3度目に、君を好きになったとき

なつぎりあお

文字の大きさ
49 / 72
第5章

君に触れたら-side蓮

しおりを挟む
 駅で結衣と待ち合わせたあと。
 コンサートは遅い時間だし、もう少し長く会えたらと思い、見晴らしの良い河川敷の堤防に来ていた。


「ごめんね、約束の時間よりも早く呼び出して」
「いえっ、私も先輩と絵を描きたいと思っていたので。嬉しいです」

 そんな風に言ってくれるのに、どうしてあのことには触れないのだろう。
 中学のときに交わした、……あの約束。


 持参していたスケッチブックを広げ、二人で堤防の階段に腰を下ろす。
 真剣に景色とスケッチブックを行き来する横顔が綺麗で。白い肌に青みがかったピンクの唇が映えていて、視線がどうしても吸い寄せられた。

 ただ、こうして会えただけで満たされて。でも結衣の方は違うのだろうと思うと、切なさがにじみ出る。
 ほんの少しでいいから、自分との時間を楽しいと感じてくれたら……そう願ってしまう。


「あの。コンサートの前にお腹が空いたら困るから、と思って。塩パンを作ってきました」

 結衣がペンを置き、ラッピングされた美味しそうなパンを手渡してきた。


「え、手作り? すごいね」
「あんまり上手に焼けなかったんですけど……この前のシロクマのチャームのお礼です」
「お礼なんて気にしなくて良かったのに」
「いえ……ほんの気持ちですから」


 じゃあ遠慮なくいただきます、と言って、そっとパンを口に運ぶ。
 バターと塩の風味が効いていて、周りはサクッとしているのに中は柔らかい。
 結衣は心配そうにこちらを窺っていて、子犬みたいだった。自然と笑みがこぼれる。


「うん、美味しい。また作ってほしいくらい」
「本当ですか? 良かった」

 安心したように笑った結衣は、小さな口で塩パンにかぶりつく。
 自分のために作ってくれた健気さを思うと、彼女を抱きしめたくなってきた。


「あ、空の色が……」

 パンを食べ終えた頃、西の空に変化があった。
 紫がかった灰色の雲の上。ピンクともオレンジとも言えない雲が、いくつも重なり合っている。
 まるで一枚の絵画を見ているようだった。


「ずっと見ていたいですね」
「そうだね」

 突然、色鉛筆を握りしめた結衣は、何かを描き始めた。
 西の空に広がった夕陽を背景にして、草花が揺れている様子が次第に浮かび上がってくる。
 彼女は一枚一枚、丁寧に花びらを描いていた。
 緩く波打つ彼女の髪が、微かに風で揺れていて。真剣ながらも楽しげな姿を、画用紙の中に描きとめたいと思った。


「あ。だんだん赤みが引いてきた……」

 消えていく夕陽を惜しむ結衣の横顔は、ひどく寂しげに映った。


「また、見に来よう」

 一緒に。

「……はい」

 めったに見れないほど紅く染まった夕陽だったけど。またいつか見れるはず。

 ふと、スケッチブックに目を落とした結衣が、目を見はりながら声をこぼした。


「そうだ……。私、植物を……花を描くのが好きだったんです。どうして忘れていたんだろう」


 やっと……思い出してくれた?

 そう言いかけた唇を、強く噛む。

 あの約束のことも忘れているとしたら。どうにか思い出してほしい。
 それとも、要らない記憶だから、忘れた振りをしている?
 もどかしい思いを抱えながら、スケッチブックを閉じ、ピアノのコンサート会場へと向かった。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

処理中です...