お嬢様、ミスリルは食べ物ではありません~異世界転生した悪役令嬢は、暴飲暴食で無双する~

呑兵衛和尚

文字の大きさ
2 / 25
第一部・食戦鬼? あ、食洗機ですか。

第2話・なんでも食べる元気な子……って、なんでもすぎます

しおりを挟む
 両親と神聖治療師が部屋から出ていって。
 ようやく私も目を開けて、ベッドから体を起こすことにしました。

「う~ん。映画でしか見たことが内容な天蓋付きのベッド。しかもこの寝間着の手触りのよさ。シルク? そうよ、これはシルクの手触りよ。こんな高級品を身に着けるだなんて、ずいぶんとシルヴィアは甘やかされているよう……」

 いえ、我儘を言いまくって、この寝間着を用意させたシーンが脳裏に浮かび上がりました。
 10着ほど用意させて、この一着だけを購入したのですか。

「はう……最悪だよ私……」

 失意で膝から崩れそうですけれど、どうにか立ち直って室内を散策。
 巨大な姿見が壁に貼り付けてあったので、そこまで移動しますと。

「え……なにこの子? 腰近くまで伸びているさらさらした金髪、端正の整った顔立ち。日焼けした肌に金髪がよく似合う……ってもったいない、こんなにいい素材なのになんで日焼けしているのですか? 肌にシミでも付いたら大変じゃない? このじゃじゃ馬がぁぁぁぁぁぁ」

 自分に向かって怒鳴りつける、事情を知らない人が見たら気でも触れたかって思われてしまいそうです。
 でも、まあ、この姿もまんざらではない。
 その場でクルリと回ってみます。

「うん、可愛い。前の私はひっつめ髪にメガネ、疲れ切った顔色を化粧でごまかしていたからなぁ。肩こりも酷かったし多分猫背だった。それを解消するためにスポーツジムに通い始めたんだよねぇ……シルヴィア、あなたは本当に恵まれていたんだよ」

 そういえば、朝食は毎日エネルギードリンク、昼と夜も高たんぱく低脂肪のトレイニーのような食事を心がけていたんだよなぁ。まともなご飯なんて、せいぜいが社長が何かと理由を付けて開かれていた宴会に参加していたときの料理か、もしくは週に一度のチートディぐらいだったからなぁ。

「まあ……どうせ私なんていなくても、あの会社が困ることはないし……」

 田舎の両親には、悪いことをしたよなぁ。
 都会に就職した一人娘が事故死だなんて……。

──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
 うん、悲しむ前におなかが減ってきた。
 
──コンコン
 すると部屋の扉がノックされて。

「し、失礼します。シルヴィアさま、お食事をお持ちしました」

 侍女がワゴンを押して部屋に入ってきます。
 そして私を一目見て、すぐに下を向いて震えています。
 私を見た時の表情は、腫物を触るような、それでいて恐怖の色が浮かび上がっています。
 シルヴィア……本当に最低だよ。
 
「ありがとう。食べ終わったら廊下に出しておくので、あとで回収しておいてくださいね」

 にっこりとほほ笑んでそう返事を返すと、侍女はポカーンと口を半開きになって驚いています。
 いえ、そこまでですか?
 これは、今後の対策も色々と考える必要があります。

「は、はい……それでは後ほど取りに伺いますので、失礼します」

 深々と腰を折って頭を下げてから。
 侍女はいそいそと部屋から出ていきました。
 ワゴンから降ろされた料理はすべてテーブルの上に並べられ、カトラリーも小さなバスケットに収められておいてあります。
 まるで場所が決まっているかのように綺麗に配置されているところを見ると、シルヴィアがどれだけ神経質になっていたかよく分かります。
 まったく、私はとんでもない状況に追い込まれているのだなぁと、両親や侍女の様子を見て思い知らされましたよ、ええ。
 それではさっそく、食事を頂くことにします。

「うわぁ……出来立て熱々のご飯だ」

 焼き立てと思われるパン、根菜と豆のスープ。
 何かの肉を焼いたもの……おそらくはステーキなのでしょうけれど、これがとにかく分厚い。
 え、シルヴィアって肉食女? これスリーフィンガーはあるよね。
 そのほかにも麦をミルクでとろとろに煮込んだものが添えられています。
 陶器製ピッチャーにはぶどうジュースのようなもの、しかも氷が浮かんでいますよ。 

「いやいや、病人に出すものはメインが麦粥で、肉は少しでしょう? これもシルヴィアの好みのものを用意したんだろうなぁ……」

 席について両手を合わせ。

「いただきます」

 小さなころから、これだけは絶対にゆずれない食事マナー。
 両手を合わせて、ご飯を作ってくれた人、その食材を用意してくれた人に感謝を込めて。

──パクッ
「うん? こ、これは体験したことのない味ですよ。ミルク仕立ての麦粥の甘さと、そこに少しだけふってある塩と香辛料がアクセントになっていて。食欲をそそります」 

 一口、また一口と食べ進めつつ、他の副菜にも手を伸ばす。
 うん、スープはゆでた枝豆を裏ごししてスープに溶かし込んであって、豆のうまみがスープに溶け込んでいていい具合です。
 そしてこの肉。
 厚さ5センチはあるステーキ、それもミディアムレア。
 ソースなんて必要ないといわんばかりに、塩コショウと溶かしバターがふんだんに掛けられています。
 ああ……ここに醤油を一垂らしお願いします。
 
「……ディスイズ、肉っていうかんじ。でも、これは何のお肉なんだろう? 油のさし具合から察するに赤身に間違いはなく。でも、肉質は柔らかくて、ひれ肉のようにも感じますけれど、それ以上の柔らかさを感じますが……」

 一口一口、味を噛みしめて。
 30分ほどですべてを平らげてしまいました。
 
「はぁ……これぞ至福。これぞ人間の晩御飯ですよ。ようやくおなかが膨らんできましたけれど……もう少し、何か欲しくなってしまいますね」

 この細い体のどこに入っているのだろうと錯覚するほどの大食漢。
 まだ、もう少し欲しいなぁと思って空いた皿やカトラリーを片付けていますと。

──ゴクッ
 うん。
 この銀のスプーン、なんとなくおいしそうじゃないですか?
 歯ごたえもありそうですけど、多分かじったらいい味が染み出しそうで……って。

「待って、ちょっと待って!! どうしてこれがおいしそうに見えるのですか!! これは食べ物ではありません、ザッツ金属。人間は金属を食べられない、オッケー?」

 頭を振りつつ、己の体に言い聞かせます。
 いや、絶対におかしいですよ、こんなことってあるはずがないじゃないですか。

「まったく。どうしてこんなものが食べたくなるんですか?」

 ふと、スプーンを手に取ってしげしげと眺めます。
 どこからどう見ても金属製。
 シルヴィアが貴族家ということを考えるに、おそらくは銀食器でまとめられていると思います。

「ほら、どう見ても銀ですよ。こんなに硬いものが、食べられるはずがないじゃないですか」

 物は試しにパクッと口にくわえます。
 ほら……銀食器って甘いのですね。
 チョコレートよりもさっぱりしていて、それでいて歯ごたえもありますよ。

『ピッ……食戦鬼の固有スキル・暴飲暴食が覚醒しました』

「ん? また神様の声かな?」

──ポリッポリッ
 うん、意外と柔らかいですよ。
 なんというか、ポッキーに近い硬さでして、かむたびに口の中に甘さが広がっていきますが……。

「ってちょっと待って、私、どうしてスプーンを食べられるの? この世界の人間って金属も食べるの? それにこれ、さっきはこんなに柔らかくなかったですよね? え、どういうことですか?」

 自問自答を続けつつ。
 そのまま証拠隠滅よろしくスプーンは全て平らげてしまいました。

「……いや、おかしいよ、人間は金属は食べない、そんなの常識じゃないですか」

 慌てて残りのカトラリーや食器をワゴンに乗せて。
 急いで廊下に出しておきます。
 あとは、腹痛が起きないようにと祈りつつ、もう一度ベッドに戻って体を横たえます。
 はぁ。
 これは明日は腹痛確定ですよ。
 吐き出したくても吐けそうにもありませんし、明日はまた腹痛で治療師さんのお世話になるのでしょうね。
 
「あ~もういい。きっと夢、そうにちがいない。とっとと寝て、目が覚めたら病院のベッドだよ」

 そうひとりごちてから、今日はもう眠ることにします。
 できれば、本当に夢でありますように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...