右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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カエルの騎士

第5話 50年前

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グレイブとカエルの姫は約ひと月かけて水の美しい街に着いた。
そして山賊の賞金首を役所に届け賞金を受け取った。

その金を手に入れ、街で一番のホテルの最上階に宿を取った。
今日は満月の夜だ。グレイブは湯船に美しい水を湛え、そこにカエルの姫を泳がせた。

「姫。どうです。気持ちいいでしょう。本日は満月ですね。早く姫を抱きたいです」

そういうと、カエルは呆れ顔をして口から水を吹き出し、グレイブの顔にかけた。

「わぁ! 奇襲だ!」

グレイブは冗談で後ろに倒れて見せた。
カエルはいたずら成功とばかり、湯船の中を大きく旋回した。

やがて夜になり、開け切った窓から満月の光が降り注ぐ。
グレイブはそこにテーブルとイスをあらかじめ設置して、姫の登場を待った。

イスの上のカエルの姿から徐々に姫の姿に変わってゆく。
デラエア王女はニッコリ笑った。

「グレイブ。30日は長いわね」
「はは。左様でございます」

そこに、ホテルのボーイがディナーを持ってきた。
あの客は一人で来たはずなのに、ディナーを二食分……。
宿帳にも夫婦と書いてある。頭のおかしな客だ。
たが金払いは良さそうだからちょっとばかし頭がおかしくても……と思いながら部屋のドアをノックした。
中の客に許されて部屋を開けると、そこには美しい女性がいた。
余りのことにボーイは驚いた。

「し、失礼しました。ま、マダム」

デラエア王女はクスリと笑う。月の光に照らされて幻想的に映る王女の余りの美しさにボーイは暫し固まってしまった。
そんな様子の彼にグレイブはコホンと空咳を打ち

「これ。食事を置いたら二人っきりにしてくれたまえ」

ボーイは大変かしこまって

「し、失礼しました」

と言って慌てて出て行った。
その狼狽ぶりが面白く二人して笑った。

久しぶりの人の姿での晩餐は楽しいものだった。
料理も最高だ。酒もうまい。水がいいからだ。

グレイブは食事もそこそこに口をナプキンで拭くと、デラエア王女の手を握り跪いた。

「姫……! お慕い申しております」
「ふふ……もう、それしか頭にないみたい」

「はい! それしか頭にございません!」
「も~~~。私の愛しい旦那さまったらぁ~~」

彼女も立ち上がって、自ら薄絹を脱いでグレイブに身を任せた。
ベッドも月明かりが届くように移動させてある。

30日に一度しか来ない満月の夜を二人は楽しんだ。
グレイブの傷一つない胸を抱きしめ、デラエア王女は細くため息をつく。

「思い出すわねぇ。50年前を……」
「左様でございますなぁ……」

二人は互いに天井を見つめた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


50年前。グレイブはある国の将校だった。
敵国から襲われ、彼は部隊を率いて戦場に出ていた。

戦は順調だった。しかし、敵国に内通していたアポウル将軍が勝手に大軍勢を引いてしまった。
気付くと自分の仲間や部下は倒れており、いくらグレイブが常勝の勇士と言われているといえども、無理な戦だった。

長時間敵の壁、壁、壁……。
そこを駆け抜け続けた愛馬アボガドゥルが倒れたとしても当然のことであった。

「しまった!」

ズザ!

グレイブは馬から投げ出され倒れ込んだ。
周りに味方がいない。単騎で敵と戦っていたのだ。

グレイブはそのまま捕縛された。

屈辱だ。あまりにも屈辱。

今から敵の将軍の前に引き出され、散々罵倒されて殺される。
グレイブは自分の運命を悟った。

グレイブは敵の将軍に面会した。
この敵将は老獪ではあるが好人物だった。いわゆる名将だ。グレイブの働きに一目置いていたのだ。

「どうだ。我が国にこんか? そなたはなかなかの勇士だ。地位は約束されよう」

そう口説かれた。しかし、国には父母がありもしも降ったと知ったら殺されてしまう。
それに自分は国に忠誠を誓っている。

「ありがたいお言葉ですが、もしも将軍が私の立場だったらどうしております?」

将軍は、ハッと笑った。

「なるほど。小気味良いことを言う御仁だ。だが君は我が軍を苦しめた。国に戻すわけにはいかん」
「存じております」

「よし。牢に入れよ」

グレイブは捕縛されたまま、牢に向かわせられた。
すぐに首を刎ねられると思ったがそうではなかった。
どうやら、軍を苦しめたものは敵国に連れて行かれ、市場を引き回されてから処刑されるらしい。

自分はそれほど将軍の兵を苦しめたのかとグレイブは誇り高く思いフッと笑った。


牢につながれた夜──。
グレイブは牢の中で肘枕で寝ていた。
そこにドヤドヤと声を立てながら数人の敵の将校がカギを開けて入って来た。

「こいつか……弟を殺した仇……!」

どうやら自分が討ち取ったものの兄のようだった。
その者たちにさんざん殴られ蹴られた。これ以上やられたら死んでしまう。
全身打撲で顔は血だらけだった。

「おい」
「おう」

一人がポケットから薬瓶のようなものを出してきた。
それは赤黒い液体が入っていた。
蓋をあけると、鼻をつんざくようなにおい。みなは鼻を押さえたが、グレイブにはすでに鼻を押さえる力すらなかった。

「これはなぁ。先ほど滅ぼした呪術師の村から奪ってきたものだ。村に伝わる呪いの薬らしい。オマエに飲ませたらさぞかし面白いだろうなぁ」

そう言って、弟を殺された男は、グレイブの口を強引に開けようとした。
グレイブは口を閉じて抵抗した。

「オイ。鼻をつまめ」
「おう」

口を閉じて抵抗するも、鼻をつままれる……。
当然息ができなくなり、口を開けた。
そこに流される赤黒い液体。
今度は口を押さえつけられる。

飲みたくないが勝手に喉の中に流れ込んでくる……。

グレイブは呪いの薬を飲み込んでしまった。
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