右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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セイバー

第55話 大量虐殺

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 セイバーはイライラしていた。
 この女を何とかギャフンと言わせたい。叫び声を上げさせたい。
 だが、芯が一本通っているというか、根性が座っているというか、普通のことでは何ともならないと思った。

 丁度前からランプを片手に軽装の旅人が一人、こちらにやってくるのが見えた。
 セイバーはロイムのつないだ手を外し、背中にかけている大鎌を手に取った。

「な、何をするの?」
「知れたこと。あの旅人を殺し、人間がいかに無力で神などいないと言うことをお前に知らしめてやる!」

 セイバーは大鎌を構えて旅人目掛けて戦闘機のように飛ぼうとしたが、ロイムが両足にしがみついてそうはさせなかった。
 セイバーは浮いた手前、無様に顔から地面に墜落した。
 旅人も二人の様子に驚いて足を止めてしまった。

「早くお逃げなさい! この者は狂っているのです!」
「痛! ま、待て! 旅人っ!」

 旅人はロイムの言う通り、その場を駆け出し逃げおおせた。
 セイバーは怒り顔に土を付けたまま、腰の短剣を抜くとロイムの喉元にあてがった。

「本当に殺すぞ。お前を殺すことなど何とも思っていない。紙を破ることより容易たやすいことだ!」

 そう凄んだが、ロイムは胸の前で手を合わせるだけだった。

「殺しなさい。父を殺したように。ああ父さん。今そばに参ります」

 セイバーのイライラは更に増した。
 ロイムの髪を摑んで立ち上がらせた。

「本当にイラつく。さっさと立て。そして歩くんだ!」

 セイバーは彼女の手を引いた。
 逃げ出さないように、体の一部を摑む。との理由で。





 やがて宿場町についた。セイバーにしてはどうでもいい、人間の町だ。
 夜なので灯りが少ない。ホテルや飲食店にはかろうじて灯りがついているといった感じだ。

 町を通り過ぎて、丘まで来るとセイバーの後ろから長い不快音が響いた。
 セイバーはその音がどこから聞こえるのか首を動かして探ると、どうやらロイムの腹の中からのようだった。

「な、なんだその音は。ははーん。ロイム。腹が減ったのだな」
「う、うん。全然食べてないから……」

 セイバーは考えてみた。たしかにロイムが兵士たちに襲われた後、彼女を連れ去ったが彼女に一口の食料を渡していない。
 自分はあの兵士の肉を喰らい、ロイムの父親の血でのどを潤した。
 あれから一日以上は平気で時間が経っていたのだ。

「ふーん。ちょっとここで待っていろ。逃げても分かるぞ。お前の匂いなぞ」
「う、うん」

 セイバーは飛び上がって宿場町の方へ戻った。
 ロイムは、自分の代わりに食料を買って来てくれるのかと思ったが違った。
 宿場町から聞こえる叫び声。
 立ち上がる煙と炎。たちまち宿場町は地獄と化した。

「やめてぇぇぇえええーーーー!!」

 ロイムは空腹で眩みながら急いで丘を駆け下りた。
 セイバーの耳にはロイムの声が届いていたが、その声はセイバーをますます興奮させた。

 ロイムが町に到着する頃にはすでに人の声はひとつも聞こえず、ただ街道には逃げ切れなかった人の遺体が首をなくして転がっている。
 そして町全体が大火事だ。消す者など誰もいなくなってしまったのだから。
 その炎の中からセイバーは歩いて出て来た。手には大量の水と食料を抱いている。

「おおロイム。ここにいたか。さぁ食え。喰ったら出発するぞ」

 ロイムはセイバーのその頬を思い切り張った。

「なんてことをなさるの? なぜ殺す必要があるの?」

 セイバーは頬を張られても大して痛くもない。だがしばらくそこを押さえて呆然としていた。

「お金がないのなら働いて買えばいい。施しを乞うことだって恥じゃない。殺してものを奪うなんて……」

 ロイムはその場に泣き崩れてしまった。
 セイバーから見れば無様な姿だ。
 目、鼻、口から水を垂らし、泣き叫び、死んでしまったもののために祈り、セイバーの罪のために神に許しを請う。

 馬鹿らしくなり、ロイムの前に食料を投げつけた。

「バカが。そんなことが何になる。自分が生きるために喰え!」

 そう叫んで闇夜に飛んだ。
 おそらくロイムはあの食料を食うだろう。それを見てやる。
 どんなに神だ命だと叫んだところで自分の命の方が大切なはずだ。
 そこを笑ってやろう。そして自分と同じ罪深きものだとののしってやろうと思った。

 セイバーは少し離れた物陰に隠れ、しばらく様子を見ていたがロイムはただ祈りを捧げるだけで食料に手を伸ばすことはなかった。
 やがて時が経ち、太陽の昇る時間となった。

 セイバーは仕方なく彼女に近づいて手を引いて立たせた。

「いい加減にしろ。祈りなどくだらん。次の町に行くぞ」

 セイバーは荷物袋から遮光のフードとマフラー、手袋を出した。これを被れば太陽の光を遮ることが出来る。
 直接の太陽は身を焼く。薄着程度ではいけない。
 体の一部も日の光を当てないよう、黒マントの大きな襟を立て、フードの根元はマフラーで覆い、厚地の手袋によって手を防御した。
 そして曇りを望みながら次の町へロイムの手を引っ張った。
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