右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

文字の大きさ
57 / 79
セイバー

第57話 天からの使者

しおりを挟む
 やがて夜となり、ロイムはようやく目を開けた。
 その目には見つめ続けるセイバーの顔。それがニコリと微笑んだ。

「私……」
「良かった。目を覚ましたか」

「眠っていたの?」

 自分は親の仇であるセイバーに抱きかかえられていた。
 しかし、嫌がろうにも体力が着いてこない。
 仕方なくそのままにするしかなかった。

「食べれるか? パンを買ってきた」
「あ、悪人からの施しは受けません。っすれど盗泉とうせんの水飲まずです」

 ロイムはセイバーが持つパンから目を背けた。
 セイバーは腹が立った。自分が駆けずり回ってようやく買ってきたものをロイムは食べないと言う。
 憤慨してロイムから体を離し、地面にパンを投げ捨てると闇夜に飛び上がった。
 夜は彼の世界だ。夜は彼が情けなく涙をこぼす姿を誰からも見えなくしていた。

「くそぉ! ロイムのやつ! 何だあの言い方は。餓えて勝手に死ね! アイツの目の前で人間を殺し憂さを晴らしてやりたい!」

 そう言ったが胸に哀しみが押し寄せてくる。
 ロイムの悲しむ姿を思うとさらに切なくなってしまう。
 自分は怒りのままに大地を蹴って飛んできたが、このままではロイムが本当に死んでしまう。
 しばらく飛んでいくと、眼下に馬車が三両、ロイムを置き去りにした街へ向かっているのが見えた。
 旅のキャラバンであろう。
 セイバーは不敵に笑って、道に降り立ち馬車を通せんぼうした。

 驚いたのは商人たちだ。
 彼は空から来た。きっと魔物に違いないと震え上がったのだ。
 セイバーは商人達に近付いて話をした。

「すまん。そう怯えるな。危害は加えん。ちと商用だ。儲け話をしたい。実はこの先にある街の外れであまが木の下で休んでいる。君たちの食糧の一部をその尼に施して欲しい。金ならある」

 そう言ってセイバーは500ケラマン銀貨を出すと、そのくらいでそんなに頂けないと商人達は首を横に振った。

「いや。いいんだ。その尼が元気になれば安いものだ。そして、この金袋も渡してくれ」

 そう言いながら、銀貨と銅貨の入った金袋を一つ渡した。

「お安いご用です。旦那様」
「ただ、オレからだとは言わないで欲しい。君たちの善意とか、神からのお告げがあったとか言えば、あの尼も喜んで受け取るだろう。よろしく頼む」

 そう言うと、セイバーは飛び上がって闇夜に消えた。
 商人達は身震いしたが、悪い話ではないし、その街で逗留の予定だったので、そのまま街へ進んでいった。

 ロイムは木の下で動けないでいた。
 セイバーからの食糧を受け取らず、飢えに苦しみ、このままセイバーに殺された父のそばに召されてしまおうと思っていた。

「ああ。神様。願わくば私を一粒の麦として下さい」

 そう呟くと、急に前の道が騒がしくなった。

「おお。いた。あの方だ」

 それはセイバーに頼まれた商人達だった。
 彼らは食糧や金袋をロイムにうやうやしく捧げた。

「あのぅ……。どなたかとお間違いでは……」
「いいえ。あなた様です。実は昨晩我らの夢の中に大天使様が現れまして、明日逗留する街の木の下にいる修道女に食糧を捧げれば、これからの商売きっと上手く行くとのお告げでした。そこでこうして来てみれば果たしてあなた様がおられたという訳です。どうか、お納め下さい」

「え? 大天使様が……。ああ祈りが通じたのだわ。ありがたくお受け致します」
「ああ良かった。では我々はこれで。あなた様も良い旅を!」

 ロイムは商人達を見送ると、ありがたく丸パンに齧り付き、水を飲んだ。すきっ腹に染み渡る水と食糧。
 しばらく休むと、ようやく体を動かせるようになった。

「良かった……ああ、神様。ロイムをお救い下さりありがとうございます」

 そう手を合わせて神に祈りを捧げた。
 その木の後ろからセイバーが現れた。

「良かったな。神からの恵みなど本当にあるのだな」
「あ。セイバー。そうよ。神様はこうして私たちを助けてくれるものなの」

 セイバーは髪をかき上げたまま僅かに笑った。

「いやはや。神様も大変なものだな」
「そうよ。あなたには分からないでしょうね」

「ふふふ」

 セイバーはロイムが本調子になるまで木の下で休むことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...