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第3章
隣の席-6
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「すごい……のかな」
私の言った言葉を反芻し、椎名さんはうつむく。
「結局、何もかも中途半端で。何が一番自分に向いているのか、わからない。努力しても、上にはもっと上がいるからね」
彼女の短めの髪が、冷たい風で微かに揺れる。
自信があるように見えても、悩みごとは尽きないのだと気づかされた。
「一番になれなかったとしても。授業でバレーの試合をしてた椎名さんのこと見かけたとき。楽しそうで、ずっと見ていたいなって思ったよ」
何か悩みを持っている彼女を少しでも元気づけたくて。私は自然と言葉を紡いでいた。
「私にとっては――あのとき、一番輝いてた」
誰よりも真っ直ぐな瞳で。
自分のことだけでなく、チームの皆に気を配って。
真剣に試合を楽しんでいた。
「……なんて。ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったね」
照れ隠しにそう付け足すと、椎名さんは白い歯を見せて笑ってくれた。
「ありがとう、嬉しい。こんな風に面と向かって言われたの初めてだから」
*
アザラシのスケッチが終わり、次はホッキョクグマ館へと進もうとしたとき。
「結衣」
大好きな、甘くて低い声で自分の名前を呼ばれた。
慣れないその呼び方に胸が鳴る。
「……蓮、先輩」
まだ、信じられない気分だ。
憧れの人に下の名前で呼ばれる日が来るなんて。
「じゃあ、私は先に行ってるね、未琴たちと合流しとく」
「……うん。あとから行くね」
なぜか椎名さんに気を遣われた形となり、先輩と二人きりになってしまった。
「絵、描けてる?」
「はい。アザラシの赤ちゃん、描きました」
「そっか。可愛かったよね。千尋なんて、まださっきの場所で写真撮ってる」
「そうなんですか?」
思わず笑い声をこぼすと、先輩も目を細めて私を見下ろした。
「……次、行こうか」
蓮先輩に促され、同じ方向を向いた瞬間。
――息が止まった。
私の手は、そっと先輩の手に繋がれていた。
今、蓮先輩と手を……繋いでいる?
何かの間違い、だよね。
きっと、はぐれないように面倒をみてくれている、それだけだよね。
彼の手を握り返す勇気はなくて。ただ優しく誘導されるまま、目的地へ進む。
ホッキョクグマ館は特に人気があり、館内の入り口は混雑していた。
途中、短い階段があって、そのたびにしっかりと手を握り直してくれる蓮先輩。
その表情は、いつもと変わらない落ち着いたもの。
「……あ。見えてきたね」
想像していたよりも大きいホッキョクグマが一匹、ガラス越しに悠々と姿を現す。
そろそろ手を離されるかと思いきや、
「足元暗いから、つかまってて」
蓮先輩は私の手を離さず、そのまま繋いでくれていた。
ほんのりと温かい、大きな手。
守られているみたいで、何だか安心する。
「……なんて。本当はただの口実だけど」
小さく呟いた言葉に耳を疑った。
口実……って。
まるで『手を繋ぎたい口実』みたいに聞こえてしまう。
気のせい、かな。
まさか蓮先輩が、私のことなんて異性として見ているはずがない。
私の言った言葉を反芻し、椎名さんはうつむく。
「結局、何もかも中途半端で。何が一番自分に向いているのか、わからない。努力しても、上にはもっと上がいるからね」
彼女の短めの髪が、冷たい風で微かに揺れる。
自信があるように見えても、悩みごとは尽きないのだと気づかされた。
「一番になれなかったとしても。授業でバレーの試合をしてた椎名さんのこと見かけたとき。楽しそうで、ずっと見ていたいなって思ったよ」
何か悩みを持っている彼女を少しでも元気づけたくて。私は自然と言葉を紡いでいた。
「私にとっては――あのとき、一番輝いてた」
誰よりも真っ直ぐな瞳で。
自分のことだけでなく、チームの皆に気を配って。
真剣に試合を楽しんでいた。
「……なんて。ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったね」
照れ隠しにそう付け足すと、椎名さんは白い歯を見せて笑ってくれた。
「ありがとう、嬉しい。こんな風に面と向かって言われたの初めてだから」
*
アザラシのスケッチが終わり、次はホッキョクグマ館へと進もうとしたとき。
「結衣」
大好きな、甘くて低い声で自分の名前を呼ばれた。
慣れないその呼び方に胸が鳴る。
「……蓮、先輩」
まだ、信じられない気分だ。
憧れの人に下の名前で呼ばれる日が来るなんて。
「じゃあ、私は先に行ってるね、未琴たちと合流しとく」
「……うん。あとから行くね」
なぜか椎名さんに気を遣われた形となり、先輩と二人きりになってしまった。
「絵、描けてる?」
「はい。アザラシの赤ちゃん、描きました」
「そっか。可愛かったよね。千尋なんて、まださっきの場所で写真撮ってる」
「そうなんですか?」
思わず笑い声をこぼすと、先輩も目を細めて私を見下ろした。
「……次、行こうか」
蓮先輩に促され、同じ方向を向いた瞬間。
――息が止まった。
私の手は、そっと先輩の手に繋がれていた。
今、蓮先輩と手を……繋いでいる?
何かの間違い、だよね。
きっと、はぐれないように面倒をみてくれている、それだけだよね。
彼の手を握り返す勇気はなくて。ただ優しく誘導されるまま、目的地へ進む。
ホッキョクグマ館は特に人気があり、館内の入り口は混雑していた。
途中、短い階段があって、そのたびにしっかりと手を握り直してくれる蓮先輩。
その表情は、いつもと変わらない落ち着いたもの。
「……あ。見えてきたね」
想像していたよりも大きいホッキョクグマが一匹、ガラス越しに悠々と姿を現す。
そろそろ手を離されるかと思いきや、
「足元暗いから、つかまってて」
蓮先輩は私の手を離さず、そのまま繋いでくれていた。
ほんのりと温かい、大きな手。
守られているみたいで、何だか安心する。
「……なんて。本当はただの口実だけど」
小さく呟いた言葉に耳を疑った。
口実……って。
まるで『手を繋ぎたい口実』みたいに聞こえてしまう。
気のせい、かな。
まさか蓮先輩が、私のことなんて異性として見ているはずがない。
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