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3.彼女の予言

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 ウェルトの行動には常に意味がある。

「私が死ぬことをリードくんに教えていたら、君は昨日命を落としていた。これは、どう抗っても変えようのない未来だったんだ。だから、言えなくてごめんね?」
「そう、だったんだ。僕が……」

 結局のところ教えてくれなかったのも全てリードを守るため。
 守られることしかできないとリードが嘆く——

「私の命はあと三日。だけど、リードくんと居ることができるのは今が最後です!」

 時間すら残されていないらしい。

「……どう、して?」
「それはね?」

 ウェルトが立ち上がり、リードの額に手を当てる。
 そして耳元に口を近づけ、囁くように言った。

「君が、覚醒するからだよ?」
「それは……どういう——」
「君は私を越える」

 レッドアイの瞳を真っ直ぐと向けて、リードが言い切る前にウェルトがそう重ねた。

 ウェルト・プロッシモは最強だ。

 百人いれば百人そう答えるだろう。
 過去未来全てを見渡す全知全能。
 あらゆる魔法を操る賢者。
 全ての流派を使いこなす剣神。
 全てが彼女を表す言葉だ。

 対して、リードはどうだろうか。
 得意なことは家事全般。
 剣も魔法も一切使えない。
 多すぎる魔力は魔物を呼び寄せる。
 だが、ウェルトは言った。「自分を超える」と。

「次に起きる時、君の世界は変わるだろう。それこそ、商人も衛兵も冒険者も選び放題になるほどに。だからこそ、慢心してはいけない」
「ちょっと待ってよ。覚醒……? 世界が変わる……? 僕にはウェルトさんが何を言ってるのか分からないよ……」

 これまでずっと最弱として生きてきたのだ。
 いきなりそんなことを言われても理解しろという方が難しい。

「その通りだね。でも、今は分からなくてもいい。だから、今から言うことを忘れないで欲しい」

 今まで一度も聞いた事がない真剣な声で、見た事がない真剣な表情でウェルトは言う。

「いいかい? 君は、君の異能を否定しなければいけない時が何度もくる。だけど最も重要なのは、たった一回だ。一回だけ間違えなければいい」
「一回……?」
「そう。その一回ですべてが変わる。君の未来も、歩む道も、何もかもが。足を止めるな、逃げるな。挑め、足掻け、想いを貫け。誇りを持て。決して、惑わされるな」
「足を止めるな……思いを貫け……」
「具体的なことは教えることはできない。だから、こう予言しよう」

——その雫を受け止めろ。想いを叫べ、己を貫け、真実を求めろ。さすれば道は開かれる

 何を言っているのか、何を示しているのかはリードには分からない。少なくとも、今は。
 だから、リードは刻み込む。
 その言葉を。自分が尊敬し、敬愛する彼女の声を、言葉予言を。
 溢れそうになる涙を抑えて胸の奥に刻む。
 彼女がそう言う予言するのだから。

 リードにとってウェルトは絶対だ。
 だから、何度も、確かめるようにその言葉予言を反芻した。
 溢れそうな想いを、零れそうな何かに蓋をして、じっと彼女を見つめる。

「今は分からなくてもいい。だけど最後に、これだけは忘れないで欲しい。誰が言おうと君は私の唯一の弟子だ。そして、大切な息子だ。君は私の宝物だ。だから、笑顔で見送ってくれよ。そんなに、泣きそうな顔をしないでくれよ」

 リードの目からは今にも涙が零れそうなのに、ウェルトは綺麗な笑顔だった。
 目を擦って、無理やり口角を上げる。ギリギリ、何とか笑顔に見える程度の無理をした作り笑い。

「僕は、僕は弱い。最弱ではウェルトさん最強の弟子と呼んでもらえる資格なんてないのかもしれない」

——ウェルトさんは次に僕が何を言うのかも分かっているのだろう。だけど……。いや、だからこそ!

「だから僕はなる。最強に! ウェルトさんを越えてウェルトさんが視た未来にたどり着く!」

 そう、宣言した。
 するとウェルトは嬉しそうに笑いながら言う。

「そっか……。そっか! うん! なれるよ! 君なら! 誰が信じなくても君自身が自分を疑ったとしても私が保証する! だって、この私の息子で弟子なんだから! だからね、【眠れスリープ】」

 直後、不意打ちでかけられた眠りの魔法を——不意打ちでなくても多分避けることができなかっただろう——受けた。

「な……に……を……?」
「ごめんね。君の中の私は変えたくない最強なんだ」

 その時、モンスターの咆哮が遠くから聞こえてきた。

「そん……な……」
「起きたら全てが終わってるから。安心して眠ってくれよ。大丈夫。私がいなくても、これからは君の異能が一生を支えてくれるから。最後に、剣術の練習は欠かさないこと」
「ウェル、ト……さん……。最後が、それって……あんまりだ……」

 リードが完全に眠ったことを確認して、ウェルトは深く息を吐く。

「君を眠らせるのにですら時間がかかってしまった。あぁ、これが衰えるという感覚かぁ」

 のそのそと、森のあちらこちらから現れたモンスター。きっと、ウェルトの腕の中で安らかな表情で眠るこの少年を狙ってやってきたのだろう。
 穏やかな寝顔を眺めながら、彼女は昔を思い出す。この少年リードの記憶には残っていないであろう、出会ったときの記憶。

——たす……けて……?
——嘘……誰!? こんな光景、私は知らないよ!?

「ふふっ。リードくん。君が初めてだったなぁ。未来を改変できる人に出会ったのは」

——名前……? 分からない……。
——君は……。

「私は森で誰とも出会わなかったはずだった。なぜなら、私の【世界目録アカシックレコード】には君はすでに死んでいたはずだったのだから。だから、私が君に名前を付けた」

——君の名前はリードだ。
——リード……? それが僕の……。

 抗えない未来も、死すらも超えて全てを引っ張ってリードして欲しい。
 そんな願いを込めてこの名前を送った。

「唯一の心残りは、君の未来を直接見ることができないことだけど、君のためになら私は喜んで踏み台となろう」

過去を視て、未来をった。——全てが分かってしまった。
変えようと足掻いて、変わらなくて嘆いた。——私は諦めた。だけど、
死んだはずの存在、未来にいなかった希望に出会った。——君が気づかせてくれた。

「そう。未来は変えられる。だからさ。リードくんの未来の邪魔をしないでよ。デカブツがぁ!」
「————ボモォオオオオオオオオ!」

 そこにいたのは一体の醜豚王オークキングとそれに続く無数のモンスター。
 ウェルトはゆらりと立ち上がり、剣を抜いた。

「私は、ウェルト・プロッシモ最強だ」
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