私は張飛の嫁ですわ!

家紋武範

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出会い編

第三十六回 徐州奪還 一

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 雲長さんの手によって小沛の城を完全に取り戻した劉備一家ですが、兄者さんは雲長さんと益徳さんを険しい顔で呼び、借りた幕舎の中に入れました。そこには未だに完全に人の姿に戻っていない甘夫人の姿があったのです。

「う!」
「お、なんだ姐さん、どうしたってんでい」

 二人のリアクションは当然違います。雲長さんは甘夫人が狐だということを知りませんでしたから、一連の不思議な術のことは気になりつつも小沛の城の奪還に向かったのですから。
 一方で益徳さんは当然知ってますからねぇ。なんで狐の姿なんだろうとしか思ってません。
 甘夫人は、息も絶え絶えに雲長さんに言いました。

「雲長や。私は見ての通り狐なのだよ。今まで黙っていてすまなかったね」

 呆気にとられている雲長さんに兄者さんが続けます。

「そうか、益徳は知っていたんだな。雲長、梅は狐だが、オイラたちを死地から助けてくれた命の恩人だ。それにオイラは梅が狐だって構わねぇ、梅が好きなんだ。どうか梅を邪険にしねぇでやってくれるか?」

 やはり三兄弟の中で、雲長さんが一番お堅いですから、狐を妻とすることに拒否反応があるかもしれません。
 兄者さんも団結力にヒビが入らないよう説得している形です。
 しかし雲長さんは言いました。

「兄者。兄者が妻として迎えた姐さんに儂が意見するはずありません。姐さんは儂にも恩人です。自ら危険を犯して我々を死地から救ってくだすった。この雲長に平伏させてくださいませ」

 と、そこに跪いて武官の礼をとったのです。

「ほほほ。これでホッとしたわ。少しだけ横になるわよ」

 そう言って甘夫人は横になり目を閉じます。兄者さんは二人のほうを向いて言いました。

「もう少し休めば人の姿に戻れるそうだ。どうやら力を使いすぎたらしいや。勘弁してやってくれ。それから二人とも曹司空閣下から中郎将に任じられたそうだな。益徳は中郎将になれば三娘ちゃんと結婚できるんだろう?」

 益徳さんは笑顔で頷きました。いやん照れちゃう。

「それも姐さんが夏侯家と約束を取り付けてくれたお陰です」
「それじゃあオイラたちゃ全員、梅に頭が上がらねぇじゃねぇか」
「元々、儂らは姐さんに頭が上がっておりませんでしたから。今まで通りです」

 三人は大きく笑いました。そしてがっちりと手を取り合ってきつく握りしめました。

「よし。いいな! 今度は呂布から徐州牧の印綬を取り戻すぞ!」
「おう!」
「ええ兄者。あそこは我らの国です」

 兄者さんは、みんなに頷き、雲長さんのほうを向いて言葉を掛けました。

「そしたら雲長の嫁さんも戻ってくるだろう?」
「はい。きっと……きっと……」

「曹司空閣下にはちゃんと伝えたのか?」
「はい。先ほど中郎将に任官された時」

「なんと言った?」
「閣下が『そなたには、さらに追贈したい。なにか希望の品があるか』と聞かれましたので、『呂布配下の秦宜禄しんぎろくの妻を求めたい』と言いました」

「おいおい。ちゃんと自分の元女房だって言わなきゃダメじゃねぇか。それじゃお前さんがただの色好みと思われるぞ?」
「いえ。杜玉とぎょくさえ戻ればそれでいいのです。閣下になんと思われようと……」

 そう言って雲長さんは、もう少しで願いが叶うと言った顔をなさりました。どうやらワケ有りのようですね。これについては後ほど語れると思います。





 さて、その夜は同じ幕舎でみんなで眠ることになりました。明日の朝にはここをたち、呂布のいる下邳に向かわなくてはならないので、大事な休息の時間ですね。
 ですが益徳さんは一人机を用意して、蝋燭を灯し、書き物を始めました。
 竹簡に向かって、なにやら一生懸命です。書き終わる頃には明け方になっておりましたので、そっと幕舎を出て配下の兵士にそれを渡しました。
 兵士はそれを受けとるとパッと馬に跨がり、都に向けて駆け出したのでした。

 それから益徳さんは僅かな時間睡眠を取りましたが、すぐに出発の時間です。
 ですがやはり戦場が仕事場の益徳さん。あくびもせずに下邳へと向かいます。その後ろに一万の兵を率いながら。
 もちろん兄者さんも、雲長さんも一緒です。ただ、甘夫人は小沛の城に留まりました。甘夫人にはもう少し休息が必要ですからね。





 さて私は夏侯のお屋敷で、お姉さまたちとお茶を飲んでおりました。

「お菓子、お菓子はないのかしら。ねぇ、お姉さま?」
「あなたは贅沢ね、三娘」
「三娘はまだまだ子どもなのですよ、一娘お姉さま」

 ま。お姉さまは澄まし顔で私をいじっております。ムッとしますね。
 そんなところに使用人が入って参りました。

「失礼いたします」
「おや金五じゃないかえ? 一体何用かしら?」

 一娘お姉さまの問いに金五は竹簡を捧げ出して答えます。

「これは三娘お嬢さまに、張飛さまからの手紙でございます」
「ま。三娘に? 男からとは生意気だわ。ちょっと貸しなさい」

 と早々に取り上げてしまいました。ああん、世間ではおしとやかと言われるお姉さまたちですが私の前だとどうしてこうも強引ですの?

 手紙を帰して欲しくてお姉さまにすがり付く私を押さえ付けて、二人は竹簡を読みました。

「ええと、なになに……? んまぁ汚い字ねぇ、読むのが大変よ。うーんと『三娘、オイラ、閣下から、中郎将を、任じられたよ』と……」
「え?」

 押さえ付けている二娘お姉さまの手をはね除けて、竹簡を奪い返して読み直します。

「中郎将? 中郎将ですって!? うわーい! やったわぁ!!」

 それは、たった一本の竹簡でした。それを書くのに益徳さんは一晩を要したのです。ですが、それだけ苦労しても私に送りたかったんですね。
 益徳さんの初めての手紙。とっても嬉しかったですわ。

「あら賑やかね。みんなで何をしていたの?」

 そこに顔を出したは伯母さまです。お姉さまたちは、おしとやかに変貌して、お茶を楽しんでいたことを報告しておりましたが、私は伯母さまに飛び付きました。

「あら甘えん坊ね。まだまだ子どもなんだから」
「ねぇ、伯母さま!」

「どうしたの? おーよちよち。可愛いわねー」

 と私を抱き締めて来ましたが、私は手に持った竹簡を伯母さまの目の前に突き付けました。

「益徳さんが、戦功により曹操さまに中郎将に命じられたという手紙です。どうです? 伯母さま。これで益徳さんのことを認めてくださるでしょう?」

 すると伯母さまはそれを手にとって一瞥してきたかと思うと、私に突き返して来ました。

「あっそ」
「あっそって……」

「はー、忙しい忙しい。主婦は大変だわ」
「ちょっとちょっと、伯母さま!」

 伯母さまは、部屋から急ぎながら出ていきました。なんですの? せめて『良かったね』って一緒に喜んでくれてもいいのに。
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