さよならアイドル~グッバイ、マイハート~

立沢るうど

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第九話……「きっと良い思い出になるから」

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「ここねちゃん、今から君の家に行っていいかな?」

 私達が真の恋人同士になったのも束の間、天川くんが驚くべきことを言いだした。

「そ、それは……」
「今がベストタイミングだと思うんだけど」

 確かにそうなんだけど、心の準備ができていないので躊躇してしまう。

「あの、とりあえず『ウォッチャー』に行かない? 落丁本を交換してもらいたくて」
「うん、もちろんいいよ。それにしても、本当にあるんだね、落丁」
「私も初めて見たんだよね」
「何ていう本?」
「天川くんはもしかしたら知ってるかもしれない本。『真の天才に会った話』。『モダンマスカレード』がモデルの」
「いや……聞いたことないなぁ。そんな本が出てるなら、れいさんも宣伝するはずだけど……。モデルの劇場に対して、無許可で出版ってわけでもないだろうし、何か特別な事情があるとか」

 天川くんが探偵モードに入り、推理していると、すぐに『ウォッチャー』に着いた。
 相変わらず、天川くんと歩くと時間間隔がおかしくなる。まぁ、そもそも駅から近いんだけど。

「すみませーん。昨日買った本が落丁していて……」

 レジに座っていた女性店員に声をかけると、ひょこっと立ち上がり、本をまじまじと見つめた。かわいい。

「それは申し訳ありませんでした。在庫が一冊だけあるので、そちらをどうぞ」
「え、落丁してるのを確認しなくていいんですか?」
「はい。五十五ページと五十六ページの一枚分ですよね」

 なぜそれを知っているのか。知っていてなお売りつけたのか。
 別に怒ったりはしないけど、この人に対しては謎が多いから、少しでも何か知りたいと思い、私は質問することにした。そう思っていたら天川くんが聞いてくれた。

「どうしてそのことを知っているんですか? もしかして、そのページに何か意味があるとか。それなら、なぜわざわざヒントのようなことを言ったのか」

 天川くんは、まだ探偵モードから抜けていないらしい。

「私からは答えられません。と言うより、間違いなく誰も答えないでしょうね。
 試験の問題と解答とは違って、世の中には、答えがあっても、誰も答えないことがあり、そして、そもそも答えがないこともあります。
 それはつまり、あなた達がどう考えるかに収束します。
 『あなた達自身』が答えと言っても過言ではないのかもしれません。
 まぁ、稀に本来の答えを無理矢理引きずり出す天才が存在しますが」

 一本屋店員が言う台詞じゃないような独特な言い回しを聞いて、さらにこの人の謎が深まってしまった。
 神様か何かかな?

「事実から推論で導き出すしかないということですか。それは良いとして、本屋としての対応はどうお考えですか? 落丁本を交換しに来た人の時間と手間については。これは、単なる質問です。クレームではありません」
「最近はカスタマーハラスメントもありますからね。しかし、私に対しては、その予防線は必要ありませんよ。そのことだけでも、あなたの聡明さは伝わります。
 質問に対する答えですが、ここねさんがその本を買い、今この時ここに来なかったら、どうなっていたかを考えると、その時間と手間に対してはお釣りが十分にくるのではないですか?」

 私の名前は普通に覚えられてるみたいだ。ポイントカードの裏に名前が書かれてるからなぁ……。いや、それよりもなんで私達の状況を知ってるんだろう。

「仮にそうだとしても、本屋の責任とは切り離すべきでは? あなたがその全てを引き起こした場合に限り、それが言えるわけで……。いや、まさか……」

 天川くんが驚愕の表情をしてレジから後ずさった。何かとんでもない結論が導き出された感じだ。やっぱり、神様なのかな。

「あの鐘を鳴らしたのはあなたですか? 午後五時十七分。五時十五分でも五時十六分でもない。その二分間に『アレ』を起こし、ここねちゃんの精神をさらに追い詰めた。そして、時間切れの鐘……」
「懐かしいフレーズを思い出させますね。まぁ、それはともかく、私ではないとだけ言っておきます。それ以外は答えられません。しかし、あなた達にはその現象を表す、ピッタリな言葉があるのではないですか?」

「『運命』……いや、『奇跡』」
「ふふふ、そう言いたいところでしょうが、その答えは『ノー』です。その言葉とは……」

「その言葉とは……?」

「『結果オーライ』ですよ」

 ズコーと反応したくなるようなオチに、それまでの緊張感は和らぎ、私達はしょうがないなぁという感じで、笑顔になっていた。
 しかし、天川くんはまだ聞きたいことがあるらしく、すぐに真剣な表情を取り戻した。

「最後に一つだけいいですか? 僕達のこれからがどうなるか……。この数時間だけでもいいです。占ってもらえませんか?」
「残念ながら、私は予知能力者でも占い師でもカウンセラーでもありません。もちろん、あなた達が期待しているような万能な神でもありません。ただ言えることは、ここねさん、あなたの幸せを願っている存在がいる。そして、あなたの姉、『こころ』さんについても同様です。
 あなた達二人がどこにいようと、どのような状況に陥ろうとも、必ず誰かが『観ている』ことを『心』に留めておいてください。そうすれば、何事も上手く行くのではないでしょうか。抽象的すぎますかね」

「あ、ありがとうございます!」

 私は彼女に思わずお礼を言って、天川くんの手を握った。

「この謎はいつか解き明かしたいですね。『裏社会探偵X』に出演した子役の名にかけて!」
「ふふふ、それ、言いたかっただけですよね? でも、期待してますよ。『とら』さん」
「僕の子役時代の芸名を……ありがとうございました!」

 そして、天川くんと二人で彼女にお辞儀をして、『ウォッチャー』を後にした。

「天川くん、あの人のこと好きになっちゃったでしょ?」

 私は思ったことをそのまま言った。しかし、嫉妬心や嫌味では全くなかった。

「もちろん。それに、『山地とら』を知っていてくれたんだからね。でも、ここねちゃんも好きになったよね?」

 私の心情を理解している天川くんだからこその回答と質問だ。

「うん。結構面白い人だよね。でも、名前も分からないからなぁ」
「候補はあるんだけど、確定じゃないから言うのはやめておくよ。その内、分かるような気もするし」
「どうかなぁ。ずっと秘密にしてそう」

「あれ? そう言えば、結局、本交換してもらってなくない?」
「うん。いいよ、これで。このままの方がきっと良い思い出になるから」

 そんな会話をしながら、二人で手を繋いだまま、私の家に向かった。

 雨はもう上がっていた。
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