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第21話 床入れ
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高尾太夫が来てから張り切っているのは文吉以外の人間だった。
吉兵衛以下は都々逸を披露して、熊吉もそれを楽しそうに聞いていた。
やはり男を転がす商売だ。遊女は普通の女たちとは違う。一つ一つの行動が艶っぽく、声や言葉も色気を感じる。二人は我を忘れて夢中になりそうだった。
吉兵衛がお酒を飲みましょうと場を仕切ると、豪勢なつまみとお酒。それを遊女たちが注す。
文吉は太夫は本当に何もしないなと横目で見ていた。熊吉は一人の遊女が気に入ったようで、自分の隣で酌をするように命じたので、文吉もどうせ楽しむならと自分も誰かをそばに呼ぼうとすると、吉兵衛が膝を折ったまま小走りで文吉の横に侍って耳元にささやいた。
「紀文の大旦那。なにをしようとしてます?」
「いや、熊吉が女を横に呼んだんだ。ワシもそうした方が自然であろゥ?」
「ダメですよゥ。大旦那のお相手は高尾太夫。それじゃ浮気じゃないですか」
「は? 高尾はただすわってるだけだろゥ?」
「いえいえ。今宵は大旦那と高尾太夫の睦み合い。他はどうあれ、高尾太夫を気にして下さい」
「え-……」
なぜ自分が気にもならない高尾を気にしないといけないのか。熊吉は真っ赤になって楽しそうだ。
熊吉の相手の朝露という遊女も別嬪で、女らしい笑顔が可愛らしい。高尾はつまらなそうにすまし顔だ。熊吉がうらやましくなった。
朝露が吉兵衛に三味線を弾くようにいうと、即座に吉兵衛は三味線を構えた。
朝露は着物の帯を叩いて調子をとる。
「〽️粋でいなせなァ、通な益荒男ォゥ、九万の旦那にィ 抱かれたいィ」
と熊吉に惚れたような都々逸を歌うではないか。熊吉はその気になって朝露の手を握った。
「ホントか? ワシに抱かれたいか?」
「嫌でありんすゥ。女に言わせないでくださんしィ」
「よし。朝露。今宵はワシの伽をせい」
「うれしいでありんすよォ」
ずるーい。文吉はそうそうに仲良くなった二人がうらやましくてたまらない。文吉とて若い男盛りだ。心にミツがいたとしても、たくさんの女に囲まれ、その毒気に当てられればフラつくのも無理はない。
言葉で書けば文吉が無情に思えるが、酒が入って女に囲まれれば理性のタガも緩むものだ。
熊吉はいい気になって懐から小判を出すと、遊女たちに一枚ずつ振る舞う。遊女たちは声を上げて喜んだ。
「ほれ。吉兵衛も手を出せィ」
「え? あっしもいいんで?」
「あたぼうよ。ほれ」
と、吉兵衛にも小判を一枚。これが引き金となった。普通、チップと言えば一朱(6250円)でも剛毅なものだ。それが一両(10万円)である。みんなコレはとんでもないお大尽だと熊吉を讃えた。
熊吉にしてみれば一万円持ってる中の100円を渡したようなもので、大して気にもならない。
さらに熊吉は高尾太夫の横に侍る、禿と呼ばれる10歳程度の二人の童女も呼んだ。
「ほれ。お嬢ちゃんにも小遣いをやろう。おいで」
禿の二人は思わず腰を浮かしたが、太夫の手前、太夫の顔を見ながら座り直した。太夫は不機嫌そうに口を開ける。
「お大尽からのお振る舞いでありんす。頂いてきなさんし」
そう言われると、パッと明るくなる二人の禿。しかし顔を素に戻す。素に戻すものの、口の端はグニャグニャに動いていた。
「ほれ。これで飴でも買いな」
そういって、小粒の二分金(五万円)を一人ずつに渡すと、禿たちは顔を見合わせてお礼を言い、小走りで太夫の横に座った。
熊吉の剛毅さに、お座敷は一気に熊吉を主役とした。熊吉は立ち上がってがに股で踊る。吉兵衛に三味線を弾かせて、また自作の都々逸を歌った。
「江戸の鰻とゥ、吉原遊女ォ。ともに天下の 美味な味ィィ」
酒に酔って、陽気になった。一座も熊吉を、もて囃す。
また酒を飲んで、今度はゲームだ。扇を立てて離れて紙つぶてを当てるという遊びをしたり、股がどれくらい開けるかという遊びをしたり。
盛り上がってくると、また吉兵衛が三味線をとって弾き始める。すると遊女八人が同じ振り付けで踊り出す。
文吉と熊吉はもはや高尾太夫は忘れてそれを魅入っていると、八人の遊女の動きが止まって、目線が座敷の奥へ。
文吉と熊吉がそちらを見ると、高尾太夫が扇を片手に立ち上がっていた。
先程まで、何もしなかったのにと視線を向けると、簪を16本も挿した傾城が、八人の遊女とは別格の踊りを披露する。
指先。肘の張り。足の合わせ方、足の上げ方。一つ一つが芸術である。
まさにこの座敷はこの太夫のものだ。
下手クソな遊女に代わって踊ってやったとばかり最高のパフォーマンスを見せつけて、元の場所に戻り、白塗りの顔を先程と同じようにこちらへと向ける。
吉兵衛の拍手に合わせて、みんなも拍手をおくるものの、文吉だけは拍手をしながら、場をシラケさせただけじゃないかと思った。
やがて時間が来たのか、太夫はその場で文吉と熊吉へと挨拶をして、三浦屋へと帰って行った。他の遊女たちも、にこやかに笑って席を立つ。お座敷遊びはこれで終わりのようだ。
しかし座敷には、熊吉に手を繋がれた朝露と、吉兵衛の後ろに控える汐凪だけが残っている。
文吉は吉兵衛に、お礼を言った。
「吉兵衛、今日は楽しかったぞ。こういう遊びもあるのだなァ」
というと、吉兵衛は驚いた顔をしていた。
「いえ紀文の大旦那。夜はまだこれからじゃありませんか」
「というと?」
「九万兵衛の旦那は床入れをしなくてはなりません。紀文の大旦那も、本日はここでお休み下さい」
「は? ワシは誰も抱かんぞ?」
「そうでございます。大旦那のお相手は高尾太夫でございますから。高尾は大旦那を気に入りましたよォ。しばらく通えば江戸一の女を抱けるのですから、粋に行かなくちゃなりません」
「は? はぁ!?」
「これが天下の遊びですよ。では九万の旦那。後は朝露が部屋を案内致します。あっしはこの辺で……。また明日の朝、お会いしましょう」
熊吉が朝露を連れてニコニコ顔で立ち上がる。吉兵衛も立ち上がると、汐凪も共に立ち上がった。
「お、おい。吉兵衛。お前、汐凪と──」
「いえ大旦那。そんな質問は野暮というものです。では」
そう言うと、熊吉と朝露の背中を押して、吉兵衛は汐凪と出て行ってしまった。
文吉は狐につままれたよう。仕方なしに、係に用意された布団で寝るしかなかった。
吉兵衛以下は都々逸を披露して、熊吉もそれを楽しそうに聞いていた。
やはり男を転がす商売だ。遊女は普通の女たちとは違う。一つ一つの行動が艶っぽく、声や言葉も色気を感じる。二人は我を忘れて夢中になりそうだった。
吉兵衛がお酒を飲みましょうと場を仕切ると、豪勢なつまみとお酒。それを遊女たちが注す。
文吉は太夫は本当に何もしないなと横目で見ていた。熊吉は一人の遊女が気に入ったようで、自分の隣で酌をするように命じたので、文吉もどうせ楽しむならと自分も誰かをそばに呼ぼうとすると、吉兵衛が膝を折ったまま小走りで文吉の横に侍って耳元にささやいた。
「紀文の大旦那。なにをしようとしてます?」
「いや、熊吉が女を横に呼んだんだ。ワシもそうした方が自然であろゥ?」
「ダメですよゥ。大旦那のお相手は高尾太夫。それじゃ浮気じゃないですか」
「は? 高尾はただすわってるだけだろゥ?」
「いえいえ。今宵は大旦那と高尾太夫の睦み合い。他はどうあれ、高尾太夫を気にして下さい」
「え-……」
なぜ自分が気にもならない高尾を気にしないといけないのか。熊吉は真っ赤になって楽しそうだ。
熊吉の相手の朝露という遊女も別嬪で、女らしい笑顔が可愛らしい。高尾はつまらなそうにすまし顔だ。熊吉がうらやましくなった。
朝露が吉兵衛に三味線を弾くようにいうと、即座に吉兵衛は三味線を構えた。
朝露は着物の帯を叩いて調子をとる。
「〽️粋でいなせなァ、通な益荒男ォゥ、九万の旦那にィ 抱かれたいィ」
と熊吉に惚れたような都々逸を歌うではないか。熊吉はその気になって朝露の手を握った。
「ホントか? ワシに抱かれたいか?」
「嫌でありんすゥ。女に言わせないでくださんしィ」
「よし。朝露。今宵はワシの伽をせい」
「うれしいでありんすよォ」
ずるーい。文吉はそうそうに仲良くなった二人がうらやましくてたまらない。文吉とて若い男盛りだ。心にミツがいたとしても、たくさんの女に囲まれ、その毒気に当てられればフラつくのも無理はない。
言葉で書けば文吉が無情に思えるが、酒が入って女に囲まれれば理性のタガも緩むものだ。
熊吉はいい気になって懐から小判を出すと、遊女たちに一枚ずつ振る舞う。遊女たちは声を上げて喜んだ。
「ほれ。吉兵衛も手を出せィ」
「え? あっしもいいんで?」
「あたぼうよ。ほれ」
と、吉兵衛にも小判を一枚。これが引き金となった。普通、チップと言えば一朱(6250円)でも剛毅なものだ。それが一両(10万円)である。みんなコレはとんでもないお大尽だと熊吉を讃えた。
熊吉にしてみれば一万円持ってる中の100円を渡したようなもので、大して気にもならない。
さらに熊吉は高尾太夫の横に侍る、禿と呼ばれる10歳程度の二人の童女も呼んだ。
「ほれ。お嬢ちゃんにも小遣いをやろう。おいで」
禿の二人は思わず腰を浮かしたが、太夫の手前、太夫の顔を見ながら座り直した。太夫は不機嫌そうに口を開ける。
「お大尽からのお振る舞いでありんす。頂いてきなさんし」
そう言われると、パッと明るくなる二人の禿。しかし顔を素に戻す。素に戻すものの、口の端はグニャグニャに動いていた。
「ほれ。これで飴でも買いな」
そういって、小粒の二分金(五万円)を一人ずつに渡すと、禿たちは顔を見合わせてお礼を言い、小走りで太夫の横に座った。
熊吉の剛毅さに、お座敷は一気に熊吉を主役とした。熊吉は立ち上がってがに股で踊る。吉兵衛に三味線を弾かせて、また自作の都々逸を歌った。
「江戸の鰻とゥ、吉原遊女ォ。ともに天下の 美味な味ィィ」
酒に酔って、陽気になった。一座も熊吉を、もて囃す。
また酒を飲んで、今度はゲームだ。扇を立てて離れて紙つぶてを当てるという遊びをしたり、股がどれくらい開けるかという遊びをしたり。
盛り上がってくると、また吉兵衛が三味線をとって弾き始める。すると遊女八人が同じ振り付けで踊り出す。
文吉と熊吉はもはや高尾太夫は忘れてそれを魅入っていると、八人の遊女の動きが止まって、目線が座敷の奥へ。
文吉と熊吉がそちらを見ると、高尾太夫が扇を片手に立ち上がっていた。
先程まで、何もしなかったのにと視線を向けると、簪を16本も挿した傾城が、八人の遊女とは別格の踊りを披露する。
指先。肘の張り。足の合わせ方、足の上げ方。一つ一つが芸術である。
まさにこの座敷はこの太夫のものだ。
下手クソな遊女に代わって踊ってやったとばかり最高のパフォーマンスを見せつけて、元の場所に戻り、白塗りの顔を先程と同じようにこちらへと向ける。
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