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GINJI
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それからも、俺達は2人きりの生活を続けていた。
いつも眠そうで、しかも突然、何をしでかすかわからない頼介を連れて外には出られない。
閉じこもりの生活が長くなればなる程、俺は疲弊していった。
医師には、俺自身が息を抜ける場所や話し相手を持てと言われたが、相変わらず、赤ん坊のように俺を求める頼介がいては、それも難しい。
それに、俺の疲労の第一の原因は、医師にも伝える事ができない俺の本当の気持ちだ。
こんな気持ちは、誰にも言えない。
「GINJI?」
頼介が不安げに俺の顔を覗き込んだ。
そうだ。
頼介はいつも俺の顔色を窺っている。
疲れた顔をしてはいられない。
「なんでもないよ。」
俺は笑顔を見せて、エアコンのリモコンを手に取った。
外は雨も降っている。
そのせいか、少し部屋が冷えてきているように感じたからだ。
「暖房?」
「そうだ。お前は寒くないのか?そんな薄着で。」
もともと暑がりな頼介だが、Tシャツ1枚という格好は、もう今の季節には合わない。
いくら外に出ないとは言え、風邪をひきそうだ。
「俺、まだ夏だと思ってた。」
ところが、頼介はそんな風に呟いた。
頼介の中で、時間の感覚が狂っているのだろう。
それに気付いて、切なくなった。
「仕方のない奴だな。何か羽織る物を持ってきてやる。少し待っていろ。」
そんな俺の気持ちを悟らせぬよう、俺は立ち上がった。
だが、俺を呼び止めるかのように、頼介は口を開いた。
「受験…もう追い込みの時期なんだよね。」
それを聞いて、俺はマズイと思った。
将太くんの事を考えると、頼介は決まって情緒不安定になるからだ。
将太くんと蓮介に関する話題は、頼介にはタブーだった。
みるみる頼介の顔色が変わっていく。
興奮の前兆だ。
「頼介。怖くなってきたら、どうするんだっけ?深呼吸だろ?いつも先生に言われているじゃないか。やってみろ。」
俺は座り込んでいる頼介に目線を合わせて、話しかけた。
だが、俺の話を聞いている様子はない。
これは、もう頓服を飲ませた方がいい。
家の中でも頓服は、常に俺が持ち歩いている。
水なしで飲めて、即効性も強い液状の薬だ。
けれど、遅かった。
頼介は叫び声を上げ、ソファーの前のローテーブルをひっくり返した。
上に置いてあったコーヒーカップが割れ、床に散らばる。
「頼介!危ない!」
破片に触れたら、また怪我をしてしまう。
俺は必死に頼介を押さえつけた。
体格も腕力も俺の方が上だが、頼介も大人の男だ。
本気で暴れるのを押さえつけるのは、容易ではない。
しかも、ここまで興奮してしまうと、薬を飲ませる事もできない。
こうなったら、持久戦だ。
幸い体力なら、俺の方がある。
床に押さえつけ、頼介が暴れ疲れるのを待った。
どれくらいの時間が経っただろう。
流石に頼介も疲れてきて、俺が片手で押さえきれる程度にまで力が弱まってきた。
頼介の両手首をまとめて左手で押さえつけ、空いた右手で薬を取り出した。
素早く自分の口に含み、口移しで強引に嚥下させた。
「ほら、薬も飲めたから、もう大丈夫だ。もう怖くない。怖くないからな。」
そう声をかけているうちに、頼介の力は次第に弱まっていき、完全に眠ったのを確認して、ようやく俺は手を離した。
今日は派手だった。
頓服を飲ませるタイミングが遅かった。
あぁなる前に、飲ませないとダメだ。
そう思って座り込んでいたが、ふと床に目をやると、血がこびりついている。
慌てて、頼介の全身を確認した。
だが、どこにも出血点はない。
不思議に思っていると、ポタっと、床に新たな血が垂れた。
よくよく確認してみて、ようやく気が付いた。
良かった…。
頼介の血じゃない。
俺の血だ。
揉み合っているうちに左腕を切ったんだ。
興奮すると痛みすら感じなくなる頼介を、いつも不思議に思っていたが、俺も同じだったらしい。
痛みはまるで感じなかった。
近くに置いてあったタオルを巻いて、乱暴に止血した。
部屋は滅茶苦茶だ。
片付けないと…。
否、頼介をベッドまで運ぶ方が先か…。
そう思ったが、すぐに立ち上がる気力はなかった。
そうやって、ボンヤリと座り込んでいた時に、インターホンが鳴った。
佐久間さんだった。
普段は、玄関で品物だけ渡して帰って行く佐久間さんだが、今日は部屋に上がってもらった。
部屋の惨状と、床に転がっている頼介を見て、佐久間さんは驚愕した。
「こ、これは!?RAISUKE!?大丈夫か!?」
佐久間さんは慌てて、頼介に駆け寄る。
「頼介は眠っているだけです。大丈夫ですよ。起こさないでやってください。薬で寝ているんで、起こしても起きないでしょうけど…。」
佐久間さんは改めて、俺の方を見た。
「GINJI…お前、怪我しているのか?」
左腕に巻いたタオルは、血を吸って赤く染まっている。
「佐久間さん…少しだけ、頼介をお願いできますか?俺、外の空気吸ってきます。」
「おい、GINJI!」
俺は外に飛び出していた。
いつも眠そうで、しかも突然、何をしでかすかわからない頼介を連れて外には出られない。
閉じこもりの生活が長くなればなる程、俺は疲弊していった。
医師には、俺自身が息を抜ける場所や話し相手を持てと言われたが、相変わらず、赤ん坊のように俺を求める頼介がいては、それも難しい。
それに、俺の疲労の第一の原因は、医師にも伝える事ができない俺の本当の気持ちだ。
こんな気持ちは、誰にも言えない。
「GINJI?」
頼介が不安げに俺の顔を覗き込んだ。
そうだ。
頼介はいつも俺の顔色を窺っている。
疲れた顔をしてはいられない。
「なんでもないよ。」
俺は笑顔を見せて、エアコンのリモコンを手に取った。
外は雨も降っている。
そのせいか、少し部屋が冷えてきているように感じたからだ。
「暖房?」
「そうだ。お前は寒くないのか?そんな薄着で。」
もともと暑がりな頼介だが、Tシャツ1枚という格好は、もう今の季節には合わない。
いくら外に出ないとは言え、風邪をひきそうだ。
「俺、まだ夏だと思ってた。」
ところが、頼介はそんな風に呟いた。
頼介の中で、時間の感覚が狂っているのだろう。
それに気付いて、切なくなった。
「仕方のない奴だな。何か羽織る物を持ってきてやる。少し待っていろ。」
そんな俺の気持ちを悟らせぬよう、俺は立ち上がった。
だが、俺を呼び止めるかのように、頼介は口を開いた。
「受験…もう追い込みの時期なんだよね。」
それを聞いて、俺はマズイと思った。
将太くんの事を考えると、頼介は決まって情緒不安定になるからだ。
将太くんと蓮介に関する話題は、頼介にはタブーだった。
みるみる頼介の顔色が変わっていく。
興奮の前兆だ。
「頼介。怖くなってきたら、どうするんだっけ?深呼吸だろ?いつも先生に言われているじゃないか。やってみろ。」
俺は座り込んでいる頼介に目線を合わせて、話しかけた。
だが、俺の話を聞いている様子はない。
これは、もう頓服を飲ませた方がいい。
家の中でも頓服は、常に俺が持ち歩いている。
水なしで飲めて、即効性も強い液状の薬だ。
けれど、遅かった。
頼介は叫び声を上げ、ソファーの前のローテーブルをひっくり返した。
上に置いてあったコーヒーカップが割れ、床に散らばる。
「頼介!危ない!」
破片に触れたら、また怪我をしてしまう。
俺は必死に頼介を押さえつけた。
体格も腕力も俺の方が上だが、頼介も大人の男だ。
本気で暴れるのを押さえつけるのは、容易ではない。
しかも、ここまで興奮してしまうと、薬を飲ませる事もできない。
こうなったら、持久戦だ。
幸い体力なら、俺の方がある。
床に押さえつけ、頼介が暴れ疲れるのを待った。
どれくらいの時間が経っただろう。
流石に頼介も疲れてきて、俺が片手で押さえきれる程度にまで力が弱まってきた。
頼介の両手首をまとめて左手で押さえつけ、空いた右手で薬を取り出した。
素早く自分の口に含み、口移しで強引に嚥下させた。
「ほら、薬も飲めたから、もう大丈夫だ。もう怖くない。怖くないからな。」
そう声をかけているうちに、頼介の力は次第に弱まっていき、完全に眠ったのを確認して、ようやく俺は手を離した。
今日は派手だった。
頓服を飲ませるタイミングが遅かった。
あぁなる前に、飲ませないとダメだ。
そう思って座り込んでいたが、ふと床に目をやると、血がこびりついている。
慌てて、頼介の全身を確認した。
だが、どこにも出血点はない。
不思議に思っていると、ポタっと、床に新たな血が垂れた。
よくよく確認してみて、ようやく気が付いた。
良かった…。
頼介の血じゃない。
俺の血だ。
揉み合っているうちに左腕を切ったんだ。
興奮すると痛みすら感じなくなる頼介を、いつも不思議に思っていたが、俺も同じだったらしい。
痛みはまるで感じなかった。
近くに置いてあったタオルを巻いて、乱暴に止血した。
部屋は滅茶苦茶だ。
片付けないと…。
否、頼介をベッドまで運ぶ方が先か…。
そう思ったが、すぐに立ち上がる気力はなかった。
そうやって、ボンヤリと座り込んでいた時に、インターホンが鳴った。
佐久間さんだった。
普段は、玄関で品物だけ渡して帰って行く佐久間さんだが、今日は部屋に上がってもらった。
部屋の惨状と、床に転がっている頼介を見て、佐久間さんは驚愕した。
「こ、これは!?RAISUKE!?大丈夫か!?」
佐久間さんは慌てて、頼介に駆け寄る。
「頼介は眠っているだけです。大丈夫ですよ。起こさないでやってください。薬で寝ているんで、起こしても起きないでしょうけど…。」
佐久間さんは改めて、俺の方を見た。
「GINJI…お前、怪我しているのか?」
左腕に巻いたタオルは、血を吸って赤く染まっている。
「佐久間さん…少しだけ、頼介をお願いできますか?俺、外の空気吸ってきます。」
「おい、GINJI!」
俺は外に飛び出していた。
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