょうど目の前をバギャン商会の馬車が横切った。
御者台には今朝方取引をした商人が、その後ろの荷台部分には二人商人が座っている。幌が掛けてあってよく見えないが、俺から買い取った香辛料を大量に積み込んでいるのだろう、やや速度も遅い。
「ええ。今回は良い取引でした。それではユウヤさんに、商神の加護がありますように」
「それでは、失礼します。南部にお立ち寄りの際は、一度、バギャン商会にも顔を出してください」
「ふん……ほら、とっとといけよ」
まあ、一人の商人には嫌われているのは分かっている。
だから俺は軽く手をあげるだけにしておく。
「……ユウヤァ、カレーライスのお代わりがほしいにゃ」
「そこの寸胴の奴は好きに食べていいから。飯は分かるだろう?」
「わ、わ、私も……」
楽しそうにご飯をよそい、カレーを掛ける二人。
まったく、こんなごたごたが無ければ、カレーライスなんて作ることは無かったかもな。
「そういえば、今日は食いしん坊のマーブルの姿が見えなかったが?」
「ああ、今週末の冥神日から、この領都は収穫祭にはいるからにゃ。そのために、組合にいって交渉していると思うにゃ」
「交渉?」
「ええ、吟遊詩人ですから、酒場のでステージを借りて演奏するのですよ。そのために、ステージを持っている酒場の確認とか、直接交渉とか色々と忙しいのですよね。吟遊詩人同士で、歌の演目が重ならないようにしないとなりませんし」
へぇ。
吟遊詩人っていうのも、色々と大変なんだなぁ。
それにしても、収穫祭か。
ちょいと面白いものでも、作ってみるかなぁ。
結果としては、どうやらバギャン商会の商人の一人が欲の皮をっつばらせてしまい、俺から格安で香辛料を入手しようとしていた事が発覚。
俺としてはこういった取引で儲ける気は毛頭ないので、原価+若干の手数料で手を打つつもりだったのだが、原価すら回収できない金額を提示されたため交渉は失敗。
バギャン商会としても、ここで取引を失敗した場合の責任は重いらしく、商人の一人が本来の交渉提示額をばらしたため身内同士で大いにもめまくった。
という事で、話し合いは翌日に持ち越し。
バギャン商会の連中も一旦宿かどこかに戻り話し合いをするようで。
まったく、面倒なことは一回で終わらせて欲しいものだよ、本当に。
………
……
…
――深夜・ユウヤの泊っている宿
町の明かりが静まり、夜空に月が浮かんでいる時間。
ユウヤの宿泊している部屋の外から、なにやら物音が聞こえてくる。
カチャツとドアの鍵が開けられると、二人組の人影が音を立てずゆっくりと部屋に侵入。
そのまま目配せをするように合図を送り合うと、ベッド横に置いてあったユウヤの鞄を静かに持ち上げる。
やがて、人が寝静まっていると思わしきベッドから離れると、入って来た部屋の扉から静かに退室。
鍵を掛け直してから、一目散に退散していった。
――タッタッタッタッ
宿の外、少し離れた路地裏では、バギャン商会の商人の一人であるブリタイが宿から走って来る男たちを笑顔で迎え入れていた。
「おお、戻って来たか。首尾はどうだね?」
そう問いかけるブリタイに、男たちはユウヤの鞄を手渡す。
「しっかり寝静まっていましたぜ。俺たちが侵入したことにも気が付いていないようです」
「これが、約束の品です。それじゃあ、俺たちはこれで……」
「ああ、これで取引は成立だ。すまなかったな」
ブリタイは鞄を手にしてから、男たちに軽くねぎらいの言葉を告げる。
彼は今回の香辛料取引で、ユウヤから格安で仕入れを行った後、差額を懐に入れようと考えていた。
残る二人の商人ラ-ジャンとアヴィーブの二人にも多少の金を握らせて口止めしようと考えていたのだが、ユウヤとの取引は不成立。
このままでは不味いと考えて一旦は商業組合を後にしたものの、3人での話し合いは平行線のまま。
まずは取引を成立させることが大切であると二人に諭されたので、その場ではやむなく提案を受け入れたのだが、それでは腹の虫が治まらなかったので、街の裏組織である盗賊組合を探して仕事を依頼。
ユウヤが持っていた鞄を盗み出させたのである。
「……しかし、まさかアイテムバッグとはねぇ。まあ、この手のマジックアイテムはカバンを破壊した時点で効果は消滅する……どれ、それじゃあお宝を見せて貰いましょうかねぇ」
自分たちが使っていた荷馬車まで移動し、その中でユウヤの鞄をナイフで切り裂く。原型をとどめないほどに破壊すれば、空間拡張の加護は失われ、荷物がその場に姿を現わすのであるが……。
――ジャキッ、ジャキッ
ブリタイがどれだけ切り裂いても、アイテムバッグの中身は零れ落ちない。
「糞ッ……どうして中身が出てこないっ。まさか、俺が盗ませることを計算して、偽物を用意していたのか……」
ズタズタに切り裂かれたバッグの残骸を前に、ブリタイはただ悪態をつくだけ。
今からもう一度、盗賊を雇うには時間が足りない。
かと言って、もう一日時間を稼ぐとなると、納品までに戻れるかどうかも分からない。
「こうなったら……意地でも取引を妨害し、奴から頭を下げるようにしむけるしかあるまい。たかが地方の商人風情が、バギャン商会に楯突くとどうなるか教えてやらねばなるまい……」
そのまま朝日が昇るまで、次の手を考えていたブリタイだが。
気が付くと馬車の荷台で居眠りを開始、そのまま落ちるように熟睡してしまった。
そしてふと目が覚めると、時間はすでに昼を大きく回っている。
慌てて取引に向かう準備を始めるが、他の二人はすでに取引を終えて戻って来ていたという。
………
……
…
――翌日・昼前
昨日は、シャットとマリアンの提案で宿に泊まることなく、越境庵の小上がりでごろ寝していた。
まあ、以前にも何度か、夜半過ぎまで仕込みをしてそのまま泊まり込むなんて言うのもやったことがある。その為に事務室の棚には俺専用の毛布も置いてあるので、エアコンの温度を調節しておけば、そんなに寒さも気にならない。
ということで、朝一番で越境庵から宿の部屋に戻ったのだが、案の定、ベッドの横に置いてあった鞄が無くなっていることに気が付いた。
「……なるほどねぇ。冒険者の勘って奴は、結構当たるものだなぁ。こりゃあ、二人には何かいいものでも食わせてやらんとならないな」
そう思って宿の外に向かい、朝日を浴びる。
今日は昨日よりもやや涼しく、風もちょっとだけ肌寒い。
昼の露店のメニューをどうするか考えていると、昨日のバギャン商会の二人が宿の前にやって来た。
「先日は申し訳ありません。実はお願いがあって参りました」
「昨日の取引ですが、今からでも再開したいのですが、よろしいでしょうか?」
はて。
取引の時間は夕方からだったはずだが。
それに、昨日の煩い奴の姿も見えない。
「そりゃあ構いませんけれど、なにかあったのですか?」
「いえ、ブリタイは不正を働こうとしていたようでして、昨日の話し合いでは意見が纏まらなかったのですよ」
「ですから、彼抜きで取引を終えてしまい、ブリタイが気が付いた頃にはこの街を立ち去ろうと思っています」
はぁ、なるほどねぇ。
「こっちとしては別に構いやしませんが、そちらはあとで揉めませんか?」
「ブリタイが色々と画策していた証拠は昨晩のうちに抑えてあります。あとは納品用の取引を終えてしまえば、何も文句はでないでしょう」
「そもそも商業組合を通しての取引です、あとから文句を付けようがありませんので」
「そうでしたか。では、今からでよろしければ構いませんよ」
ということで、そのまま二人の商人さんと共に商業組合に移動。
事情を説明して仲介担当職員を一人付けて貰うと、あとはスムーズな取引が完了した。
香辛料は商業組合の倉庫に下ろし、あとでバギャン商会の馬車で引き取りに来てもらう。
高額取引のため、商業組合から正式な取引完了証書も発行して貰ったので、これで全ては完了。
昼前には全て終わらせたので、あとは露店を開くだけ。
一度宿に戻り越境庵案に移動、仕入れたものを全て冷蔵庫に放り込んだまではいいのだが。
「……あと2時間で露店かよ。流石に今から仕込めるものって、何かあったかなぁ」
厨房倉庫の冷蔵庫内をくまなくチェック。
今使えそうなものと言えば、昨日に続きキーマカレーの材料とトルティーヤのみ。他にもある程度の在庫はあるが、流石に100人分単内での在庫はない。
「……となると、今日は普通にカレーライスでも作りますかねぇ。この気温と風だと、それが早いか」
そうと決まれば、あとは仕込み。
まずはご飯を炊くところからスタート。
野菜はタマネギ、ニンジン、茄子の三つを使用。
タマネギは皮を剥いてくし形にカット、茄子とニンジンは乱切り。
そしてカットした野菜のうち茄子は水に漬けてあく抜き、その間に人参と玉ねぎはバターで炒めてから寸胴へ移動。
鶏ひき肉は卵とパン粉を加えてから塩コショウでうっすらと味付けしておき、それを一口大に丸めると、170度の油で揚げておく。
さらにあく抜きした茄子もバターで軽く炒めてから寸胴にぶち込み、そこに水と牛乳、隠し味にビールを加えて火にかける。
「うん、ギリギリどうにかなるか」
寸胴の中のスープが沸騰してきたら、次に揚げた虎団子をスープの中に投下。
そして野菜に火が通る前に、大きめのフライパンにトマトピューレを入れてから、スープも少し加えて火にかける。
あとは昨日仕入れたスパイスを加えてカレーペーストを作ると、これを寸胴に入れてゆっくりと火に掛けるだけ。全体的にとろみがつき始めたら、塩コショウであたりを取り、仕上げにヨーグルトを少々加えて混ぜるだけて完成だ。
「……まあ、急ぎ仕事だが、こんな感じか」
本当なら、ニンニクや生姜を加えたり、タマネギを飴色まで炒めたりしたいところだが。
そこまで本格的ではない、賄い飯用カレーの完成だ。
そして慌てて時計を確認すると、急いで移動しないと露店に間に合わない。
別に時間については自由なんだけれど、やっぱりいつも同じ時間に開けておいた方が客も離れないだろうさ。
「ううむ……仕方がない、あれを使うか」
完成したばかりのカレーの入った寸胴と保温ジャーを厨房倉庫に保存。
そして急ぎ宿から外に飛び出すと、事務室裏口近くに放置してあった三輪自転車を厨房倉庫から引っ張り出し、広場まで全力で走り出した。
………
……
…
――広場・露店
「おお、今日はユウヤの方が遅いにゃ……ってなんじゃ、そりゃ!」
「え、馬でもない謎の物体……それはなんですか?」
「ま、まあ、越境庵の備品だな。それよりも、とっとと準備をするので」
急ぎ三輪自転車を厨房倉庫に放り込むと、入れ替わりにテーブルと五徳、ガス台とカレーの入った寸胴を引っ張り出す。
その横には保温ジャーと紙製のボウル皿、スプーンを用意。
クーラボックスは瓶ジュースとラムネのみ、世界のビールフェアで仕入れたビールは昨日一日で完売しちまったからな。
「よっし、これでどうにか体裁はとれたな。ということで、今日のメニューはカレーライスだ。まあ、見た目は良くないが、まずは味見をしてくれ」
トマトピューレを多めに使った、酸味のあるカレーライス。
定番のウコンを使ったカレー色ではないので、それほど抵抗はないだろうと思った。
「んんん……きのうのキーマカレーのよう香りだにゃ?」
「まあ、そんな感じだな。ご飯とちょいと混ぜて食べてみな……って、マリアンはもう食べていたか」
「んーんんんーーー」
シャットに説明している最中に、すでにマリアンは実食中。
「これは、すっごい美味しいです、昨日のよりも香辛料が強烈で、うん、なんというか贅沢の極みです」
「はぅあ……ユウヤぁ、お代わりを所望するにゃ」
「後にしろ、あとに。それじゃあ、とっとと準備して始めるとするか」
あとはいつも通りの露店開始。
昨日のキーマカレートルティーヤの噂を聞きつけたらしいアードベック辺境伯の使いの者も並んでいて、しっかりと4人分のカレーライスを購入していった。
そのあとはまあ、やはり香辛料を使っている料理っていうのは匂いで分かるらしく、昨日来ていた冒険者たちも次々と来店。予定よりも40分も早く、露店は終了となった。
「ん~、明日もこれがいいにゃ」
「でも、高くつきますよねぇ。香辛料って、やっぱり原価が掛かってしまいますので」
「そこは秘密のルートがあってね……と、おや、バギャン商会の皆さん、これから出発ですか?」
俺たちが賄い飯を食べている最中、ちょうど目の前をバギャン商会の馬車が横切った。
御者台には今朝方取引をした商人が、その後ろの荷台部分には二人商人が座っている。幌が掛けてあってよく見えないが、俺から買い取った香辛料を大量に積み込んでいるのだろう、やや速度も遅い。
「ええ。今回は良い取引でした。それではユウヤさんに、商神の加護がありますように」
「それでは、失礼します。南部にお立ち寄りの際は、一度、バギャン商会にも顔を出してください」
「ふん……ほら、とっとといけよ」
まあ、一人の商人には嫌われているのは分かっている。
だから俺は軽く手をあげるだけにしておく。
「……ユウヤァ、カレーライスのお代わりがほしいにゃ」
「そこの寸胴の奴は好きに食べていいから。飯は分かるだろう?」
「わ、わ、私も……」
楽しそうにご飯をよそい、カレーを掛ける二人。
まったく、こんなごたごたが無ければ、カレーライスなんて作ることは無かったかもな。
「そういえば、今日は食いしん坊のマーブルの姿が見えなかったが?」
「ああ、今週末の冥神日から、この領都は収穫祭にはいるからにゃ。そのために、組合にいって交渉していると思うにゃ」
「交渉?」
「ええ、吟遊詩人ですから、酒場のでステージを借りて演奏するのですよ。そのために、ステージを持っている酒場の確認とか、直接交渉とか色々と忙しいのですよね。吟遊詩人同士で、歌の演目が重ならないようにしないとなりませんし」
へぇ。
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誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。
スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。
そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。
「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。
スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。
また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。
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