囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

文字の大きさ
上 下
21 / 36

第21話 秘密の計略

しおりを挟む
時間は夕方くらいになったろうか?
宿屋の外側がドヤドヤと騒がしい。これは、村中のピクシーたちが集まっているようだ。
横にはラースが未だに高いびき。
しかし私はなかなか身を起こせない。すると窓の外に黒い煙が上がっている。

しまった!
きっと、あのピクシーたちは優しさを装って、この宿ごと私たちに燃やしてしまうつもりなんだわ。
私は生け捕りではなく、殺してしまっても人質の話は生きるもの。別に生きている証拠なんて必要もないし。

くぅっ!
そうそうに逃げたいけど、魔法を使いすぎて首を動かすのがやっとだわ。ラースを起こさないと!

「ラース。ラース!」

すると、ラースの睫毛が小さく動く。
彼は目覚めて顔を近づけてきた。

「お目覚めかい? お姫様。さぁ寝起きのキスを。んーーー」

そんなラースの頬を張る。

「痛。ルビー? どうして?」
「もうラースってばそればっかり! 敵の奇襲よ! この宿ごと私たちを燃やすつもりなんだわ!」

慌ててラースも窓の外を見る。立ち込める黒煙。ラースの行動は早かった。私を両手に抱き抱え、さらに荷物もぶら下げる。
窓に駆け込んでブーツで窓を蹴り割り、刺さらないように厚底ブーツで蹴り回し、全てのガラスを落としてしまった。

「ルビー。しばし我慢を!」

そう言って窓から颯爽と飛び降りる。ラースの目が光る。そして、口が瞬きのように動く。これは魔法の契約の言葉だ!

「マーレイ バーレイ バリシャス バラトン 我の元に来て 古き契約を忘れるな 我に従いて 我の敵を共に討つ 九つの首を持つ地獄のアテンザ その力を示すとき 渾身の力を解き放ち 彼の敵を焼き払え!」

ラースの前に巨大な火球が燃え上がり回転を始めたものの、地面に着地するころには火球は小さくなり消えてしまった。

「ん?」

ラースが驚きの声を上げると、そこにいたピクシーたちも驚きの表情でこちらを見ていた。
そこには、たくさんの旗飾り。「歓迎勇者御一行」という横断幕もある。そばには黒い煙。それは豚の丸焼きを作っていた。
中央には長テーブルが置かれ、村民たちが来賓を招いて座れるようにセッティングされていたのだ。

私たちの元に、クピト老人が近づいてくる。

「いやぁ、サプライズパーティーを開こうと思いましたら、逆に勇者さまの魔法でこちらが驚きましたわい」
「サ、サプライズパーティー?」

「ええ。あなたは勇者さまでしょう」
「え? うん。まぁ血統はな」

「我々の村にも勇者伝説があり、語り継がれておるのです」
「そ、そうなのか?」

「勇者ユークは人と魔物の架け橋となり、友好の使者となった。ピクシーたちに平和の土地を与えたもうた──。その装いは伝えに聞く勇者さまのそれでございます。フェニックスの兜、虹の鎧、聖王のマント、そして、聖剣グラジナ」
「おお、まさにその通り。私の先祖の名はこんな異境の村にまで、及んでいるのか」

「左様でございます。本日は勇者さまの歓迎の宴でございます。豚もよく焼けて参りました。ささ、どうぞ上座へ。勇者さまのご主人さまも……」

私たちは上座へと案内された。私も言葉上ではラースの主人ではあるが、もちろん尊敬を受けているのはラースだ。あたりまえか。勇者伝説はピクシーたちの中に深く浸透していたのであろう。大恩ある勇者ユークにいずれ恩返しをしたいと思っていた現れがこの宴なのだろう。
ラースは酒を注がれ陽気に笑っている。
これが本来のラースなのだわ。陽気で、私を愛し、時には真剣になる──。
本当、伝えに聞く勇者そのものだわ。

ふと、ラースと目が合う。
私は疲れて背もたれに寄りかかり、話すのも億劫だと気付いたのだろう。

「すいません姫。いやルビー。私ばかり楽しんでしまって。疲れてるんだもんね。この辺で切り上げて部屋に戻ろう」

そう言うや否や、私を抱き抱え、部屋へと向かう。

「おや、勇者さまどこへ?」
「いやぁ、本日は大変楽しかった。もう部屋に戻らせて貰うゆえ、あとは村人たちで楽しんでくれたまえ」

「ははぁ!」

宿の店主の計らいで、窓の破れた部屋とは別な部屋に。
ラースはベッドに優しく置いて、自分はソファをベッドの横に運んで横になる。

「ルビー。二人並んででは寝にくいでしょう。それに私も自制できるか分からないからね。でも側にいるから安心して」

やはりラースは優しかった。まだ魔法疲れが残っていた私は祭りの楽しい音楽を聴きながら眠りについた。
しおりを挟む

処理中です...