囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第17話 王女一人

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ラースの甘い息が私へと吹きかけられるのを感じた時だった。

「うっ! し、しまった!」

ラースの声に、慌てて私は目を開けるとラースの顔が苦痛に歪んでいる。
だがラースは両手で私を抱きしめ、地面に倒れ込んだ。

「きゃぁ! ラース! どうしたの!?」
「き奇襲にございます。ああ、姫、どうかご無事で。私は……私は──」

ラースの目がゆっくりと閉じられてしまった。その背中に回した手が温かく濡れるのを感じる。
これは流れる血。手探りで背中をさすってみると、細い矢がささっている。
深く突き刺さり、そこから血が流れ出していたのだ。矢を抜こうとしても手が血で滑る。
ラースは体を拭くためにマントと鎧を外してしまった。そのためにこの強靭な男でも致命的な傷を負ってしまったのだ。

逃げなければ!
どこかに敵がいる。
ラースの体がもう一度小さく揺れる。覆いかぶさるラースから身を逃がすと、背中には二本目の矢。
やはり敵はどこかにひそんでいるのだ。

カサリ

しげみがゆれる。目を凝らすと怖い顔をした小さい魔物がこちらを睨んでいる。
矢をつがえたまま、しげみから身を現してきた。

「ルビー王女。あんたルビー王女だよな。魔物の言葉。分かるか?」

魔物の言葉といっても、昔は共用の言語を使って来た。
ところどころか変わっていても基本的なものは同じだ。
この小人タイプの魔物は、弓矢によって勇者ラースを倒し、指名手配の私を得ようとしげみから出て来たのであろう。

「あんたを領主に差し出せばご褒美がたんまりもらえる。さぁ来るんだ」

怖い。恐ろしい。ラースは倒れたまま。
このままではラースは本当に死んでしまう。
私はこの小人の魔物によって、もとの塔に戻される。

なんてこと。なんてことなの。
ラースが。愛し始めたラースが死んでしまう。
そしてまた私は幽閉されるんだ。もうお仕舞なんだわ。

「ぐずぐずするな。乱暴はしたくない!」

小人の魔物が凄む。私の体は大きく震えた。
私は怯えながら小さく呟いた。

「おい。いいかげんにしろ! さっさとこっちにこい!」

小人がこちらに向かって手を差し出す。
私もそちらに向けてゆっくりと手を伸ばした。

「ふっふっふ。それでいいんだ」
「『──炎の精霊バリシャスよ 契約を示せ』」

小人が私の指に触れようとしたが、その私の指先には炎が宿る。

「アチィ!」

彼の手が驚いて引っ込める。もう逃げることは出来ない。
何度も使ってきたこの魔法は敵を追尾する。私は的となる敵を頭に浮かべるだけ。

「ボル!」

私の指先から火球が放たれ、至近距離にいた小人の魔物は真っ赤に燃え、しばらく踊るようにもがいていたが膝をついて倒れ込む頃には黒い炭のようになっていた。

「ハァ! ハァ! ハァ!」

初めての戦闘に息が荒くなる。しかしこうしてはいれない。ラースをなんとかしなくては。
私はラースに駆け寄って体を叩いた。

「ラース! ラース! しっかりなさい! 起きるのよ! これは命令よ!」

しかしラースはうつぶせに倒れたまま、目を開けようとしない。
背中に食い込んだ矢。引き抜こうとしても抜けるものではなかった。
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