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第6話 盃
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文吉と熊吉は、もうすぐ年季が明けようとしていた。その期日がこれば店を辞めて江戸に行くのだ。
賊を捕らえてしばらく経って、二人は主人の使いでお得意先を回っていると、町の人々の足が河原に向かっていた。
河原は刑場がある。何ごとかを道行く人に尋ねてみた。
「ああ、この前、やまやに押し込み強盗があったのですが、その捕らえられた賊が処刑されるのです」
「へぇー」
その賊を捕らえたのは自分たちだ。二人は鼻が高くなる思いだった。
人々のあとについていくと、河原の周りには竹矢来が組まれ、役人が大勢立っている。罪人は白い着物を一枚だけ着せられ縄で繋がれていたが罪人の数は多かった。
「なんだ? 多いぞ?」
それが子どもや女が泣き叫ぶ中、磔にされてゆく。
「おとっつぁん!」
「あんたァ!」
文吉と熊吉は驚いて周囲のものに聞いてみると、朝から見物しているという物好きが答えてくれた。
「捕らえられた賊には他にも余罪がありましてな。山賊や火付け。押し込み強盗。お上はこれはもう更生の余地がないと一族郎党、磔を命じられたのです」
一族郎党──。
言葉で言えば簡単だが、子どもから親兄弟、女房まで磔にされるのだ。しかも罪人はその愛する一族が全て殺されるのを目の当たりにし、さんざん苦しんだ後に処刑されるのだ。
まずは年端もいかない子どもだ。十字架にかけられ、脇から槍を刺し入れ貫通して絶命する。一人。また一人と絶叫を上げて処刑されていくのを、文吉と熊吉は見ておれず、人垣をくぐってその場から離れた。
二人とも店に向かって歩き出したが始終黙ったまま。どこをどう通っているか分からない。文吉は上の空だった。
自分があの大勢の人間を殺したようなもんだと精神的に追い詰められてしまったのだ。
「どうした文吉?」
「少しばかりすまん」
文吉は熊吉が気遣う中、熊吉から離れ道を逸れて路傍の大きめの石に寄り掛かって嘆きにも似た息を吐いた。
「おらのせいで……」
文吉は賊を捕らえたものの人が死ぬことは絶えられなかった。哀しいとも悔しいとも違う涙を流すと懐から声がした。白い玉の声だった。
『アンタ、何を泣いているんだい?』
「……玉さま。賊を捕らえた代償がこんなに辛いものだなんて──」
『仕方がないよ。旦那から金も貰えただろう?』
「貰えました。ですが大勢死にました」
『それは盗みを働いたものの当然の酬いだ。自分を責めるんじゃない』
「そ、それはそうですが……」
『そうかい。そんなに感情的になるなら教えてやる。あの賊を捕まえなければ、旦那を含めて8人死んだ。6人が怪我をして、内3人は一年以内に死んだ。それからあの賊たちはそれ以降捕まるまで53人を殺して、大金を奪うことになっていた』
「え?」
『そういう運命は決まっていた。しかしおばちゃんの力で食い止めたのよ。そしてあの賊の頭の女房は夫と旅をしているところで夫を殺され、心ならずも夫の仇の妻となり、その子どもを産んだが、頭が死ぬことを望んでいた』
「そ、そうなのですか?」
『賊たちはそうやって子どもを作ったんだ。惚れたなんてことはない。ただ自分の快楽のためだ。死んで当然のやつらだ』
「しかし女子どもに罪はありません」
『そうかもしれない。しかし、彼らの子孫が残ればまた其奴らが犯罪をおこす。アンタの子孫もそれに巻き込まれる』
「そ、そうなのでしょうか?」
『憎しみの渦。業の螺旋。絡み付いた糸はほどかれずにまた同じことを繰り返す。今日、その運命を断ち切った。おばちゃんに感謝しな。アンタはおばちゃんに従っていればいいのさ』
たしかにそうかもしれない。運命は変わったのかも。言うことはもっともだが、白い玉の恩着せがましい言葉に文吉は少しばかり嫌悪した。
「大丈夫か? 文吉──」
振り返ると心配そうな顔をした熊吉がいた。文吉の心も幾分落ち着いて、熊吉へと笑顔を送った。
「ああ、大丈夫だ」
「そうか。ちょっと顔を上げて見て見ろよ」
熊吉の示すほうを見ると、見事な桜があった。文吉もたちまち心を奪われたのだ。
「見事だなァ」
「そうだろう?」
熊吉は文吉が磔刑を見て傷付いたことが分かっていた。だから花を見て心が紛れればと思ったのだ。それは功を奏した。
「少しばかり仕事をさぼって花見をしたってバチは当たらんだろう」
「そうだ。酒でも飲むか?」
「いいなァ」
二人は酒と串に刺さった焼き豆腐のつまみを買って先ほどの桜の木の下まで戻ってきた。
路傍には地蔵があって、水が入った欠けた茶碗が二つあったので、それを拝借し野辺に腰を下ろして瓢に入った酒を注ぎ合う。
文吉の茶碗に桜の花びらがひとひら。
「風流だなァ」
「わかるか?」
「わからいでか」
「なぁ文吉よォ」
「なんだ改まって」
熊吉は恥ずかしそうに頭をかく。
「なんだ。そのォ。おらたちもずいぶん長の付き合いだ。兄弟以上の」
「そうさのォ」
「これからもそうやって行きたい」
「おらも同じ気持ちだぞ」
「そこでだ。一緒に江戸に行く。商売もする。おらたちには身寄りがねェ。そこで──」
「なんだ。兄弟にでもなりたいってか?」
熊吉は自分が言おうとしていたことを先に言われて目を丸くした。
「分かるか?」
「わからいでか。おらはとっくにそう思ってたよ」
二人は顔を見合わせて笑った。そして盃を互いに交わしたのだ。兄弟盃。誓いの盃だ。身寄りのない二人は兄弟となった。文吉が兄。熊吉が弟。二人は大金持ちへの道を今、歩み始めた。
賊を捕らえてしばらく経って、二人は主人の使いでお得意先を回っていると、町の人々の足が河原に向かっていた。
河原は刑場がある。何ごとかを道行く人に尋ねてみた。
「ああ、この前、やまやに押し込み強盗があったのですが、その捕らえられた賊が処刑されるのです」
「へぇー」
その賊を捕らえたのは自分たちだ。二人は鼻が高くなる思いだった。
人々のあとについていくと、河原の周りには竹矢来が組まれ、役人が大勢立っている。罪人は白い着物を一枚だけ着せられ縄で繋がれていたが罪人の数は多かった。
「なんだ? 多いぞ?」
それが子どもや女が泣き叫ぶ中、磔にされてゆく。
「おとっつぁん!」
「あんたァ!」
文吉と熊吉は驚いて周囲のものに聞いてみると、朝から見物しているという物好きが答えてくれた。
「捕らえられた賊には他にも余罪がありましてな。山賊や火付け。押し込み強盗。お上はこれはもう更生の余地がないと一族郎党、磔を命じられたのです」
一族郎党──。
言葉で言えば簡単だが、子どもから親兄弟、女房まで磔にされるのだ。しかも罪人はその愛する一族が全て殺されるのを目の当たりにし、さんざん苦しんだ後に処刑されるのだ。
まずは年端もいかない子どもだ。十字架にかけられ、脇から槍を刺し入れ貫通して絶命する。一人。また一人と絶叫を上げて処刑されていくのを、文吉と熊吉は見ておれず、人垣をくぐってその場から離れた。
二人とも店に向かって歩き出したが始終黙ったまま。どこをどう通っているか分からない。文吉は上の空だった。
自分があの大勢の人間を殺したようなもんだと精神的に追い詰められてしまったのだ。
「どうした文吉?」
「少しばかりすまん」
文吉は熊吉が気遣う中、熊吉から離れ道を逸れて路傍の大きめの石に寄り掛かって嘆きにも似た息を吐いた。
「おらのせいで……」
文吉は賊を捕らえたものの人が死ぬことは絶えられなかった。哀しいとも悔しいとも違う涙を流すと懐から声がした。白い玉の声だった。
『アンタ、何を泣いているんだい?』
「……玉さま。賊を捕らえた代償がこんなに辛いものだなんて──」
『仕方がないよ。旦那から金も貰えただろう?』
「貰えました。ですが大勢死にました」
『それは盗みを働いたものの当然の酬いだ。自分を責めるんじゃない』
「そ、それはそうですが……」
『そうかい。そんなに感情的になるなら教えてやる。あの賊を捕まえなければ、旦那を含めて8人死んだ。6人が怪我をして、内3人は一年以内に死んだ。それからあの賊たちはそれ以降捕まるまで53人を殺して、大金を奪うことになっていた』
「え?」
『そういう運命は決まっていた。しかしおばちゃんの力で食い止めたのよ。そしてあの賊の頭の女房は夫と旅をしているところで夫を殺され、心ならずも夫の仇の妻となり、その子どもを産んだが、頭が死ぬことを望んでいた』
「そ、そうなのですか?」
『賊たちはそうやって子どもを作ったんだ。惚れたなんてことはない。ただ自分の快楽のためだ。死んで当然のやつらだ』
「しかし女子どもに罪はありません」
『そうかもしれない。しかし、彼らの子孫が残ればまた其奴らが犯罪をおこす。アンタの子孫もそれに巻き込まれる』
「そ、そうなのでしょうか?」
『憎しみの渦。業の螺旋。絡み付いた糸はほどかれずにまた同じことを繰り返す。今日、その運命を断ち切った。おばちゃんに感謝しな。アンタはおばちゃんに従っていればいいのさ』
たしかにそうかもしれない。運命は変わったのかも。言うことはもっともだが、白い玉の恩着せがましい言葉に文吉は少しばかり嫌悪した。
「大丈夫か? 文吉──」
振り返ると心配そうな顔をした熊吉がいた。文吉の心も幾分落ち着いて、熊吉へと笑顔を送った。
「ああ、大丈夫だ」
「そうか。ちょっと顔を上げて見て見ろよ」
熊吉の示すほうを見ると、見事な桜があった。文吉もたちまち心を奪われたのだ。
「見事だなァ」
「そうだろう?」
熊吉は文吉が磔刑を見て傷付いたことが分かっていた。だから花を見て心が紛れればと思ったのだ。それは功を奏した。
「少しばかり仕事をさぼって花見をしたってバチは当たらんだろう」
「そうだ。酒でも飲むか?」
「いいなァ」
二人は酒と串に刺さった焼き豆腐のつまみを買って先ほどの桜の木の下まで戻ってきた。
路傍には地蔵があって、水が入った欠けた茶碗が二つあったので、それを拝借し野辺に腰を下ろして瓢に入った酒を注ぎ合う。
文吉の茶碗に桜の花びらがひとひら。
「風流だなァ」
「わかるか?」
「わからいでか」
「なぁ文吉よォ」
「なんだ改まって」
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「なんだ。そのォ。おらたちもずいぶん長の付き合いだ。兄弟以上の」
「そうさのォ」
「これからもそうやって行きたい」
「おらも同じ気持ちだぞ」
「そこでだ。一緒に江戸に行く。商売もする。おらたちには身寄りがねェ。そこで──」
「なんだ。兄弟にでもなりたいってか?」
熊吉は自分が言おうとしていたことを先に言われて目を丸くした。
「分かるか?」
「わからいでか。おらはとっくにそう思ってたよ」
二人は顔を見合わせて笑った。そして盃を互いに交わしたのだ。兄弟盃。誓いの盃だ。身寄りのない二人は兄弟となった。文吉が兄。熊吉が弟。二人は大金持ちへの道を今、歩み始めた。
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