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交易都市キャンベルの日常
72品目・ニセタレの正体と、長閑な飲み会(チーズ盛り合わせと、揚げ出し豆腐)
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シャットとマリアンに頼み、巷に出回っている『ユウヤの酒場と同じ味のタレ』というものを買ってきて貰った。
結果として、確かに俺の作ったタレに近いとは思っていたが、どうやらベースとなったタレについてはまた別の物を混ぜている事が分かった。
それは、交易都市ヴィクトールで食べた、名物串焼き屋が作ったタレ。
ヤーソイヤーという肉串屋の主人に、おすそ分けとして俺が作ったタレを分けてやった。
あの時に、ヤーソイヤーが独自に作っていたタレを味見させてもらったが、あの味にかなり近いものを感じる。つまりは、そういうことなのだろう。
「ああ、そういうことか。このタレは、ヤーソイヤーさんの作っていたタレに、俺のところから盗んだ調味料を掛け合わせて仕上げたのか。しっかし、随分と手間をかけて仕上げたものだなぁ……ここまでしっかりと仕上げてくるとは、ヤーソイヤーさんも、かなり勉強したのだろうなぁ」
「にゃ、このタレの出元は、ヴィクトールからやって来た商会の露店だにゃ。でも、その商会って、あのナントカ子爵の支店のような感じだったにゃ」
「ええ、話を聞いてみましたら、本店の料理人が露店の主人にこのタレを売らせていたようです。元々はヤーソイヤーさんの店で作っていたタレを買い取ったものを研究して、自分なりに美味いたれを作って販売しようとしていたらしいのですが。その本店の料理人が持ってきたタレと混ぜたら、格別美味しくなったとかで」
ああ、つまりはこのタレを売っていたやつも、ヤーソイヤーのタレをもとに勉強して自分で作ったと。そこに混ぜ物をして売っていたが、より美味しくなったので満足したのか。
「はぁ、つまり、このタレを売っていた露店は、混ぜ合わせたタレが盗んで調合したものだとは思っていなかったという事か。その本店とやらは、まだこの街にいるのか?」
「ナントカ子爵が捕まった数日後に、店をたたんで逃げたらしいにゃ」
「証拠隠滅……なのでしょうか。でも、盗み出したタレについては、まだ足取りを探せていませんけれど」
「まあ、そっちはもう、どうでもいいか。でも、たれの顛末についてはよくわかった、ありがとうな」
「へへへ」
「いえいえ」
照れくさそうに笑っている二人。
まあ、本当に助かったよ。
なにはともあれ、これでようやく一段落っていうところだろう。
「さて。それじゃあ、夜の仕込みでも始めるとしますかねぇ……二人は今日は、どうするんだ?」
「今日はお客だにゃ」
「はい。今晩は、お客としてゆっくりさせていただきますわ」
「はいはい、それじゃあまた、珍しいものでも作ってやるか」
なあに、こっちの世界で販売しているメニューについては、俺が持っているレシピの1/100にも満たないからねぇ。切り札は大量にあるっていうものよ。
〇 〇 〇 〇 〇
――夕方・6つの鐘
いつものように夕方の営業。
そしていつもの常連たちが集い、一日の出来事や仕事の愚痴などを語らい、飲んでいる。
「ねぇ、ユウヤ店長。今まで食べたことのない、珍しい食べ物ってあるかしら?」
そんな中、ディズィさんがそんな話を振って来たものだから、カウンターでノンビリとしているラフロイグ伯爵やグレンさん、そしてうちのお嬢さん達もこっちを見ているじゃないか。
「そうですねぇ……まあ、ぶっちゃけますと、俺の料理の引き出しはいくつもありますので。それじゃあもちょいと作ってみますかね」
「お願いね……それまでは、なにかこう、簡単に摘まめるものを頂ける?」
「あいよ、少々お待ちを」
簡単に摘まめるものですぐに出せるものといえば、やっぱり定番のこれだろうなぁ。
予め作り置きして時間停止処理をしておいた、熱々の枝豆。
そしてチーズの盛り合わせといきましょうか。
「で゜は、まずは枝豆から……食べ方については、シャットたちに聞いてください。二人とも、分かるよな?」
「おまかせあれにゃ。枝豆はこう、殻のまま咥えるようにして指で押すようにするにゃ」
「えええ、こういう感じなの?」
――プチップチプチッ
ほら、次々とサヤからマメが飛び出していったようで、三人とも驚いた顔をしている。
「小皿にクラコットを載せて……と、あとは……」
チーズの三種盛り合わせ、これもうちで仕込んだチーズをいくつか使用する。
基本的には、『フレッシュタイプ、白カビ、青カビ、シェーブル、ウォッシュ、ハード、セミハード』の7種類から少しずつ盛り付けるのが基本なのだが、個人的にどうしても『青カビタイプ』は好きじゃないので常駐はしていない。
フレッシュタイプはモッツァレラチーズを、白カビタイプはブリーがちょうど在庫しているので使う事にした。
シェーブル(山羊乳)のチーズはプレーンタイプしか入手していないので、これは選択肢がない。
ぶっちゃけると、原価率の問題でプレーン以外はちょいと手が出なかったものでね。
ウオッシュはマンステールの熟成が甘い奴を、こいつは塩水で洗いながら熟成したタイプで、ねっとりとした味わいが特徴。ちょいと癖があるので好みも分かれるけれど、それはそれで。
「ハードタイプ、セミハードはどれがいいかねぇ……」
レッドチェダー、パルミジャーノ・レッジャーノ、エダム、ミモレット……
ある程度の種類はストックしているので、この中から今日集まっている吞兵衛さん達の好みを考えるか。
「ワインよりも日本酒が好き……となると、ミモレットかレッドチェダー。まあ、その辺りでいきますか」
盛り合わせの内容が決まったら、後はカットして皿に盛り合わせる。
チーズだけでは寂しいので、ストックしてある生ハムとスモークサーモンを少々薄めにスライスし、一緒に添えておきますか。
そして先に説明したクラコット。
これはフランス製の堅パンの事を指し、日本でもいくつかのメーカーで生産している。
こいつがチーズや生ハムなどと親和性が高く、カナッペなどの土台にもクラッカーの変わりに使われていることが多い。
うちではクラコットか無塩クラッカーを使っているけれど、クラコットならこっちの世界でも作れるだろうから、これを添えておくことにしよう。
「お待たせしました。まずは軽いもので……6種のチーズの盛り合わせです。チーズの種類は順に……」
一つ一つのチーズの説明をしてから、食べ方を簡単にレクチャー。
幸いにも、まだ飲み物は入っているので追加は必要ないようで。
「もし、チーズの追加がありましたら声を掛けてください」
「わかったわ……でも、チーズって、こんなに種類があるのね。ちょっと驚いたわ」
「このミモレットとかいうのは、北方の荘園貴族が作っているものに似ているな。こっちのチェダーは南方で作られているやつだ。だが、綺麗に熟成されているなぁ」
「シェーブルというのは、キャンベル近郊で作られているものと似ていますね。うん、この味はまさしく……でも、この店の方がお臭みが少なくて食べやすいです」
ああ、流石にチーズについてはこっちの世界でも定番であったようで。
だが、モッツァレラやブリー、マンステールについては、この国ではほとんど見かけられないらしく、皆さんじっくりと味わっているようで。
「チーズだとワインがいいわね。ユウヤ店長、なにかお勧めのワインはあるかしら?」
「そうですねぇ……」
ぶっちゃけると、ワインについての知識はそこそこしかない。
友人にワインに詳しい人がいて、いつも彼に任せていたからなぁ。
その中でも無難なものをチョイスしてグラスに注いで出すとしますか。
ちなみに伯爵とグレンさんはここで純米酒の冷を追加。
「それじゃあ、こいつを切りますか」
一の蔵の純米酒、それもスパークリングを選択。
発泡酒といえば、同じ蔵の『すず音』というのもあるが、今日選んだのは微発泡タイプ。
こっちの方がチーズには合うのと、この後で出す料理にも合わせられるからね。
――トクットクットクッ……シュワァ♪
「ほう、このやや泡立っている酒も、日本酒なのか?」
「ええ、微発泡純米酒といいまして。季節限定ですが、ちょうど在庫がありましたので口を切らせていただきました」
「それはまた、たいそう珍しい酒ですね……本当、領主館にでも持って帰りたいものばかりですよ」
「はは。なんでしたら、数本程度なら安くお譲りしますよ」
「そうか、それは助かる……」
そう告げてから、グレンさんとラフロイグ伯爵は一ノ蔵のスパークリングを傾けつつチーズを堪能。
途中で我慢できなくなったディズィもワインから日本酒に切り替えるようで、盛り上がって来た。
なお、お嬢さんたちはいつものようにサワーを中心とした飲み物なのだが。
「あ、ユウヤ店長、この割り剤というのを追加でください」
「はいはい。マリアンがレモンとライム、シャットが梅だったな?」
「あい。氷もお願いするにゃ」
「はいはい……」
たまたま飲ませてやった鏡月の梅割りとレモン割り。
それを気に入ったらしく、今では鏡月のボトルと炭酸、そして各種割り剤を注文して、自分たちでサワーを作って飲んでいる。
シャットに至っては、いつもの『セルフサービスだにゃ』と喜んでいるので、まあ、珍しい割り剤でもサービスしてあげようかねぇ。
「さて、次は……これだよな」
取り出したのは、契約している豆腐店で作っている自家製の『寄せ豆腐』。
これを使って、揚げ出し豆腐を作る。
ちなみにうちの揚げ出し豆腐は、豆腐自体の味も楽しんでもらうので切ってから重しを載せて水けを落とすような事はしない。
作ったそのままの豆腐の表面に片栗粉をまぶし、160度から180度の温度で揚げるだけ。
「揚げ出し豆腐のあしらいには、獅子唐と茄子、しめじの素揚げを添えて……」
茄子は末広に飾切りしたものを、獅子唐には竹串でプスッと穴をあけておく。
こうすることで、油で揚げても獅子唐は破裂しないので。
しめじは根元を切り落とし、ある程度の株に千切って素揚げ。
そして揚がった寄席豆腐を深い器に盛り込み、あしらいを添えて天つゆを掛ける。
天つゆは出汁5:酒1:醤油1を沸騰しないように温めるだけ。
そして最後の仕上げは、大根おろしと生姜おろしを小皿に載せて完成。
「お待たせしました。本日のお勧め、揚げ出し豆腐です。熱々なので気を付けてください。好みで薬味を乗せて、スプーンで掬って食べるとよいかと思います」
そう説明して皆の前に深皿を並べていく。
春らしく暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるとまだ肌寒い日もある。
今日なんかそういう感じなので、仕上げに揚げ出し豆腐は体も温まっていいだろう。
「ふぅん。この白くてフワフワしたものって何かしら?」
「そいつが豆腐といいましてね。大豆という豆を茹でてすり潰して、そのしぼり汁を固めて作ったものです。材料は全て穀物と野菜なので、エルフの方にも良いかと思いますよ」
「それはいいわね……それじゃあ一口……ホフッ!! アフアフ、アフヒハァ!!」
ああ、熱いから気を付けてと言ったばかりなのに、いきなり口の中に放り込むとは。
必死に口をホフホフさせて冷まそうとしているディズィを見て、ラフロイグ伯爵とグレンさんはお互いの顔を見合わせてから頷き、少しずつ食べ始めている。
「ユウヤぁ、このチーズの盛り合わせについている、しょっぱい干し肉を少しだけ追加して欲しいにゃ」
「生ハムのことか……ちょいと待っていろ。マリアンは?」
「このクラコット? というものと、白いチーズを追加でおねがいします。こっちのねっとりとした方で」
「ブリーか、了解……」
二人にも追加の分を盛り付けてあげる。
そしてまた乾杯して飲み始めているんだけれど、君達はどこの女子大生なんだい?
すっかりうちの店での飲み方が、悦に入っているじゃないか。
――カランカラーン
そんな感じでのんびりとした空気が流れていると。
店の扉が開き、一人の男性客が入って来た。
「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ」
今日の店内は6席しか用意していない。
越境庵のカウンターに置いてある椅子を持ってきたら、最大で8席は用意出来るのだけれど、それは予約でもない限りは用意していないので。
そして店内に入って来た旅人風の男性がローブの前を開き、肩掛け鞄を後ろ壁のフックに下げると、椅子に座って店内を見渡している。
「ああ、やっぱり清酒(すみのさけ)の香りがしていますね。こちらの店では、倭藍波諸島王国の酒や食べ物を取り扱っているのでしょうか?」
「倭藍波……まあ、近いですが、ちょっとばかし違いましてね。仕入れ先や修行先については内緒ということで」
幸いなことに、ここにいる常連たちは、俺が流れ人であることを知っている。
だから、ここは上手く誤魔化すことにした。
「そうでしたか。では、適当な清酒と、なにか摘まめるものを……刺身はできますか?」
「ええ。お任せでよろしいでしょうか?」
「そうですね」
さて。
この店では初の刺身か。
とりあえず、常に鮮魚店からはいいものを仕入れてあるが、まずはスタンダードに『まぐろの赤身、寒ブリ、鮃の薄造り、ボタンエビ』の4点盛りでもいきますか。
このお客さんの話っぷりから、倭藍波諸島王国の人のようだから、こっちとしても力が入るってもので。
結果として、確かに俺の作ったタレに近いとは思っていたが、どうやらベースとなったタレについてはまた別の物を混ぜている事が分かった。
それは、交易都市ヴィクトールで食べた、名物串焼き屋が作ったタレ。
ヤーソイヤーという肉串屋の主人に、おすそ分けとして俺が作ったタレを分けてやった。
あの時に、ヤーソイヤーが独自に作っていたタレを味見させてもらったが、あの味にかなり近いものを感じる。つまりは、そういうことなのだろう。
「ああ、そういうことか。このタレは、ヤーソイヤーさんの作っていたタレに、俺のところから盗んだ調味料を掛け合わせて仕上げたのか。しっかし、随分と手間をかけて仕上げたものだなぁ……ここまでしっかりと仕上げてくるとは、ヤーソイヤーさんも、かなり勉強したのだろうなぁ」
「にゃ、このタレの出元は、ヴィクトールからやって来た商会の露店だにゃ。でも、その商会って、あのナントカ子爵の支店のような感じだったにゃ」
「ええ、話を聞いてみましたら、本店の料理人が露店の主人にこのタレを売らせていたようです。元々はヤーソイヤーさんの店で作っていたタレを買い取ったものを研究して、自分なりに美味いたれを作って販売しようとしていたらしいのですが。その本店の料理人が持ってきたタレと混ぜたら、格別美味しくなったとかで」
ああ、つまりはこのタレを売っていたやつも、ヤーソイヤーのタレをもとに勉強して自分で作ったと。そこに混ぜ物をして売っていたが、より美味しくなったので満足したのか。
「はぁ、つまり、このタレを売っていた露店は、混ぜ合わせたタレが盗んで調合したものだとは思っていなかったという事か。その本店とやらは、まだこの街にいるのか?」
「ナントカ子爵が捕まった数日後に、店をたたんで逃げたらしいにゃ」
「証拠隠滅……なのでしょうか。でも、盗み出したタレについては、まだ足取りを探せていませんけれど」
「まあ、そっちはもう、どうでもいいか。でも、たれの顛末についてはよくわかった、ありがとうな」
「へへへ」
「いえいえ」
照れくさそうに笑っている二人。
まあ、本当に助かったよ。
なにはともあれ、これでようやく一段落っていうところだろう。
「さて。それじゃあ、夜の仕込みでも始めるとしますかねぇ……二人は今日は、どうするんだ?」
「今日はお客だにゃ」
「はい。今晩は、お客としてゆっくりさせていただきますわ」
「はいはい、それじゃあまた、珍しいものでも作ってやるか」
なあに、こっちの世界で販売しているメニューについては、俺が持っているレシピの1/100にも満たないからねぇ。切り札は大量にあるっていうものよ。
〇 〇 〇 〇 〇
――夕方・6つの鐘
いつものように夕方の営業。
そしていつもの常連たちが集い、一日の出来事や仕事の愚痴などを語らい、飲んでいる。
「ねぇ、ユウヤ店長。今まで食べたことのない、珍しい食べ物ってあるかしら?」
そんな中、ディズィさんがそんな話を振って来たものだから、カウンターでノンビリとしているラフロイグ伯爵やグレンさん、そしてうちのお嬢さん達もこっちを見ているじゃないか。
「そうですねぇ……まあ、ぶっちゃけますと、俺の料理の引き出しはいくつもありますので。それじゃあもちょいと作ってみますかね」
「お願いね……それまでは、なにかこう、簡単に摘まめるものを頂ける?」
「あいよ、少々お待ちを」
簡単に摘まめるものですぐに出せるものといえば、やっぱり定番のこれだろうなぁ。
予め作り置きして時間停止処理をしておいた、熱々の枝豆。
そしてチーズの盛り合わせといきましょうか。
「で゜は、まずは枝豆から……食べ方については、シャットたちに聞いてください。二人とも、分かるよな?」
「おまかせあれにゃ。枝豆はこう、殻のまま咥えるようにして指で押すようにするにゃ」
「えええ、こういう感じなの?」
――プチップチプチッ
ほら、次々とサヤからマメが飛び出していったようで、三人とも驚いた顔をしている。
「小皿にクラコットを載せて……と、あとは……」
チーズの三種盛り合わせ、これもうちで仕込んだチーズをいくつか使用する。
基本的には、『フレッシュタイプ、白カビ、青カビ、シェーブル、ウォッシュ、ハード、セミハード』の7種類から少しずつ盛り付けるのが基本なのだが、個人的にどうしても『青カビタイプ』は好きじゃないので常駐はしていない。
フレッシュタイプはモッツァレラチーズを、白カビタイプはブリーがちょうど在庫しているので使う事にした。
シェーブル(山羊乳)のチーズはプレーンタイプしか入手していないので、これは選択肢がない。
ぶっちゃけると、原価率の問題でプレーン以外はちょいと手が出なかったものでね。
ウオッシュはマンステールの熟成が甘い奴を、こいつは塩水で洗いながら熟成したタイプで、ねっとりとした味わいが特徴。ちょいと癖があるので好みも分かれるけれど、それはそれで。
「ハードタイプ、セミハードはどれがいいかねぇ……」
レッドチェダー、パルミジャーノ・レッジャーノ、エダム、ミモレット……
ある程度の種類はストックしているので、この中から今日集まっている吞兵衛さん達の好みを考えるか。
「ワインよりも日本酒が好き……となると、ミモレットかレッドチェダー。まあ、その辺りでいきますか」
盛り合わせの内容が決まったら、後はカットして皿に盛り合わせる。
チーズだけでは寂しいので、ストックしてある生ハムとスモークサーモンを少々薄めにスライスし、一緒に添えておきますか。
そして先に説明したクラコット。
これはフランス製の堅パンの事を指し、日本でもいくつかのメーカーで生産している。
こいつがチーズや生ハムなどと親和性が高く、カナッペなどの土台にもクラッカーの変わりに使われていることが多い。
うちではクラコットか無塩クラッカーを使っているけれど、クラコットならこっちの世界でも作れるだろうから、これを添えておくことにしよう。
「お待たせしました。まずは軽いもので……6種のチーズの盛り合わせです。チーズの種類は順に……」
一つ一つのチーズの説明をしてから、食べ方を簡単にレクチャー。
幸いにも、まだ飲み物は入っているので追加は必要ないようで。
「もし、チーズの追加がありましたら声を掛けてください」
「わかったわ……でも、チーズって、こんなに種類があるのね。ちょっと驚いたわ」
「このミモレットとかいうのは、北方の荘園貴族が作っているものに似ているな。こっちのチェダーは南方で作られているやつだ。だが、綺麗に熟成されているなぁ」
「シェーブルというのは、キャンベル近郊で作られているものと似ていますね。うん、この味はまさしく……でも、この店の方がお臭みが少なくて食べやすいです」
ああ、流石にチーズについてはこっちの世界でも定番であったようで。
だが、モッツァレラやブリー、マンステールについては、この国ではほとんど見かけられないらしく、皆さんじっくりと味わっているようで。
「チーズだとワインがいいわね。ユウヤ店長、なにかお勧めのワインはあるかしら?」
「そうですねぇ……」
ぶっちゃけると、ワインについての知識はそこそこしかない。
友人にワインに詳しい人がいて、いつも彼に任せていたからなぁ。
その中でも無難なものをチョイスしてグラスに注いで出すとしますか。
ちなみに伯爵とグレンさんはここで純米酒の冷を追加。
「それじゃあ、こいつを切りますか」
一の蔵の純米酒、それもスパークリングを選択。
発泡酒といえば、同じ蔵の『すず音』というのもあるが、今日選んだのは微発泡タイプ。
こっちの方がチーズには合うのと、この後で出す料理にも合わせられるからね。
――トクットクットクッ……シュワァ♪
「ほう、このやや泡立っている酒も、日本酒なのか?」
「ええ、微発泡純米酒といいまして。季節限定ですが、ちょうど在庫がありましたので口を切らせていただきました」
「それはまた、たいそう珍しい酒ですね……本当、領主館にでも持って帰りたいものばかりですよ」
「はは。なんでしたら、数本程度なら安くお譲りしますよ」
「そうか、それは助かる……」
そう告げてから、グレンさんとラフロイグ伯爵は一ノ蔵のスパークリングを傾けつつチーズを堪能。
途中で我慢できなくなったディズィもワインから日本酒に切り替えるようで、盛り上がって来た。
なお、お嬢さんたちはいつものようにサワーを中心とした飲み物なのだが。
「あ、ユウヤ店長、この割り剤というのを追加でください」
「はいはい。マリアンがレモンとライム、シャットが梅だったな?」
「あい。氷もお願いするにゃ」
「はいはい……」
たまたま飲ませてやった鏡月の梅割りとレモン割り。
それを気に入ったらしく、今では鏡月のボトルと炭酸、そして各種割り剤を注文して、自分たちでサワーを作って飲んでいる。
シャットに至っては、いつもの『セルフサービスだにゃ』と喜んでいるので、まあ、珍しい割り剤でもサービスしてあげようかねぇ。
「さて、次は……これだよな」
取り出したのは、契約している豆腐店で作っている自家製の『寄せ豆腐』。
これを使って、揚げ出し豆腐を作る。
ちなみにうちの揚げ出し豆腐は、豆腐自体の味も楽しんでもらうので切ってから重しを載せて水けを落とすような事はしない。
作ったそのままの豆腐の表面に片栗粉をまぶし、160度から180度の温度で揚げるだけ。
「揚げ出し豆腐のあしらいには、獅子唐と茄子、しめじの素揚げを添えて……」
茄子は末広に飾切りしたものを、獅子唐には竹串でプスッと穴をあけておく。
こうすることで、油で揚げても獅子唐は破裂しないので。
しめじは根元を切り落とし、ある程度の株に千切って素揚げ。
そして揚がった寄席豆腐を深い器に盛り込み、あしらいを添えて天つゆを掛ける。
天つゆは出汁5:酒1:醤油1を沸騰しないように温めるだけ。
そして最後の仕上げは、大根おろしと生姜おろしを小皿に載せて完成。
「お待たせしました。本日のお勧め、揚げ出し豆腐です。熱々なので気を付けてください。好みで薬味を乗せて、スプーンで掬って食べるとよいかと思います」
そう説明して皆の前に深皿を並べていく。
春らしく暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるとまだ肌寒い日もある。
今日なんかそういう感じなので、仕上げに揚げ出し豆腐は体も温まっていいだろう。
「ふぅん。この白くてフワフワしたものって何かしら?」
「そいつが豆腐といいましてね。大豆という豆を茹でてすり潰して、そのしぼり汁を固めて作ったものです。材料は全て穀物と野菜なので、エルフの方にも良いかと思いますよ」
「それはいいわね……それじゃあ一口……ホフッ!! アフアフ、アフヒハァ!!」
ああ、熱いから気を付けてと言ったばかりなのに、いきなり口の中に放り込むとは。
必死に口をホフホフさせて冷まそうとしているディズィを見て、ラフロイグ伯爵とグレンさんはお互いの顔を見合わせてから頷き、少しずつ食べ始めている。
「ユウヤぁ、このチーズの盛り合わせについている、しょっぱい干し肉を少しだけ追加して欲しいにゃ」
「生ハムのことか……ちょいと待っていろ。マリアンは?」
「このクラコット? というものと、白いチーズを追加でおねがいします。こっちのねっとりとした方で」
「ブリーか、了解……」
二人にも追加の分を盛り付けてあげる。
そしてまた乾杯して飲み始めているんだけれど、君達はどこの女子大生なんだい?
すっかりうちの店での飲み方が、悦に入っているじゃないか。
――カランカラーン
そんな感じでのんびりとした空気が流れていると。
店の扉が開き、一人の男性客が入って来た。
「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ」
今日の店内は6席しか用意していない。
越境庵のカウンターに置いてある椅子を持ってきたら、最大で8席は用意出来るのだけれど、それは予約でもない限りは用意していないので。
そして店内に入って来た旅人風の男性がローブの前を開き、肩掛け鞄を後ろ壁のフックに下げると、椅子に座って店内を見渡している。
「ああ、やっぱり清酒(すみのさけ)の香りがしていますね。こちらの店では、倭藍波諸島王国の酒や食べ物を取り扱っているのでしょうか?」
「倭藍波……まあ、近いですが、ちょっとばかし違いましてね。仕入れ先や修行先については内緒ということで」
幸いなことに、ここにいる常連たちは、俺が流れ人であることを知っている。
だから、ここは上手く誤魔化すことにした。
「そうでしたか。では、適当な清酒と、なにか摘まめるものを……刺身はできますか?」
「ええ。お任せでよろしいでしょうか?」
「そうですね」
さて。
この店では初の刺身か。
とりあえず、常に鮮魚店からはいいものを仕入れてあるが、まずはスタンダードに『まぐろの赤身、寒ブリ、鮃の薄造り、ボタンエビ』の4点盛りでもいきますか。
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