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建築作品のタイトル
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ぼくらはいつも自分が設計した建築作品にタイトルをつけたがる。なぜなんだろう。そうすることで作品に自分の魂がこめられる気がするのだろうか。いや、そういうんじゃない。それを考えるのがただ楽しいだけなのだ。
12月に入ると、大学の建築学科棟は静かな緊張感がただよってくる。4年生の卒業設計提出が近くなる合図だ。ぼくの大学の建築学科では卒業論文のかわりに卒業設計を制作して提出することができる。
ぼくが研究室のドアを開けてなかに入ると、カタギリとヨシトが二人座って何か会話をしていた。まったりとした空気感がこの時期には似つかわしい。
「よう!どうだ?卒業設計進んでいるか?」
ぼくが聞くとカタギリは、
「う~ん、まだあんまし。なんか卒業設計のいいタイトルないかなと思ってさ、今ヨシトにも手伝ってもらってるわけ」
と言った。
「は?設計内容もっと考えろよ」
「いやいや、ぎりぎりになってくるとさ、こういうのほど思いつかないもんなんだよ。ほら、敷地が境内にあるからさ、そこがタイトルでも伝わるようにしたいんだよね」
カタギリはそう言いながら敷地の地図を広げ、検討中の模型をその上に置いた。
「ふうん、そんでどんなタイトルが出てきたんだよ」
僕は模型をながめながら聞いた。
カタギリは意気揚々とホワイトボードにその候補を3つ書き出した。
・KEIDAI~境内~
・キョウカイ
・印バウンド
「1つ目の KEIDAIなんてそのまんまじゃん。しかもご丁寧にサブタイトルに境内っていらなくね?」
僕は言った。
「シンプルなのがいいんだよね。でもだめか。ひねりが欲しいよな」
カタギリは『KEIDAI~境内~』にバッテンをつけた。
「次のキョウカイってなんだよ?神社じゃねえのかよ」
僕が聞くとカタギリがためいきをはきながら、
「ばあか。アーメンのほうじゃねえよ。境界線の境界だよ。ボーダーのほう」
と言う。
「ねえ、ボーダーってなかなか良くない?」
ヨシトがぼくとカタギリに言った。
「ボーダーねえ、なんかシャツっぽいんだよなあ。なんでそもそも境界なんだよ?」
ぼくはカタギリに聞いた。
「ああ、それね、この神社の境内ってさ、商店街に隣接してるわけよ、その境になってる部分に施設を設計しようと思ってるんだ」
カタギリは息巻いて説明した。
「あっそう、まあ理由はわかった。でもそれはコンセプトと背景を説明するときに使えばいいんじゃね?」
「まあな」
カタギリが肩を落としながら『キョウカイ』にバッテンをつけた。
「印バウンドってなんだよ?まずどう読むのよ?」
ぼくは最後のタイトル候補を指さした。
「インバウンドだよ。知らねえの?観光とかでよく聞くじゃん。外国から日本に来る旅行者のこと。神社って観光スポットじゃん?神聖な境内という空間にさ、外国の人も訪れやすい施設をつくろうかと思って」
「印にしたのは?」
「そこの街ってさ、IT系企業に勤めてるインド人が多く住んでるらしいのよ。商店街にもインド料理屋が多くてさ」
「居住してる外国人と観光客の外国人がごっちゃになってんじゃん」
「ああ」
カタギリがうなだれながら『印バウンド』にバッテンをつけた。
「まあ、がんばれよ、そろそろおれはこれで」
とぼくは言い捨てて研究室を出ようとした。カタギリがそれをひきとめようとする。
「おいおい批判だけして帰るなよお。少しだけでも案出してくれよお」
まじかよ。自分のことで精一杯なのになんでおまえのなんか。
ぼくら3人はそれからいろいろ出してみた。
・フィルター
・ジンジャー
・境内におけるなんちゃら
などなど。まったくいいのがでてこない。
「語呂がいいのないかねえ。ぐっとつかみがあるっていうかさ」
カタギリが言う。何様だ。ドアが開く音がしてぼくらは振り向いた。同期のカエデさんだった。
「あ、カエデさんおつかれ」
ぼくらは彼女に言った。
「おつかれ、3人そろって楽しそうだね、余裕あるのね」
そっけない。彼女は研究室から借りていた本を返しにきただけのようだ。美術館を集めた雑誌だった。そういえば彼女は築地卸売市場の跡地に美術館施設を計画する卒業設計だったはず。
「カエデさん、いまさあ、こいつの卒業設計のタイトル考えてやってんの」
「へえ」
へえだってさ。彼女はこっちにまったく興味も示さず建築雑誌を物色している。
「じゃあ、韻ふんでみようか、『シンプル、テンプル』なんてどうよ」
ぼくはカタギリのほうを向き直して言った。
「おお、なんか響きいいねえ、耳に入ってくるよ」
カタギリがホワイトボードに
・シンプルテンプル
・simple temple
と書いた。カエデさんがちらっとホワイトボードを見た。そしてそのあとぼくのほうを見て口を開いた。
「あのさ」
「なに?感想きかせて」
ぼくらがそういうと、彼女は大きな溜息をついて言った。
「神社はシュライン(shrine)だから。テンプル(temple)は寺」
「あああああ」
カタギリがまたうなだれた。
12月に入ると、大学の建築学科棟は静かな緊張感がただよってくる。4年生の卒業設計提出が近くなる合図だ。ぼくの大学の建築学科では卒業論文のかわりに卒業設計を制作して提出することができる。
ぼくが研究室のドアを開けてなかに入ると、カタギリとヨシトが二人座って何か会話をしていた。まったりとした空気感がこの時期には似つかわしい。
「よう!どうだ?卒業設計進んでいるか?」
ぼくが聞くとカタギリは、
「う~ん、まだあんまし。なんか卒業設計のいいタイトルないかなと思ってさ、今ヨシトにも手伝ってもらってるわけ」
と言った。
「は?設計内容もっと考えろよ」
「いやいや、ぎりぎりになってくるとさ、こういうのほど思いつかないもんなんだよ。ほら、敷地が境内にあるからさ、そこがタイトルでも伝わるようにしたいんだよね」
カタギリはそう言いながら敷地の地図を広げ、検討中の模型をその上に置いた。
「ふうん、そんでどんなタイトルが出てきたんだよ」
僕は模型をながめながら聞いた。
カタギリは意気揚々とホワイトボードにその候補を3つ書き出した。
・KEIDAI~境内~
・キョウカイ
・印バウンド
「1つ目の KEIDAIなんてそのまんまじゃん。しかもご丁寧にサブタイトルに境内っていらなくね?」
僕は言った。
「シンプルなのがいいんだよね。でもだめか。ひねりが欲しいよな」
カタギリは『KEIDAI~境内~』にバッテンをつけた。
「次のキョウカイってなんだよ?神社じゃねえのかよ」
僕が聞くとカタギリがためいきをはきながら、
「ばあか。アーメンのほうじゃねえよ。境界線の境界だよ。ボーダーのほう」
と言う。
「ねえ、ボーダーってなかなか良くない?」
ヨシトがぼくとカタギリに言った。
「ボーダーねえ、なんかシャツっぽいんだよなあ。なんでそもそも境界なんだよ?」
ぼくはカタギリに聞いた。
「ああ、それね、この神社の境内ってさ、商店街に隣接してるわけよ、その境になってる部分に施設を設計しようと思ってるんだ」
カタギリは息巻いて説明した。
「あっそう、まあ理由はわかった。でもそれはコンセプトと背景を説明するときに使えばいいんじゃね?」
「まあな」
カタギリが肩を落としながら『キョウカイ』にバッテンをつけた。
「印バウンドってなんだよ?まずどう読むのよ?」
ぼくは最後のタイトル候補を指さした。
「インバウンドだよ。知らねえの?観光とかでよく聞くじゃん。外国から日本に来る旅行者のこと。神社って観光スポットじゃん?神聖な境内という空間にさ、外国の人も訪れやすい施設をつくろうかと思って」
「印にしたのは?」
「そこの街ってさ、IT系企業に勤めてるインド人が多く住んでるらしいのよ。商店街にもインド料理屋が多くてさ」
「居住してる外国人と観光客の外国人がごっちゃになってんじゃん」
「ああ」
カタギリがうなだれながら『印バウンド』にバッテンをつけた。
「まあ、がんばれよ、そろそろおれはこれで」
とぼくは言い捨てて研究室を出ようとした。カタギリがそれをひきとめようとする。
「おいおい批判だけして帰るなよお。少しだけでも案出してくれよお」
まじかよ。自分のことで精一杯なのになんでおまえのなんか。
ぼくら3人はそれからいろいろ出してみた。
・フィルター
・ジンジャー
・境内におけるなんちゃら
などなど。まったくいいのがでてこない。
「語呂がいいのないかねえ。ぐっとつかみがあるっていうかさ」
カタギリが言う。何様だ。ドアが開く音がしてぼくらは振り向いた。同期のカエデさんだった。
「あ、カエデさんおつかれ」
ぼくらは彼女に言った。
「おつかれ、3人そろって楽しそうだね、余裕あるのね」
そっけない。彼女は研究室から借りていた本を返しにきただけのようだ。美術館を集めた雑誌だった。そういえば彼女は築地卸売市場の跡地に美術館施設を計画する卒業設計だったはず。
「カエデさん、いまさあ、こいつの卒業設計のタイトル考えてやってんの」
「へえ」
へえだってさ。彼女はこっちにまったく興味も示さず建築雑誌を物色している。
「じゃあ、韻ふんでみようか、『シンプル、テンプル』なんてどうよ」
ぼくはカタギリのほうを向き直して言った。
「おお、なんか響きいいねえ、耳に入ってくるよ」
カタギリがホワイトボードに
・シンプルテンプル
・simple temple
と書いた。カエデさんがちらっとホワイトボードを見た。そしてそのあとぼくのほうを見て口を開いた。
「あのさ」
「なに?感想きかせて」
ぼくらがそういうと、彼女は大きな溜息をついて言った。
「神社はシュライン(shrine)だから。テンプル(temple)は寺」
「あああああ」
カタギリがまたうなだれた。
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