囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第8話 勇者の末裔かァ

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ユーク。ちょっと待って思い出す。

そういえば……、聞いたことがあるわ。
えーと、えーと。
あ、そうだわ。おとぎ話というか神話?
建国の父たちは勇者ユークより国を与えられ、それぞれに国を興した。ユークは人類と魔族の融合を計ったのである──。たしかそんな話。

あのユーク?
うそぉん。あれは作り話よ。
民を操るにはどうやって王族が国を得たかを説明しなくちゃならないってそういうことよね。

「プ。そなたの話は荒唐無稽だわ」
「はは。私も実は信じてはいなかったのです。しかし昔から伝えられていた魔法の伝授や、古めかしい装備は周りの友人たちは誰も受け継いでないと聞いて驚きました。みんなそんな儀式をするものだと思っていたものですから」

魔法──。
たしかにそうだわ。そういうの使えるのは国の中にも数名で、年老いた学者みたいな連中や、教皇を守る僅かな僧侶たちと聞いていたわ。
それが私よりも年下の男が簡単に使えるものかしら。
勇者の末裔と言うのもあながちウソではないかもしれないわ。

うん、なるほど。
国の状況を考えて、この男に守られながら早急に帰る必要があるわ。

しかしこの男の恋心──。
それだけはやっかいかもしれないわね。
思い余って襲いかかられたらどうしようかしら。
ここは釘を刺しておかなくちゃね。

「これラース」
「はい。なんでしょう。王女殿下」

「これより数日、寝食を共にしますが、お父様の約束は救出できたら。もしそなたが男となって思い余って指一本でも触れたら、国元に帰り次第、いやそれじゃ生やさしいわね、すぐさまあなたのその剣で処刑しますから覚悟なさい」
「そんな! 大丈夫です。そんなことはいたしません」

「よろしい。でも出発しましょう。案内しなさい」
「はい」

ラースに先導され、私たちはまた道なき道を進む。
雪があるから邪魔をする植物が少ないらしいが、雪を踏みしめると言うのは力がいる。
ラースに命じて何度も休憩させた。
その度にラースはニコニコとして私の疲れを取れるのを待ってはいたのだが。

「これで50kmくらいは進んだかしらね?」
「いえ……」

「ん? ではどのくらいよ」
「畏れながら……まだ昨日の野営地から3kmほどかと……」

「ラース。あなたはなにをグズグズしているのよ。さっさと進まなくてはダメでしょう。あなたの案内が悪いのだわ」
「は、はい」

私は仕方なく立ち上がる。この護衛に着いて行っては国の状況がますます悪くなる一方だわ。
ラースには後ろから案内させ、私が先導するほうがましよ。

「ラース。あなたに任せておいては一年経っても十年経っても国になど帰れないわ。私が先を進みますからあなたは後ろから案内支持を出しなさい」
「は、はい」

まったく。グズな男。
私は新雪を踏み歩き出す。しかし十歩もいかないうちに、いかに新雪の上を歩くことが難しいか分かった。
私はラースが踏んでいる足跡を進んでいた。
それは固く踏み固められていたのだ。
私が一歩進むと、雪の中に足が埋もれる。次の足を上げるのに体力が大きく消耗する。

「姫、大丈夫ですか?」

ラースは雪に半身埋めた私へとおずおず手を伸ばしたが、私はそれを払いのけた。

「いやったらしい。口実をつけて手を握ろうとするなんて」
「そ、そんなつもりは……」

意地で雪の中を三歩進んだが限界だった。
私は、ラースへ助けを求めると、ラースの力強い腕が私を雪の中から引き出したのだ。

「姫。僭越ではございますがお許しがあれば私が先を進みますが……」
「本当に僭越だわ。でもそうしたほうがいいみたいね。さっさと進みなさい」

「は、はい」

嬉しそうなラース。
この男もまた、私が国に帰りたいように、国に帰ったら私を娶ることを考えているんだわ。
それが原動力になってるんでしょう。
でもそうはさせない。国に戻ったら私は国権を回復させなくてはならないもの。
いろいろ理由を付けて断って、最終的には片田舎の領地を少しやれば大人しくなるでしょ。
だって顔がそんな顔してるもの。

「姫、いいですよ。さぁもう一歩踏み出してみましょう。そうです。そうです」

はー。なんか嫌味ったらしいわね。
はりきっちゃってバカみたい。こんなのが将来の私の婿なのかぁ。
やっぱり遠慮しちゃうわね。無理無理。
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