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第5章
君に触れたら-side蓮
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駅で結衣と待ち合わせたあと。
コンサートは遅い時間だし、もう少し長く会えたらと思い、見晴らしの良い河川敷の堤防に来ていた。
「ごめんね、約束の時間よりも早く呼び出して」
「いえっ、私も先輩と絵を描きたいと思っていたので。嬉しいです」
そんな風に言ってくれるのに、どうしてあのことには触れないのだろう。
中学のときに交わした、……あの約束。
持参していたスケッチブックを広げ、二人で堤防の階段に腰を下ろす。
真剣に景色とスケッチブックを行き来する横顔が綺麗で。白い肌に青みがかったピンクの唇が映えていて、視線がどうしても吸い寄せられた。
ただ、こうして会えただけで満たされて。でも結衣の方は違うのだろうと思うと、切なさがにじみ出る。
ほんの少しでいいから、自分との時間を楽しいと感じてくれたら……そう願ってしまう。
「あの。コンサートの前にお腹が空いたら困るから、と思って。塩パンを作ってきました」
結衣がペンを置き、ラッピングされた美味しそうなパンを手渡してきた。
「え、手作り? すごいね」
「あんまり上手に焼けなかったんですけど……この前のシロクマのチャームのお礼です」
「お礼なんて気にしなくて良かったのに」
「いえ……ほんの気持ちですから」
じゃあ遠慮なくいただきます、と言って、そっとパンを口に運ぶ。
バターと塩の風味が効いていて、周りはサクッとしているのに中は柔らかい。
結衣は心配そうにこちらを窺っていて、子犬みたいだった。自然と笑みがこぼれる。
「うん、美味しい。また作ってほしいくらい」
「本当ですか? 良かった」
安心したように笑った結衣は、小さな口で塩パンにかぶりつく。
自分のために作ってくれた健気さを思うと、彼女を抱きしめたくなってきた。
「あ、空の色が……」
パンを食べ終えた頃、西の空に変化があった。
紫がかった灰色の雲の上。ピンクともオレンジとも言えない雲が、いくつも重なり合っている。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。
「ずっと見ていたいですね」
「そうだね」
突然、色鉛筆を握りしめた結衣は、何かを描き始めた。
西の空に広がった夕陽を背景にして、草花が揺れている様子が次第に浮かび上がってくる。
彼女は一枚一枚、丁寧に花びらを描いていた。
緩く波打つ彼女の髪が、微かに風で揺れていて。真剣ながらも楽しげな姿を、画用紙の中に描きとめたいと思った。
「あ。だんだん赤みが引いてきた……」
消えていく夕陽を惜しむ結衣の横顔は、ひどく寂しげに映った。
「また、見に来よう」
一緒に。
「……はい」
めったに見れないほど紅く染まった夕陽だったけど。またいつか見れるはず。
ふと、スケッチブックに目を落とした結衣が、目を見はりながら声をこぼした。
「そうだ……。私、植物を……花を描くのが好きだったんです。どうして忘れていたんだろう」
やっと……思い出してくれた?
そう言いかけた唇を、強く噛む。
あの約束のことも忘れているとしたら。どうにか思い出してほしい。
それとも、要らない記憶だから、忘れた振りをしている?
もどかしい思いを抱えながら、スケッチブックを閉じ、ピアノのコンサート会場へと向かった。
***
コンサートは遅い時間だし、もう少し長く会えたらと思い、見晴らしの良い河川敷の堤防に来ていた。
「ごめんね、約束の時間よりも早く呼び出して」
「いえっ、私も先輩と絵を描きたいと思っていたので。嬉しいです」
そんな風に言ってくれるのに、どうしてあのことには触れないのだろう。
中学のときに交わした、……あの約束。
持参していたスケッチブックを広げ、二人で堤防の階段に腰を下ろす。
真剣に景色とスケッチブックを行き来する横顔が綺麗で。白い肌に青みがかったピンクの唇が映えていて、視線がどうしても吸い寄せられた。
ただ、こうして会えただけで満たされて。でも結衣の方は違うのだろうと思うと、切なさがにじみ出る。
ほんの少しでいいから、自分との時間を楽しいと感じてくれたら……そう願ってしまう。
「あの。コンサートの前にお腹が空いたら困るから、と思って。塩パンを作ってきました」
結衣がペンを置き、ラッピングされた美味しそうなパンを手渡してきた。
「え、手作り? すごいね」
「あんまり上手に焼けなかったんですけど……この前のシロクマのチャームのお礼です」
「お礼なんて気にしなくて良かったのに」
「いえ……ほんの気持ちですから」
じゃあ遠慮なくいただきます、と言って、そっとパンを口に運ぶ。
バターと塩の風味が効いていて、周りはサクッとしているのに中は柔らかい。
結衣は心配そうにこちらを窺っていて、子犬みたいだった。自然と笑みがこぼれる。
「うん、美味しい。また作ってほしいくらい」
「本当ですか? 良かった」
安心したように笑った結衣は、小さな口で塩パンにかぶりつく。
自分のために作ってくれた健気さを思うと、彼女を抱きしめたくなってきた。
「あ、空の色が……」
パンを食べ終えた頃、西の空に変化があった。
紫がかった灰色の雲の上。ピンクともオレンジとも言えない雲が、いくつも重なり合っている。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。
「ずっと見ていたいですね」
「そうだね」
突然、色鉛筆を握りしめた結衣は、何かを描き始めた。
西の空に広がった夕陽を背景にして、草花が揺れている様子が次第に浮かび上がってくる。
彼女は一枚一枚、丁寧に花びらを描いていた。
緩く波打つ彼女の髪が、微かに風で揺れていて。真剣ながらも楽しげな姿を、画用紙の中に描きとめたいと思った。
「あ。だんだん赤みが引いてきた……」
消えていく夕陽を惜しむ結衣の横顔は、ひどく寂しげに映った。
「また、見に来よう」
一緒に。
「……はい」
めったに見れないほど紅く染まった夕陽だったけど。またいつか見れるはず。
ふと、スケッチブックに目を落とした結衣が、目を見はりながら声をこぼした。
「そうだ……。私、植物を……花を描くのが好きだったんです。どうして忘れていたんだろう」
やっと……思い出してくれた?
そう言いかけた唇を、強く噛む。
あの約束のことも忘れているとしたら。どうにか思い出してほしい。
それとも、要らない記憶だから、忘れた振りをしている?
もどかしい思いを抱えながら、スケッチブックを閉じ、ピアノのコンサート会場へと向かった。
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