右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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セイバー

第53話 玩具で遊ぶ

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「う、うん……」

 修道女は目を覚ました。だが今が夜か昼か分からない。
 真っ暗な場所。日の光が見えない。ひんやりとしている。
 彼女は目を覚ます前のことを思い出した。血なまぐさい惨状。
 目の前で父が殺され、その血を飲まれた。
 恐ろしくて悔しくて泣いてしまった。

 ひとしきり泣き、少しばかり落ち着いて来た。
 あの殺人鬼はなぜ自分だけ殺さなかったのか不思議であったが、今ここはどこなのか?
 手探ってみると横に土の壁があった。
 おそらく洞窟か何かであろう。
 こんなところに一人では恐ろしい。なんとか抜け出さないといけないと這いながら壁のない部分を進もうとすると、首が絞まり咳き込んだ。
 首に縄が巻かれている。

「ん? 起きたか。人間の女」

 聞き覚えのある声。
 あれはあの時の殺人鬼の声だ。
 自分を殺さず慰み者とするか、奴隷として売るために連れて来たのかも知れない。

 セイバーが近づいただけ縄が緩んだ。
 逃げるなら今しかない。
 女は立ち上がり、壁に手を添えて出口を探した。

「はっはっは。逃げようと言うのか。無駄なことを」

 女は片手を壁に添え、もう片手で縄の結び目を探す。
 それは後ろ側にあったが、片手では難しい。
 早足で両手で結び目をほどこうとするがするが、どうにも固い。
 そのうち、前方から風を感じた。おそらく出口だ。
 女はその方向に急いだ。

「さぁ逃げろ逃げろ。こちらからはお前の姿は丸見えだぞ」

 脅されても構いはしない。
 女は必死になった。ようやく結び目が緩む兆しが見えた。
 器用に急いでそれを外すと全力で駆け出した。

「あっ」

 後ろから声が聞こえる。手に持っていた縄が軽くなったので脱出したことが分かったのであろう。
 しかし走るような音が聞こえなかったので、女は少しばかり安心して駆け続けた。

 日の光が見える。もう10メートルほどだ。
 そこにいけばなんとかなるかもしれない。
 必死に足をバタつかせて急ぐと、背中を蹴られて女は出口目前で倒れ込んでしまったところを背中を踏みつけられた。
 セイバーは女が縄をほどいた後、洞窟内を飛び足音なく女に近づいたのだった。

「ふぅ。少しばかり焦ったな。だが面白い遊びだった。はっはっは」

 女はこの殺人鬼を激しく睨みつけた。

「ふふん。気に入らんな。なんだその目は」
「あ、あなたは私の父を殺した!」

「そうかよ。あんなもんただの食料だ」
「なぜそんなことをするの? 神は決してあなたをお許しにならない」

「神? 神だと?」

 セイバーは高らかに笑った。
 神など力無き者がすがる心のよりどころ。
 自分以外の何かを崇めるなど、愚以外何者でもない。
 たしかに自分は今まで王であるデスキングや、女王であるティスティを尊敬もしたし崇めた時期もあった。
 だがそれは自分が弱かったからだ。

 今は自分が最強かも知れない。
 自分より強い者はない。グレイブだって後ほど簡単に殺してやろうと思っている。

「神など下らぬ。目に見えぬ何かを信奉する人間独特の文化だな」
「あ、あなたは人間ではないの? まさか魔物?」

 セイバーは鼻で笑った。

「お前たちから見れば魔物かも知れんが、我々不死の一族にとっては人間など少しばかり知能が高い食料だ。その食料は無駄に知能があるから神だの何だのつまらぬことを言う」
「か、神はどんな生き物も平等に愛して下さるわ。でもあなたは生き物を殺し過ぎた。神から許されないかも知れない。私と一緒に神に許しを請うのです」

 セイバーは面白くなった。この女が言うことは支離滅裂だ。
 常軌を逸していると思ったのだ。

「はっはっは。面白い。神が何をする者だ。今まで一度も天罰など受けたことがない」
「今にきっと下るわ」

「面白い」

 セイバーは女の顔を覗き込んだ。
 不死の一族は人間と違った増え方をする。男女に分かれていても他の動物とは違う。
 セイバーに生殖の能力はない。あるのは王と女王である二人が身を分けて一族を増やすのだ。
 その増やされた個体はいわゆる働き蜂のようなものかもしれない。ただ生きて王と女王のために働く。
 だがセイバーのその中から抜け出した「はぐれ者」だ。

 自由となって初めてまじまじと見た、異種族の異性。
 何か分からない気持ちを腹の奥底に感じたが、セイバーには分からなかった。

「ふん。貴様、名は何と言う」
「か、改心するなら教えるわ」

「ああ、今改心した。だから教えろ」
「ほ、本当に?」

「ああ、本当だとも」
「ロイム……」

「ロイムか。オレはセイバーだ」
「セイバー……」

「さっきの話。あれはウソだ」
「え?」

「改心などせぬ。はっはっは。騙されたなロイム。なんとも人のいいヤツだ。気に入った!」

 セイバーはもう一度ロイムの首に縄を付け、逃げられないように抱いて眠った。
 まるで我がままな恋人のように。
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