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第18話 接待
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アルベルトが夜になってヘトヘトになって家に帰ると、邸宅のはじにある別邸に灯りがついて賑やかで楽しそうだ。近づいて覗いてみると、一階の大広間にたくさんの人。シーンが城塞の部下たちを招いて、エイミーともども、部下たちに給仕をしているのだ。
アルベルトはそれを窓から覗いた。
「さあ、ティーパー隊長飲んでくれ」
「あああ、若様、こりゃもったいない!」
「みんなも飲んでくれているか?」
「はい!」
「今日のわたくしは、みんなの召使いだからな。肉もあれば酒もある。たっぷり楽しんでくれ」
「はい!」
「ただし!」
ただし。部下たちは息を飲んだ。この主君の跡取りはなにやら条件を付けたいらしい。みな言葉を失って、シーンの顔を見つめていると、彼は口を開く。
「エイミーには手を出すなよ。彼女は今日はホステスだが、私の大事な嫁だからな。注文はなんでも私にいってくれ」
部下たちはシーンが自分の妻を気遣ってのことだったので、一堂胸をなで下ろした。
エイミーはコンロで焼いた肉を皿に盛り、客人たちに運ぼうとするのでシーンは腰を抱いてそれを止めた。
「あん。シーン様ったらぁ」
「エイミー、あんまり動くなよ。それに鼻息荒い兵士たちに触られでもしたらどうするつもり?」
「もう。シーン様ったら、お客さまに失礼だわ」
エイミーは笑いながらシーンの手の甲を痛くなくつねる。シーンは笑いながら部下たちに料理を運んだ。それをみて部下たちも笑い出す。
「若様はいずれお父上の跡を継いで司令となられるのですね」
「いやあ。私自身、まだ子どもなのに自信がないよ」
「なーに。そんなもの後からついてくるんでさぁ」
「そうかい?」
「そうですよ」
「そうかぁ。さぁミスト。飲んでくれたまえ」
「へへ。ありがてぇや」
そこに、アルベルトが入ると、酒でまぶたをトロンとさせていた部下たちは、すぐに顔を戻して直立不動の姿勢をとった。規律ある城塞守備軍の訓練度は彼らの身に染みついていたのだ。
アルベルトは楽しそうにパーティーをしている部下たちに悪いと、敬礼の姿勢を崩すよう手を上げて制した。
シーンはアルベルトに向かってこのことを説明する。
「おお。お父上。今日シーンは、職場の先輩たちに酒を振る舞って仕事を教えて貰っていたのです」
「──そうかね」
アルベルトはシーンのこの姿に、自分の悩みなど小さいものだと、クスリと笑うと、場は和んだ。そこにシーンは続ける。
「宰相さまはなんと?」
「いや。なんということもない。つまらない話だよ」
シーンにそう答えると、アルベルトは自室に戻っていった。
シーンは部下たちをゲストルームに泊め、その日の楽しい宴会は終了した。
アルベルトは宰相に断りの手紙を再度送ることにした。シーンにはすでに正妻がいる。二人の間には誰も入れないと付け加えて。
◇
父親に頼み込んだサンドラは、もうシーンと結婚できるものだと思い新しいドレスを何着も新調し、鏡の前でそれを合わせていた。
彼女の侍女は数名いるがここ最近の主人の様子はまるで春風のように爽やかで、傲慢さはあまり感じられなくなっていた。
「ねぇノーイ。男の人はどっちの色が好きかしらね? こっちの薄い青色かしら? それとも桃色のほう?」
「まぁ。お嬢様はお綺麗ですからどんな色でも男性はかまわないと思います」
「まぁ! そうかしら? ねぇ。首もとに似合う宝石をつけてくれない?」
「それならばこちらはいかがでしょう」
「うん。いいわね。でも他のも合わせてみたいわ」
「当然準備してございます」
サンドラと侍女たちは部屋の中で円舞でも踊るかのようにクルクルと回っていた。
するとドアを叩く音である。
「はい。誰かしら?」
「お嬢様。アレクです。旦那さまが部屋にきて欲しいとのことです」
使用人からそれを聞いてサンドラは確信した。きっと輿入れの日取りのことだと。サンドラは気持ちを弾ませながら、足取り軽く父であるムガル宰相の部屋へ向かった。
「おとーさまァ」
「おお、サンドラか。これを見てくれ」
それは手紙でグラムーン伯爵家の印章が押してある。サンドラは喜んで手紙を開いた。中にはこう書いてあった。
『閣下に申し上げます。拙宅のシーンは親の私も手を煩わすほどの物知らずで礼儀を知らぬ者でございます。子供のように土を捏ね、泥で遊び服を汚す姿はおよそ貴族とは思えません。こんなものに嫁いでは閣下のお嬢様はお気の毒でございます。それにシーンにはすでに妻がおりましてこちらを深く愛しております。ですから貴家の美しいお嬢様でも蔑ろにしかねません。また拙宅は貴家のお嬢様を満足させる財力はございません。拙宅と貴家では家柄や風土も違ううえ、並み以下の才能しかないシーンよりも優れたご令息は万とございます。以上のことを考えますと、貴家のお嬢様は別な幸せを見つけたほうが良いかと存じます。閣下より存外な喜ばしい縁談を頂き、雲にも上る気持ちでしたが、冷静に考えれば拙宅は無資格であると思い直しました。一時の夢を見れただけでも幸せでございます。閣下とお嬢様のご長命をお祈り申し上げます』
それを食い入るように見たサンドラは、固まって動けなかった。ムガル宰相はサンドラのその肩を叩く。
「サンドラや。このグラムーンの息子のことは諦めなさい。この生意気なグラムーン一家を追い落としてあげるから、もう忘れるのだ」
しかしサンドラは手紙を放って、部屋の外に飛び出したのだった。
アルベルトはそれを窓から覗いた。
「さあ、ティーパー隊長飲んでくれ」
「あああ、若様、こりゃもったいない!」
「みんなも飲んでくれているか?」
「はい!」
「今日のわたくしは、みんなの召使いだからな。肉もあれば酒もある。たっぷり楽しんでくれ」
「はい!」
「ただし!」
ただし。部下たちは息を飲んだ。この主君の跡取りはなにやら条件を付けたいらしい。みな言葉を失って、シーンの顔を見つめていると、彼は口を開く。
「エイミーには手を出すなよ。彼女は今日はホステスだが、私の大事な嫁だからな。注文はなんでも私にいってくれ」
部下たちはシーンが自分の妻を気遣ってのことだったので、一堂胸をなで下ろした。
エイミーはコンロで焼いた肉を皿に盛り、客人たちに運ぼうとするのでシーンは腰を抱いてそれを止めた。
「あん。シーン様ったらぁ」
「エイミー、あんまり動くなよ。それに鼻息荒い兵士たちに触られでもしたらどうするつもり?」
「もう。シーン様ったら、お客さまに失礼だわ」
エイミーは笑いながらシーンの手の甲を痛くなくつねる。シーンは笑いながら部下たちに料理を運んだ。それをみて部下たちも笑い出す。
「若様はいずれお父上の跡を継いで司令となられるのですね」
「いやあ。私自身、まだ子どもなのに自信がないよ」
「なーに。そんなもの後からついてくるんでさぁ」
「そうかい?」
「そうですよ」
「そうかぁ。さぁミスト。飲んでくれたまえ」
「へへ。ありがてぇや」
そこに、アルベルトが入ると、酒でまぶたをトロンとさせていた部下たちは、すぐに顔を戻して直立不動の姿勢をとった。規律ある城塞守備軍の訓練度は彼らの身に染みついていたのだ。
アルベルトは楽しそうにパーティーをしている部下たちに悪いと、敬礼の姿勢を崩すよう手を上げて制した。
シーンはアルベルトに向かってこのことを説明する。
「おお。お父上。今日シーンは、職場の先輩たちに酒を振る舞って仕事を教えて貰っていたのです」
「──そうかね」
アルベルトはシーンのこの姿に、自分の悩みなど小さいものだと、クスリと笑うと、場は和んだ。そこにシーンは続ける。
「宰相さまはなんと?」
「いや。なんということもない。つまらない話だよ」
シーンにそう答えると、アルベルトは自室に戻っていった。
シーンは部下たちをゲストルームに泊め、その日の楽しい宴会は終了した。
アルベルトは宰相に断りの手紙を再度送ることにした。シーンにはすでに正妻がいる。二人の間には誰も入れないと付け加えて。
◇
父親に頼み込んだサンドラは、もうシーンと結婚できるものだと思い新しいドレスを何着も新調し、鏡の前でそれを合わせていた。
彼女の侍女は数名いるがここ最近の主人の様子はまるで春風のように爽やかで、傲慢さはあまり感じられなくなっていた。
「ねぇノーイ。男の人はどっちの色が好きかしらね? こっちの薄い青色かしら? それとも桃色のほう?」
「まぁ。お嬢様はお綺麗ですからどんな色でも男性はかまわないと思います」
「まぁ! そうかしら? ねぇ。首もとに似合う宝石をつけてくれない?」
「それならばこちらはいかがでしょう」
「うん。いいわね。でも他のも合わせてみたいわ」
「当然準備してございます」
サンドラと侍女たちは部屋の中で円舞でも踊るかのようにクルクルと回っていた。
するとドアを叩く音である。
「はい。誰かしら?」
「お嬢様。アレクです。旦那さまが部屋にきて欲しいとのことです」
使用人からそれを聞いてサンドラは確信した。きっと輿入れの日取りのことだと。サンドラは気持ちを弾ませながら、足取り軽く父であるムガル宰相の部屋へ向かった。
「おとーさまァ」
「おお、サンドラか。これを見てくれ」
それは手紙でグラムーン伯爵家の印章が押してある。サンドラは喜んで手紙を開いた。中にはこう書いてあった。
『閣下に申し上げます。拙宅のシーンは親の私も手を煩わすほどの物知らずで礼儀を知らぬ者でございます。子供のように土を捏ね、泥で遊び服を汚す姿はおよそ貴族とは思えません。こんなものに嫁いでは閣下のお嬢様はお気の毒でございます。それにシーンにはすでに妻がおりましてこちらを深く愛しております。ですから貴家の美しいお嬢様でも蔑ろにしかねません。また拙宅は貴家のお嬢様を満足させる財力はございません。拙宅と貴家では家柄や風土も違ううえ、並み以下の才能しかないシーンよりも優れたご令息は万とございます。以上のことを考えますと、貴家のお嬢様は別な幸せを見つけたほうが良いかと存じます。閣下より存外な喜ばしい縁談を頂き、雲にも上る気持ちでしたが、冷静に考えれば拙宅は無資格であると思い直しました。一時の夢を見れただけでも幸せでございます。閣下とお嬢様のご長命をお祈り申し上げます』
それを食い入るように見たサンドラは、固まって動けなかった。ムガル宰相はサンドラのその肩を叩く。
「サンドラや。このグラムーンの息子のことは諦めなさい。この生意気なグラムーン一家を追い落としてあげるから、もう忘れるのだ」
しかしサンドラは手紙を放って、部屋の外に飛び出したのだった。
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