右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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灼熱のドラゴンと城

第78話 厭味な歓待

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 その頃、グレイブは一人、お祭り騒ぎの街中を避けて隠れるように王宮に向かった。
 しかし当然、門衛に見つかってしまう。

「おお英雄グレイブさま。さぁさぁ王様がお待ちです」

 グレイブとしてはドラゴン討伐失敗。
 国王側とすればドラゴンはあの地から消え去っている。すなわち討伐成功。
 だから互いの思いにはすれ違いがある。

 英雄とか勇者とかの言葉はグレイブにすれば恥ずかしい厭味なだけなのだ。
 しかし、王宮を進むたびにそこにいるものたちはグレイブを誉め称える。
 たかだか失敗しただけなのに、このような扱いはとてつもない屈辱であった。

 そうそうに玉座の間に赴き、滑り込むように国王の前に平伏した。
 国王のほうでも、最初のときよりも謙虚で控えめな姿に思わず家臣にしたいくらいであった。

「この度、大言壮語しておりながら討伐失敗と、陛下に対し顔向けできません」
「な、なんと失敗?」

 国王のほうでは偵察隊から、アスローラ山にドラゴンがいなくなった報告を聞いていた。
 何よりこの下がった気温。間違いなくドラゴンの脅威は去ったことを示していた。
 しかし、グレイブは失敗と言う。
 たしかにドラゴンの遺体はそこになかったと聞いた。
 ひょっとしたらグレイブは魔法のようなものでドラゴン自体を消し去ってしまったのではないか。そうに違いない。だが証拠となる部位がない。そのために失敗と言う謙虚な態度なのだと思った。

「……さすが世界最強の勇士、カエルの騎士だ。誠にあっぱれ。誰かある。彼のものに賞金を捧げよ!」

 国王の命令により、運び込まれて来た50万ケラマン。そして領土の目録。
 しかしグレイブは受け取れない。受け取れるはずがなかった。

「陛下。私はこれを受け取れません。ましてや領土などと冗談はおやめ下さい。大変恥ずかしい。失礼ですが下がらせて頂きます」
「待て待てグレイブ。余はもっと足下を評したい気持ちで一杯だ」

 おそらくこの謙虚な男は国の内情を見て、金も領土も受け取らず、ドラゴンを倒して去って行くのだ。国王は涙が出そうだった。
 しかしグレイブはいたたまれない。顔から火が出そうだ。
 なんとかこの場を凌いで退散したかった。

「時に陛下。私、貴国に対し有益な国策を持って参りました」
「ほほう。英雄の言葉に耳を傾けたい。どんな国策かね」

「されば、この国で栽培されている香辛料。他国ではかなり高額で取引されております。貴国を侮って安く買いたたいているのかもしれません。今後は大きく吹っかけても相手の国は買うしかないでしょう」
「な、なんと! それは誠か。何から何まですまない」

「で、では失礼致します」

 グレイブは立ち上がると礼もそぞろに早足でホテルまで去って行った。
 ホテルに帰ると大きな樽が九つ。ガッツが新たにローラとともに酒をしこんでいる最中だった。

「クソぅ! 酒かよ。今飲みたい。ハーツ。街に行って酒を買って来い!」
「うへぇ。機嫌が悪い。へぇへぇ。買って来やすよ。時にアニキ。今日は満月ですぜ?」

「そ、そうだった。ストレスで忘れていた。オイ君たち。各自さっさと別に部屋をとれ」
「何を行ってるのグレイブ。ちょうどいいじゃない。今日はローラの歓迎会よ」

 また始まった。デラエアの焦らし作戦。
 グレイブは下唇を血が出るほど噛んだ。
 恥ずかしいなどと言ってはいられない。すぐさま厨房に駆け下りて料理を用意するように命じた。
 部屋に戻るとすでに晩餐の為のテーブルが用意されている。
 そろそろ仲間たちもグレイブのことが分かり始めての心配りだ。

 やがて月の光が部屋に差し込むと、デラエアは美しい王女の姿に。
 しかし、ローラは平然とした顔をしていたので、レモーネはそこに肘をぶつけて驚くように催促した。
 料理も運び込まれてローラを囲んで歓迎会をすると、ハーツとレモーネは部屋へ。
 ガッツとレイバはローラを連れて街の酒場へと向かって行った。

「さぁさぁ、姫。みなの気持ちを無駄にしてはいけません。すぐさま寝台へ」
「うふふ。グレイブ。今回は得るものがなかったけど、あなたが元気になってくれて良かったわ」

「ええ。元気です。元気ですとも」

 そして二人は一戦、二戦。
 小休止して寝台の上で戯れていた。

「時にグレイブ。ドラゴンを討伐したら、私に何を願うつもりだったの?」
「え? そ、そ、そんなこと言えませんよ……」

 途端に赤い顔をしてうつむいてしまうグレイブのかわいらしさに意地悪したくなったデラエア。裸のまま背中に抱きつき、その身を密着させた。

「何よ。言ってご覧なさい。失敗はしたけど働いたんだから一応聞いて上げるわよ」
「い、いやぁ。また次の機会に」

「ほらほら。ひょっとしたらしてあげるかも知れないわよ?」
「ほ、ホントですか?」

「本当よ。ほら、言ってご覧なさい」
「で、では」

 グレイブはデラエアの耳元に近付いた。
 吐息が少しばかりこそばゆい。
 だが聞いている内にデラエアの顔色は変わり最後まで聞かずにその頬を張った。

「無礼者!」

 そう言ってデラエアは毛布を被ってしまい寝転んだ。

「ああ。姫。ウソ。ウソでございます」
「そんなこと、ドラゴンが討伐出来たとしても、私に出来るわけないでしょう!」

「冗談。冗談でございますよ。……わーい。ひっかかった~……」

 一体何を願ったのか?
 せっかくの満月の夜にデラエアの機嫌を損ねてしまい、必死に彼女の気を惹くグレイブ。そっとデラエアの毛布に入り込み、小さな彼女の身体を広い胸板の中に抱き込んだ。

「姫、どうかお許しを……」

 しばらく黙っていたデラエアであったが、グレイブの胸板に指で突きながらこう言った。

「ジタリギス!」
「……え?」

「邪悪なものを追い払う魔法の言葉よ。これでグレイブの中に潜む邪悪なものは出ていったわ」
「……な、なるほど。そう言われれば出て行ったと思います。はい」

「じゃ、もうあんなことは戯れでも言わないわよね」
「そ、そりゃもちろん」

「ではもう寝ましょう。明日は国境に向けて出発よ」
「いゃあ、まだ寝かせませんよ♡」

「……ぜんぜん邪悪」
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