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第40話 決裂
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さて、それからしばらくして。
文吉は熊吉とともに屋敷の部屋に座り込んで人を待っていた。
「大旦那。お呼びですか?」
「お千代か。入りなさい」
「はーい」
襖を開けて、膝を合わせて部屋に入り込む千代。これが二人が待っていた客である。
「お千代もよい歳だな」
「はい」
「自分でも結婚できるといっておったな」
「え? は、はい」
千代の顔が赤くなり、唇が震える。じっと文吉を見据えるといつものように微笑んでいる。
「部屋の隅にある衣裳箱を開けなさい」
見ると、木箱が置いてある。虫喰いされないように中は薄い鉄板が打ち付けられているのだ。
千代は期待をしながら、その上蓋を開けると、中には見事な白無垢の打掛が入っているではないか。これは、文吉がミツに与えようとしていたものである。それを蔵にしまっておいたものだ。千代と定吉の結婚にそれを着せようと思ったのだが、当然千代は勘違いした。
白無垢をとってうれし涙を流しながらその場に泣き崩れた。
「嬉しゅうございます──」
その言葉に文吉と熊吉は顔を見合わせて微笑み合う。
千代はその打掛に袖を通して、さっと簡単に羽織ると、文吉の元に走って腰辺りに抱き付いた。
「おいおい」
「旦那は私の気持ちに気付いて下すってたァ」
「そりゃァ気付くさ。幸せになれよ」
「はい! 私も幸せにします!」
「そりゃ結構なことだ」
話が噛み合っていない。しかし文吉も熊吉も幸せそうな千代に涙ぐむ。
千代は涙を拭いていそいそと白無垢をたたむと、仕事中だったと赤い顔をして部屋から出ていった。
文吉と熊吉は、お茶を飲みながらキセルをとって煙草を吸い始める。
「もしも火事で焼かれたままだったら、千代は今頃、遊女だったろうなァ」
「うむ。文吉がその運命を変えたのだ。あんなに朗らかな良い子に育ったのだから」
「めでたいめでたい。定吉と千代を呼ぼう。将来の話を聞こうじゃないか」
「うん。それはいい。将来ある二人に出す金は惜しまねぇ」
文吉は手を打って、使用人に定吉と千代を来るように命じると、定吉は先にやって来て二人の前に正座した。
続いて千代は顔を赤らめながら部屋に来ると、定吉がいる。意味も分からず離れたところに座った。
「さて、二人の結婚だが──」
と文吉がいったところで千代は全てを悟った。先ほどの白無垢は定吉のところに嫁に行けということなのだと。
千代は横にいる定吉のほうを向いて睨みつけたが、定吉は目も合わさずに声を張り上げてこう言った。
「ありがとうございます! きっと千代を幸せにします!」
その言葉に旦那二人の目頭が熱くなる。文吉は手を叩いて喜んだ。
「まるで芝居だ。うんうん」
定吉は千代に話すタイミングも与えないように、将来のプランを話し始めると、文吉も熊吉もそれに聞き入った。そして膝を叩く。
「そうかい。エライ! ワシと九万兵衛からご祝儀に千両やろう。少ないと思うな。ワシらの始まりはたったの十二両だったのだ。千両あれば屋敷を買って、女中や小僧も置いて、お前のやりたい商売が出来るよ」
「はい! 千代と力を合わせて──」
そこまでいったところで、千代は声を上げて会話を中断させた。
「ちょっとお待ち下さい。なにを勝手にお話を進めますんで!」
「んん?」
文吉と熊吉はぽかんと口を開けた。なにか間違ったことを言っただろうか? 祝儀の金額であろうか?
「女というものはキッチリしてるな。千両では足らんか? まあその辺は定吉の才覚で──」
「お金の話ではございません!」
これはいけないと定吉。千代の性格では旦那二人にもハッキリとものを言う。
「こ、こら、千代。旦那になんて口の利き方を……」
「定吉兄ちゃん。おおかた旦那に命令させれば私が嫁に来るとでも思ったんでしょ。行きませんよ。私はお屋敷から出ません!」
美しい眉をつり上げていうのだが、文吉と熊吉は何が何だか分からない。
「旦那は俺たちの幸せを願ってだな……」
「俺たち? 自分だけでしょ?」
「夫婦になれば自然とお互いを愛せるもんだ」
「私は定吉兄ちゃんのところにお嫁には参りません!」
ぴしゃり。旦那の目の前でも臆することなく堂々と言い放つ。先程まで喜んでいたのにと二人は不思議に思った。
文吉は思い当たるところがあって千代に聞く。
「これお千代や。定吉とケンカでもしたのか。言葉を選んで言いなさい。お前は定吉と結婚するんだ」
「いいえ。いたしません!」
「よく考えて言いな。今はケンカしてるかもしれないが、明日になって仲良くなったときに後悔するよ」
「大旦那。私は定吉兄ちゃんを好いておりません」
そういうものだから、文吉のほうでも自分とミツのことが重なってカッとなった。ミツと同じ顔で、男を裏切る。そうとってしまったのだ。
「バカ! お前は定吉と結婚するのだ! それがお前の幸せだ! これ以上手を煩わすな!」
文吉は立ち上がって叫ぶ。店のほうにも聞こえたので、みんな声を潜めてシーンとする。
熊吉もミツの時と同じ調子だと思って文吉を見る。
しかし千代は動じなかった。平静な顔をして文吉に反抗する。
「どうしてそれが幸せなんですか?」
「は、はぁ? お、女は好いた男とともになるべきだろう?」
「なぜです。女は物ですか? 自分の思いなど関係ないのですか?」
「な、なんだその口の利き方は!」
「私は不承知です。仕事に戻ります」
「こ、こら待て! お千代!」
千代は立ち上がると早々に部屋を出ていってしまった。文吉は腹が立って仕方がない。
「なんだアイツは! あの手の顔の女はみんなそうだ! 定吉。あんなのと一緒になるな! お前の嫁はワシが選んでやる!」
「え? あのォ。大旦那──」
「牛車を引けィ! 定吉。ワシの隣に陪乗せよ」
とのことだった。吉原に行くのだ。熊吉も立ち上がっていそいそと屋敷の出入り口まで急ぎ、自分は駕籠に乗ってさっさと吉原に行ってしまった。
文吉は熊吉とともに屋敷の部屋に座り込んで人を待っていた。
「大旦那。お呼びですか?」
「お千代か。入りなさい」
「はーい」
襖を開けて、膝を合わせて部屋に入り込む千代。これが二人が待っていた客である。
「お千代もよい歳だな」
「はい」
「自分でも結婚できるといっておったな」
「え? は、はい」
千代の顔が赤くなり、唇が震える。じっと文吉を見据えるといつものように微笑んでいる。
「部屋の隅にある衣裳箱を開けなさい」
見ると、木箱が置いてある。虫喰いされないように中は薄い鉄板が打ち付けられているのだ。
千代は期待をしながら、その上蓋を開けると、中には見事な白無垢の打掛が入っているではないか。これは、文吉がミツに与えようとしていたものである。それを蔵にしまっておいたものだ。千代と定吉の結婚にそれを着せようと思ったのだが、当然千代は勘違いした。
白無垢をとってうれし涙を流しながらその場に泣き崩れた。
「嬉しゅうございます──」
その言葉に文吉と熊吉は顔を見合わせて微笑み合う。
千代はその打掛に袖を通して、さっと簡単に羽織ると、文吉の元に走って腰辺りに抱き付いた。
「おいおい」
「旦那は私の気持ちに気付いて下すってたァ」
「そりゃァ気付くさ。幸せになれよ」
「はい! 私も幸せにします!」
「そりゃ結構なことだ」
話が噛み合っていない。しかし文吉も熊吉も幸せそうな千代に涙ぐむ。
千代は涙を拭いていそいそと白無垢をたたむと、仕事中だったと赤い顔をして部屋から出ていった。
文吉と熊吉は、お茶を飲みながらキセルをとって煙草を吸い始める。
「もしも火事で焼かれたままだったら、千代は今頃、遊女だったろうなァ」
「うむ。文吉がその運命を変えたのだ。あんなに朗らかな良い子に育ったのだから」
「めでたいめでたい。定吉と千代を呼ぼう。将来の話を聞こうじゃないか」
「うん。それはいい。将来ある二人に出す金は惜しまねぇ」
文吉は手を打って、使用人に定吉と千代を来るように命じると、定吉は先にやって来て二人の前に正座した。
続いて千代は顔を赤らめながら部屋に来ると、定吉がいる。意味も分からず離れたところに座った。
「さて、二人の結婚だが──」
と文吉がいったところで千代は全てを悟った。先ほどの白無垢は定吉のところに嫁に行けということなのだと。
千代は横にいる定吉のほうを向いて睨みつけたが、定吉は目も合わさずに声を張り上げてこう言った。
「ありがとうございます! きっと千代を幸せにします!」
その言葉に旦那二人の目頭が熱くなる。文吉は手を叩いて喜んだ。
「まるで芝居だ。うんうん」
定吉は千代に話すタイミングも与えないように、将来のプランを話し始めると、文吉も熊吉もそれに聞き入った。そして膝を叩く。
「そうかい。エライ! ワシと九万兵衛からご祝儀に千両やろう。少ないと思うな。ワシらの始まりはたったの十二両だったのだ。千両あれば屋敷を買って、女中や小僧も置いて、お前のやりたい商売が出来るよ」
「はい! 千代と力を合わせて──」
そこまでいったところで、千代は声を上げて会話を中断させた。
「ちょっとお待ち下さい。なにを勝手にお話を進めますんで!」
「んん?」
文吉と熊吉はぽかんと口を開けた。なにか間違ったことを言っただろうか? 祝儀の金額であろうか?
「女というものはキッチリしてるな。千両では足らんか? まあその辺は定吉の才覚で──」
「お金の話ではございません!」
これはいけないと定吉。千代の性格では旦那二人にもハッキリとものを言う。
「こ、こら、千代。旦那になんて口の利き方を……」
「定吉兄ちゃん。おおかた旦那に命令させれば私が嫁に来るとでも思ったんでしょ。行きませんよ。私はお屋敷から出ません!」
美しい眉をつり上げていうのだが、文吉と熊吉は何が何だか分からない。
「旦那は俺たちの幸せを願ってだな……」
「俺たち? 自分だけでしょ?」
「夫婦になれば自然とお互いを愛せるもんだ」
「私は定吉兄ちゃんのところにお嫁には参りません!」
ぴしゃり。旦那の目の前でも臆することなく堂々と言い放つ。先程まで喜んでいたのにと二人は不思議に思った。
文吉は思い当たるところがあって千代に聞く。
「これお千代や。定吉とケンカでもしたのか。言葉を選んで言いなさい。お前は定吉と結婚するんだ」
「いいえ。いたしません!」
「よく考えて言いな。今はケンカしてるかもしれないが、明日になって仲良くなったときに後悔するよ」
「大旦那。私は定吉兄ちゃんを好いておりません」
そういうものだから、文吉のほうでも自分とミツのことが重なってカッとなった。ミツと同じ顔で、男を裏切る。そうとってしまったのだ。
「バカ! お前は定吉と結婚するのだ! それがお前の幸せだ! これ以上手を煩わすな!」
文吉は立ち上がって叫ぶ。店のほうにも聞こえたので、みんな声を潜めてシーンとする。
熊吉もミツの時と同じ調子だと思って文吉を見る。
しかし千代は動じなかった。平静な顔をして文吉に反抗する。
「どうしてそれが幸せなんですか?」
「は、はぁ? お、女は好いた男とともになるべきだろう?」
「なぜです。女は物ですか? 自分の思いなど関係ないのですか?」
「な、なんだその口の利き方は!」
「私は不承知です。仕事に戻ります」
「こ、こら待て! お千代!」
千代は立ち上がると早々に部屋を出ていってしまった。文吉は腹が立って仕方がない。
「なんだアイツは! あの手の顔の女はみんなそうだ! 定吉。あんなのと一緒になるな! お前の嫁はワシが選んでやる!」
「え? あのォ。大旦那──」
「牛車を引けィ! 定吉。ワシの隣に陪乗せよ」
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