48 / 72
第5章
君に触れたら-3
しおりを挟む
「そ、そんなことないです、蓮先輩の方が……!」
ムキになって言いかけて、慌てて口を閉じる。うっかり本音が漏れてしまった。
「……え」
私の言葉に戸惑いながらも、先輩は軽く目を見開いてこちらを見る。
蓮先輩の場合は格好いいというより、まず先に“綺麗”という形容詞が来るから。そもそも真鳥と同じくくりではない。一緒にされたら困る。
「お世辞だとしても、結衣からそんな風に言われるの、嬉しいかも」
優しく目を細めた先輩は「ありがとう」と付け足した。
「結衣って。よく真鳥君のことを見ている気がしたから。気になる存在なのかなって思ってた」
「……私が、真鳥を?」
聞き間違いかと思って首をかしげたとき。
強めの風が吹き、私の髪が舞い上がる。
蓮先輩が一歩踏み出し、乱れた髪をそっと直してくれた。
偶然、頬に指が触れてドキッとする。
「勝手なことだとは思うけど。いまだに僕は……、」
偶然と呼ぶには長く、頬に置かれたままの温かな指。
ドキドキしすぎて視線をさまよわせていたら、不意にグラウンドの端にいた真鳥と目が合った。
その瞬間――
静かな風のような、優しい何かが私の頭の中に流れ込んできた。
『……約束だよ』
『また、あの空を一緒に見ることができたら。
この絵を完成させよう――』
それは――蓮先輩の声だった。
なぜか懐かしさを感じる、落ち着いた声音。
……もしかして。
先輩に触れられたとき、真鳥と目が合って。その拍子に、忘れていた過去の出来事を思い出した?
その可能性は十分にある。
過去の記憶を取り戻したときは、たいてい蓮先輩に触れられていて。
私の過去に関係する人――真鳥や沢本君と目が合っていたから。
『この絵』とは一体何だろう。
今回は全体的なイメージが白っぽくなっていて、ほとんど先輩の声しか聞こえなかった。
その絵が何か思い出せれば、全て思い出せそうな気さえする。
もう一度試してみたかったのに、真鳥はすでに背を向けて、仲間とボールを追いかけ始めていた。
「結衣? どうかした?」
「……あ。何でも、ないです」
「そう?」
先輩の指がすっと離れていく。
そういえば、さっき何か言いかけていなかっただろうか。
詳しく聞き返すことはできず、今の出来事に思いを巡らせているうちに、自分の家に着いてしまう。
「じゃあ、明日のことはまた、あとで連絡するから」
私の家まで送ってくれた先輩は、去り際に笑顔を見せた。
蓮先輩がそんなふうに笑ってくれるなら。
今はまだ、楽しまなきゃ。
先輩が私から離れていくまで。
「……はい。私も、楽しみにしてます」
別れのときが来るのは怖い。
本当は、嫌われる前に逃げたい。
でも、自分から先に離れる勇気はないし。先輩のそばにいたいという気持ちの方が大きかった。
ムキになって言いかけて、慌てて口を閉じる。うっかり本音が漏れてしまった。
「……え」
私の言葉に戸惑いながらも、先輩は軽く目を見開いてこちらを見る。
蓮先輩の場合は格好いいというより、まず先に“綺麗”という形容詞が来るから。そもそも真鳥と同じくくりではない。一緒にされたら困る。
「お世辞だとしても、結衣からそんな風に言われるの、嬉しいかも」
優しく目を細めた先輩は「ありがとう」と付け足した。
「結衣って。よく真鳥君のことを見ている気がしたから。気になる存在なのかなって思ってた」
「……私が、真鳥を?」
聞き間違いかと思って首をかしげたとき。
強めの風が吹き、私の髪が舞い上がる。
蓮先輩が一歩踏み出し、乱れた髪をそっと直してくれた。
偶然、頬に指が触れてドキッとする。
「勝手なことだとは思うけど。いまだに僕は……、」
偶然と呼ぶには長く、頬に置かれたままの温かな指。
ドキドキしすぎて視線をさまよわせていたら、不意にグラウンドの端にいた真鳥と目が合った。
その瞬間――
静かな風のような、優しい何かが私の頭の中に流れ込んできた。
『……約束だよ』
『また、あの空を一緒に見ることができたら。
この絵を完成させよう――』
それは――蓮先輩の声だった。
なぜか懐かしさを感じる、落ち着いた声音。
……もしかして。
先輩に触れられたとき、真鳥と目が合って。その拍子に、忘れていた過去の出来事を思い出した?
その可能性は十分にある。
過去の記憶を取り戻したときは、たいてい蓮先輩に触れられていて。
私の過去に関係する人――真鳥や沢本君と目が合っていたから。
『この絵』とは一体何だろう。
今回は全体的なイメージが白っぽくなっていて、ほとんど先輩の声しか聞こえなかった。
その絵が何か思い出せれば、全て思い出せそうな気さえする。
もう一度試してみたかったのに、真鳥はすでに背を向けて、仲間とボールを追いかけ始めていた。
「結衣? どうかした?」
「……あ。何でも、ないです」
「そう?」
先輩の指がすっと離れていく。
そういえば、さっき何か言いかけていなかっただろうか。
詳しく聞き返すことはできず、今の出来事に思いを巡らせているうちに、自分の家に着いてしまう。
「じゃあ、明日のことはまた、あとで連絡するから」
私の家まで送ってくれた先輩は、去り際に笑顔を見せた。
蓮先輩がそんなふうに笑ってくれるなら。
今はまだ、楽しまなきゃ。
先輩が私から離れていくまで。
「……はい。私も、楽しみにしてます」
別れのときが来るのは怖い。
本当は、嫌われる前に逃げたい。
でも、自分から先に離れる勇気はないし。先輩のそばにいたいという気持ちの方が大きかった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる