木の下闇(全9話・20,000字)

源公子

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我に従え!

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「やめて! ママが死んだら、珠子は一人ぼっちだよ」

 珠子が叫ぶ。それを栄が叱り付けた。

「強くありなさい、珠子! 今からお前は大槻十代目の当主。
私と冬樹の魂の産んだ子、たとえ死んでも私の魂は必ず貴方とともにいます」

 そこにいたのは、ママではない大槻の巫女。
 大槻家当主栄だった。

「始まりの巫女、お越しください。我の命と、貴女の入る依代として娘を捧げます」

 剣が栄の喉に突き刺さる。

「いやー!」
 珠子は栄に向かって駆け寄ろうとした。


 突然空気が変わり、珠子を新しい祠まで弾き返した。

「体だけ大人でも、まだ子供。覚悟もできておらんでは、まだ我の依代にはなれんな」

 珠子の前に女が一人、栄によく似た刺青の顔、麻布の服、貝の腕輪と翡翠の勾玉、手に欅の枝を持っている。“玉祝りの巫女”その人が立っていた。

「お前には力がある。お前の魂の父が、血を分けた母が、お前を守っている。
お前の後ろの木は、お前の父の冬樹が育てた。
 しかし、この木は二人の贄に力を得て、強くなっている。
お前が押さえなければ、そのうち栄の木の様に悪鬼となろう。
実の母の命を無駄にするか? その名は飾りか、珠子よ」

 静かな、威厳に満ちた巫女の声。栄によく似た姿――
 これは、ママが言ってるんだ。“強くありなさい”と。            
   

          

 木が暴れ出した。断末魔のもがきを始める。
 落日の茜色に染まる空に、黒い雲が湧き出す。

「では、終わりを呼ぶことにしよう」
 玉祝りの巫女と、三人の珠子が栄の御神木に向かう。

 四つの魂が同時に唱和し叫ぶ。

「「「「我に従え、滅びよ!」」」」

 落雷とともに、栄の御神木は真二つに裂け砕け散った。



「もう日が沈む」
 玉祝りの巫女が言う。

「守りの光が消える」
 初代珠子の老婆が言う。

「我等も消えるとしましょう」
 二代目珠子が言う。

 ――玉祝りの巫女が、一歩珠子に近づいた。

「女の贄をやめさせるため、我は木を植えた。
 その木を見張るため大槻の女の血筋はあった。
 それももう終わらせるべき時よ」

 巫女が、初代珠子の母屋の老婆に重なり、輝きだす。

「「珠子、何を選ぶ? 人として生きる百年か。それとも木の傀儡としての百年か」」

 先の二人に、さらに二代目の珠子が重なり、
 ますます輝きを増していく。

「「「選んでみよ、珠子なら!」」」

 そして、太陽の輝きは、珠子の腹の中へと吸い込まれていった。




 不意に光が消えた。あとはただ闇。
 珠子は新しい祠の前で、一人立っていた。

 いや、一人ではない。珠子の体の中心で珠子を守るものがいた。
 曽祖母の珠子が、切り株の老婆が、玉祝りの巫女が、そして栄の魂が!

 もう一人じゃない――珠子は自分の体を掻き抱いた。


 その時、珠子の後ろに着物姿の女が立った。
 胸に丸槻葉巴の家紋、栄そっくりの姿。

 栄は離れて死んでいる。
 では、これは新しい御神木の作る影――

「負けるものか。影に喰われたりしない、木に支配などされない。
 私は珠子だ!」

 影がぱくりと口を開ける。
 木霊が、支配の言霊となり、珠子に向けられた。

 同時に珠子も影に向かって口を開け、二人の女は同時に叫んだ。
     
            「「我に従え!」」


               





       


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