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カエルの騎士
第1話 カエルの騎士
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その酒場は、血の気の多い賞金稼ぎで溢れかえっていた。
みな、この先の傾斜した草原にいる賞金首のモンスターであるヒポグリフに手を焼いていた。
ヒポグリフとはグリフォンの亜種だ。
荒鷲の上半身。下半身は馬。背中には大きな翼があり見事に空を飛ぶ。
最初、その地はヒポグリフの巣だった。
だが貴族のお遊びで狩り場にするとか、乗馬場にするとかで追いやられたらしい。
中には殺されたものも何頭かいた。
それに怒ったのか通常の2倍もある牡のヒポグリフが人を襲い始めた。
折しも領主である伯爵が狩りをしておいでの時だった。
その日の伯爵の狩りは好調だった。石弓を構えて多くの獣や鳥をハンティングしていた。
その時……!
咆哮とともに、空が暗くなった。
狩りに参加していた者は雲で太陽が覆われたのかと思った。
空を見上げると、大きな鷲の翼。
胴体は獅子のように金色。そして馬の下半身。
それが伯爵の前にドウ! と降り立った。
象のような巨体のヒポグリフがそこにいた。
伯爵は石弓を手にしていたものの身動きがとれなかった。
猛禽の目……。
悲しき猛禽の目だった。
次の瞬間! 伯爵の体は紙のように宙を浮いていた。
ヒポグリフのクチバシで腕をつままれ大空に投げられたのだ。
伯爵の悲鳴が遥か上空から聞こえる。
周りの者があれよあれよとしていると、伯爵が墜落してくる。
それをヒポグリフはピーナッツでも食べるように宙で受け止め飲み込んでしまった。
そこにいた人々は逃げ出した。
その伯爵の息子が賞金をかけたのだ。
「草原のヒポグリフを討ち果たした者に100万ケラマンを与える」
100万ケラマンとは大金だ。
広い土地を買って大きな邸宅を構えメイドを数人雇ってもまだ余る。
この酒場に集まっている者もそれが目的だ。
それを元手に事務の女中を一人二人置いて、小間使いの小僧を三、四人を雇って商売を始めたっていい。
農地を買って小作人に働かせて自分は旅行でもして暮らしていける。
ほんのちょっぴりだけ命の危険を冒せばいいだけだ。
それに相手は所詮畜生だ。
魔法が使えるわけじゃない。
ドラゴンのように炎のブレスを吐き出すわけじゃない。
投げ槍に石弓のような飛び道具。
投げ縄やトラップ。毒のエサ。
あらゆる方法を試みたがうまくいかなかった。
負傷者や死者が増える一方。
みな、酒を飲んでくだを巻き、自分の失敗した武勇伝を披露していた。
そこに勢いよくドアを開けて一人の男が入ってきた。
酒場のテーブルは満席。
迷わずカウンターにドカリと腰を下ろした。
「ウイスキー。ロックで」
見ると20代前半の若い男。短髪で目鼻が整った美しい顔立ち。
だが腰には幅の広い大剣を帯び、体には分厚い鉄の鎧を着ていた。戦争でもない今時分にその様相は、この酒場の客同様、賞金稼ぎと見て取れた。
だが鎧にはかなりの傷はあるものの顔や体には傷がない。どこかで中古の鎧でも買った新米の賞金稼ぎか?誰もがそう思った。
しかし、左手にはバケツが持たれている。賞金稼ぎには不要なものだ。
それを丁寧に自分の横の席に置いた。
「あと彼女にフルーツの盛り合わせ。そしてキレイな水だ」
彼女……。
彼女……?
酒場の客はバケツに釘付けになった。
一人の客が小さい声を上げた。
「……カエルの騎士」
みなハッとした顔をした。
この近隣に限らず、国中に知れ渡った凄腕の賞金稼ぎだ。
本名はグレイブだが、その姿を見た者は「カエルの騎士」と言う。
いつも左手に携えているバケツには大きなカエルが入っているというのだ。
本当なのか? 本当にカエルが入っているのか?
バーテンがウイスキーグラスと、フルーツの盛り合わせ。そして水差しいっぱいの水を彼の前に置いた。
男は一番に水差しを手に取り
「さぁ姫。暑かったでしょう。今水浴びの準備が整いましたよ」
そう言いながら片手をバケツに入れ取り出したのは手のひら大のカエルだった……。
本当にカエル。
本当にカエルだった。
彼はそれを手のひらに乗せて上からバシャバシャと水をかける。
「どうです? 気持ち良いでしょう」
本当にカエルは気持ちよさそうに目をシパシパとしていた。
男は大半の水をカエルに降り注ぐと、今まで入っていたバケツの水を床にあけ、水差しの残りの水をバケツに入れた。
「さて姫。フルーツでも食べますか? 桃、マンゴー、ブドウ。柔らかそうなものですね。貴女が好きそうな」
そう言ってブドウの皮をむいて指先にのせ、カエルの前に出すとカエルは舌を伸ばして口の中に入れた。
酒場の客は失笑した。
……あれが名高いカエルの騎士?
客の一人が声を上げた。
「名高い勇士グレイブ殿とお見受けするが、見ると聞くとでは大違い! 剣の達人がカエルの世話ですかい! この地のヒポグリフでも倒しに来たと思ったら!」
その声の方にチラリとカエルとカエルの騎士グレイブは顔を向けた。
「それの何がいけない?」
ドスの利いた通る声で答えるグレイブに酒場の客はサッと血が引くようだった。
声を上げた男は冷や汗をかきながら続けた。
「まるで子どもの遊びじゃありませんか! 自分はカエルの召使いのように振る舞って! この地に何しに来たんです!」
そう言う男に、グレイブは左手にカエルを抱きながら外を指差した。
「ヒポグリフならもう倒している」
酒場の客は驚いて指の示す方向に飛び出してみると、そこには象のような巨体のヒポグリフが首に返しのついた鉄杭を刺されたまま絶命していた。
鉄杭の先には鎖が繋がれている。
おそらくグレイブはこれを引いてこの店までやって来たのだ。
自分達が苦戦した相手をたった一人で。
左手にバケツを持ちながら……。
店の中ではグレイブが最後のブドウをカエルに与えたところだった。
それが終わると一気にウイスキーを飲み干して、カウンターに金を置いた。
「邪魔したな」
そう言って大事そうにバケツを持って立ち上がった。
外はすでに夜になっていた。
満月の月明かりが店の中にも届いていた。
外からズリズリとグレイブがヒポグリフを引く音が聞こえる。
あの巨体を片手で……。
しばらく店の中は静寂だった。ただヒポグリフの引く音が小さくなって行くだけ。
客の一人がその音を聞いていると
「グレイブ。今日は満月ね」
「ええ。姫に会えるのを楽しみにお待ちしておりましたよ」
と言う会話が聞こえてきた。
その声を聞いた客が不思議に思って飛び出して見てみると、月明かりに大きなヒポグリフ。
その前にそれを引くグレイブ。
その隣に華奢な体つきの薄絹をまとった女が見えたような気がしたが、夜なうえに離れて行ってしまったので何なのかは分からず仕舞いだった。
みな、この先の傾斜した草原にいる賞金首のモンスターであるヒポグリフに手を焼いていた。
ヒポグリフとはグリフォンの亜種だ。
荒鷲の上半身。下半身は馬。背中には大きな翼があり見事に空を飛ぶ。
最初、その地はヒポグリフの巣だった。
だが貴族のお遊びで狩り場にするとか、乗馬場にするとかで追いやられたらしい。
中には殺されたものも何頭かいた。
それに怒ったのか通常の2倍もある牡のヒポグリフが人を襲い始めた。
折しも領主である伯爵が狩りをしておいでの時だった。
その日の伯爵の狩りは好調だった。石弓を構えて多くの獣や鳥をハンティングしていた。
その時……!
咆哮とともに、空が暗くなった。
狩りに参加していた者は雲で太陽が覆われたのかと思った。
空を見上げると、大きな鷲の翼。
胴体は獅子のように金色。そして馬の下半身。
それが伯爵の前にドウ! と降り立った。
象のような巨体のヒポグリフがそこにいた。
伯爵は石弓を手にしていたものの身動きがとれなかった。
猛禽の目……。
悲しき猛禽の目だった。
次の瞬間! 伯爵の体は紙のように宙を浮いていた。
ヒポグリフのクチバシで腕をつままれ大空に投げられたのだ。
伯爵の悲鳴が遥か上空から聞こえる。
周りの者があれよあれよとしていると、伯爵が墜落してくる。
それをヒポグリフはピーナッツでも食べるように宙で受け止め飲み込んでしまった。
そこにいた人々は逃げ出した。
その伯爵の息子が賞金をかけたのだ。
「草原のヒポグリフを討ち果たした者に100万ケラマンを与える」
100万ケラマンとは大金だ。
広い土地を買って大きな邸宅を構えメイドを数人雇ってもまだ余る。
この酒場に集まっている者もそれが目的だ。
それを元手に事務の女中を一人二人置いて、小間使いの小僧を三、四人を雇って商売を始めたっていい。
農地を買って小作人に働かせて自分は旅行でもして暮らしていける。
ほんのちょっぴりだけ命の危険を冒せばいいだけだ。
それに相手は所詮畜生だ。
魔法が使えるわけじゃない。
ドラゴンのように炎のブレスを吐き出すわけじゃない。
投げ槍に石弓のような飛び道具。
投げ縄やトラップ。毒のエサ。
あらゆる方法を試みたがうまくいかなかった。
負傷者や死者が増える一方。
みな、酒を飲んでくだを巻き、自分の失敗した武勇伝を披露していた。
そこに勢いよくドアを開けて一人の男が入ってきた。
酒場のテーブルは満席。
迷わずカウンターにドカリと腰を下ろした。
「ウイスキー。ロックで」
見ると20代前半の若い男。短髪で目鼻が整った美しい顔立ち。
だが腰には幅の広い大剣を帯び、体には分厚い鉄の鎧を着ていた。戦争でもない今時分にその様相は、この酒場の客同様、賞金稼ぎと見て取れた。
だが鎧にはかなりの傷はあるものの顔や体には傷がない。どこかで中古の鎧でも買った新米の賞金稼ぎか?誰もがそう思った。
しかし、左手にはバケツが持たれている。賞金稼ぎには不要なものだ。
それを丁寧に自分の横の席に置いた。
「あと彼女にフルーツの盛り合わせ。そしてキレイな水だ」
彼女……。
彼女……?
酒場の客はバケツに釘付けになった。
一人の客が小さい声を上げた。
「……カエルの騎士」
みなハッとした顔をした。
この近隣に限らず、国中に知れ渡った凄腕の賞金稼ぎだ。
本名はグレイブだが、その姿を見た者は「カエルの騎士」と言う。
いつも左手に携えているバケツには大きなカエルが入っているというのだ。
本当なのか? 本当にカエルが入っているのか?
バーテンがウイスキーグラスと、フルーツの盛り合わせ。そして水差しいっぱいの水を彼の前に置いた。
男は一番に水差しを手に取り
「さぁ姫。暑かったでしょう。今水浴びの準備が整いましたよ」
そう言いながら片手をバケツに入れ取り出したのは手のひら大のカエルだった……。
本当にカエル。
本当にカエルだった。
彼はそれを手のひらに乗せて上からバシャバシャと水をかける。
「どうです? 気持ち良いでしょう」
本当にカエルは気持ちよさそうに目をシパシパとしていた。
男は大半の水をカエルに降り注ぐと、今まで入っていたバケツの水を床にあけ、水差しの残りの水をバケツに入れた。
「さて姫。フルーツでも食べますか? 桃、マンゴー、ブドウ。柔らかそうなものですね。貴女が好きそうな」
そう言ってブドウの皮をむいて指先にのせ、カエルの前に出すとカエルは舌を伸ばして口の中に入れた。
酒場の客は失笑した。
……あれが名高いカエルの騎士?
客の一人が声を上げた。
「名高い勇士グレイブ殿とお見受けするが、見ると聞くとでは大違い! 剣の達人がカエルの世話ですかい! この地のヒポグリフでも倒しに来たと思ったら!」
その声の方にチラリとカエルとカエルの騎士グレイブは顔を向けた。
「それの何がいけない?」
ドスの利いた通る声で答えるグレイブに酒場の客はサッと血が引くようだった。
声を上げた男は冷や汗をかきながら続けた。
「まるで子どもの遊びじゃありませんか! 自分はカエルの召使いのように振る舞って! この地に何しに来たんです!」
そう言う男に、グレイブは左手にカエルを抱きながら外を指差した。
「ヒポグリフならもう倒している」
酒場の客は驚いて指の示す方向に飛び出してみると、そこには象のような巨体のヒポグリフが首に返しのついた鉄杭を刺されたまま絶命していた。
鉄杭の先には鎖が繋がれている。
おそらくグレイブはこれを引いてこの店までやって来たのだ。
自分達が苦戦した相手をたった一人で。
左手にバケツを持ちながら……。
店の中ではグレイブが最後のブドウをカエルに与えたところだった。
それが終わると一気にウイスキーを飲み干して、カウンターに金を置いた。
「邪魔したな」
そう言って大事そうにバケツを持って立ち上がった。
外はすでに夜になっていた。
満月の月明かりが店の中にも届いていた。
外からズリズリとグレイブがヒポグリフを引く音が聞こえる。
あの巨体を片手で……。
しばらく店の中は静寂だった。ただヒポグリフの引く音が小さくなって行くだけ。
客の一人がその音を聞いていると
「グレイブ。今日は満月ね」
「ええ。姫に会えるのを楽しみにお待ちしておりましたよ」
と言う会話が聞こえてきた。
その声を聞いた客が不思議に思って飛び出して見てみると、月明かりに大きなヒポグリフ。
その前にそれを引くグレイブ。
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