機動戦艦から始まる、現代の錬金術師

呑兵衛和尚

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第一部・アマノムラクモ降臨

第22話・出来レースと、計算外と

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 フランスの海洋観測船プルクワ・パによるアマノムラクモとの戦闘。
 その光景を、他国の艦隊は遠巻きに眺めていた。
 領海表示ブイで調査を行っていた他国は急いで撤収し、自国がフランスの二の舞にならないようにと静観する構えに入る。
 拿捕された海洋観測船から逃れた船員は、すぐさま待機していた他のフランス艦によって保護され、今、目の前で起こった惨劇を余すことなく報告している。

 ただし、待機していたフランス艦隊からの報告とプルクワ・パ艦長の報告は、その内容が異なっており、その精査についても必要と判断。
 フランス艦隊は、アマノムラクモ近海からの一時撤退を開始した。
 同様に、アマノムラクモを軽視していた国も、中国やロシアのように距離を取り、監視体制に切り替え始めていた。

………
……


「プルクワ・パが拿捕されたか。しかし、あの機動兵器は、本当に見ていて飽きないな。我々の想像を遥かに超えるテクノロジー、主席が欲しがるのも理解できる、そうは思わないか?」
「正式名称はマーギア・リッターですな。たった四機で、最大排水量六千五百トンの船体を持ち上げるなど、常識では考えられませんがね」
「非常識の塊なのだろう? 目の前の巨大戦艦は」
「機動戦艦、が正式な名称ですな。艦長、そろそろ覚えていただけませんか?」
「公式の場でなければ、使いやすい単語で構わんだろう? しかし、本国は、これからどうするのだろうか」

 中国艦隊旗艦である055型ミサイル駆逐艦『南昌』の艦長、王道明は、前方上方に浮かぶ機動戦艦アマノムラクモを眺めつつ、半ばため息混じりに呟いていた。

「本国は、アマノムラクモを肯定せず、かといって敵対もせず。『そこにある何か』という認識をしているのでは? 外交に持ち込むのなら、まずは東京湾防衛戦での謝罪を必要としますが」
「頭は下げない。我々にとって、謝罪とはどういうものか、アマノムラクモは知らないだろうがな」

 中国人は頭を下げない。
 それは、謝ることをしないからではない。
 日本人の謝罪と中国人の謝罪は、意味が違う。
 その場を誤魔化すための謝罪など、中国人は行わない。
 謝罪はすなわち、自らの非を認めること。
 その責任を全て負うことにも繋がる。
 過ちを認めて謝ることはあっても、頭は下げない。
 『男の膝下には黄金がある』という諺もあり、男子たるもの、そう簡単に膝をついてはいけない、軽々しく頭を下げてはいけないという意味がある。
 それ故に、中国は、欧阳オウイァン国家首席は、アマノムラクモに頭を下げてはいけない。
 国家首席が頭を下げることはすなわち、全面敗北を意味するからであるし、なによりも『謝罪=頭を下げる』という風習もない。
 
「同意です。考え方次第では、日本よりも付き合いやすい国でしょうからな」
「本国がどのような判断をするのか、我々にはわからない。まあ、現地裁量はある程度は許されているし、敵対行動を行わない限りは、脅威ではないだろうからな」

 フランスの騒動など蚊帳の外、中国はあくまでも、いつも通りの中国であった。

………
……


 一方、ロシアはというと。
 本国の指示により、アマノムラクモの監視行動を行いつつも、他国の動向を窺っている。
 現在の停泊座標はアマノムラクモ領海外、接続水域内。
 もしも日本の接続水域で、このように海上待機などしていたら、すぐさま海上保安庁や自衛隊が出動し、退去を求めてくるだろう。
 だが、アマノムラクモは接続水域、排他的経済水域に価値を見出していない。
 領海にこだわる理由は保身のためであり、必要ならば結界の解除もやぶさかでは無い。

 むしろ、今回のフランス艦隊の騒動により、結界を解除しても良いのではと考えている部分もある。

「さて、あの薄い虹色の結界だが、どう思う?」
「アマノムラクモ公式によりますと、『敵対意思があるものを阻む』という話ですが。その証拠だとは思いますが」

 副艦長が海上を指差す。
 その方角、アマノムラクモ領海内には、日本からやってきた遠洋漁業船が、長閑に漁を行なっている。
 少し離れた海域に母船を含む船団が待機しており、その中の一隻、『龍神丸』のみが、アマノムラクモ領海での漁を認められている。

「日本の船か。我が国が、あの海域で漁をしたいので通行させてもらえるかと連絡したら、受け入れてくれると思うか?」
「日本だけを贔屓していないならば、正当な理由により可能かと」
「……試してみる価値はあるか。アマノムラクモに通信は可能だな?」
「はい。安保理の視察団が訪れた際、国際チャンネルとして使用可能な電波帯は確認しています。その波長で話しかければ、対応するという話です」

 アマノムラクモを試すという、ある意味侮辱的な行動であるが、国際法を受けれるのかどうかという試験的な意味合いも含んでいる。

「受け入れる方に、三本だ」
「では、受け入れない方に三本」

 指と手で、酒を飲む仕草をする艦長と副艦長。
 そしてすぐさま、ロシア艦隊の空母『アドミラル・クズネツォフ』がアマノムラクモへ通信を送らせた。

『アドミラル・クズネツォフは、無害通航権を宣言する。指定座標までの航路の安全を保障願いたい』

 他国の領海は、許可なく航路として通行することは許されていない。
 ただし、『無害通航権』は全ての国に与えられた権利であり、正式な手続きがあれば、断ることもできない。

「さて、アマノムラクモはどうくる?」
「いくらなんでも無茶ですな。艦隊旗艦の空母が無害通航権の行使など、どの国でも鼻で笑われるレベルです」

 副艦長がやれやれと、頭を軽く振る。
 その直後、アマノムラクモ領海を示す結界の一部が点滅を開始、海面を含めた一区画がゆっくりと開いていった。

「アマノムラクモより通信です。『良い旅を』です」
「了解。貴国の未来に幸あれ、送れ」
「了解です」

 返信を指示してから、艦隊は副艦長の方を見ながら、人差し指で自分の首を軽く弾いていた。

「戻り次第、とっておきのウォッカを準備しますよ」
「ありがたいな。君のコレクションには、前から興味があったからな」

 微速前進を指示して、アドミラル・クズネツォフはアマノムラクモ領海内へと進んでいった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


『ピッ……ロシア艦隊旗艦アドミラル・クズネツォフがアマノムラクモ直下を航行中。警戒区域ですな』

 ロシア艦隊からの通信を受けて、ヒルデガルドは速やかに結界の一部を解除した。
 無害通航権を行使された以上、受け入れるのがアマノムラクモ流。
 戦艦の真下からの砲撃やミサイル攻撃を警戒することも考えたが、万が一の対抗策はトラス・ワンが行いますということなので、速やかに航行許可を出した。

「ロシアとしては、アマノムラクモが国際法にどこまで対応するかを見てみたいというところでしょう。国としては認めないと言いながら、この試すような態度は、喧嘩を売っていると考えますが」
『ピッ……ロシアの動向については、ある程度の予測は立ちます。フランスの動きにも、中国とロシアは全く動きませんでしたから。ヒルデガルドの言う通り、『試している』で正解でしょう』
「なかなか、小癪こしゃくな真似をしますね。でも、今回は許します」

 もしもミサキなら、どう判断してどのような行動をするのか。
 それをシミュレーションした結果が、今回の受け入れるである。
 皮肉にも『良い旅を』と通信を送ってみたが、皮肉には皮肉で返される始末。
 これにはオクタ・ワンも苦笑するレベルである。

「オクタ・ワン、ロシアの動きを見て、他国も動くと思いますか?」
『ピッ……同じ手は使わないでしょうが、例えば、艦艇が故障したので、一時的な寄港を認めて欲しい。とか、病人が出たので、一時的に病院にて治療をお願いしたい、とか。なんだかんだと理由をつけて、アマノムラクモに入ろうとする国は出るかと?』
「あり得ますね。では、オクタ・ワン、海上プラットフォームの建設をお願いします。ミサキさまも、大地があったらなぁと話していましたし、人工島を建設するのもありかと」
『ピッ……優先事項として処理します。全ては、ミサキさまのために』

──ゴゴゴゴゴ
 ヒルデガルドとオクタ・ワンの話の直後、戦艦下部中央のハッチが開き、建設資材を抱えたマーギア・リッターが降下を開始する。
 そして真っ直ぐに海中へと潜航を開始すると、海底に資材を設置し、Dアンカーで固定する。
 海底をボーリングして基部を埋没させる必要はない、Dアンカーで固定すれば、解除するまではその場から動くことはない。
 そのまま、次々とマーギア・リッターが潜航し、資材を固定して上昇する。

 その作業工程は、翌朝まで続けられることになった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 グアム島、アンダーセン空軍基地。
 観光でグアム島にやってきた俺の二日目のスケジュールだが、午前中は空軍基地での司令官との懇親会となっていた。
 朝イチでホテルの敷地内にあるプールで軽く運動をして、バイキングで食事を取ってから、迎えにきた車でいざ、空軍基地。
 速やかに特設会議室へと案内されて、そこで簡単な挨拶ののち、ミハイル・トワイニング空軍中将との話し合いは始まった。
 

「……実は、本国にいる国連大使の一人から、どうかテンドウさまにお願いして欲しいと頼まれた案件があるのですが。私が用件を聞いてありますので、話だけでも聞いてもらえますか?」
「構わないので、話してください」
「実は、国連安保理の視察団が受け取った、鞄とナイフの件なのですが……」

 そう話を切り出してきたので、何が起こったのかと尋ね返してみる。
 すると、俺が手渡した鞄のセキュリティのおかげで、生活に支障が出ているらしい。
 体から離しても、一定の距離で戻ってくるという仕様のおかげで、毎朝日課のマラソンができなくなってしまったらしい。
 家に置いてあっても、家から出て少しするといきなり肩にぶら下がるので、大変困り果てているとか。
 護衛はナイフが体から離せなくなっているので、民間航空機に乗ることもできず、大変不便な生活を送っているらしい。

 うん、ちょっとだけ想定外だったわ、すまん。
 拡張エクステバッグが登録者の元に戻る仕様にしたのは、簡単に密輸とかに使われるのを止めるため。
 国の代表としてアマノムラクモにやってきた視察団なら、身分はしっかりとしているし悪用されることはないだろうと信じていたんだよ?
 でも、他人は別。
 何らかの理由で手放したとして、拡張エクステバッグを手に入れた人が悪用しないとは限らない。
 俺が作った魔導具が悪用されるなんて、許し難いからな。
 ナイフについてはほら、解析とかに回されるのを阻止するため。
 もっとも、この世界でミスリル合金のナイフを解析し、再現できるかというと不可能だからなぁ。

「そうですね。では、どちらもセキュリティを解除しましょう。但し、そのあとに何が起こっても、私たちは一切、責任を取りませんので。犯罪に使われようが軍事利用されようが、どうぞそちらで責任を取ってください」
「ご理解いただき、ありがとうございます。管理その他は、国が責任を持って行いますので」
「他国の拡張エクステバッグやナイフについても、セキュリティの解除を希望するのでしたら、アマノムラクモに連絡を貰えたなら対応しますので」

 まあ、この場ですぐに解除できるんだけどね。
 俺が作ったセキュリティだから、俺が解除術式を発動すれば良いだけ。
 でも、ここではやらない、アマノムラクモに戻ってから処理することにしよう。

「話は変わりますが、あのマーギア・リッターですが、見れば見るほど、惚れ惚れします。あの技術は、他国に放出することはないと伺っていますが、例えば、マーギア・リッターを個人的に買い取りたいという人物が出てきたら、その時は対応できますか?」

 んんん?
 マーギア・リッターを個人所有するの?
 国で管理するとか、研究用に購入したいとかではなく?
 それって趣味で欲しいだけなのか?
 
「難しいところですね。マーギア・リッターは我が国の最大戦力の一つです。それを簡単に、金銭による譲渡を行うことはあり得ませんね」
「当然、そうなりますよね。いえ、参考までにお聞きしたかっただけですので」

 物凄く残念そうな基地司令。
 まさかとは思うけどさ。

「基地司令が、個人所有したいのですね?」

──ドキッ‼︎
 どうやら図星らしい。
 いきなり目が泳ぐし、汗が吹き出しているし。
 うむ、分かる、その気持ちはよく分かるぞ。
 巨大人型兵器の個人所有は、男のロマンだからなぁ。
 だが、断る‼︎

「ま、まあ……お恥ずかしい限りです。無理は承知で、聞いてみたかったのです」
「なるほどねぇ、それでしたら、体験試乗してみますか? 当然、メインパイロットが操縦しますので、補助席での見学となりますけど」
「え?」

 基地司令が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を見る。気持ちはわかるぞ、うむ。

「よ、よろしいのですか?」
「私の専用機は無理ですが。銃器などの装備を全て解除して頂けるのでしたら、私の部下の機体に乗れるようにしますけど?」
「よろしくお願いします‼︎」

 テーブルに頭をぶつける勢いで、頭を下げましたよ。
 ここまで喜んでもらえるのなら、こちらとしても嬉しい限りです。

「では、今から向かいましょうか。私は午後からは、買い物に出かけたいのですから」
「はっ、了解しました‼︎」

 ビシッと立ち上がって敬礼する基地司令。
 それじゃあ、俺たちの訪米を受け入れてくれたお礼に、マーギア・リッターの試乗会でも始めますか。
 この話を聞いたら.アメリカ大統領が『解せぬ』って顔するかも知れないけど、まあ、それはそれということで。
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