右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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クインスロメン王国

第45話 ハーツの恋

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ハーツのアニキはバザルではヤクザな商売をしておりました。
ですが義理に熱く、侠に飛ぶので心あるものはアニキのそばに集まってきたんでやす。
町長だってアニキを頼りにしてやした。そんなアニキが恋に落ちたんでやす。
身分の違う貴族のお嬢様でやした。
家族でレジャーに来たのでやしょう。
町を歩く姿はバラの花。
しかし近づけるものではありませんでした。警護もいて厳重でした。
ですがアニキはこっそりとホテルの壁を登り、お嬢様に会いに行ったのです。

バルコニーから部屋を覗くとドレスを脱いで薄絹を纏ったお嬢様。こんなところを見られたらお嬢様も大声を出すかも知れない。
しかし恋はアニキの背中を押したのです。

「こんばんは。お嬢さん」
「だ、だれ?」

「驚かせて申し訳ありやせん。あっしはこの町のものでハーツと申します。昼間、お嬢さんがハンカチを落としたのを見かけたのですが、警備が厳重で無礼とは承知でこうしてお届けに参ったのです」

それはバルコニーに置かれていたものでした。
アニキはそれを使って彼女の気を惹こうとしたのです。
お嬢様にしてみれば何ともロマンチックな人だろうと思ったでしょう。

「あ、ありがとう……」

そう手を伸ばすと、ハンカチは手の中に消え、たちまち一輪の薔薇に姿を変えやした。
かーっ!
何という手法でございやしょう。
お嬢様の頬はたちまち赤く染まりやす。
そしてハンカチのために伸ばした手に薔薇を握らせ、そのまま強く自分の元に引き寄せやした。
そして熱い熱い口づけを……!

「キャーッ!」
「姫?」

「うんうん。それで? 続きは?」

ええ、それだけで治まるものではございやせん。
彼女を両手に抱き締め、寝所に運び一夜を共にしたのです。

そんな話を次の日に自慢げにあっしらにしました。
しかし、彼女は旅行中。
髭を立派にはやした父親の馬車に乗り込むと、自分の領地に去って行きやした。

「あらー……」
「そうです」

「それでヤケになって、あの子にプロポーズでもしたの?」

いいえ。そうではありやせん。
彼女を失ったハーツのアニキは本当に気の毒なものでした。
落ち込んで何をしていても楽しくなさそうで、丘に登っては彼女の馬車が去って行った方向を見るような生活を送っておりやした。

しかし、ある時、その方向から白馬に乗った鎧武者がやって来たのです。砂煙を上げながら、迫って参りました。
アニキも何事と、町の方に急ぎやすと鎧武者はアニキを出せとこう言ってきたのです。

「あっしがハーツだが、お点前てまえは誰だ」

そう言うと、鎧武者は兜を脱ぎました。
金色の長い髪が兜からこぼれ、青い瞳に美しい顔。
まさにあの時のお嬢様だったのです。

「ハーツ。私よ。将軍の娘なんてもう嫌。戦場より、あなたの妻になりに来たの!」

とまぁ、レモーネお嬢様は伯爵家を飛び出し、アニキの押しかけ女房になったんでやす。
しかしアニキが恋したのはおしとやかなお嬢様で、ランフラス王国の名家であるオルレンジ将軍の一人娘じゃない。
こんなことがバレたらオルレンジ将軍に殺されること間違い無しですからね。
何度も家に帰るように諭しましたが、お嬢様は首を縦に振りません。バザルではアニキの内縁の妻として仕事を切り盛る姿はあっしらから見ても格好が良かった。
ですがアニキはアネゴを嫌うのです。

「当ったりめぇだ。あっしが恋したのはたおやかで可憐かれんなお嬢さんだ。こんなガサツであっしよりも強い女じゃねぇ!」

それを聞くとレモーネはハーツを強く抱いてその胸の上で号泣してしまった。

「ヒドい! ヒドいわぁ! あんなに愛し合ったのに、もうハーツなんて嫌いよ!」
「……ぐ、ぐるじ……。そう思うならこの手をどかせ……」

鎧を着けたままの身を押し付けられ、息も絶え絶え。
デラエア王女も呆れてしまった。

「なによ。じゃぁ純真な乙女心を弄んだのね。ひどーい」
「あっしらも見損ないやした」

「うっせぇ! オメーは黙ってろい!」

それでもやいやいと騒ぐ、デラエア王女とガッツとレイバ。泣いているレモーネ。
ハーツはレモーネの抱擁から抜け出して、ようやく一息ついていた。
そこにグレイブが近づいて来て肩を叩いた。

「ハーツ。この町に鍛冶屋はあるかなぁ? 少し付き合ってくれ」

と騒動に無関心なように自分のほとんど柄だけになってしまった大剣を引き抜いた。

「へ、へぇ」

二人並んで無言のまま。やがて町外れに鍛冶屋を見つけた。
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