建築学科日誌

パウレタ

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小さな建築「ヒヤシンスハウス」にて

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 沼を中心とした緑あふれる公園では、地元の人たちが散歩をしていたり、子どもと遊んでたりしている。住宅街のオアシスのような場所だ。公園の西側には、詩人が設計したという、小さくかわいらしい建築が佇んでいた。そんな穏やかな環境のなか、ぼくは課外ゼミでこの小さな建築「ヒヤシンスハウス」を見学している。

「詩人の建築かよ~。ポエム~」
タカナシが言う。
「このヒヤシンスハウス の設計者、学生当時は成績優秀で将来を嘱望された建築家だったらしいよ。大学の後輩には未来の世界的建築家もいて、どうやら彼からも一目を置かれていたみたい」
ハルカがぼくらに説明してくれた。
「へえ、もし詩人が若くして亡くなっていなかったら、世界の建築はまた少し違っていたってことか」
ぼくはハルカの説明にあいづちをうちながら言った。でもピンとはきていない。そのくらいこの建築は、小さい。
「ほっほっほ。そうかもしれませんね」
ゼミ担当の教授がぼくらの会話を聞いていたらしく、笑顔でうなづきながら言う。

 詩人が設計事務所に勤めていた昭和初期に、自らの週末住宅として構想していたのがこの建築。卒業設計の一部の実現を期した設計ともいわれている。しかしその夢は叶わなかった。でも彼の没後何十年も経て、彼の作品を愛する人々や多くの市民たちや企業、行政の協調と寄付と尽力により実現した。

 小さな家は詩人が残したスケッチをおおよそ忠実に再現され、彼の夢やこだわりが散りばめられている。外観は南東側にある緑色をしたコーナー窓は出隅に支柱のない軽やかな意匠。道を隔てる柵の奥にはベンチが置いてあり、教授はそこにゆっくりと腰をおろす。手前の石はアイストップとなっていて、訪問した人を玄関に案内するためのものらしい。

「入口の飛び石が14個あるのは、ソネットにちなんでいるらしいね」
ぼくは本で見た内容をそのまま偉そうにタカナシに言う。
「ソネット?なにそれ?」
タカナシに聞かれてぼくはソネットをスマホで調べる。
「ヨーロッパの定型詩である14行詩」
ぼくが答える前にハルカが言う。

「旗が立っていてかわいいですね」
ハルカがそういうと、先生はにこにこしながら、
「詩人が家にいるときはこの旗を上げて、近所に住む友人に自分の滞在を知らせるためのものとして考えていたらしいです」
と言った。

 小さな階段を上がって南側中央の玄関から入ると、明るく大きな窓からは沼の風景が目の前に飛び込んでくる。内部は木目の美しいモダンな空間となっていて、詩人に関する資料が展示されている。

 建物の広さは15㎡程度しかない。家の中には、ベッド、書斎、イス・テーブル、クロゼット、トイレがあるだけ。キッチンや風呂はない。水は片流れ屋根からの雨水を貯める大きな甕からのみ。週末住居というだけあって、必要最小限の機能を有したワンルーム空間だ。

 昭和初期、この沼周辺には多くの画家が住んでいて、芸術家の村みたいになっていたという。近くにはロッジがあったらしく、詩人は家をその一部ととして位置づけようとしていたようだ。南東角に大きく開かれた窓の場所はテーブルを置いたダイニングスペースとなり、コーナー窓からは風が心地よく通ってくる。西側は造り付けベッド、すぐわきには小さな出窓がある。

「大きな開口部と控えめな開口部の差をつけることで、開放的で明るいパブリックな場と、やや暗めな囲われた安心感のあるプライベートな場。それらがが徐々に変化するように計画されているんですねえ」
と教授は窓の外から顔を見せて説明してくれた。

「わたしここに住んじゃおうかなあ」
ハルカがベッドを見ながらいう。
「住んじゃえ住んじゃえ」
ぼくとタカナシは軽くあしらうと、何よという表情でハルカはぼくらを見た。
「お、ちょっとまって、めずらしいモンスターキャラ発見」
タカナシはスマホをかかげながら、建築の外に出て行った。

 今日のゼミは人が集まらず、教授を含め4名だけ。ぼくたちは見る順番も気にせず小さな建築を出入りした。教授は建物のまわりをキョロキョロ動いているタカナシを見ながら、ぼくにゆっくりと近づいてくる。
「彼は熱心だね。建築のディテール部分なんか写真に撮っちゃって」
と言う。ほっほっほと笑いながらタカナシをながめる教授の背後でぼくとハルカはそろそろやめとけという合図をする。やつは気づく様子なく、一生懸命建築周辺にひそむモンスターを集めていた。


追伸
作者より
小説にでてくるヒヤシンスハウスは現存している建築です。機会があれば是非見に行ってみてください。

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