3度目に、君を好きになったとき

なつぎりあお

文字の大きさ
34 / 72
第3章

隣の席-6

しおりを挟む
「すごい……のかな」

 私の言った言葉を反芻し、椎名さんはうつむく。


「結局、何もかも中途半端で。何が一番自分に向いているのか、わからない。努力しても、上にはもっと上がいるからね」

 彼女の短めの髪が、冷たい風で微かに揺れる。
 自信があるように見えても、悩みごとは尽きないのだと気づかされた。


「一番になれなかったとしても。授業でバレーの試合をしてた椎名さんのこと見かけたとき。楽しそうで、ずっと見ていたいなって思ったよ」

 何か悩みを持っている彼女を少しでも元気づけたくて。私は自然と言葉を紡いでいた。


「私にとっては――あのとき、一番輝いてた」

 誰よりも真っ直ぐな瞳で。
 自分のことだけでなく、チームの皆に気を配って。
 真剣に試合を楽しんでいた。


「……なんて。ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったね」

 照れ隠しにそう付け足すと、椎名さんは白い歯を見せて笑ってくれた。


「ありがとう、嬉しい。こんな風に面と向かって言われたの初めてだから」



 アザラシのスケッチが終わり、次はホッキョクグマ館へと進もうとしたとき。


「結衣」

 大好きな、甘くて低い声で自分の名前を呼ばれた。
 慣れないその呼び方に胸が鳴る。


「……蓮、先輩」

 まだ、信じられない気分だ。
 憧れの人に下の名前で呼ばれる日が来るなんて。


「じゃあ、私は先に行ってるね、未琴たちと合流しとく」
「……うん。あとから行くね」

 なぜか椎名さんに気を遣われた形となり、先輩と二人きりになってしまった。


「絵、描けてる?」
「はい。アザラシの赤ちゃん、描きました」
「そっか。可愛かったよね。千尋なんて、まださっきの場所で写真撮ってる」
「そうなんですか?」

 思わず笑い声をこぼすと、先輩も目を細めて私を見下ろした。


「……次、行こうか」

 蓮先輩に促され、同じ方向を向いた瞬間。

 ――息が止まった。

 私の手は、そっと先輩の手に繋がれていた。

 今、蓮先輩と手を……繋いでいる?
 何かの間違い、だよね。
 きっと、はぐれないように面倒をみてくれている、それだけだよね。

 彼の手を握り返す勇気はなくて。ただ優しく誘導されるまま、目的地へ進む。

 ホッキョクグマ館は特に人気があり、館内の入り口は混雑していた。
 途中、短い階段があって、そのたびにしっかりと手を握り直してくれる蓮先輩。
 その表情は、いつもと変わらない落ち着いたもの。


「……あ。見えてきたね」

 想像していたよりも大きいホッキョクグマが一匹、ガラス越しに悠々と姿を現す。
 そろそろ手を離されるかと思いきや、


「足元暗いから、つかまってて」

 蓮先輩は私の手を離さず、そのまま繋いでくれていた。

 ほんのりと温かい、大きな手。
 守られているみたいで、何だか安心する。


「……なんて。本当はただの口実だけど」

 小さく呟いた言葉に耳を疑った。

 口実……って。
 まるで『手を繋ぎたい口実』みたいに聞こえてしまう。

 気のせい、かな。
 まさか蓮先輩が、私のことなんて異性として見ているはずがない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

処理中です...