1 / 1
いきなりの婚約破棄
しおりを挟む「婚約破棄……ですって?」
卒業パーティーで皆がホールに集まり思い思いに過ごしている最中のことだった。
この国の王太子殿下であり卒業生のアーノルドはキラキラと煌く金色の髪をすくい上げ、見下すような視線をしていた。
「ああ。なんならもう一度言おうか?僕は君との婚約を破棄させてもらう」
告げられた言葉に先程までは騒がしいくらいだったホールに静寂が走る。
何事だと皆の視線が集中している。
私こと公爵令嬢アーリア・ディエゴはアーノルド王太子殿下と婚約関係にあった。
勿論貴族の婚姻なんて殆どが政略的なもので私と殿下も勿論例に漏れずそのような関係だ。
一切恋愛感情など伴わない婚約だが、だからこそその意味合いが本来ならわかるべきであろう。
「そうですか。ちなみに、この件は国王陛下は勿論ご存知の上でおっしゃっていると理解しますがよろしくて?」
「なんだ、泣き落としでもするつもりか?何を言われようが僕はこのキャサリンと結婚する!これはもう決定事項なんだ」
「アーノルド様……わたし、嬉しいです!」
キャサリンと呼ばれた娘はアーノルドの後ろに身を隠すようにして立っている。
体は密着し周りが見えていないようでイチャついている。
しかし、通じないな。
疑問形で投げかけたのだから答えが欲しかったのだがそれさえも出来ない馬鹿なのか。
貴族同士、しかも王族との婚姻なんて政治的利益があってこそ。
今回の婚約も陛下の指示、王命なのだ。
王命ということは公爵家に利があるというよりは、この婚姻で王族の方が得るものがあるということだ。
おいそれと撤回など出来ないしそもそもこちらに拒否権などはなかった。
いくらこんな馬鹿に嫁ぐのが嫌でも王命では逆らえば死罪になるだろう。
しかし、
にやりと笑ってしまう口元を扇子で隠す。
学園の卒業パーティーとはいえ大勢の人がいる中での婚約破棄。
しかも王太子自ら。
もう撤回などは出来ないだろう。
「わかりましたわ。その婚約破棄謹んでお受け致します」
まさかこんなにあっさりと引くとは思わなかったのかアーノルドは少しぽかんと口を開けたがすぐに喜びに染まった。
そして何か言おうと口を開けた瞬間に被せて言った。
「本当にありがとうございます。まさか殿下自ら私との婚約を破棄して下さるなんて!とっても、とっても嬉しいですわ!もう卒業パーティーでしょう?本当に毎日憂鬱でしたの……結婚が間近まで迫っておりましたし……まさかキャサリン男爵令嬢と浮気して下さってその上婚約破棄までして頂けるなんて夢のようですわ!あら、私ったらキャサリン様にもお礼を申し上げなければなりませんわね。アーノルド王太子殿下を引き受けて下さり感謝致しますわ」
捲し立てるように言いたいことを言い終えるととても清々しい気持ちになれた。
はぁ、気持ちを溜め込むのって良くないのね。
まさか喜ぶと思っても見なかったのかアーノルドは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
キャサリンもありえないものを見るような目でこちらを見ている。
ああは言ったが本当はアーノルドとキャサリンの関係は早くから掴んでいた。
男爵家は貴族の中でも下位であることからもしかしたら妾にするとか言い出すのかと思っていたらまさかの正妻に、とは。
本当に馬鹿でありがたい限りだ。
王族といえども婚約中の浮気は勿論御法度。
なんとかこっちから婚約を破棄できるように持っていこうと集めた資料が無駄に終わったが、結果的には万々歳といったところだ。
でも資料集めもそれなりの労力がかかったわけだし、とこのまま捨てるのも勿体なく思えてしまう。
「そうですわ!それでは私からお二人の門出を祝ってこちらを差し上げますわ」
そう言って指を鳴らすと従者が資料を持ってやってきた。
「これは……?」
「私、殿下はキャサリン様のことをもっと知るべきだと思いましてこちらを用意致しましたの」
「お前がキャサリンの何がわかる!こんなもの……は?」
「なっ……」
アーノルドが従者から資料を乱暴にひったくるとバサバサと中身が床に散乱した。
中には写真も多く一目でキャサリンが色んな男との逢瀬を楽しんでいるところが分かってしまった。
本当はアーノルドも色んな女の子と遊んでいる写真があるのだが散らばり方が悪かったのだろう。
目に飛び込むのはキャサリンのゴシップばかりだった。
「なっ、なっ、なによ!!これ!」
キャサリンはすぐさま落ちた写真を拾い集めるが元々注目を浴びてしまっていたのでこのホールの最前列で野次馬していた人たちはばっちり見てしまった。
「あらあら。床に落ちたものをそのように拾い集めるのははしたなくってよ?」
「うるさい!なんてことしてくれるのよ!」
「私が落とした訳ではないのですけど……でもまあ、尻軽同士とてもお似合いだと思いますわ」
にっこり、と笑顔を見せるとカッとなったキャサリンは掴みかかろうと飛びかかる。
しかし従者に取り押さえられアーリアに触れることさえ出来なかった。
「それでは私この辺で失礼致しますわね。お二人とも、どうかお幸せに」
颯爽と立ち去ったアーリアの後ろでは、キャサリンとアーノルドが浮気だなんだと騒いでいた。
数日後、勝手に王命を撤回し更には名誉に泥を塗り付けるような行為をしたため王族に不利益を被らせた罪でアーノルドは王位継承権を剥奪され、キャサリンは男爵家から平民へと落とされた。
風の噂では、すぐに二人は別れてしまったらしい。
「残念ね……とてもお似合いでしたのに」
ぽそりと独り言を呟くと、婚約破棄後から大量に届くお茶会の誘いや婚姻の申し出の手紙の束を見つめた。
82
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】可愛いのは誰?
ここ
恋愛
公爵令嬢の私、アリドレア・サイド。王太子妃候補とも言われますが、王太子には愛する人がいますわ。お飾りの王太子妃にはなりたくないのですが、高い身分が邪魔をして、果たして望むように生きられるのでしょうか?
やり直しの王太子、全力で逃げる
雨野千潤
恋愛
婚約者が男爵令嬢を酷く苛めたという理由で婚約破棄宣言の途中だった。
僕は、気が付けば十歳に戻っていた。
婚約前に全力で逃げるアルフレッドと全力で追いかけるグレン嬢。
果たしてその結末は…
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
【完結】君は星のかけらのように・・・
彩華(あやはな)
恋愛
君に出会ったのは幼いだったー。
婚約者に学園で出会った一人の女性と。
僕は後悔する。
彼女の幸せを償いたいー。
身勝手な男の話です。
でも、一途な思いでもあります。
4話+1話構成です。
わたくしが悪役令嬢だった理由
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。
どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。
だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。
シリアスです。コメディーではありません。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる