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第2章
雨空に焦がれて-8
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一瞬ちらっと見えた先輩の顔は、どこか切ないもので。自分の知らないところで先輩を傷つけているという事実に、胸が痛んだ。
「――あれ? 取り込み中だった?」
柏木先輩への返答に困っていたとき、ふっと割り込んできた声があった。三人で美術室の入り口へ顔を向ける。
よく知った声のその子は、長い髪をサイドで緩く編んだ永野未琴だった。
未琴は美術部ではないけれど、部活見学と称して、よくここに遊びに来る。
今日もそのノリで来たのか「こんにちはー」と他の先輩方に挨拶したあと、私の向かいの席へ腰を下ろし細長い足を組んだ。
柏木先輩も一旦自分の席へ戻ったあと、すぐにスケッチブックを持って私の右隣に落ち着く。
左隣の千尋先輩はマイペースにノートパソコンを開いていた。
「内緒の話なんだけど」
声を潜めた未琴が、私の方へ身を乗り出す。
「さっき、うちのクラスの担任に聞いたら、2年のクラス替えは私と結衣、同じクラスにしてくれるって」
「本当?」
今のクラスは、中学のときからの友達があまりいなくて馴染めなくて。次のクラスは少しでも仲の良い子が多ければ、と願っていたところだった。
未琴は情報を聞き出すのが上手い。私には高度な会話力がないので到底無理だと思う。
大人でも同級生でも、誰とでも仲良くなれる未琴が羨ましかった。
「同じクラスに決まった記念に、春休みに皆でどこか遠くに出かけない?」
「うん、いいね」
「動物園とかどう?」
動物園……、そういえば柏木先輩に誘われていたのだった。
横目で様子を窺うと、先輩も私のことを見ていて目が合ってしまった。
「柏木先輩も、一緒に行きますよね?」
未琴の誘いに、先輩はゆっくりとうなずいた。
「白坂さんが行くなら、僕も参加したいな」
私が、行くなら……。
柏木先輩の言葉を嬉しく思いながらも、顔に出ないように唇を引きしめる。
「ちょうど、白坂さんと絵の題材を見つけるために、どこかに出かけようかと思っていたところなんだ」
「じゃあ、決まりですね。千尋先輩ももちろん行くでしょ?」
なぜか未琴は決定事項のように千尋先輩へ確認する。
「いや、俺は特に参加する理由は……」
千尋先輩が冷たく断りかけた瞬間、未琴はニヤリと目を細めた。
「アザラシの赤ちゃん、産まれたばっかりなんですって」
「……何?」
急に千尋先輩の目の色が変わる。
「俺も行く」
見かけによらず、可愛いものに目がないらしい。
「ふふ、他にあと二人くらい誘っておきますねー」
土日は特に混むらしく平日に行くことになり、私は今から着ていく服に頭を悩ませることになった。
*
部活後の夕暮れ時。
私と柏木先輩は昇降口で暗い雨雲を見上げていた。
「あ……みぞれ、ですね」
空から降ってきていたのは、ただの雨ではなく、雪の混じった雨だった。アスファルトはシャーベット状に濡れている。
「白坂さん、傘は?」
「……持ってきてないです」
30%という微妙な降水確率だからと、つい雨は降らないという方に賭けてしまったのだ。傘を持つのは手間だから。
でも、こんなことなら折り畳みの傘くらい鞄に入れてくれば良かった。先輩に、女子力の低い女だと思われる。
「それなら家まで送っていくよ」
黒い傘を広げながら柏木先輩が私を振り返る。
「――あれ? 取り込み中だった?」
柏木先輩への返答に困っていたとき、ふっと割り込んできた声があった。三人で美術室の入り口へ顔を向ける。
よく知った声のその子は、長い髪をサイドで緩く編んだ永野未琴だった。
未琴は美術部ではないけれど、部活見学と称して、よくここに遊びに来る。
今日もそのノリで来たのか「こんにちはー」と他の先輩方に挨拶したあと、私の向かいの席へ腰を下ろし細長い足を組んだ。
柏木先輩も一旦自分の席へ戻ったあと、すぐにスケッチブックを持って私の右隣に落ち着く。
左隣の千尋先輩はマイペースにノートパソコンを開いていた。
「内緒の話なんだけど」
声を潜めた未琴が、私の方へ身を乗り出す。
「さっき、うちのクラスの担任に聞いたら、2年のクラス替えは私と結衣、同じクラスにしてくれるって」
「本当?」
今のクラスは、中学のときからの友達があまりいなくて馴染めなくて。次のクラスは少しでも仲の良い子が多ければ、と願っていたところだった。
未琴は情報を聞き出すのが上手い。私には高度な会話力がないので到底無理だと思う。
大人でも同級生でも、誰とでも仲良くなれる未琴が羨ましかった。
「同じクラスに決まった記念に、春休みに皆でどこか遠くに出かけない?」
「うん、いいね」
「動物園とかどう?」
動物園……、そういえば柏木先輩に誘われていたのだった。
横目で様子を窺うと、先輩も私のことを見ていて目が合ってしまった。
「柏木先輩も、一緒に行きますよね?」
未琴の誘いに、先輩はゆっくりとうなずいた。
「白坂さんが行くなら、僕も参加したいな」
私が、行くなら……。
柏木先輩の言葉を嬉しく思いながらも、顔に出ないように唇を引きしめる。
「ちょうど、白坂さんと絵の題材を見つけるために、どこかに出かけようかと思っていたところなんだ」
「じゃあ、決まりですね。千尋先輩ももちろん行くでしょ?」
なぜか未琴は決定事項のように千尋先輩へ確認する。
「いや、俺は特に参加する理由は……」
千尋先輩が冷たく断りかけた瞬間、未琴はニヤリと目を細めた。
「アザラシの赤ちゃん、産まれたばっかりなんですって」
「……何?」
急に千尋先輩の目の色が変わる。
「俺も行く」
見かけによらず、可愛いものに目がないらしい。
「ふふ、他にあと二人くらい誘っておきますねー」
土日は特に混むらしく平日に行くことになり、私は今から着ていく服に頭を悩ませることになった。
*
部活後の夕暮れ時。
私と柏木先輩は昇降口で暗い雨雲を見上げていた。
「あ……みぞれ、ですね」
空から降ってきていたのは、ただの雨ではなく、雪の混じった雨だった。アスファルトはシャーベット状に濡れている。
「白坂さん、傘は?」
「……持ってきてないです」
30%という微妙な降水確率だからと、つい雨は降らないという方に賭けてしまったのだ。傘を持つのは手間だから。
でも、こんなことなら折り畳みの傘くらい鞄に入れてくれば良かった。先輩に、女子力の低い女だと思われる。
「それなら家まで送っていくよ」
黒い傘を広げながら柏木先輩が私を振り返る。
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