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セイバー
第56話 恋人
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やがて朝となった。天気は曇天。明るくはあるので、セイバーはフードをできるだけ深くして顔を隠した。
ロイムは泣きつかれ、フラフラになりながらセイバーに手を引かれるまま歩いた。
宿場町に付き、セイバーはロイムを高い樹木の木陰に休ませた。
ロイムはぐったりと大木に寄りかかる。
「人間とは面倒だな。水や食物を食わねばすぐ弱る」
ロイムはセイバーがまたこの町で残酷なことをするのではないかと思い、彼のズボンの裾を握っていた。
「何をする。はなせ」
「いけないわ。人からモノを奪うなどと」
「大丈夫だ。もうそんなことはせん」
「ウソよ……。セイバーはすぐウソをつくのだもの」
「まぁ待っていよ」
セイバーは優しくその手を払い、街の中に消えていった。
セイバーはなぜ……。
ロイムのことを放り寝ないのか?
活動時間でないこの日中に人間の町をうろつくのか?
その答えは彼にも出せない。
しかしロイムは腹が減っている。
先の町の強盗した食糧は食べなかった。ならば人間のマネをして買ったものなら食べるだろうという安直な考えからだ。
なぜロイムのために行動するのか?
異種族の食糧でしかない女のために。
街の中には活気溢れる店が建ち並んでいた。
そこにパンの店がある。うずたかく積まれたその一つに手を伸ばした。
「これをくれ」
「へい。丸パンは20カラムでさぁ」
セイバーがポケットを探ると5000ケラマン金貨が1枚。
人間の通貨には興味がないが、グレイブ討伐を仰せつかさったとき、女王ティスティより人間世界で買い物がある際はこれを使えと下賜されていたのだ。今まで使うことはなかったが、キレイだし形がいいのでポケットに入れていたのだ。
「これで足りるか?」
「いいいい!」
店主が余りにも驚くので、セイバーは少しばかり笑ってしまった。
「なんだ。足りんのか? では少しばかり店の手伝いをするから一つばかり譲ってくれ」
「い、いえ。お釣りなどございません。金貨では……」
「なに!? 売れないのか?」
「いえ、お金が余りにも多すぎます。あちらに両替商がおりますのでお金を細かくなすってはいかがでしょう」
「なんと。火急なのに、手間のかかる店だ」
1ケラマンは1000カラムだ。
つまり、5000ケラマンは500万カラムで、土地付きの住宅を買えるほどの価値がある。小さなパン屋にお釣りがなくても無理からぬことであった。
セイバーは両替商に行き、100ケラマンの手間賃をとられ、4800ケラマンの銀貨と銅貨。100ケラマンをさらに細かくした10万カラムに両替した。
金の入った革袋がたくさんある。
セイバーはそんなにたくさんいらんと言ったが、店の方でも困ってしまう。
店主の言い付けで店の小僧が小さめの手押し車を20ケラマンで買い込んで、それに金袋を積んでセイバーに渡した。
それは把手が付いていて、立ったまま後ろ手で引ける。荷物箱の両側に頑丈な二輪が付いていた。
「全く、とんだ手間だ。これでは空を飛ぶわけにも行かない。まぁいい。ロイムに押させればいいか」
セイバーは金を減らしたいので、パンや水の他に食糧を買い込んで車に積んで、ロイムの元へ急いだ。
ロイムは唇を白くして大木に寄りかかって眠っているようだった。
「おい。ロイム。起きろ。水を飲んで食事をしろ」
しかしロイムは目を覚まさない。
驚いて胸に耳を当てると、僅かながらに鼓動が聞こえた。
セイバーは生き物の鼓動が好きだ。
これが死ぬ間際にはだんだんゆっくりになる。
しかし、ロイムの鼓動だけは止まらないで欲しいと思った。
彼女は目を開けようとしない。
飢えのために気絶したようになってしまったのだ。
昏睡に陥るほどの低血糖だ。
セイバーはどうしていいか分からなかったが、買ってきたものの中には砂糖があった。
固形物ではこの状態では飲み込めない。液体ならば口に押し込めば飲めるかも知れない。
セイバーはロイムを胸に抱いたままの姿勢で、自分の口の中に砂糖を入れ、水を含んで彼女の口の中にそれを押し入れた。
彼女は口の脇から大半をこぼしてしまったが、セイバーは諦めずに何度も何度も口移しを行った。
大木の影は濃く広い。時折雲間から覗く太陽の光はセイバーを焦がしはしなかった。
夕暮れ近くなると、ロイムは少し「うん……」と呟いた。
セイバーはホッとして、ロイムを抱きかかえた。
見ると、小さい男女が二人。
ずっとセイバーとロイムの様子を見ていたのであろう。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人なの?」
と聞いてきた。セイバーは最初意味が分からなかったが、恋人と言う言葉は聞いたことがある。
男女が仲良くなることだ。
そんな奴らの片方を殺すと悲鳴を上げて泣き叫ぶので、よく殺した。グレイブの妻であるカエルも目の前で殺してやったらさぞ楽しいだろうと想像することもあった。
だがどうだ。
今、自分がロイムを奪われ殺されてしまったら。
セイバーはゾッとする感触が体を駆け巡ることに気付いた。
目の前の子供たちは答えないセイバーを不思議そうな目で見ていた。
「どうなの? 手を繋いで街に来たし」
「ずっとチュウしてたよね」
セイバーはなぜか恥ずかしくなった。
そしてロイムの顔を見る。なぜこんなに愛らしいものなのか?
セイバーの中に温かいものが込み上げて突き上げてくる。
「ああ。恋人だよ」
「やっぱり。ボクたちもそうさ」
二人の小さな恋人はその答えを受け取ると満足げに手を繋いで家路についていく様を見ながら、セイバーは眠っているロイムの頭をくしゃりと自分の胸に抱き寄せた。
ロイムは泣きつかれ、フラフラになりながらセイバーに手を引かれるまま歩いた。
宿場町に付き、セイバーはロイムを高い樹木の木陰に休ませた。
ロイムはぐったりと大木に寄りかかる。
「人間とは面倒だな。水や食物を食わねばすぐ弱る」
ロイムはセイバーがまたこの町で残酷なことをするのではないかと思い、彼のズボンの裾を握っていた。
「何をする。はなせ」
「いけないわ。人からモノを奪うなどと」
「大丈夫だ。もうそんなことはせん」
「ウソよ……。セイバーはすぐウソをつくのだもの」
「まぁ待っていよ」
セイバーは優しくその手を払い、街の中に消えていった。
セイバーはなぜ……。
ロイムのことを放り寝ないのか?
活動時間でないこの日中に人間の町をうろつくのか?
その答えは彼にも出せない。
しかしロイムは腹が減っている。
先の町の強盗した食糧は食べなかった。ならば人間のマネをして買ったものなら食べるだろうという安直な考えからだ。
なぜロイムのために行動するのか?
異種族の食糧でしかない女のために。
街の中には活気溢れる店が建ち並んでいた。
そこにパンの店がある。うずたかく積まれたその一つに手を伸ばした。
「これをくれ」
「へい。丸パンは20カラムでさぁ」
セイバーがポケットを探ると5000ケラマン金貨が1枚。
人間の通貨には興味がないが、グレイブ討伐を仰せつかさったとき、女王ティスティより人間世界で買い物がある際はこれを使えと下賜されていたのだ。今まで使うことはなかったが、キレイだし形がいいのでポケットに入れていたのだ。
「これで足りるか?」
「いいいい!」
店主が余りにも驚くので、セイバーは少しばかり笑ってしまった。
「なんだ。足りんのか? では少しばかり店の手伝いをするから一つばかり譲ってくれ」
「い、いえ。お釣りなどございません。金貨では……」
「なに!? 売れないのか?」
「いえ、お金が余りにも多すぎます。あちらに両替商がおりますのでお金を細かくなすってはいかがでしょう」
「なんと。火急なのに、手間のかかる店だ」
1ケラマンは1000カラムだ。
つまり、5000ケラマンは500万カラムで、土地付きの住宅を買えるほどの価値がある。小さなパン屋にお釣りがなくても無理からぬことであった。
セイバーは両替商に行き、100ケラマンの手間賃をとられ、4800ケラマンの銀貨と銅貨。100ケラマンをさらに細かくした10万カラムに両替した。
金の入った革袋がたくさんある。
セイバーはそんなにたくさんいらんと言ったが、店の方でも困ってしまう。
店主の言い付けで店の小僧が小さめの手押し車を20ケラマンで買い込んで、それに金袋を積んでセイバーに渡した。
それは把手が付いていて、立ったまま後ろ手で引ける。荷物箱の両側に頑丈な二輪が付いていた。
「全く、とんだ手間だ。これでは空を飛ぶわけにも行かない。まぁいい。ロイムに押させればいいか」
セイバーは金を減らしたいので、パンや水の他に食糧を買い込んで車に積んで、ロイムの元へ急いだ。
ロイムは唇を白くして大木に寄りかかって眠っているようだった。
「おい。ロイム。起きろ。水を飲んで食事をしろ」
しかしロイムは目を覚まさない。
驚いて胸に耳を当てると、僅かながらに鼓動が聞こえた。
セイバーは生き物の鼓動が好きだ。
これが死ぬ間際にはだんだんゆっくりになる。
しかし、ロイムの鼓動だけは止まらないで欲しいと思った。
彼女は目を開けようとしない。
飢えのために気絶したようになってしまったのだ。
昏睡に陥るほどの低血糖だ。
セイバーはどうしていいか分からなかったが、買ってきたものの中には砂糖があった。
固形物ではこの状態では飲み込めない。液体ならば口に押し込めば飲めるかも知れない。
セイバーはロイムを胸に抱いたままの姿勢で、自分の口の中に砂糖を入れ、水を含んで彼女の口の中にそれを押し入れた。
彼女は口の脇から大半をこぼしてしまったが、セイバーは諦めずに何度も何度も口移しを行った。
大木の影は濃く広い。時折雲間から覗く太陽の光はセイバーを焦がしはしなかった。
夕暮れ近くなると、ロイムは少し「うん……」と呟いた。
セイバーはホッとして、ロイムを抱きかかえた。
見ると、小さい男女が二人。
ずっとセイバーとロイムの様子を見ていたのであろう。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人なの?」
と聞いてきた。セイバーは最初意味が分からなかったが、恋人と言う言葉は聞いたことがある。
男女が仲良くなることだ。
そんな奴らの片方を殺すと悲鳴を上げて泣き叫ぶので、よく殺した。グレイブの妻であるカエルも目の前で殺してやったらさぞ楽しいだろうと想像することもあった。
だがどうだ。
今、自分がロイムを奪われ殺されてしまったら。
セイバーはゾッとする感触が体を駆け巡ることに気付いた。
目の前の子供たちは答えないセイバーを不思議そうな目で見ていた。
「どうなの? 手を繋いで街に来たし」
「ずっとチュウしてたよね」
セイバーはなぜか恥ずかしくなった。
そしてロイムの顔を見る。なぜこんなに愛らしいものなのか?
セイバーの中に温かいものが込み上げて突き上げてくる。
「ああ。恋人だよ」
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