隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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交易都市キャンベルの日常

71品目・運命の女神の道しるべと、偽物のタレ(海鮮炙り焼きの続きと、すごく辛い鮭茶漬け)

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 のんびりとした時間。

 店内には、七輪で焼かれている素材の香りと、楽しそうな雑談の声が広がっている。
 既に最初の野菜盛り合わせを出した時点で、シャットとマリアンの分も小上がりに用意。
 後は俺任せで、二人にものんびりと楽しんでもらう事にした。

「続いては海鮮盛りです。ボタンエビ、イカ、ホタテ、本マグロの赤身、そして大トロです。好みで刺身醤油と山葵ワサビでお楽しみください。こちらは刺身でも食べられるので、さっと表面の色が変わる程度で大丈夫ですので」
「さっと炙ればいいのだな……しかし、いつも不思議に思っていたことが、ようやく判明してホッと安心したよ。ユウヤ店長の出自については、色々と噂が絶えなかったからねぇ」

 そう告げつつ、ラフロイグ伯爵がボタンエビを網の上に載せ、塩をつまんで振りかけている。
 すでに食べ方をマスターしたのかと思ったら、どうやら野菜盛りを出して時点でシャットたちに教えて貰っていたらしい。
 しかし、二人には食べさせた事が無かったのだが、どうやら炭焼き場を経験して色々と学んだようで。

「噂ですか……」
「ああ。東方諸島の出身だとか、倭藍波わらんは諸島王国の王家の長子だとか。東の公国の第二王子というものまであったなぁ」
「香辛料の使い方が大雑把だったので、藩王国の血筋の者というものまであったではないか」
「はは、そりゃまた、随分と噂がありますねぇ……」

 そう笑いつつ、ビールのお代わりを持っていく。
 
「ああ、この大トロは脂が乗っていますので、長時間網の上に置いておくと火がついて焦げてしまいますので注意してください。さっと炙るだけでも十分に美味しいですから」
「そうなのよねぇ。ここの魚料理って、本当に鮮度が良くて生でも食べられそうなのよ……でも、生で食べるとお腹を壊す事もあるじゃない?」

 ディズィの言葉には軽くうなずく。
 確かに、川魚などは寄生虫が怖いので生で食べるときは注意が必要だ。
 それこそ綺麗に掃除して冊どりした後、冷凍しておいた方がより安全だからな。
 だが、海の肴については、注意すれば寄生虫も卵も見えるので、それさえ取り除いてしまえば大丈夫。まあ、酷い時は鮮魚店に連絡しておけば、翌日には色々と便宜を図ってくれるので助かっている。
 その代わり、あっちでも色々と処分してしまいたいものを『みなも(みんな持っていけ)』で押し付けてくるので、その都度メニューの変更を余儀なくされるのだけれどねぇ。

――ジュゥゥゥゥゥゥ 
 良い感じに脂が浮きだし、焼目がさっとついたあたりの大トロ。
 三人とも、大トロをフォークで刺して、ポン酢タレにちょいと漬けて食べている。

「うわ、なんじゃこりゃあ……肉とは違う、この旨味は」
「ううむ……魚をこのようにして食べるとは、流石はユウヤ店長というところか。いや、勉強になるぞ」
「うちの近くの湖の肴じゃ、こういうのはできないのよね。やっぱり海が近くにないと悔しいわぁ……ねぇ店長、ここの仕入れって、やっぱりユニークスキルにも関係しているのかしら?」
「はは……ご想像にお任せします」

 そう告げてから、次の皿の準備に戻る。
 ちょうどタラバガニの脚も解凍できたので、これをバラシてさらに盛り付けるとしますか……と。
 デシャップの隙間から、シャットがこっちを覗いているのはどういうことだ?

「ん、どうしたシャット、お代わりでも欲しいのか?」
「う~にゅ、ご飯が食べたいニャ、できればマリアンの分と二つ」
「ああ、すっかり米好きになったよなぁ……ちょっと待っていろ」

 保温ジャーからご飯を二つ分よそい、シャットに手渡す。
 そのあとでタラバガニの脚を盛り付けた皿を伯爵たちの元に持っていくと、なにやらグレンさんが色々と説明をしている真っ最中。

「お待たせしました。これが最後の皿で、タラバガニの脚です。こいつは殻を下に向けてしっかりと焼いてください。仕上げには好みでレモンを掛けて頂けると」
「おお、助かる。それでユウヤ店長、そのモニターを付けて番組とやらを見せてやってくれないか? ラフロイグもディズィも、信用しないのでな」
「ああ、そうですねぇ……とりあえず、適当に刺激の少ないものでもかけておきますか」

 そうなると、やはりKHKの自然ドキュメンタリーだよな。
 そう考えてモニターの電源を入れてから、ちょうとアフリカ・サバンナの国立公園の番組があったので、それをかけておく事にして。
 そこのウォーターサーバーを楽しそうに弄りつつお茶を汲んでいるディズィは、敢えて見なかった事にしておこう。
 シャットたちも見ているから問題はあるまい。

「おおお、このような魔導具が存在しているとは……これは大発見だな。ユウヤ店長、これを外に持ち出すことは可能かね?」
「出せない事はないですが、動かすには俺の得ている運命の女神の加護が必要ですよ?」
「そ、そうか……それは残念だな」

 女神の加護=電源であることは、あえて内緒という事で。
 そんなこんなでタラバ焼きを食べ始めた皆さんだが、やはりカニ料理は人々から言葉を奪い去る。
 店内の全員がも黙々とタラバの身を殻から外して食べているので、俺は最後の締めを用意する。

「出汁は引いてあるので、それを火にかけて……」

 酒と塩を少々、そしてほんの少し薄口しょうゆを入れて、沸騰しない程度に温めておく。
 最後の〆は『茶漬け』。
 それもシンプルに鮭茶漬けだ。
 店の冷凍庫から『鮭の山漬け』を取り出し、それを切り身にして炭火で焼く。
 
「こいつは特製の山漬けなので、具材としてはほんの少しだけ……」
 
 鮭の山漬けとは、簡単に説明すると『塩蔵した鮭』。
 内臓を丁寧に取り除いた鮭を用意し、その腹の中に塩をまんべんなく刷り込む。
 それを塩を撒いた丈夫な樽に入れてから、さらに上から塩を振って置く。そしてさらに鮭、塩といった感じに交互に入れていき、最後に重しを載せて完成。
 あとは長時間、氷温冷蔵庫に入れて熟成するのだが、この熟成期間によって味が大きく異なってくる。
 家で使っているのは鮮魚店が独自に漬け込んだ山漬けで、一年熟成されている。
 食べるときは表面の塩を洗い流してから切り身にするのだが、この時、鮭の厚さが大体2センチ程度にまでひらぺったくなっているのがこの店の特徴。
 そしてなんといっても、塩っ辛い。
 これを炭火で焼いてから解し、ご飯と温めておいたお茶漬けの出汁の横に、小皿で添えて出す。
 
「まあ、既に蟹は堪能したという事で……。お待たせしました、〆の鮭茶漬けです。この横に添えてある鮭をご飯の上に載せてから、この器の中に入っている出汁を掛けてください。あと、その鮭は思いっきり塩っ辛いので、食べるときは加減して頂けると助かります」
「ふぅん。これがそんなに塩っ辛いの……ってうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 おいおい、注意したのにいきなりつまんで口の中に入れる奴があるか。
 ディズィが慌てて水を飲んでいるので、伯爵たちも思わず笑っているじゃないか。

「こ、こんなに塩っ辛いのを食べて大丈夫なの?」
「だから、加減してくれって話していただろう? それに出汁も掛けるのである程度は塩加減も弱くなる。では、ごゆっくりとどうぞ」
「うむ、少しずつじゃな」
「少しずつか……このぐらいかな……」

 ほんのわずかの酒の山漬けをご飯に載せて、上から出汁を掛ける。
 すると鮭の脂身がわずかに溶けだし、出汁の上にうっすら紅色の膜を作っていく。

「こ、この匂いだけで堪らん。では頂くとしよう」
「それでは……ンンッ……ああ、なるほど」
「口の中に磯の香りが広がるようじゃ。ああ、これこそ食事の〆ということか」
「本当にしょっぱくないのぉ……パクッ……ん?」

 伯爵とグレンさんが美味そうに食べているので、ディズィも慌てて食べ始めている。
 そして少し食べては鮭を追加し、また食べては出汁を掛けて……といった感じで、美味そうに食べ始めている。

「では、飲み物が必要でしたら声を掛けてください。まだ食べ物が欲しければ、普段の夜営業の料理なら、お作りすることが出来ますので」
「ああ、まずはこれ堪能してからだね」
「本当、ユウヤ店長の料理についての知識は、どれだけ詰まっているのじゃろうなぁ」
「ねぇ、早くうちの国にも来てよね。その時は大使の仕事なんてほっぽって国に帰るから」
「ディズィ親善大使、それは勘弁願いたいのですけれど……」

 ははは。
 これで一通り作り終えたので、俺も厨房の椅子に腰かけて一休み。
 ほんと、こういう気楽な仕事が出来ればいいんだけれど、この能力については大っぴらにはできないからねぇ。

「それにしても……運命の女神ヘーゼル・ウッドさま。今回の騒動って、ひょっとして俺だけじゃなくこの国の運命にも大きく作用しているっていうことですかねぇ」

 もしも俺だけの事なら、ここまで大きな事件が起きたとしたらなんらかの神託があったかもと考えてしまう。だが、そういったものがないままに俺が事件に巻き込まれた結果、この国からよからぬことを考える貴族が減った。
 そして俺達が危なくなった時、偶然にもラフロイグ伯爵が割って入って来て事無きを得たのだから、おそらくはそういうことなのだろう。

「ま、全ては神のみぞ知る……ですか。今日は特別に、純米吟醸と煮込みを一式、追加でお供えさせていただきますよ。この店に来た優しい人達との出会いに、感謝します」

 事務所の神棚にお供え物を一式乗せて、手を合わせる。
 さすがに白黒醴清しろくろれいせいの四種類のお神酒を揃えることはできないので、ここは最後の清……清酒でご勘弁を。
 そのかわり、松竹梅の『白壁蔵 生酛純米』をお供えしますので。

――あら、ありがとうございます
 いえいえ、気持ち程度で……って、ああ、見ていらっしゃいましたか。

「ユウヤぁ、伯爵が焼き鳥を食べたいそうだにゃ」
「ああ、ちょいと待っててくれ、確か鳥の一夜干しがあるからそれを炭で炙る感じでいいだろう」

 そて、急いで仕事の続きを始めますかねぇ。

 〇 〇 〇 〇 〇

 翌日からも、のんびりとした日々が続いている。
 昼営業については、手間のかかるものは俺が担当し、そうでないものは二人に任せるようにしている。
 そして夜になると、示し合わせたようにフラッとラフロイグ伯爵とディズィ、グレンさんがやってきては越境庵で飲みたいと頼んでくる。
 ま、この面子ならそれは構わないでしょうと素直に越境庵を開くと、やはりモニターに映る映像がどうしても気になるらしく、最近ではプロ野球中継を見ながら晩酌をするようになっている。
 日本語がわかるのかなぁと思っていたが、ディズィが『翻訳の護符』というものを持ってきたため、それで日本語を見聞きしても大丈夫になっている。

 ちなみにこの『翻訳の護符』は、こっちの世界では当たり前のように出回っている魔導具らしく。
 大陸が変わると言語形態も変化するため、意思疎通が難しくならないようにと遥か昔にハイエルフの錬金術が作り出したものらしい。

 まあ、何かあった時のためにと俺も一枚貰っているが、普段は使い道がないので空間収納ストレージに保管してある。
 そしていつものように昼営業をノンビリと行っていると……。

「ユウヤ店長、このタレなんですけれど……これって、ここで焼き鳥を焼く時に使っている奴ですよね?」

 昼営業が終わったころ、木工所の職人が2名、小さな壺を抱えてやってきた。
 ちょうど賄い飯を食べようと店を閉めたばっかりだったので、鎧戸は開けっ放し。
 そこから話しかけてきたので、一旦外に出て話を聞いてみることにした。

「この壺の中のタレが、うちの焼き鳥のタレだっていうのですか? ちょっと確認させて貰っていいですか」
「どうぞどうぞ」

 一人の職人から壺を預かると、その蓋を開けてまずは香りを確認。

「……うん、確かにうちのタレに間違いはありませんが……」

 香りは醤油と味醂、砂糖といった調味料を詰めた香り。
 その中に本来あるはずの、継ぎ足して醸された『旨味』があるはずだが、それは全く感じられない。
 つまり、これは継ぎ足すために作ったタレということだろう。

「ちょいと、味を確認してもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。うちらが昼飯を食べに食堂に向かっていたとき、露店でこのたれが売っていたのですよ。しかも『ユウヤの酒場』の店と同じ味のタレですよって叫んでいたので、つい買ってしまったのですが……」

 厨房倉庫ストレージからレンゲと小皿を取り出して、ちょいと掬って味を確認。
 甘さがやや強め、酒は……これは日本酒ではないな、ワインかなにかだろう。
 醤油の味はするが、どことなく魚醤の味も感じる。
 うん、なるほど。
 これはうちから盗み出した醤油・鮭・味醂・砂糖に、こっちの世界の似たような味の調味料を組み合わせて作った『なんちゃって焼き鳥のタレ』だな。
 それにしても、かなりいい感じに再現できているじゃないか。

「ああ、これはうちのタレじゃないですね。ただ、うちの味をうまく再現しようとして、こんな感じに仕上がったのでしょう」
「やっぱりかぁ……いや、昼飯のときにさ、食堂でこのタレを使った焼き鳥を出していたので注文したんだけれど、なんていうか、ちょっと違うよなぁって思ってね」
「うん、いい感じだけど、なにかが足りなくて……それでいて、なんか鼻に付く臭さというか……」
「まあ、そうでしょうね。恐らくは醤油ではなく魚醤を使っているのでしょう。あれは美味く使えば旨味を引き出してくれるのですが、加熱すると匂いがきつくなるものがあるのですよ」

 ちなみにだが、全ての魚醤がそういうものではなく。
 加熱することにより臭みが薄まるものもある。
 ただ、さっきの味見で、こっちの世界の魚醤はナンプラーというよりもしょっつるに近いよなぁと感じたからね。

「ああ、そういうことか。まあ、とりあえずこれはうちに持って帰って使うとしようか。明日の昼は店に顔を出せるのでよろしくな」
「はは、ありがとうございます」

 そのまま職人たちを込み送って、俺は店の中へ。
 するとマリアンたちが賄い飯を食べ終えて、出かける準備をしていた。

「お、今日はこれから冒険者組合か?」
「違うにゃ。ユウヤの店のタレを名乗る不届き者を捕まえてくるにゃ」
「さすがに偽物を取り扱っているとなりますと、看過できませんわ」
「ああ、そういうことか……別に放っておいていいとおもうぞ」
「「何故ですか?」」

 確かに泥棒に持っていかれた調味料を使って、うちの偽物まがいのタレを作っているというのはいただけないが。
 おそらくは、そんなに数が出回ることはないと思っている。
 盗まれた調味料の数から考えても、今出回っている以上の数は作れないだろう。
 それに『ユウヤの酒場のタレ』じゃなく『ユウヤの酒場のたれと同じ味』っていうのなら、それほど気にすることはないさ。
 うちの味がこの程度かって思われるのは癪に障るが、それでもいい感じに再現しているので努力賞という事で……夜にでもラフロイグ伯爵に笑い話の一つとして話していればいいさ。

「……っていうこと。だから、見つけても捕まえるか文句を言うのはやめておいた方がいい。それよりも、どこの商会で売っているのか、そういった情報を聞き出してきてくれるか?」
「わかったにゃ」
「ついでに一壺、買ってきますわ」

 そのまま二人で外に飛び出していった。
 まあ、あとは二人に任せておいて、こっちは仕込みでも再開しようかねぇ。
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