囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第36話 また塔の中

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塔の中へ入り、最上階へ連れて来られ幽閉。
そこは、魔王領の塔と同じようなところ。すでに私の部屋は出来ており思わず準備がよいと苦笑した。ラースが必死にファーガスと戦っていた頃、ここの大臣たちは城壁に兵も送らず部屋作りを命じていたんだわ。
私を連れてくると兵士たちは皆一礼して去ってゆき、扉にはカギをかけてしまった。
魔王領の塔のほうが、まだ自由だった。
まさか味方である者たちに道具のように扱われるとは。

扉にはカギ。ベランダは広くとも大きな鉄柵で回りを固められている。飛び降りて自害することも出来ない。

ふと目の前に広がる空を見つめると、遥か遠くに夕日を受けて金色に輝くドラゴン。その背中には人の姿らしきもの。

「──ラース」

私は鉄柵を摑んで小さくつぶやいた。
大臣たちにあの手この手で口説かれ、故郷のアウリットへと帰り、支度が整い次第に魔王討伐へと向かってしまうのだろう。

私のことは諦めて──。

なんて聞き分けのいい男なのよ。
そんなに人類が大事なわけ?
自分の気持ちを押し殺して、勝手な話を聞き入れ、死ぬかも知れない戦いに一人で行くなんて。

バカみたい。
バーカみたい。

もともとそうなのよ。
ガッと俺についてこいっていう気概がないの。
人類がー。人類がー。って、なによ。
人類があなたに何をしてくれるっていうの?

ささやかな結婚の願いだって叶えてくれやしない。
もしも魔王に勝って、満身創痍の体をさらしながら、あなたは誰に戦勝の報告をするの?
その時、私はバリア公爵の息子のカインと結婚しているのよ?
そんな私に「大義であった。下がってよい」と言われれば満足?
バカね。あなたは何も手に入れられない。
不自由な体を庇いながら、魔王の残党による暗殺に怯えながら一生を終えなくてはならないのだわ。
カインはあなたより10倍ハンサムな男なのよ。会って数分でも会話をすれば誰でも心が動くような。あなたみたいにオドオドしてない。私はすぐに彼に堕ちるでしょうね。

ふん。いい気味よ。
なんでもイエスマンのあなたが悪いのだわ。
もしも気が変わったのなら、今すぐ竜の頭をこちらに向けて、あの塔と同じように私をさらいに来てよ。来るべきなのよ。

「バカ……」

完全に夕日に消えてしまったラースに向かってそう呟いた。











夜。ラースは故郷アウリットの自分の家で魔王討伐へと向かうための準備をしていた。
改めてナイフを磨き、食糧と調理器具を袋に入れて背負い込む。

「──仕方ない。ルビーは王族だ。少しだけ夢を見れて良かったじゃないか。あの姿絵の彼女と恋をして一緒に旅が出来た。それだけでも死出の旅には充分だ」

ラースは辺りを見回した。とは言っても小さな部屋だ。それはすぐに終わった。だが、ラースは一点を見つめていた。最後に二人で抱き合った寝台を。ラースは跪いてそこに顔をうずめたのだ。

「少しだけルビーの匂いがする。君を連れて行けたら。──ああ、ルビー」






「連れて行ったら?」
「ええ!!?」

ラースが振り返った、入り口の扉には月の光が射していた。そして寝台まで人の影が伸びている。

「ルビー! どうして!?」

そう。私。二人は部屋の中央まで駆け込んでキスをした。久しぶりのキス。数時間ぶりの。

「キミは、国を守るための仕事があるって。そして難局を乗り切るにはちゃんとした結婚相手を得なくてはならないと。それに私が王宮にいると魔族に狙われる。ルビーを愛しているなら王宮から離れるべきだと涙ながらに言われて」
「ああ、そう。そう言われたの~。それをハイハイって聞いちゃったのね~」

「だって仕方ないだろ? もともと私は魔王討伐に行くつもりだったし。ルビーだって高貴なお方のほうが……」
「あなたがそうやって簡単に身を引くから私はバリア公爵の息子と政略結婚されそうになったんだから」

「うん……。でもされそうになったんだからって?」
「そう。逃げ出して来たの。あなたに会うために」

「──ウソ。どうやってあの厳重な城の中を」
「そう。さらに警備が厳重な塔の中に幽閉されたの。でもね。あなたに竜がいるように、私にはユニコーンがいるの。高い鉄柵を飛び越えてユニコーンは私を迎えに来てくれたのよ」

そう。あの時、塔のベランダにユニコーンは舞い降りた。私はそれに乗り込んでさっさと城を抜け出した。
外に敵がいるのに、政権争いする王族なんてまっぴらよ。

「私はラースとともに魔王を倒しにいくわ」
「──そんな。無理だよ」

ラースは哀しそうに視線を床へと向ける。そして私の肩に添えていた両手を力なく外してしまった。

「魔王を倒しに行けるのは神の祝福を受けた私だけだ。魔王と同等の力を持つような親衛隊に普通の人間じゃ敵わないよ」
「あら。私だって魔法使いよ?」

「──そりゃあルビーは私の次くらいの魔法の使い手だよ。でもそれは天と地ほどの差があるんだ」
「まぁ見てなさい」

私とラースは外に出た。私はラースに竜に跨がるよう命じ、私はユニコーンの背中の上に。しばらく二人で上空に飛び上がっていた。

「いったいどうするっていうんだい?」
「いい? 私はボルガしか使えないわ」

「うん。それも一度きりだよ」

私は鞍の上に足を乗せ、ユニコーンの長い首に寄りかかって、その角を両手で握る。

「そう。一度きりしか使えない。でもね、こうすれば──ボルガッ!」

私はユニコーンの角を握ったままボルガを唱える。ボルガは大きな火球の魔法だが、幾つも幾つも形成され、炎の壁のようになり、上空に伸びてゆく。
ユニコーンの角が魔力を回復させるために無尽蔵に火球が出来上がり、一つ一つが合体してこのような壁を作ったのだ。

「す、凄い!」
「どう? これでも役立たずと言える?」

「まさか! この魔法があれば砦だってすぐに破壊できちゃうぞ!」
「どう? 見直した!?」

「ああ、すごいやルビー!」
「でもラース、これには一つだけ問題があるの」

「問題?」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それから一年も経たず、私とラースは魔王城を陥落させた。私の魔法も凄かったが、ラースの人並み外れた力なくてはこの偉業は達成されなかっただろう。
私の魔法は砦や城壁を焼き崩し、彼の偉業に大きく貢献した。そして、彼の勇者の力は通常の10倍ほどだと後ほど語られた。

私の魔力の根源はユニコーンの角だ。
これは乙女でなくては無尽蔵の魔法は発生しない。
無尽蔵の魔法が不必要になる時。それは魔王が倒れたとき。つまり魔王が倒れるまで私は乙女だったのだ。

ラースの「乙女奪いたいパワー」は彼の力を極限まで高めた。難攻不落のカリエマの妖城を一日で陥落させ、不気味なザラボア城も難なく攻略。
この頼りになる勇者に魔族のほとんどが降伏した。

魔王城では目をギラギラさせ、親衛隊を一刀のもとに斬り捨て、並み居る近衛兵、親衛隊は武器を捨てて投降。魔王も為す術なしに地獄へと送られた。
魔王を倒した後、私とラースは玉座の間にしばらく留まったが、一時間もしないうちにユニコーンは飛び去ったということで察して欲しい。

私たちはここを新たな拠点として、ピクシーたちを呼び寄せ、新たな政治の場所を作った。
そして、世界を統一し人類と魔物が共存できる国を建てたのであった。
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