これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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深夜の信号待ち

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 午前3時──。

 仕事終わりに、バイパスを使って家路につく。
 車線は二本あるが、時間的に運送業のトラックなどが多い。

 会社から家まで三十分ほど。
 にぎやかな街を抜け、街灯も少なくなってくる。
 そして、この十字路にさしかかる。

 たいして交通量もないのに、この信号でいつも赤信号。
 数分待ち、左右の信号が、青から黄色に変わる。
 ハンドルを持ち直し、ブレーキを踏む足を緩める。

 しかし──。



「ああ、またか──」

 不思議なことがおこる。

 左右の信号も赤。
 目の前の信号も赤。

 これがしばらく続く。
 毎回のことではない。ごく稀に。

 そして、決まってオレの車線の左となりに単車がくる。

 そして、赤信号の中、やおらバイクから降り
 デジカメを取り出して前を向いて構えるのだ。

 バイクの人物はフルフェイスの黒いヘルメットをかぶっている。
 深夜なので顔はうかがえない。

 どうでもいいことなので、オレも前の信号とにらめっこ。

 だいたいにして、深夜にカメラ?
 灯りもないのにうつせるの?

 この信号はなんなの?
 故障?

 交通量ねぇんだから、点滅信号にしろよ……。

 時間にすればわずかなのだ。
 男が来てから1分。2分。

 撮影したのかしてないのかも定かではないが、カメラをポケットにしまいこみまたバイクにまたがるころに、信号は青に変遷する。

 なんなんだ?

 と思いながらアクセルを踏み、家路につく。

 バイクの男は、すぐの交差点で左に曲がる。どうでもいい。

 家についてわずかな時間寝る。
 8時15分に起こされる。

「昨日は遅かったね? 大丈夫?」

 妻の声。

「ああ大丈夫。今日はそのおかげで幾分早いかな?」
「あ、そう?じゃぁ、今日の分寝れればイイね」

 無言で起き上がる。

「昨日の晩も──」
「ん?」

「また、あの男いた」
「え? マジ? 薄気味悪い。なんなの? そんで、その信号もなんなんだろね?」

「うーーん。ホントだよなぁ。でも正直、早く帰って寝たい」

 妻は冷蔵庫から牛乳を取り出して、オレの目の前でついでくれた。

「他に車来ないんだったらさぁ。信号無視しちゃって帰ってこれば?」
「……まぁなぁ。そうは言ってもなぁ」

「律儀な日本人?」
「ルールはルールだしな」

「あそ──」

 睡眠時間が少ないまま家を出て出社。
 あの交差点を通って。
 朝は何でもないんだけど。
 なぜ、あの時間だけ?


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「俺だったら信号無視するな」
「やっぱそう?」

 会社の休憩時間、同僚にその話をした。
 そして、また前と同じ回答。

「そんで、その男に聞いてみるわ。何の写真?ってさ」
「マジ? 度胸あんなぁ~。深夜に、なにやってるかわかんねぇヤツだぞ?」

「ひょっとしたら、その信号を画像におさめて、市に苦情だすためにやってるのかも?」
「あ! なるほどォ」

 それもあるなぁ。
 オレもそうしてみるかなぁ。

 その日は、予想通り仕事が早く終わり帰宅。
 次の日も、次の日も。

 しばらく深夜残業がなかったのでそのことなんて忘れていた。
 生来テキトーなんだよね。

 そして、しばらくたったある日。
 仕事が終わったのが午前の1時30分。
 交差点にさしかかったのは午前2時少し前といつもよりは少し早め。


 いつものように赤信号で止められ、オレは右車線。
 左の車線に大量の荷物を積んだトレーラーが止まっていた。

 左右の信号が赤に変わり、自分の前の信号が青に変わる。

 と思いきや──。

「え? うそ」

 また、全ての信号が赤だ。
 隣のトレーラーは少しずつ前にでている。

 初めてなのかな? この交差点に来たの。
 かなりイライラしている感じ。
 プシュ。プシュ。と音をならしながら少しずつ前に出る。

 そーいえば、あのバイクの男。
 今日はいない。

 そーだよな。
 ただの偶然だったんだな。

 アイツとオレがいるから信号が止まるのかと勝手な方程式作ってたよ。

 などと考えているうちにトレーラーは耐えられなくなったらしく、交差点の半分ほどまでフライングしていた。
 そして、前の信号は赤のままアクセルを踏んで、ものすごいスピードで走り始めた。

 そっか。やっぱ信号無視するよなぁ。オレもそうしようかな?

 そして、トレーラーが走って行ったあと、オレはゾッとした。

 トレーラーの後ろになっていたのでわからなかったがいたのだ。



 バイクの男。



 アイツは、トレーラーが走り去った後、駆け出してきて、停車線でカメラをかまえ、トレーラーの後ろ姿をカシャカシャと何度も写真を撮っているようだった。

 その時、はるか遠くで



 ガチャガチャーーン!



 とトレーラーが横滑りしながら横転した。

 俺は目が点になった。

 足が動かない。
 首も動かない。

 ハンドルを握る手がギュゥっと痛いくらい握っていた。

 いやな汗がタラリタラリと顎をつたって落ちた。

 見たくないのなら

 見 な きゃ いいのに。


 動かない正面を向いた首を──。

 あのバイクの男の方に向けた。

 フルフェイスはこちらを向いていた。

 うっすらと顔が見える。

 耳まで伸びるような大きな口がニヤリと笑っているようだった。

 俺は完全に固まった。

 男は後方に駆け出し、バイクにまたがって、ビィィ―――ンと音を立てていつもの交差点で左に折れて行った。


「ンああ! ……ああ……青か……」


 バイクの音で正気に戻った。
 しかし、オレはブレーキを踏んだまま警察に電話した。

 トレーラー横転を伝えるために……。




 それから。

 また数日がたって、深夜の残業が終わってあの交差点。

 また四つの赤信号が灯る。

 俺は正面を向いたまま。

 隣の車線でなにか動くものを感じるが見ようとはしない。


 もしもまた左側を見て、あのフルフェイスの顔と目があったら。


 たまらない──。
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