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第一部・二人の転生者と異世界と
幕間の5・燃えるサムソン鍛冶組合
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サイドチェスト鍛治工房が再開した。
サムソンの人々にとっての吉報が、街の中に届き始めた。
サイドチェスト鍛治工房が再開した。
サムソンの多くの鍛冶屋が絶望した。
ストームがベルナー領に向かった翌日から、サムソンの彼方此方にある鍛冶屋は、以前の活気を取り戻した。
サイドチェスト鍛冶工房が出来る前は、この街の鍛冶屋は何処でも研ぎの仕事や新しい武具の注文を受けていたのだが、サイドチェスト鍛治工房が出来てからは客足がバッタリと減ったのである。
しまいには、帝国鍛治工房に武具を卸した時も、もう少し品質の良いものをと釘を刺される。
数多くの鍛治師を抱えている辺境都市サムソンは、ストームの出現によって数多くの難題を抱えることになってしまった。
ここ最近は、サムソンから出荷される武具の品質向上、都市内の鍛治師の技術の上昇と、色々なハードルが上がってしまっているらしい。
特に王都からやってくる武具商人達は、サイドチェスト鍛治工房からより良い武具を買うためにやって来たのだが、当のストームがずっと不在であったために買い付けもままならず、やむなくグレードの低い武具を買うことになっていた。
‥‥‥
‥‥
‥
「このままで良いのか!!」
――ダン!!
ジョッキをテーブルに叩きつけながら、ランディというドワーフの鍛治師が叫ぶ。
ランディはこのサムソンの鍛冶屋が集まっている『サムソン鍛冶組合』のまとめ役である。
彼ら鍛冶組合にとっては、まだ組合に登録していないサイドチェスト鍛冶工房の存在が気に入らない。
『サムソン鍛冶組合』は登録している鍛冶屋同士が連携し、足りない材料や仕事を融通しあっている。
年会費も徴収し、仕事がなくて苦しい店などには援助も行っている。
酒場『鋼の煉瓦亭』には、その『サムソン鍛冶組合』の鍛治師が集まって、対策会議と称して酒を飲んでいた。
「帝国鍛治工房への卸し価格の改正で、我々中小鍛治師は窮地に立っている。あのストームとかいう鍛治師のおかげで、求められる品質が上げられてしまっているのだ」
それまでは武具の品質は『S、A、B、C、D、E』という感じでグレードが設定されていたのに対して、ここ最近は基準が大きく変わってしまった。
新しい帝国基準は、いままでのものに±を加えたものになったのである。
それまではC認定を受けていたものが、実はC-やD+、BだったものがB-やC+であったことが判明し、卸し価格が軒並み調整されてしまったらしい。
ちなみにストームの量産品が、大体A基準になっているようだ。
本人の知らないところで。じつにはた迷惑な話である。
「まあ、ランディの気持ちも分かる。今まではBだったものが、突然C+判定だったからなぁ~」
それまでは、ランディの作った武具の評価はB。帝国鍛治工房の良品と同じ扱いであったのが、突然C+判定、量産品の中ではまあ良い武具に格下げされたのである。
結果、ランディの鍛治工房は、新しい帝国鍛治工房評価でCクラスの鍛治工房と仮認定されてしまった。
年に一度の技術認定審査をクリアしなくては、来年の審査まではずっとCクラスの鍛冶屋になってしまう。
「そうだろう? 大体、1日に何本も仕上げられない鍛治工房が、A基準に認定されているのだぞ?そんな馬鹿な話があるか!!」
「そうだそうだ。きっと賄賂でも送っているに違いない」
「なんて卑怯な鍛治師だ。異国から来たというだけで高い評価を貰っているだけだろう?」
「そうだそうだ」
どんどんと酒が進み、酔いが酷くなる一同。
「こうなったら、サムソン伯爵に直談判しかない。異国の鍛治師にこの都市を好きにされてたまるものか」
とランディが叫び、その場にいた鍛治師達は賛同する。
そして一人、また一人と酒場を後にした。
「ふう、しっかし情けない鍛治師達だね。どうして腕で勝負しようって考えないのかね」
カウンターで晩酌をしていた、チーム影の踊り子のクリスティナが、隣で静かにエールを飲んでいた『アルバート商会』のカレンに話しかける。
「そうですわ。もうすぐ鍛冶師ギルドで『鍛冶技術認定審査』があるので、そこで勝負すればいいのですわ」
と半ば酔っ払っているカレンが告げる。
「この件は、我がアルバート商会にも関わってきますわね。一度戻って協議する必要がありますわ」
と呟きながら席を立つと、フラフラと千鳥足で自宅へと戻っていった。
「なーんか荒れそうだなぁ‥‥」
とクリスティナもグイッと酒を飲み干すと、彼女もまた帰っていった。
○ ○ ○ ○ ○
年に一度、サムソンでは『鍛冶認定審査』が行われる。
帝国鍛冶工房が審査を努めているこの審査試験によって、鍛冶屋の一年間のグレードが決定してしまう。
その日、サムソン伯爵邸には、早朝から大勢の鍛冶師たちがやってきた。
先日酒場で話し合いをしていた鍛冶組合の連中である。
「あの鍛冶師は怪しすぎます」
「あんな異国の技術がこの帝都直轄の鍛冶工房にやってきていいのでしょうか?」
「恐らくは裏で何か良からぬことをしているに違いありません。奴から鍛冶ギルトの資格を剥奪して下さい」
と喧々囂々と叫ぶ鍛冶師達。
「して、みなさんがおっしゃったことについての証拠は?」
とサムソン伯爵がニッコリと笑顔で問い掛ける。
彼もまた『武神セルジオ』に愛された筋肉美を持つ男。
それゆえ、理屈の通らない交渉などに応じるようなことはない。
「証拠といっても‥‥なあ」
「この街はずっと、帝国の鍛冶師たちが守ってきたものだ。異国の奴にいいようにされるのは勘弁ならない」
「多分裏でよからぬ事を‥‥」
と鍛冶師たちの会話は埒が明かない。
これにはサムソンもやれやれと苦笑するしかない。
「いずれにししてもだ。全て皆さんの憶測に過ぎない。それに、我々としては彼の存在はありがたいのだが?」
すると、サムソン伯爵の爆弾宣言。
これには、その場に居合わせた鍛冶師たちは耳を疑ってしまう。
「は、伯爵まで俺たちを裏切るのか?」
「あんな正体の分からない鍛冶師の肩を持つのか?」
などなど非難轟々。
だが、サムソンはそんな鍛冶師たちの言葉に耳を貸す気はない。
「私は帝国に任命されてこの都市を預かっている。ここは技術都市でもある。この都市全体の技術の向上は、我々にとってはありがたいとは思わぬか? 基準が上がったのなら、皆がそれに追いつくように努力すればいいだけの話ではないか?」
力いっぱいの正論である。
「そのとおりですわ。そこで私達『アルバート商会』から、サムソン伯爵にご提案がありますわ」
――ザッ
と人だかりが真っ二つに割れ、カレン・アルバートが前に出る。
「ほう、アルバート商会のお嬢さんか。久しぶりですな」
「ええ、ご無沙汰しています伯爵。それで提案なのですが」
とカレンは静かに身振り手振りを取り混ぜて説明を開始した。
「今回の『技術認定審査試験』ですが、大会形式を取ってみるのはいかがでしょう? それで上位に入ったものにはそれなりの認定をすればいいだけですわ」
突然、とんでもない提案をするカレン。
「ちょ、ちょっとカレンさん、それは不味い」
「そうだそうだ、一回戦で負けちまったらどうするんだ?」
と反発の声も上がるが、そちらをキッと睨みつけて一言。
「技術もなにもなく権利だけを主張するような、温い鍛冶師はこのサムソンには必要ありません。それにトーナメントにすれば‥‥ねぇ」
という話をきいたランディが、ポンと手をたたく。
「そうだ、それでいこう。伯爵様、それで宜しいか? 大会の仕切りは帝国鍛冶工房とサムソン鍛冶組合で取り決めたい」
と提案する。
「よし、それでいこう。帝国鍛冶工房には後日私から提案書を届けることにする。その後で鍛冶組合と帝国鍛冶工房で詳細を決めるがよい」
と話を纏めた。
「よし、これであの鍛冶師をこの街から追い出すことが出来る」
とランディは内心ほくそ笑んでいたが、この出来事が後々に自分たちの立場を苦しめることになるとは、思っても居なかったであろう。
サムソンの人々にとっての吉報が、街の中に届き始めた。
サイドチェスト鍛治工房が再開した。
サムソンの多くの鍛冶屋が絶望した。
ストームがベルナー領に向かった翌日から、サムソンの彼方此方にある鍛冶屋は、以前の活気を取り戻した。
サイドチェスト鍛冶工房が出来る前は、この街の鍛冶屋は何処でも研ぎの仕事や新しい武具の注文を受けていたのだが、サイドチェスト鍛治工房が出来てからは客足がバッタリと減ったのである。
しまいには、帝国鍛治工房に武具を卸した時も、もう少し品質の良いものをと釘を刺される。
数多くの鍛治師を抱えている辺境都市サムソンは、ストームの出現によって数多くの難題を抱えることになってしまった。
ここ最近は、サムソンから出荷される武具の品質向上、都市内の鍛治師の技術の上昇と、色々なハードルが上がってしまっているらしい。
特に王都からやってくる武具商人達は、サイドチェスト鍛治工房からより良い武具を買うためにやって来たのだが、当のストームがずっと不在であったために買い付けもままならず、やむなくグレードの低い武具を買うことになっていた。
‥‥‥
‥‥
‥
「このままで良いのか!!」
――ダン!!
ジョッキをテーブルに叩きつけながら、ランディというドワーフの鍛治師が叫ぶ。
ランディはこのサムソンの鍛冶屋が集まっている『サムソン鍛冶組合』のまとめ役である。
彼ら鍛冶組合にとっては、まだ組合に登録していないサイドチェスト鍛冶工房の存在が気に入らない。
『サムソン鍛冶組合』は登録している鍛冶屋同士が連携し、足りない材料や仕事を融通しあっている。
年会費も徴収し、仕事がなくて苦しい店などには援助も行っている。
酒場『鋼の煉瓦亭』には、その『サムソン鍛冶組合』の鍛治師が集まって、対策会議と称して酒を飲んでいた。
「帝国鍛治工房への卸し価格の改正で、我々中小鍛治師は窮地に立っている。あのストームとかいう鍛治師のおかげで、求められる品質が上げられてしまっているのだ」
それまでは武具の品質は『S、A、B、C、D、E』という感じでグレードが設定されていたのに対して、ここ最近は基準が大きく変わってしまった。
新しい帝国基準は、いままでのものに±を加えたものになったのである。
それまではC認定を受けていたものが、実はC-やD+、BだったものがB-やC+であったことが判明し、卸し価格が軒並み調整されてしまったらしい。
ちなみにストームの量産品が、大体A基準になっているようだ。
本人の知らないところで。じつにはた迷惑な話である。
「まあ、ランディの気持ちも分かる。今まではBだったものが、突然C+判定だったからなぁ~」
それまでは、ランディの作った武具の評価はB。帝国鍛治工房の良品と同じ扱いであったのが、突然C+判定、量産品の中ではまあ良い武具に格下げされたのである。
結果、ランディの鍛治工房は、新しい帝国鍛治工房評価でCクラスの鍛治工房と仮認定されてしまった。
年に一度の技術認定審査をクリアしなくては、来年の審査まではずっとCクラスの鍛冶屋になってしまう。
「そうだろう? 大体、1日に何本も仕上げられない鍛治工房が、A基準に認定されているのだぞ?そんな馬鹿な話があるか!!」
「そうだそうだ。きっと賄賂でも送っているに違いない」
「なんて卑怯な鍛治師だ。異国から来たというだけで高い評価を貰っているだけだろう?」
「そうだそうだ」
どんどんと酒が進み、酔いが酷くなる一同。
「こうなったら、サムソン伯爵に直談判しかない。異国の鍛治師にこの都市を好きにされてたまるものか」
とランディが叫び、その場にいた鍛治師達は賛同する。
そして一人、また一人と酒場を後にした。
「ふう、しっかし情けない鍛治師達だね。どうして腕で勝負しようって考えないのかね」
カウンターで晩酌をしていた、チーム影の踊り子のクリスティナが、隣で静かにエールを飲んでいた『アルバート商会』のカレンに話しかける。
「そうですわ。もうすぐ鍛冶師ギルドで『鍛冶技術認定審査』があるので、そこで勝負すればいいのですわ」
と半ば酔っ払っているカレンが告げる。
「この件は、我がアルバート商会にも関わってきますわね。一度戻って協議する必要がありますわ」
と呟きながら席を立つと、フラフラと千鳥足で自宅へと戻っていった。
「なーんか荒れそうだなぁ‥‥」
とクリスティナもグイッと酒を飲み干すと、彼女もまた帰っていった。
○ ○ ○ ○ ○
年に一度、サムソンでは『鍛冶認定審査』が行われる。
帝国鍛冶工房が審査を努めているこの審査試験によって、鍛冶屋の一年間のグレードが決定してしまう。
その日、サムソン伯爵邸には、早朝から大勢の鍛冶師たちがやってきた。
先日酒場で話し合いをしていた鍛冶組合の連中である。
「あの鍛冶師は怪しすぎます」
「あんな異国の技術がこの帝都直轄の鍛冶工房にやってきていいのでしょうか?」
「恐らくは裏で何か良からぬことをしているに違いありません。奴から鍛冶ギルトの資格を剥奪して下さい」
と喧々囂々と叫ぶ鍛冶師達。
「して、みなさんがおっしゃったことについての証拠は?」
とサムソン伯爵がニッコリと笑顔で問い掛ける。
彼もまた『武神セルジオ』に愛された筋肉美を持つ男。
それゆえ、理屈の通らない交渉などに応じるようなことはない。
「証拠といっても‥‥なあ」
「この街はずっと、帝国の鍛冶師たちが守ってきたものだ。異国の奴にいいようにされるのは勘弁ならない」
「多分裏でよからぬ事を‥‥」
と鍛冶師たちの会話は埒が明かない。
これにはサムソンもやれやれと苦笑するしかない。
「いずれにししてもだ。全て皆さんの憶測に過ぎない。それに、我々としては彼の存在はありがたいのだが?」
すると、サムソン伯爵の爆弾宣言。
これには、その場に居合わせた鍛冶師たちは耳を疑ってしまう。
「は、伯爵まで俺たちを裏切るのか?」
「あんな正体の分からない鍛冶師の肩を持つのか?」
などなど非難轟々。
だが、サムソンはそんな鍛冶師たちの言葉に耳を貸す気はない。
「私は帝国に任命されてこの都市を預かっている。ここは技術都市でもある。この都市全体の技術の向上は、我々にとってはありがたいとは思わぬか? 基準が上がったのなら、皆がそれに追いつくように努力すればいいだけの話ではないか?」
力いっぱいの正論である。
「そのとおりですわ。そこで私達『アルバート商会』から、サムソン伯爵にご提案がありますわ」
――ザッ
と人だかりが真っ二つに割れ、カレン・アルバートが前に出る。
「ほう、アルバート商会のお嬢さんか。久しぶりですな」
「ええ、ご無沙汰しています伯爵。それで提案なのですが」
とカレンは静かに身振り手振りを取り混ぜて説明を開始した。
「今回の『技術認定審査試験』ですが、大会形式を取ってみるのはいかがでしょう? それで上位に入ったものにはそれなりの認定をすればいいだけですわ」
突然、とんでもない提案をするカレン。
「ちょ、ちょっとカレンさん、それは不味い」
「そうだそうだ、一回戦で負けちまったらどうするんだ?」
と反発の声も上がるが、そちらをキッと睨みつけて一言。
「技術もなにもなく権利だけを主張するような、温い鍛冶師はこのサムソンには必要ありません。それにトーナメントにすれば‥‥ねぇ」
という話をきいたランディが、ポンと手をたたく。
「そうだ、それでいこう。伯爵様、それで宜しいか? 大会の仕切りは帝国鍛冶工房とサムソン鍛冶組合で取り決めたい」
と提案する。
「よし、それでいこう。帝国鍛冶工房には後日私から提案書を届けることにする。その後で鍛冶組合と帝国鍛冶工房で詳細を決めるがよい」
と話を纏めた。
「よし、これであの鍛冶師をこの街から追い出すことが出来る」
とランディは内心ほくそ笑んでいたが、この出来事が後々に自分たちの立場を苦しめることになるとは、思っても居なかったであろう。
応援ありがとうございます!
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