5 / 79
カエルの騎士
第5話 50年前
しおりを挟む
グレイブとカエルの姫は約ひと月かけて水の美しい街に着いた。
そして山賊の賞金首を役所に届け賞金を受け取った。
その金を手に入れ、街で一番のホテルの最上階に宿を取った。
今日は満月の夜だ。グレイブは湯船に美しい水を湛え、そこにカエルの姫を泳がせた。
「姫。どうです。気持ちいいでしょう。本日は満月ですね。早く姫を抱きたいです」
そういうと、カエルは呆れ顔をして口から水を吹き出し、グレイブの顔にかけた。
「わぁ! 奇襲だ!」
グレイブは冗談で後ろに倒れて見せた。
カエルはいたずら成功とばかり、湯船の中を大きく旋回した。
やがて夜になり、開け切った窓から満月の光が降り注ぐ。
グレイブはそこにテーブルとイスをあらかじめ設置して、姫の登場を待った。
イスの上のカエルの姿から徐々に姫の姿に変わってゆく。
デラエア王女はニッコリ笑った。
「グレイブ。30日は長いわね」
「はは。左様でございます」
そこに、ホテルのボーイがディナーを持ってきた。
あの客は一人で来たはずなのに、ディナーを二食分……。
宿帳にも夫婦と書いてある。頭のおかしな客だ。
たが金払いは良さそうだからちょっとばかし頭がおかしくても……と思いながら部屋のドアをノックした。
中の客に許されて部屋を開けると、そこには美しい女性がいた。
余りのことにボーイは驚いた。
「し、失礼しました。ま、マダム」
デラエア王女はクスリと笑う。月の光に照らされて幻想的に映る王女の余りの美しさにボーイは暫し固まってしまった。
そんな様子の彼にグレイブはコホンと空咳を打ち
「これ。食事を置いたら二人っきりにしてくれたまえ」
ボーイは大変かしこまって
「し、失礼しました」
と言って慌てて出て行った。
その狼狽ぶりが面白く二人して笑った。
久しぶりの人の姿での晩餐は楽しいものだった。
料理も最高だ。酒もうまい。水がいいからだ。
グレイブは食事もそこそこに口をナプキンで拭くと、デラエア王女の手を握り跪いた。
「姫……! お慕い申しております」
「ふふ……もう、それしか頭にないみたい」
「はい! それしか頭にございません!」
「も~~~。私の愛しい旦那さまったらぁ~~」
彼女も立ち上がって、自ら薄絹を脱いでグレイブに身を任せた。
ベッドも月明かりが届くように移動させてある。
30日に一度しか来ない満月の夜を二人は楽しんだ。
グレイブの傷一つない胸を抱きしめ、デラエア王女は細くため息をつく。
「思い出すわねぇ。50年前を……」
「左様でございますなぁ……」
二人は互いに天井を見つめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
50年前。グレイブはある国の将校だった。
敵国から襲われ、彼は部隊を率いて戦場に出ていた。
戦は順調だった。しかし、敵国に内通していたアポウル将軍が勝手に大軍勢を引いてしまった。
気付くと自分の仲間や部下は倒れており、いくらグレイブが常勝の勇士と言われているといえども、無理な戦だった。
長時間敵の壁、壁、壁……。
そこを駆け抜け続けた愛馬アボガドゥルが倒れたとしても当然のことであった。
「しまった!」
ズザ!
グレイブは馬から投げ出され倒れ込んだ。
周りに味方がいない。単騎で敵と戦っていたのだ。
グレイブはそのまま捕縛された。
屈辱だ。あまりにも屈辱。
今から敵の将軍の前に引き出され、散々罵倒されて殺される。
グレイブは自分の運命を悟った。
グレイブは敵の将軍に面会した。
この敵将は老獪ではあるが好人物だった。いわゆる名将だ。グレイブの働きに一目置いていたのだ。
「どうだ。我が国にこんか? そなたはなかなかの勇士だ。地位は約束されよう」
そう口説かれた。しかし、国には父母がありもしも降ったと知ったら殺されてしまう。
それに自分は国に忠誠を誓っている。
「ありがたいお言葉ですが、もしも将軍が私の立場だったらどうしております?」
将軍は、ハッと笑った。
「なるほど。小気味良いことを言う御仁だ。だが君は我が軍を苦しめた。国に戻すわけにはいかん」
「存じております」
「よし。牢に入れよ」
グレイブは捕縛されたまま、牢に向かわせられた。
すぐに首を刎ねられると思ったがそうではなかった。
どうやら、軍を苦しめたものは敵国に連れて行かれ、市場を引き回されてから処刑されるらしい。
自分はそれほど将軍の兵を苦しめたのかとグレイブは誇り高く思いフッと笑った。
牢につながれた夜──。
グレイブは牢の中で肘枕で寝ていた。
そこにドヤドヤと声を立てながら数人の敵の将校がカギを開けて入って来た。
「こいつか……弟を殺した仇……!」
どうやら自分が討ち取ったものの兄のようだった。
その者たちにさんざん殴られ蹴られた。これ以上やられたら死んでしまう。
全身打撲で顔は血だらけだった。
「おい」
「おう」
一人がポケットから薬瓶のようなものを出してきた。
それは赤黒い液体が入っていた。
蓋をあけると、鼻をつんざくようなにおい。みなは鼻を押さえたが、グレイブにはすでに鼻を押さえる力すらなかった。
「これはなぁ。先ほど滅ぼした呪術師の村から奪ってきたものだ。村に伝わる呪いの薬らしい。オマエに飲ませたらさぞかし面白いだろうなぁ」
そう言って、弟を殺された男は、グレイブの口を強引に開けようとした。
グレイブは口を閉じて抵抗した。
「オイ。鼻をつまめ」
「おう」
口を閉じて抵抗するも、鼻をつままれる……。
当然息ができなくなり、口を開けた。
そこに流される赤黒い液体。
今度は口を押さえつけられる。
飲みたくないが勝手に喉の中に流れ込んでくる……。
グレイブは呪いの薬を飲み込んでしまった。
そして山賊の賞金首を役所に届け賞金を受け取った。
その金を手に入れ、街で一番のホテルの最上階に宿を取った。
今日は満月の夜だ。グレイブは湯船に美しい水を湛え、そこにカエルの姫を泳がせた。
「姫。どうです。気持ちいいでしょう。本日は満月ですね。早く姫を抱きたいです」
そういうと、カエルは呆れ顔をして口から水を吹き出し、グレイブの顔にかけた。
「わぁ! 奇襲だ!」
グレイブは冗談で後ろに倒れて見せた。
カエルはいたずら成功とばかり、湯船の中を大きく旋回した。
やがて夜になり、開け切った窓から満月の光が降り注ぐ。
グレイブはそこにテーブルとイスをあらかじめ設置して、姫の登場を待った。
イスの上のカエルの姿から徐々に姫の姿に変わってゆく。
デラエア王女はニッコリ笑った。
「グレイブ。30日は長いわね」
「はは。左様でございます」
そこに、ホテルのボーイがディナーを持ってきた。
あの客は一人で来たはずなのに、ディナーを二食分……。
宿帳にも夫婦と書いてある。頭のおかしな客だ。
たが金払いは良さそうだからちょっとばかし頭がおかしくても……と思いながら部屋のドアをノックした。
中の客に許されて部屋を開けると、そこには美しい女性がいた。
余りのことにボーイは驚いた。
「し、失礼しました。ま、マダム」
デラエア王女はクスリと笑う。月の光に照らされて幻想的に映る王女の余りの美しさにボーイは暫し固まってしまった。
そんな様子の彼にグレイブはコホンと空咳を打ち
「これ。食事を置いたら二人っきりにしてくれたまえ」
ボーイは大変かしこまって
「し、失礼しました」
と言って慌てて出て行った。
その狼狽ぶりが面白く二人して笑った。
久しぶりの人の姿での晩餐は楽しいものだった。
料理も最高だ。酒もうまい。水がいいからだ。
グレイブは食事もそこそこに口をナプキンで拭くと、デラエア王女の手を握り跪いた。
「姫……! お慕い申しております」
「ふふ……もう、それしか頭にないみたい」
「はい! それしか頭にございません!」
「も~~~。私の愛しい旦那さまったらぁ~~」
彼女も立ち上がって、自ら薄絹を脱いでグレイブに身を任せた。
ベッドも月明かりが届くように移動させてある。
30日に一度しか来ない満月の夜を二人は楽しんだ。
グレイブの傷一つない胸を抱きしめ、デラエア王女は細くため息をつく。
「思い出すわねぇ。50年前を……」
「左様でございますなぁ……」
二人は互いに天井を見つめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
50年前。グレイブはある国の将校だった。
敵国から襲われ、彼は部隊を率いて戦場に出ていた。
戦は順調だった。しかし、敵国に内通していたアポウル将軍が勝手に大軍勢を引いてしまった。
気付くと自分の仲間や部下は倒れており、いくらグレイブが常勝の勇士と言われているといえども、無理な戦だった。
長時間敵の壁、壁、壁……。
そこを駆け抜け続けた愛馬アボガドゥルが倒れたとしても当然のことであった。
「しまった!」
ズザ!
グレイブは馬から投げ出され倒れ込んだ。
周りに味方がいない。単騎で敵と戦っていたのだ。
グレイブはそのまま捕縛された。
屈辱だ。あまりにも屈辱。
今から敵の将軍の前に引き出され、散々罵倒されて殺される。
グレイブは自分の運命を悟った。
グレイブは敵の将軍に面会した。
この敵将は老獪ではあるが好人物だった。いわゆる名将だ。グレイブの働きに一目置いていたのだ。
「どうだ。我が国にこんか? そなたはなかなかの勇士だ。地位は約束されよう」
そう口説かれた。しかし、国には父母がありもしも降ったと知ったら殺されてしまう。
それに自分は国に忠誠を誓っている。
「ありがたいお言葉ですが、もしも将軍が私の立場だったらどうしております?」
将軍は、ハッと笑った。
「なるほど。小気味良いことを言う御仁だ。だが君は我が軍を苦しめた。国に戻すわけにはいかん」
「存じております」
「よし。牢に入れよ」
グレイブは捕縛されたまま、牢に向かわせられた。
すぐに首を刎ねられると思ったがそうではなかった。
どうやら、軍を苦しめたものは敵国に連れて行かれ、市場を引き回されてから処刑されるらしい。
自分はそれほど将軍の兵を苦しめたのかとグレイブは誇り高く思いフッと笑った。
牢につながれた夜──。
グレイブは牢の中で肘枕で寝ていた。
そこにドヤドヤと声を立てながら数人の敵の将校がカギを開けて入って来た。
「こいつか……弟を殺した仇……!」
どうやら自分が討ち取ったものの兄のようだった。
その者たちにさんざん殴られ蹴られた。これ以上やられたら死んでしまう。
全身打撲で顔は血だらけだった。
「おい」
「おう」
一人がポケットから薬瓶のようなものを出してきた。
それは赤黒い液体が入っていた。
蓋をあけると、鼻をつんざくようなにおい。みなは鼻を押さえたが、グレイブにはすでに鼻を押さえる力すらなかった。
「これはなぁ。先ほど滅ぼした呪術師の村から奪ってきたものだ。村に伝わる呪いの薬らしい。オマエに飲ませたらさぞかし面白いだろうなぁ」
そう言って、弟を殺された男は、グレイブの口を強引に開けようとした。
グレイブは口を閉じて抵抗した。
「オイ。鼻をつまめ」
「おう」
口を閉じて抵抗するも、鼻をつままれる……。
当然息ができなくなり、口を開けた。
そこに流される赤黒い液体。
今度は口を押さえつけられる。
飲みたくないが勝手に喉の中に流れ込んでくる……。
グレイブは呪いの薬を飲み込んでしまった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる