迫害少女は世界を旅す

花依だんご

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仮病と計画

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 リースくんに案内され、やってきたのは中央の大樹。

 そりゃそうですよね。おじいさま、長老ですもんね。

 大樹には、昇降機が用意されていて、上階への行き来も簡単だそうです。丈夫な縄を付けた大きな籠を、魔道具を使って動かしているそうです。確か、エルフは魔法の扱いも上手と聞きますし、魔道具の技術力も高いみたいですね。

「ヴァイオレットさんも乗ってください。早く行きましょう」
「お邪魔しますね」

 昇降機の籠は大人四人がちょうど乗れるくらいの大きさで、リースくんと二人で乗っていますが、特段狭いとも思いませんでした。

 ゆっくりと昇っていく籠。その中からは、あの霧の森が見えました。霧が漂っているのは地上十メートルほどくらいで、それより上は澄み切っています。霧がまるで雲のようで、本でしか見たことのない、雲海、という景色にように見えました。

 この大樹は、周りから眺めても、昇って外を見ても、どちらも絶景を見せてくれました。本当に来てよかったです。

 そうこうしている間に長老様が住まう階についたらしく、昇降機を降りました。ここでも結構高いのですが、まだまだ半分くらいの高さのようで、上は遠そうです。

 扉を開けるや否や、リースくんは弾けるように部屋の中へ入っていきました。

「おじいちゃん、必要な薬草と黄金蝶の鱗粉、持ってきたよ!」
「おぉ、リース。お疲れ様。ん? そちらのお嬢さんはどなたかな?」
「あ、私はヴァイオレット、旅人です」
「ヴァイオレットさんは、ミストベアーから助けてくれたんだよ!」
「なんと……! うちのリースがお世話になりました」
「あぁ、いえいえ、お気になさらず」

 とわざわざベッドの上から頭を下げられました。さっきの白い熊、ミストベアーって言うんですね。白い毛で霧に紛れて襲ってくるから、でしょうか。

 ふむ。リースくんのおじいさま、すごく元気そうに見えます。まるで、黄金蝶の鱗粉が必要な程の重い病気になんてかかっていないような……?

 そう思っていると、ちょいちょい、と肩を叩かれました。振り返ると、エルフの男性がいました。

「すみません、長老らのことについて少しお話しがあります。こちらへ」
「へ? はい」

 手招きされて部屋の外へ。私はきょとんとしながらその方の話を聞きました。

「それで、長老さんがどうかしたんですか?」
「えぇ。リース様からイゼル様が重病を患っていて、薬の材料を取りに行っていた、と聞いていると思います」
「はい、そう聞いています」
「長老のイゼル様は、病気になどかかっておりません。本当に病に侵されている場合、緊急を要しますので、リース様ではなく、専門家に向かわせます」

 まぁ、そりゃぁそうですよね。本当に病気なら、子どもより大人がやった方が早く確実です。やはり、イゼルさんは健康体だったんですね。それならなぜ、リースくんに薬の材料を取りに行かせたのでしょうか。黄金蝶の鱗粉なんて、この辺りでは見ないですし。

「実は、これはエルフの習慣の一つで、成人の儀式のようなものです。上位の万能薬を作る材料を、自らの手で集め、調合することができれば一人前の実力があると認められます」

 ……ん? ということはもしかして、私が黄金蝶の鱗粉を提供しちゃったのってまずかった……?

「あのぉ……」
「言いたい事は分かります。鱗粉を提供してくださったのは貴女なのでしょう。あのような貴重品をポンと渡せるなんて、心の広い方なんですね」
「いえいえ、お気になさらず。それで、リースくんの儀式はどうなるんですか?」
「十分です。本来なら同世代の数人と一緒にクリアする課題なので、そのほとんどを一人でこなしてしまったリース様は合格ラインを超えていますからね」
「へぇー」

 ほぇー、そうだったんですか。パーティー用の課題を一人で達成するなんて……リースくんって結構優秀な人材だったんですね。将来有望株です。

「ちなみに、この後にもう一個だけ課題があって、ミストベアーを討伐する、というものなのですが……」
「それは芳しくない、と」

 どうも歯切れの悪い様子から、あまり良い調子では無いことが分かります。あの時ミストベアーから逃げていたのを見ても、戦うのは苦手なのかもしれませんね。

「そうです。ミストベアーは、弓矢や魔法で目を潰してから畳みかける、というのが定石です。しかし、リース様の魔法特性で、目という小さな的を狙うのに向いておりません。なので、必然的に弓矢を使うことになるのですが、弓矢が苦手なご様子で……材料の収集に家を出るまでは、この大樹の周辺からしばらく出ていなかったんですよ」

 なるほど。まぁ恐らくは、まだ材料が必要だと言ってミストベアーの素材を提示して、戦ってもらおう、という寸法でしょう。要するに、この話はご内密に、という訳ですね。

「どうかこの話は、リース様にはくれぐれもご内密にお願いします。ご助力願えますか?」
「えぇ、構いません」
「あ、申し遅れました。私はボードと申します。ヴァイオレットさん、ご協力感謝します」

 ボードさんと軽い握手を交わし、部屋に戻ると、やや困り顔のイゼルさんと、目をキラキラ輝かせたリースくんがいました。

「ヴァイオレットさん! 僕と一緒にミストベアーを倒してくれませんか?」
「え」

 ……この計画の先行きが不安です。
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