8 / 12
第8話 王子さま
しおりを挟む
地下道は快適な場所ではなかった。腰を屈めて、一人が通れるのがやっとだったし、王太子さまが灯すたいまつの明かりがなかったら暗闇しかないところだった。
「おい。大丈夫か? ついてきているか?」
「ええ。王太子さま」
ずいぶん長い間這いずり回って、少しばかり広い場所にたどり着いた。そこで休憩。王太子さまが、私に水筒を差し出したので喜んで飲んだ。
「もう少しだ。もう少しで出れるぞ」
「は、はい。あの──」
「どうした?」
「わ、私、意味が分からなくて……」
「そうだろうな……。少し、昔話をするか」
王太子さまは私の横に座って、話し始めた。それは前に聞いた話だった。
「むかしむかし、あるところに王子さまがおりました。王子さまは国民から慕われ、高貴な婚約者もいて幸せに暮らしておりましたが、王子さまは心から喜べませんでした。なぜなら王子さまが愛していたのは、幼い頃からそばにいた侍女だったのです。王子さまは、国民も婚約者も王位継承権も全てを捨てて侍女と逃げ、幸せに暮らしたのです」
それは、前の屋敷の私の部屋で話した昔話。あの時はここまでだったが、王太子さまはさらに話を続けた。
「しかし、残された王家の人々は困りました。王子さまは次期王位を示す、家宝の指輪を指にはめたままだったのです」
そういって、私の手を取った。そこには父母の形見の指輪──。ま、まさか?
「王子様には二人の弟がおりました。第二王子は自分が次の王様になれると思っていましたが、王太子に指名される前に病気で死んでしまったのです」
だ、第一王子は出て行って、第二王子は死亡……。つまり残ったのは──。
「ですから、王位は三番目の王子が継ぎました。それが今の王のお父上。つまり、私のおじい様なのだ。そして二番王子の子こそがエイン卿。彼は父が病死しなかったら現在の国王でルイスは王太子だったかもしれないのだ」
そういって、王太子さまは私の顔を見た。私の手をとったまま──。
「お前は世が世なら、正当なる王位継承者なのだ。その指輪が示すのはお前が考えているよりも、恐ろしいほどの意味があることだったのだよ。見てご覧」
王太子さまは、指輪に刻まれた傷を見せた。それは、同じような筋で人工的に刻んだ形だった。
「お前のおじい様の前までの王が刻み続けてきた証だ。全部で16本。そこに刻むものは国民の平和と健康を祈って刻む初代からの伝統だったのだ」
私はその筋を見つめる。古いものから時計回りに筋の汚れがなくなってゆく。確かにこの王朝の国王陛下は18代目だ。つまり、私のおじい様がこれを持ち去った王子さま?
私は指輪を見つめたまま固まった。この人たちは私の出自をどこかで知って、王統を示す指輪だけが目的だったのだわ。
「アドリー卿はお前の指輪を見て、エイン卿に伝えたのであろう。だからルイスに娶せるために王宮へと送り、偶然を装ってルイスからアプローチさせる策略だったのだろうな。婚約した当日に私に奪われ躍起になって探したのであろう」
「そ、そんな……」
「指輪を得た彼はこう宣言しただろう?実は父は第一王子より指輪を受け継いでおりました。だから私には王位につく権利がありますと。そういって謀反を起こすつもりなのだ。そしたら国民はどうなる。たくさんの兵士が死に、国は乱れる。エイン卿とルイスがやろうとしていることは、無茶苦茶なのだ」
「こ、この指輪のために?」
私が顔を伏せていると、地上のほうから馬蹄が聞こえ、ざわざわと私を探しているようだった。
「女が逃げた!」
「ルイス様は殺してもいいとおっしゃっている」
「腹を割いて指輪を探せとの仰せだ」
僅かなルイス様への期待も思いも吹き飛んだ。私は指輪を外して王太子さまの胸元へと投げ付けて泣いてしまった。
「もう十分だわ! そんな醜い王家の争いに巻き込まれて! 私のおじい様が逃げた理由も分かるわよ。どうせ王太子さまも私が王家の血統があるから妃にしたいといったのでしょう!? あなたもルイス様も大嫌い!!」
私はその場で泣き伏した。知らなかったこととはいえ、王の血筋のために恋心を弄ばれたことを悔しく思ったのだ。
だが王太子さまは私の手を取って、指輪を嵌め直した。
「やめて下さい!」
「いいや。これはお前の父母の形見なのであろう? 私は指輪なぞ欲しくはない」
「ウソはやめて! さっきの話を聞いて信じられるものですか!」
王太子さまは、苦笑して頬を掻いた。
「いや。私は次期国王だ。二代前に失った王家の宝はすでに諦めている。それにお前が王の血筋だなんて知らなかったぞ?」
「え? だって……妃にすると──」
「それは、高貴な女ばかり集めて妾にしているルイスが、突然侍女のお前を欲しがるとは何かあると思ったからだ。形見の指輪の話を聞くまでは、ただ漠然とお前を守りたいと思っただけだ」
「ま、守りたい?」
たいまつの明かりでも王太子さまの顔が赤らめていくことがはっきりと分かった。
「ルイスはいずれにせよ謀反の罪で捕らえなくてはならん。その時に、お前が彼の妻になってしまったら同じく罰を与えなくてはならんだろ?」
「え。そ、そんな理由?」
「ま、まぁ、なんだ。そんな理由かな?」
王太子さまの言っている意味がよく分からなかった。私と王太子さまが顔を合わせたのは数回ほどしかないのに。
私の顔を一瞥して、王太子さまはすぐに顔を壁のほうに向けてしまった。
「ひ、一目惚れってやつかな?」
は、はぁ? な、何言ってるのこの人──!? こっちまで恥ずかしくなるじゃない!
「そ、そんなこと──。ジェイダン伯爵がまた怒るでしょうね」
「ああ。きっと『侍女を妃にするなど狂気の沙汰です』とか言うだろうな……」
私たちは互いに顔も合わせられないまま笑い合った。
いつの間にか肩を寄せ合って、指輪をした手は王太子さまに固く握られていた。
「おい。大丈夫か? ついてきているか?」
「ええ。王太子さま」
ずいぶん長い間這いずり回って、少しばかり広い場所にたどり着いた。そこで休憩。王太子さまが、私に水筒を差し出したので喜んで飲んだ。
「もう少しだ。もう少しで出れるぞ」
「は、はい。あの──」
「どうした?」
「わ、私、意味が分からなくて……」
「そうだろうな……。少し、昔話をするか」
王太子さまは私の横に座って、話し始めた。それは前に聞いた話だった。
「むかしむかし、あるところに王子さまがおりました。王子さまは国民から慕われ、高貴な婚約者もいて幸せに暮らしておりましたが、王子さまは心から喜べませんでした。なぜなら王子さまが愛していたのは、幼い頃からそばにいた侍女だったのです。王子さまは、国民も婚約者も王位継承権も全てを捨てて侍女と逃げ、幸せに暮らしたのです」
それは、前の屋敷の私の部屋で話した昔話。あの時はここまでだったが、王太子さまはさらに話を続けた。
「しかし、残された王家の人々は困りました。王子さまは次期王位を示す、家宝の指輪を指にはめたままだったのです」
そういって、私の手を取った。そこには父母の形見の指輪──。ま、まさか?
「王子様には二人の弟がおりました。第二王子は自分が次の王様になれると思っていましたが、王太子に指名される前に病気で死んでしまったのです」
だ、第一王子は出て行って、第二王子は死亡……。つまり残ったのは──。
「ですから、王位は三番目の王子が継ぎました。それが今の王のお父上。つまり、私のおじい様なのだ。そして二番王子の子こそがエイン卿。彼は父が病死しなかったら現在の国王でルイスは王太子だったかもしれないのだ」
そういって、王太子さまは私の顔を見た。私の手をとったまま──。
「お前は世が世なら、正当なる王位継承者なのだ。その指輪が示すのはお前が考えているよりも、恐ろしいほどの意味があることだったのだよ。見てご覧」
王太子さまは、指輪に刻まれた傷を見せた。それは、同じような筋で人工的に刻んだ形だった。
「お前のおじい様の前までの王が刻み続けてきた証だ。全部で16本。そこに刻むものは国民の平和と健康を祈って刻む初代からの伝統だったのだ」
私はその筋を見つめる。古いものから時計回りに筋の汚れがなくなってゆく。確かにこの王朝の国王陛下は18代目だ。つまり、私のおじい様がこれを持ち去った王子さま?
私は指輪を見つめたまま固まった。この人たちは私の出自をどこかで知って、王統を示す指輪だけが目的だったのだわ。
「アドリー卿はお前の指輪を見て、エイン卿に伝えたのであろう。だからルイスに娶せるために王宮へと送り、偶然を装ってルイスからアプローチさせる策略だったのだろうな。婚約した当日に私に奪われ躍起になって探したのであろう」
「そ、そんな……」
「指輪を得た彼はこう宣言しただろう?実は父は第一王子より指輪を受け継いでおりました。だから私には王位につく権利がありますと。そういって謀反を起こすつもりなのだ。そしたら国民はどうなる。たくさんの兵士が死に、国は乱れる。エイン卿とルイスがやろうとしていることは、無茶苦茶なのだ」
「こ、この指輪のために?」
私が顔を伏せていると、地上のほうから馬蹄が聞こえ、ざわざわと私を探しているようだった。
「女が逃げた!」
「ルイス様は殺してもいいとおっしゃっている」
「腹を割いて指輪を探せとの仰せだ」
僅かなルイス様への期待も思いも吹き飛んだ。私は指輪を外して王太子さまの胸元へと投げ付けて泣いてしまった。
「もう十分だわ! そんな醜い王家の争いに巻き込まれて! 私のおじい様が逃げた理由も分かるわよ。どうせ王太子さまも私が王家の血統があるから妃にしたいといったのでしょう!? あなたもルイス様も大嫌い!!」
私はその場で泣き伏した。知らなかったこととはいえ、王の血筋のために恋心を弄ばれたことを悔しく思ったのだ。
だが王太子さまは私の手を取って、指輪を嵌め直した。
「やめて下さい!」
「いいや。これはお前の父母の形見なのであろう? 私は指輪なぞ欲しくはない」
「ウソはやめて! さっきの話を聞いて信じられるものですか!」
王太子さまは、苦笑して頬を掻いた。
「いや。私は次期国王だ。二代前に失った王家の宝はすでに諦めている。それにお前が王の血筋だなんて知らなかったぞ?」
「え? だって……妃にすると──」
「それは、高貴な女ばかり集めて妾にしているルイスが、突然侍女のお前を欲しがるとは何かあると思ったからだ。形見の指輪の話を聞くまでは、ただ漠然とお前を守りたいと思っただけだ」
「ま、守りたい?」
たいまつの明かりでも王太子さまの顔が赤らめていくことがはっきりと分かった。
「ルイスはいずれにせよ謀反の罪で捕らえなくてはならん。その時に、お前が彼の妻になってしまったら同じく罰を与えなくてはならんだろ?」
「え。そ、そんな理由?」
「ま、まぁ、なんだ。そんな理由かな?」
王太子さまの言っている意味がよく分からなかった。私と王太子さまが顔を合わせたのは数回ほどしかないのに。
私の顔を一瞥して、王太子さまはすぐに顔を壁のほうに向けてしまった。
「ひ、一目惚れってやつかな?」
は、はぁ? な、何言ってるのこの人──!? こっちまで恥ずかしくなるじゃない!
「そ、そんなこと──。ジェイダン伯爵がまた怒るでしょうね」
「ああ。きっと『侍女を妃にするなど狂気の沙汰です』とか言うだろうな……」
私たちは互いに顔も合わせられないまま笑い合った。
いつの間にか肩を寄せ合って、指輪をした手は王太子さまに固く握られていた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
犬猿の仲だったはずの婚約者が何故だか溺愛してきます【完結済み】
皇 翼
恋愛
『アイツは女としてあり得ない選択肢だからーー』
貴方は私がその言葉にどれだけ傷つき、涙を流したのかということは、きっと一生知ることがないのでしょう。
でも私も彼に対して最悪な言葉を残してしまった。
「貴方なんて大嫌い!!」
これがかつての私達に亀裂を生む決定的な言葉となってしまったのだ。
ここから私達は会う度に喧嘩をし、連れ立った夜会でも厭味の応酬となってしまう最悪な仲となってしまった。
本当は大嫌いなんかじゃなかった。私はただ、貴方に『あり得ない』なんて思われていることが悲しくて、悲しくて、思わず口にしてしまっただけなのだ。それを同じ言葉で返されて――。
最後に残った感情は後悔、その一つだけだった。
******
5、6話で終わります。パパッと描き終わる予定。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
毒姫ライラは今日も生きている
木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。
だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。
ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。
そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。
それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。
「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」
暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。
「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」
暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。
「お前を妃に迎える気はない」
そして私を認めない暴君。
三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。
「頑張って死んでまいります!」
――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い
雲乃琳雨
恋愛
バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。
ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?
元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。
婚約破棄され泣きながら帰宅している途中で落命してしまったのですが、待ち受けていた運命は思いもよらぬもので……?
四季
恋愛
理不尽に婚約破棄された"私"は、泣きながら家へ帰ろうとしていたところ、通りすがりの謎のおじさんに刃物で刺され、死亡した。
そうして訪れた死後の世界で対面したのは女神。
女神から思いもよらぬことを告げられた"私"は、そこから、終わりの見えないの旅に出ることとなる。
長い旅の先に待つものは……??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる