隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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交易都市キャンベルの日常

58品目・神の魚のそのあとは……マンドレイクですか?(鮭のチャンチヤン焼きとサーモンのカルパッチョ)

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 ホッケのチャンチャン焼きを出したものの、ミーシャたちは料理を包みこんでいるアルミホイルが気になって仕方がないようで。

 まあ、こっちの世界では、そもそもアルミがあるのかどうかすら怪しいところだ。
 そもそも、アルミニウムが金属として使われるようになったのは1800年代で、それ以前は鉱石は発見されていたものの染料として使われる程度。
 純粋な金属として使われ始めたのが近代だった。と、KHK(国民放送協会)のドキュメンタリー番組でやっていた。
 そう考えると、うちの店で出るアルミ缶は確か鍛冶屋で買い取っているっていう話だが、今度グレンガイルさんにでも聞いてみますか。
 ちゃんと使い物になっているのかどうか。

「まあ、気になるのは仕方がないが……食べるときはそれを開けないと駄目だからな。その銀色の紙をゆっくりと開いて、中に入っているのがチャンチャン焼き。熱いから注意して開けてくれな」
「へぇ、これって紙なのか……ゆっくりとアチチチチ。あっついわ」

 アベルが恐る恐る開けていくと、中から野菜と味噌が焦げたような甘い香りが広がって来る。
 
「正確には紙ではないな。アルミホイルと言って、まあアルミ箔、つまり金属を薄く延ばした物でね。料理する時にによく使うんだよ」
「へぇ、こんなに軽くて便利な金属があったら、鎧に出来るんじゃないのかい?」
「いや、手で破れるほど柔らかいので、それは無理だな」
「そういうものか……では、二人の真似をして……いただきます、だったか?」
「いただきます!!」

 ミーシャたちも両手を合わせて、マリアンたちの真似をして食前の挨拶。
 そしてホフホフハホハホと、熱々のチャンチャン焼きを堪能しているようだ。
 さらに二人は空になった徳利を軽く振りつつ、お代わりを注文。
 ミーシャは燗酒、アベルは冷酒ね、了解さん。
 
――カラカラーン
 おっと、どうやらディズィが来たようだな。
 そう思って入口の方を見ると、ちょうど羽織っているローブのフードを開けつつ、ディズィが軽く手を振って来た。

「はーい店長さん、お約束通り、二人を連れてきましたよ」

 そう言って店に入って来たディズィの後ろに続くように、ローブ姿の二人の女性も入って来る。

「初めまして。フォーティファイド王国でアカスティア神殿の神官長を務めています、ロマネと申します」
「同じく神官長補佐のラフィットです」
「ユウヤの酒場の店主を務めています、ユウヤ・ウドウです。それでは早速ですがお飲み物を伺ってよろしいでしょうか?」

 熱々おしぼりとお冷を出しつつ、まずは飲み物を確認。

「そうですね……では、そちらの方が飲まれている、暖かそうなワインをお願いしてもよろしいでしょうか。それを三人分と、あと、精霊魚が食べられると伺いまして」
「精霊魚ではありませんが、似たようなもの……でしたらご用意できましたので、そちらをお出しします。では、少々お待ちください」
 
 ホットワインの準備をしつつ、精霊魚の代わりの魚を厨房倉庫ストレージから取り出す。
 北海道では超が付くほどのメジャーな魚、すなわち鮭(シャケ)。
 アイヌ語で鮭は【神の魚(カムイチェプ)】と呼ばれていて、神が人間に授けてくれた魚と伝えられているのでね。
 それじゃあ、料理を始めますかねぇ。

「では、まず最初に……これから始めますか」

 取り出したのはキャベツとニンジン、タマネギ。
 そしてアルミホイルを広げる。
 そう、先ほども作ったチャンチャン焼き、それも北海道らしく鮭のチャンチャン焼き。
 むしろこっちの方が直球であり、ホッケを使うのは変化球っていうところだな。
 そいつの準備をして炭焼き台の上に載せたあたりで、ホットワインを差し出す。
 マリアンか飲んでいたものと同じだが、初めて飲むホットワインにディズィたちは驚いた表情をしているじゃないか。

「驚いたわ。こんなにワインが美味しくなるなんて」
「そうね。ワインの元となったグラプスの実も、しっかりと厳選しているのでしょう。それに管理もしっかりしているようで、大地の力を強く感じます」
「うんうん。このグラスプなら、我がフォーティファイド王国でも栽培できるであろう。店主、このグラスプのワインはどこで作られたものだ?」

 おっと、まさか産地を訪ねられるとは予想外だが。
 まあ、こっちの世界ではないので土地名を伝えても分からないだろう。
 ちなみにうちのハウスワインはシャトー・モン・ペラのルージュとブラン。
 ちょいと高いという人もいればこれは安いという人もいる、まさに飲み手によって評価はさまざま。
 だが、味はしっかりとしているので、うちではこれを常備している。 

「あまり詳しいことは言えませんが……まあ、フランスのボルドー地方ということしかわかりませんし、俺は作り手ではなく料理人なので、そのあたりは詳しくないので」
「そうか、いや、すまなかったな」

 ラフィットさんが申し訳なさそうに頭を下げるので、俺も軽く頭を下げておく。
 まあ、ワインについては詳しくないが、日本酒については唎酒師ききざけしの資格は持っている。こういった店をやるには必要なのでね……と、酒好きな友人に教えられてね。

「それじゃあ、まずは一品目の、鮭のチャンチヤン焼きです。包んでいるアルミホイルは熱いので気を付けてください。使っている魚は鮭といいまして、私の故郷では古くから『神の魚』と伝えられています」
「へぇ……」

 そう説明してから、少し小さめのチャンチヤン焼きを一人一つずつ差し出す。
 そしてスプーンとフォークも添えておくと、三人はちらっとミーシャたちの方を向いて、ウンウンと頷いている。

「あはは……その金属製の紙は熱いから気を付けてくださいね」
「これが金属だって?」

 まあ、そういう反応をするよなぁ。
 ミーシャがディズィたちに食べ方をレクチャ―しているので、今のうちにシャットたちの追加分も用意しておくか。

「シャットたちは何を飲む?」
「ナポリンサワーをお代わりだにゃ、あとクリムチャウダー!!」
「私にも同じものをください。あと、ビーフシチューはありますか?」
「俺は冷酒を二合追加、焼き鳥の盛り合わせで」
「私は……熱燗を一合と、なにか煮物を」
「はいはいっと」

 煮物系は作り置きを取り出して盛り付けるだけなので、先に焼き台に鳥精肉と豚精肉をねぎまにしてのせておくか。あとは……アベルだから、ハツと砂肝、軟骨(やげん)ぐらいは行けるだろう。
 そいつらを載せて煮物を盛り付け、それぞれの前に差し出す。
 さてと、ディズィさんたちの様子は……と。 

――ホッワァァァァ
 さて。
 ちゃんちゃん焼きの焦げた味噌の香りが周囲に広がっている。
 それをゆっくりとフォークで掬い、口に運んでいるのだけれど。

「はふほふっ……これはまさしく神の魚と呼ぶにふさわしいですね」
「ええ、精霊魚と同じく、強い力を感じます」
「この魚をマッケイブス湖で育てれば、あの魔斑魚まはんぎょに勝てるかもしれませんよ! この力があれば! 店主、この魚はどこでとれるのですか?」

 ああ、さっきもこんな感じで尋ねられたなぁ。

「すいません。こいつも俺の故郷でして、海に繋がっている綺麗な河川が無いと育たないのですよ。稚魚のときは河川で育ち、やや大きくなったら海に出て回遊する。そして数年後には卵を産むために故郷の川を遡上してくるので。湖とかには住み着かないかと思いますが」
「そ、そうなのか……う~む……」
「ラフィット、今は食事を楽しみなさい」
「はっ、はいっ!!」

 ロマネにそう窘められ、ラフィットとは静かに食事を続ける。
 では、次の一品といきますか。
 次に作るのは、大助のカルパッチョ。
 ちなみに大助とは、北海道近海でとれるキングサーモンの事を指しましてね。
 朝一で入荷したので、これを使わない手はないということで。
 すでに卸して下処理(骨抜き、皮引き、冊どり)は終わっているので、あとは皿に盛り付けるだけ。
 
 水に晒したタマネギスライスを皿の奥に盛り付け、軽くラディッシュのスライスとカイワレ大根を添えておく。その手前に薄く引いた大助を綺麗に並べたのち、さっとドレッシングをかけて出すだけ。
 ちなみに今日のドレッシングは極めて簡単。オリーブオイルとレモンのしぼり汁、塩と黒胡椒とあと一つ。比率については今日は内緒、ちょいと秘伝の部分もあるのでね。ゆえに隠し味も秘密という事で。

「お待たせしました。こちらが二品目、大助のカルパッチョです。大助というのはキングサーモンの事を指しまして、先ほどの鮭よりも大柄で太っていまして。ちなみに先ほどのは秋鮭と呼ばれています。どちらも故郷の海でとれた魚です」
「おお、これは生食用ですか……うん、臭みもなく、そして神の魚にふさわしい神々しさを感じます」
「ありがとうございます」

 まずロマネさんがそっと、一切れを口に運ぶ。 
 そしてゆっくりと味をかみしめてから、ウンウンと頷いている。

「ディズィさん、ラフィットさん……これは、私たちが求めていたものです。故郷の湖で育てることができないのは残念ですが。ええ、これは本当に美味しい魚です、ありがとうございます」
「こちらこそ、美味しく食べて頂いて感謝します……と、そっちの4人も食べたいんだろう?」

 ふと、シャットたち4人もジーッとこっちを見ている。
 つまり、食べいたのだろう。
 俺が問いかけると、ウンウンと頷いてくるじゃないか。

「まあ、今から作ってやるから、もう少し待っていろ」
「ありがとうございます!! 」

 そんなこんなで、最初に鮭の料理を二品出したので、ディズィたちは満足したらしい。 
 そのあとは各々が、こんな料理を食べたい、こういうものは作れますかとリクエストしてくるので、俺の作れる範囲で色々と作って差し上げた。
 まあ、かなり俺なりのアレンジも入っているが、おおむね好評だった。
 そして、そろそろお開きかなぁと思っていた時。

「ねぇ、ユウヤ店長。じつは相談があるのですけれど……」

 ディズィが申し訳なさそうに、俺に話を振って来る。
 まあ、いつもながら、無理難題でなければ『ある程度は相談に乗る』っていうのが俺の流儀だが。

「はぁ、相談内容にもよりますが、どんな感じですか?」
 
 そう告げると、傍らに置いてある鞄から、不思議な植物を取り出してカウンターに並べた。
 茶褐色系で、ぐにゃぐにゃとした木の根のようなものに、青々とした葉がついている。
 葉の型から察してみると、茄子科の植物のようだが。

「うわ、マンドラゴラですか……それも栽培ものですね?」
「ええ、貴方は魔導師ですか?」
「まだ魔法使いですね」

 マリアンがディズィに問いかけているんだが、これって魔法の触媒とかそういうので……ってああ、マンドラゴラか、ファンタジーの小説に出てくる危険な植物じゃなかったか?

「ということで、これの美味しい調理方法を探してほしいのですよ」
「あの、これって食べられるのですか?」

 ちょっと気になったもので、そう尋ねてみると。
 ロマネさんが詳しく説明してくれた。

 そもそも、マンドレイクというのは魔法植物の一種であり、魔獣を使うときの触媒として使用したり、魔法薬を作るための錬金術の素材として使われている。
 そして野生のマンドレイクは危険品植物であり、迂闊に引っこ抜くと断末魔を上げて、付近にいる生命体を絶命させるという。
 それゆえに、エルフの先人たちは危険性の少ないマンドラゴラを作り出すために研究をつづけ、この『栽培種マンドラゴラ』を作り出したとか。
 だが野生種とは異なり、この栽培種は大層苦くてえぐいらしく、魔法薬の素材として使った場合は苦みが強い魔法薬になってしまうこと、効果も野生種で作ったものの75%程度しか薬効がないといった感じらしい。

 だが、現在は野生種のマンドラゴラは珍しく、入手は困難なので栽培種に頼るしかないらしい。
 ということを説明されて、俺も腕を組んで考え込んでしまった。

「成程ねぇ。それで、こいつを美味しく食べたいということですか。そもそも、こいつは食べられるのですか?」
「はい。先代たちの苦労の結晶です。栄養満点、非常時には食用として適しているのですが……先ほども申した通り、味については……それと、採取するのを忘れてしまうとマンドレイクは、月夜の晩に畑から抜け出し、新たな地へと向かってしまうのですが……」
「んんん、それって畑から脱走するっていうことで?」
「はい。その時ですが、周囲の土壌を瘴気で汚染してしまうので……とにかく、栽培種は収穫時期が来たら採取してしまわないとだめなのですよ」

 それで、余ったマンドラゴラを食べるコツを探してほしいと。
 
「どうでしょうか……無理は承知で、研究して頂けないでしょうか。もちろん、発見できなくても構いませんが、できれば美味しくするコツを探してほしいのです」
「それは構いませんが、エルフの国では研究されていないのですか?」
「私どももかなり研究してみましたけれど、そもそも料理ということについては私たちは人間種ほど積極的に研究してきた訳ではなくてですね。錬金術の延長のような感じで調べていたものですから、美味しい食べ方ということについては無頓着といいますか……」

 うん、これはかなり難しい案件だな。

「ちょいと失礼して……これって、生でも食べられますか?」
「ええ、食べられますが……苦くて大変ですよ?」

 まあ、親方の教えの一つだな。
 野菜については、まずは生で齧って味を覚えろって。
 食べるのではなく、齧って口に含んでみろと。
 毒性のあるものについては予め教えて貰い避けていたけれど、こいつは生でもいけるらしい。
 ということで、さっと水洗いしたのち、先の方をちょいと包丁で切って、口の中へ。

――モグモゴモグモグ……
 んんん、これは苦い。
 そしてえぐいのと、口の中で何というか、ねっとりとした感触を感じる……って、これはいかん。
 すぐに口から吐き出して、口をゆすぐ。
 これはあれだ、生で『わらび』を食べた感触に近い。
 ロマネさんは大丈夫と言っていたので毒性はないのだろうが、本能的に吐き出してしまった。
 だが、なんとなく理解はした。

「まあ、やってみましょうか。ちよいと多めにおいていて貰えると助かります。まあ、一週間後にでも顔を出してくださいや」
「ああ、ありがとうございます」

 という事で、こっちの世界で初めて、原産地・異世界の野菜の料理を考えることになった。
 これは難易度、高いなぁ。
 
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