建築学科日誌

パウレタ

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建築のために線を引く

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 現在ではCADを使って建築の設計図面を描くのがほとんどだ。

 でも大学ではアカデミックなことからやはり教える。製図板を買って、紙にシャーペンで書く。当時はそれがかっこいいと思って建築学科に進学したぼくであったが、いざやってみると時間がけっこうかかるし、なかなかに地味な作業だ。もしCADが存在していなかったら、ぼくは建築設計という仕事を生業にしていこうと思っただろうか。

 製図室には製図板がずらっと並び、ぼくらはそこの席につき、教官の話を聞き、教科書をみながら、往年の名作と呼ばれる建築作品をトレースする。

 こんな気の遠くなる作業をむかしの人はいちいちやっていたんだからすごい。CADとくらべるとかかる時間は何倍もちがうのではないだろうか。
「こんな授業、現代において意味あるんすか?」
と、ぼくは教官に言ってみた。

「たしかに君の気持ちはわかる。でもCADは縮尺があるようでない。パソコン上だと拡大したり縮小したりして画面が自在だろ?今君たちが描いている図面は1/100の縮尺だ。この100倍が実際の建物になる。そういうことを机上で理解しながら図面を描くということが大切なんだ。あと、線一本一本にも意味がある。それがどういうものであって、平面から立体として立ち上がるか、一面を見て描くのではなく、多面的な視点を常に考えながら線をひきたまえ」

 自分の言葉に酔いしれながらぼくの背後で教官は言う。まあ、でも、そうかもしれない。たしかにあなたの気持ちはわかる。

 さて、線を引くということにも、個々の性格が出るということにぼくは気がついた。

 たとえばコウスケ。彼はどんどん図面を描いて仕上げていく。とにかく迷いがない。悪い意味で。彼の目標は早く描き終えて、外に出てたばこを吸いたい。そういう思いからきている。だから線にはもちろん気持ちもこもってないし、なにしろ雑だ。おいおい、おまえ、それはちがうだろ。
 
 そしてぼくはというと、コウスケとは反対に線を引くのが遅い。図面を描き上げるのにかなりの時間を要してしまう。だからといって、特段丁寧、というわけでもない。一本引いてはため息がでてしまう。線を引くことに臆病なのだ。どうなのかな、どうなのかな、と。はあ、いつになったら描き上げることができるのだろう、勝手に頭は完成しているが、目の前には描きかけの図面。はあ。またため息がでる。そしてさっさっさと線を引いていかないから、手にかく汗で線がにじむ。図面を汚していく。
 
 隣にいるアスカさんが描いている様子をちらっと見る。彼女の線は迷いなく、すっと引かれる。さらに丁寧で美しい。先生もアスカさんの図面や彼の所作を見ながら、「きれいだねえ」なんていっているのを聞いた。そしてぼくにいう。

「彼女みたいにさっさっと引いていくと紙も汚れないよ。ほら、寿司とかでもさ、さっと手早く握んないとネタに熱が伝わってしまう。ぐちゃぐちゃ握ったシャリを口にしたいと思うかい?」

 でもそういう子が必ずしや意匠設計の道に進む、なんてことはないのが人生なんだなあ。彼女は、構造の研究室にいって、旧帝大の大学院に進学していった。今ではゼネコンの構造部門でがんばっている。

 線を引く。

 この意味はぼくらの世代で変わり始めた。そこに対する意味の深さや、気持ちのこもりかたも。無味乾燥なCADの線を粗末に扱う自分をぼくは、今手先から生まれるたよりない線で未来を修正している。
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