右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

文字の大きさ
18 / 79
デスキング

第18話 小魔王

しおりを挟む
グレイブの手からバケツとランプが落ちる。グレイブは自分の身よりもカエル姫のほうが心配だった。だが、バケツは地面に落ち横になったもののカエル姫は投げ出されなかった。運良くランプもそばに落ちて、伸びてくる蔦を焼いた。
蔦はランプに怯え、数度バケツに飛びかかろうとしたが諦めてグレイブに集中することにした。

蔦がグレイブを締め上げる。万事休すか?

しかし、蔦はグレイブの腰のボトルが気になったようで八本のボトルを数度つついた。グレイブは“しめたっ”と思った。有益な精霊のボトルを勝手に開けてくれればいい。役にたたないものが大半だが。

しかし、蔦はボトルの危険性を察知したのか腰からボトルを引き抜いて地面に落としていってしまった。

「ああ……クソ!」

しかし、七本目。ベルトのバックルから七本目のボトルを抜こうとしたときにもたついた。少しキツく入れていたのだ。グレイブは戦慄した。七本目。それだけは開けて欲しくなかったのだ。

「ああ、ヤメろ!」

しかし、樹木に言葉がわかるはずがない。蔦はボトルをベルトから抜いて下に落とそうとした。だが、その弾み。
“ポン”と音を立ててボトルの蓋が開く。
一番慌てたのはグレイブだ。

「わわわ! やめろ! ビンテジ!」

そのビンテジと言われる精霊は濁った赤い色の霧だ。力無く風に揺られてゆらりゆらり。
しかし、グレイブは蔦に絡まったまま身をよじり暴れた。そして、口を閉じる。

だがビンテジと言う精霊は、気づいたようにグレイブの鼻、耳、目。顔の穴と言う穴に向かって入っていってしまう。
全て入り込むと、グレイブの体はぐったりとなってしまったが、すぐさま目がカッと見開く。
その白目の部分は血のように真っ赤だった。

「グギャッギャッギャッギャッギャ。グギャッギャッギャッギャ。うふふふふ。うひひひひ。うへへへへへ」

突然、首を振るいながら狂ったように笑い出す。はたから見れば不気味に狂ったようにしか見えないが、アラウネラには関係がない。ただ蔦を引き締めるだけだ。

だが次の瞬間!
蔦がブチブチと切れ出す。それもそのはず。グレイブの体が二倍の大きさとなりブクブクと筋肉の塊になった。

地面に降り立つと、顔はすでにグレイブのものではない。紫色の顔に二本の羊のような大きな角。魚のように突き出た顔。丸みを帯びた筋肉だらけの体躯に二本の腕の他に更に二本肩から生えている。
それが、グレイブの得物である大剣を引き抜いたかと思うと馬鹿が辛子を舐めたように大暴れだった。

「うへうへうへうへ。余は魔王ビンテジ様だ! 余に従え! 余に集え!」

グレイブの声とは全く違う。無差別に大剣を振り回しているようだがそうではない。的確に蔦にダメージを与えて行く。口から吹雪のブレスを吐き出して地面を凍結させてしまう。蔦の動きは一気に悪くなった。ある程度の気温がないと活動できなくなるのだ。

グレイブは大木の太い枝を掴んだと思ったら、それを軸として回転し高く飛び上がった。
目指すはブリストに巻き付く蔦だった。それを空中で乱切りにしてブリストの遺体すら切り刻んでしまった。

“ズン!”と音を立てて見事に地面に着地する。
ブリストの体からこぼれた彼の足の塊がフワフワと元あった場所に治まって行く。そしてひとしきり下品に笑っていたが、次第に元気を失い地面に足をついて倒れ込んだ。

すると、グレイブの目、鼻、耳、口より赤い霧がまごまごと吹き出してくる。暗闇を求めてボトルにおさまり、勝手にピチと蓋を閉じてしまった。

「ハァ、ハァ、ハァ」

グレイブはようやく奪われていた体を解放されたようで喘いでいる。しかし、ここはアラウネラの巣。いつまでもいるわけにはいかない。
彼は素っ裸だった。ビンテジによる変身で筋肉が服を引きちぎってしまった。
恥ずかしそうに前を隠し、ステイルのボトルを探した。倉庫の精霊だ。彼の腹の中には着替えの服が入っている。
木の根の間にステイルのボトルを発見し、彼を呼び出した。そして姫に見つからないようにいそいそと着替え、古いブーツまで履いた。

「見事なお尻ねぇ」

振り返ると、バケツから顔を出したカエル姫。彼女はグレイブの鍛えられた尻に見とれていた。
ビンテジに身を変じていた時に吐き出した吹雪はランプの熱で姫に害をなさなかったようだ。
グレイブは急いで着替え、恥ずかしそうに顔を押えた。
ビンテジに変じた姿を姫に見られたくなかったのだ。

ビンテジ。彼は小魔王しょうまおうだった。大した力はなかったのでグレイブに倒された。しかしその魂は精霊と化して依代よりしろを探す。グレイブに憑りつくと彼は3倍の力を出すことができる。そういう精霊なのだ。グレイブの体は憑依に向かないらしく、数分暴れると疲れて勝手に体外に出てしまうのだ。制限時間付きの狂戦士となるのだった。
だが、姿は醜く変貌する。いつもクールを気取っているグレイブには耐えられない。だから使いたくないのだ。
何度かこのボトルを捨てたくなったが、万一の切り札と、他のものに使われたら悪用されるという意味で自分の腰に収めていたのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...