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第20話 出征
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サンドラが大公爵家に帰るものの、目はうつろで言葉を発しない。マヌケのようにぽかんとしているのが数日続いた。それは彼女の護衛たちも一緒で、なぜこうなったか分からない。
しかし、ムガル宰相は、これはグラムーン伯爵家にいったあとでこうなったと分析し、悔しがった。サンドラは徐々に回復しつつはあるものの、この仇を討たねば溜飲が下がらないと歯噛みしたのだ。
◇
城壁の美丈夫の正体はシーンであるという噂は都を駆け巡った。
もうあのバカでウスノロではない。今では男振りの良い見事な伯爵の跡取り。彼を馬鹿にした令嬢たちは、こんな良縁を断ったことを地団駄踏んで悔しがった。
それでもまだ自分にチャンスがあるのではないかと恋文を送ったり肖像画を送ったりしたが無駄だった。
シーンとエイミーはそれを持って庭で芋と一緒に焼いてしまった。二人にとってはそんなことも子どもの遊びにしてしまうのだ。
そんな噂のシーンのことなどムガル宰相は一笑する。どうせもうすぐいなくなるものに興味を持つなど愚かだと思ってのことだった。
ある日、ムガル宰相が王宮に出仕すると大変な騒ぎである。何が起ったのかと聞いてみると、果たして都からはなれた東の辺境の村にトロルが現れ、村を壊滅したとのこと。
おそらく深山より人里に紛れてきたのであろう。このままでは近隣の集落にも被害が及ぶ。そのトロルを討伐する人選を誰にしようかと議論されていたのだ。
トロルは普通の人間の倍の身長を持つ。怪力だが知能は少ない。だからこそ情け容赦ないのだ。少ない食糧を得るために必要以上に人間を害する。これと戦うとなると大変な人員が必要となるのだ。
だがムガル宰相はほくそえんだ。いい人材がいると。
そこへこの国の国王が入って来て、今後の善後策を大臣たちに問うた。それにムガル宰相は答える。
「おそれながら陛下。この都の城塞を守護するグラムーン伯爵なぞいかがでしょう。彼は武勇に優れ、人望も厚いです。無事にトロル征伐を成せば、陛下のご名声もすこぶる上がることでございましょう」
「なるほど。よきにはからえ」
ムガル宰相は我がこと成れりと顔を伏せて笑った。そしてすぐにアルベルトを呼んだのである。
アルベルトはお召しということですぐさま王宮に参内すると、国王陛下より直々の命令だった。
「グラムーン伯爵。そなたをヒューニア州のトロル討伐を命ずる」
「ははぁー!」
直々の君命である。そこにムガル宰相が割って入った。
「グラムーン伯爵。国のためによろしくたのむ。しかし国防のために国軍は割けられん。キミの手腕で兵を集めてくれたまえ」
「え? は、ははぁー!」
命令を受け取ると、アルベルトは王宮を後にする。しかし頭を抱えた。伯爵家で兵を集められたとしても50人。きりつめてどうにか100人だ。トロルと戦うにはそれなりの被害がでるであろう。防具や武器も集めなくてはいけない。これでは満足に討伐することなどできない。勝ったとしても辛勝という形になるだろう。それは兵士たちにも申し訳がたたない。
これは完全にムガル宰相の計略だとアルベルトは屋敷に帰って自室にこもってしまった。
そんな父を心配して、シーンはエイミーを伴って体調を伺いにいった。
「お父上。陛下からどんなご命令だったので?」
「うむ。実はな、東のヒューニア州にある小さな村にトロルが現れてな。それを討伐せよとのご命令だ」
「なるほど。父上ならやれるでしょう」
「うむ……しかしな、兵は一兵も貸さん。自分の裁量で兵を集めよとのことだ」
「え? 当家の財で集められるのなど百名がいいところでしょう」
「そうなのだ。さらに領民から兵を募って犠牲者を出すのは忍びない。それで参ってしまってな」
悩むアルベルト。シーンはどう声をかけていいか分からない。そこで大人しくはなしをきいていたエイミーはこっそりとシーンに耳打ちをする。それを聞いてシーンは太陽のようにパッと笑った。
「お父上。では私にお任せ下さい」
「な、なにを言っている。冗談の話ではないぞ」
「ええもちろん。私は伯爵家の跡取りとして、陛下の覚えを良くしたいのです。ここは私がトロルを討伐して見せましょう」
「まさか。跡取りを殺すわけにはいかん」
「もちろん私もむざむざ死ぬわけには行きません。危険とあらば勇気ある撤退を致しますのでどうか私にお任せ下さい」
「う、うむ。逃げるのも考えているのであれば許そう」
「はい。城塞の兵を五名ほどお貸し下さい」
「なんと。驚いてばかりだが、五名でよいのか?」
「ええ。ただの旅の話し相手ですよ」
「は、はぁ……」
話はよく分からないが、シーンの言葉を信じ、五人の兵士と軍事用の大きな馬車を一両貸し与えた。
シーンは身支度を整え城門から任地へと向かう。
アルベルトは城塞の兵を集めて出兵式を行った。
「剣を備えーー!」
と号令すると、兵士たちは剣を抜いて胸の前に剣を天に向け敬礼をする。
シーンはその中を前に進みアルベルトから命令書をうやうやしく受け取った。
「城塞守備隊副官シーンにトロル討伐を命ずる!」
「はは! 命令に従い直ちに任地に向かいます」
シーンが顔を上げて足を揃えると、ラッパや鳴り物が盛大に鳴る。シーンはその音の中、馬車へと乗り込みヒューニア州を指して共とともに馬車を走らせていった。
エイミーは城塞の外に出て、それに手を振って送った。
ふと、城門に慌てて馬車を走らせるものがある。その者は馬車から飛び降り、息を切らせてエイミーの横に並び心配そうにシーンの馬車を見送っていた。
サンドラだった。体調が回復して駆け付けた。自分の関与していないシーンへの意地悪。父のやり方になにも言えずただ馬車を見送るだけ。エイミーはサンドラを一瞥したが、同じ気持ちを持つものとして、小さく笑って互いにシーンの馬車が見えなくなるまで見つめていた。
サンドラは相当慌てたのか、エイミーとは違い日を避けるつばの大きな帽子を被っていなかったので、エイミーは横に並ぶ侍女のベスに日傘をさしてやるよう命じた。
ベスはサンドラに一歩下がって日傘をさしたことにサンドラも気付いたが、強がって礼は言わなかった。
しかし、ムガル宰相は、これはグラムーン伯爵家にいったあとでこうなったと分析し、悔しがった。サンドラは徐々に回復しつつはあるものの、この仇を討たねば溜飲が下がらないと歯噛みしたのだ。
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城壁の美丈夫の正体はシーンであるという噂は都を駆け巡った。
もうあのバカでウスノロではない。今では男振りの良い見事な伯爵の跡取り。彼を馬鹿にした令嬢たちは、こんな良縁を断ったことを地団駄踏んで悔しがった。
それでもまだ自分にチャンスがあるのではないかと恋文を送ったり肖像画を送ったりしたが無駄だった。
シーンとエイミーはそれを持って庭で芋と一緒に焼いてしまった。二人にとってはそんなことも子どもの遊びにしてしまうのだ。
そんな噂のシーンのことなどムガル宰相は一笑する。どうせもうすぐいなくなるものに興味を持つなど愚かだと思ってのことだった。
ある日、ムガル宰相が王宮に出仕すると大変な騒ぎである。何が起ったのかと聞いてみると、果たして都からはなれた東の辺境の村にトロルが現れ、村を壊滅したとのこと。
おそらく深山より人里に紛れてきたのであろう。このままでは近隣の集落にも被害が及ぶ。そのトロルを討伐する人選を誰にしようかと議論されていたのだ。
トロルは普通の人間の倍の身長を持つ。怪力だが知能は少ない。だからこそ情け容赦ないのだ。少ない食糧を得るために必要以上に人間を害する。これと戦うとなると大変な人員が必要となるのだ。
だがムガル宰相はほくそえんだ。いい人材がいると。
そこへこの国の国王が入って来て、今後の善後策を大臣たちに問うた。それにムガル宰相は答える。
「おそれながら陛下。この都の城塞を守護するグラムーン伯爵なぞいかがでしょう。彼は武勇に優れ、人望も厚いです。無事にトロル征伐を成せば、陛下のご名声もすこぶる上がることでございましょう」
「なるほど。よきにはからえ」
ムガル宰相は我がこと成れりと顔を伏せて笑った。そしてすぐにアルベルトを呼んだのである。
アルベルトはお召しということですぐさま王宮に参内すると、国王陛下より直々の命令だった。
「グラムーン伯爵。そなたをヒューニア州のトロル討伐を命ずる」
「ははぁー!」
直々の君命である。そこにムガル宰相が割って入った。
「グラムーン伯爵。国のためによろしくたのむ。しかし国防のために国軍は割けられん。キミの手腕で兵を集めてくれたまえ」
「え? は、ははぁー!」
命令を受け取ると、アルベルトは王宮を後にする。しかし頭を抱えた。伯爵家で兵を集められたとしても50人。きりつめてどうにか100人だ。トロルと戦うにはそれなりの被害がでるであろう。防具や武器も集めなくてはいけない。これでは満足に討伐することなどできない。勝ったとしても辛勝という形になるだろう。それは兵士たちにも申し訳がたたない。
これは完全にムガル宰相の計略だとアルベルトは屋敷に帰って自室にこもってしまった。
そんな父を心配して、シーンはエイミーを伴って体調を伺いにいった。
「お父上。陛下からどんなご命令だったので?」
「うむ。実はな、東のヒューニア州にある小さな村にトロルが現れてな。それを討伐せよとのご命令だ」
「なるほど。父上ならやれるでしょう」
「うむ……しかしな、兵は一兵も貸さん。自分の裁量で兵を集めよとのことだ」
「え? 当家の財で集められるのなど百名がいいところでしょう」
「そうなのだ。さらに領民から兵を募って犠牲者を出すのは忍びない。それで参ってしまってな」
悩むアルベルト。シーンはどう声をかけていいか分からない。そこで大人しくはなしをきいていたエイミーはこっそりとシーンに耳打ちをする。それを聞いてシーンは太陽のようにパッと笑った。
「お父上。では私にお任せ下さい」
「な、なにを言っている。冗談の話ではないぞ」
「ええもちろん。私は伯爵家の跡取りとして、陛下の覚えを良くしたいのです。ここは私がトロルを討伐して見せましょう」
「まさか。跡取りを殺すわけにはいかん」
「もちろん私もむざむざ死ぬわけには行きません。危険とあらば勇気ある撤退を致しますのでどうか私にお任せ下さい」
「う、うむ。逃げるのも考えているのであれば許そう」
「はい。城塞の兵を五名ほどお貸し下さい」
「なんと。驚いてばかりだが、五名でよいのか?」
「ええ。ただの旅の話し相手ですよ」
「は、はぁ……」
話はよく分からないが、シーンの言葉を信じ、五人の兵士と軍事用の大きな馬車を一両貸し与えた。
シーンは身支度を整え城門から任地へと向かう。
アルベルトは城塞の兵を集めて出兵式を行った。
「剣を備えーー!」
と号令すると、兵士たちは剣を抜いて胸の前に剣を天に向け敬礼をする。
シーンはその中を前に進みアルベルトから命令書をうやうやしく受け取った。
「城塞守備隊副官シーンにトロル討伐を命ずる!」
「はは! 命令に従い直ちに任地に向かいます」
シーンが顔を上げて足を揃えると、ラッパや鳴り物が盛大に鳴る。シーンはその音の中、馬車へと乗り込みヒューニア州を指して共とともに馬車を走らせていった。
エイミーは城塞の外に出て、それに手を振って送った。
ふと、城門に慌てて馬車を走らせるものがある。その者は馬車から飛び降り、息を切らせてエイミーの横に並び心配そうにシーンの馬車を見送っていた。
サンドラだった。体調が回復して駆け付けた。自分の関与していないシーンへの意地悪。父のやり方になにも言えずただ馬車を見送るだけ。エイミーはサンドラを一瞥したが、同じ気持ちを持つものとして、小さく笑って互いにシーンの馬車が見えなくなるまで見つめていた。
サンドラは相当慌てたのか、エイミーとは違い日を避けるつばの大きな帽子を被っていなかったので、エイミーは横に並ぶ侍女のベスに日傘をさしてやるよう命じた。
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