ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ

ひまえび

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第5章――「湖の鎖、石の秤」

第11話――「地峡の百人隊と南からの荷」

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 テノチティトランの西の空が、ゆっくりと赤に沈みかけていた。湖面には細かなうねりが走り、堤防の石段をかすめる波が、時おり薄い泡を残しては砕けている。

 宮殿の高みからその光景を見下ろしながら、アルバロ・デ・モリーナは、堤の先に浮かぶ黒い影に目を細めた。

 湖上を滑るように進んでくるのは、アステカ式の大きなカヌーであった。船べりには板を張り足し、波しぶきよけの布が張られている。その中央には、木枠で固めた箱や、皮袋を詰め込んだ荷台があり、日没前の光を受けて、いくつもの紐と封印が鈍く光っていた。

 先頭の船の舳先には、背の高い男が立っていた。日焼けした肌に、黄土色の外套。胸の前だけは、スペイン式の鎖帷子がのぞいている。風に揺れる黒髪の横顔を見て、アルバロは口の端をわずかに上げた。

「六弟ルイスだな」

 隣に控えていたモクテスマの従兄弟のひとりが、緊張を含んだ声で尋ねる。
「戻ったのは、例の地峡の百人隊でございますか」

「そうだ。百人隊の半分と、地峡からの知らせだな」

 アルバロはそう答えると、踵を返し、内庭へと向かった。夕暮れの光が回廊の柱の間を斜めに切り、床の石に長い影を落としている。

 謁見の間には、すでに侍従たちが香炉を置き、燻る香の煙が薄く漂っていた。壁のモザイクには、湖盆地の地図と、さらに南へ伸びる山地と海が描き込まれている。そこに、まだ誰も見たことのない細い線が、アルバロの手で新しく引き足されつつあった。

 テワンテペク地峡。コアツァコアルコスからサリナ・クルスへ。新大陸の胴を絞る、細い首である。

 やがて、足音が近づいた。
 入口の幕が左右に引かれ、湖から上がったばかりの男が姿を現す。

「兄上」

 ルイス・デ・モリーナは、深く頭を垂れた。旅塵を浴びた外套の裾からは、長い行軍で削られた革靴がのぞく。

 その後ろには、茶色の肌をした若い女が、一歩さがって控えていた。布を幾重にも巻いたスカートに、色糸で刺繍を施した上衣。腰には小さな袋と短刀。黒髪を束ねた額には、地峡の部族特有の模様を彫り込んだ細い額帯が光っている。

「妻イシュタにございます」

 ルイスが簡潔に紹介すると、女は胸の前で手を組み、アステカ式に跪いて額を床に近づけた。

 アルバロは軽くうなずいた。

「よく来たな。顔を上げよ、イシュタ。ここはお前の故郷にとっても、新しい都だ」

 イシュタは、おそるおそる顔を上げ、広い謁見の間を見回した。湖の光を拾う金と翡翠の装飾。壁の地図。柱に掛けられたカスティーリャの旗と、アステカの青い蛇の旗。彼女の視線は、天井近くの梁に飾られたテワンテペクの紋章に一瞬留まり、それからアルバロの顔に戻った。

「お前が地峡の女王になるかどうかは、ルイスの働き次第だ」
 そんな軽口を心の中で転がしながら、アルバロは弟の前に歩み寄った。

「ルイス。良く帰ったな。嬉しいぞ」

「はっ。百人隊、並びに地峡の砦と倉庫、ひとまずの形を整えて戻りました」

 二人は短く抱き合い、すぐに互いの肩を離した。

 アルバロは手で示し、ルイスを地図の前まで導く。壁に描かれた山並みの線は、複数の色で塗り分けられ、最近描き足されたばかりの地峡の部分は、まだ石灰の白が新しかった。

「では聞こう。テワンテペク地峡は、もう我らの支配のもとに固まったか」

「はい」

 ルイスは頷き、従者に合図した。
 背後から、油紙に包んだ巻物と、貝殻を嵌め込んだ木の板が運ばれてくる。巻物を広げると、そこにはコアツァコアルコスからサリナ・クルスまでの川筋と道が、簡潔な線と記号で描かれていた。

「まず、コアツァコアルコス川の渡し場から一日の行程に、小砦と倉庫を置きました」

 ルイスの指が、地図の上を滑っていく。
「この砦には二十人ずつ、槍兵と弩兵を配し、雨季、乾季を問わず荷を預かれるよう、石造りの倉を併設しております。次に、川を離れて山を越える峠道、その中腹に同じく砦と倉庫を一つ。そこからサリナ・クルスへ下る道にも、海岸近くに二つ」

 アルバロはうなり、地図を眺めた。
 細い首に、均等に並ぶ指輪のような砦。そこを通る荷は、必ず途中で一度はモリーナ家の倉庫に入り、兵の目と帳簿を通ることになる。

「砦の周辺の村々は、どういう顔をした」

「最初は槍を持って、山の中からこちらを窺っておりました」

 ルイスの口元に、くっきりとした笑みが浮かんだ。

「ですので、こちらも遠慮なく砲を据え、湖の都から持ってきた青い布と、山刀と、鉄の釘を、いくつかの村の長にだけ配りました」

 「そしてこう申しました」

 ルイスは、そのときの口調を再現するように、少し肩をそらせた。

「この地峡を通る荷は、すべてモリーナ家の秤を通す。通行税を払うなら、お前たちの村は守る。ほかの商人は通さぬ。その代わり、南から来る香り高い木や、色の強い粉や、硬い木の板は、まず我らが買い取る、と」

 アルバロは笑った。

「飢えさせずに搾る、というやつだな」
「はい。通行税は銀ではなく、最初は塩、布、鉄で取り立てています。彼らの村を太らせておけば、運び手も増えますので」

 報告は淡々としていたが、その向こうに長い行軍と交渉の積み重ねが透けて見えた。

 山の雨。ぬかるんだ道。蜘蛛の巣のように張り出した木の根。夜ごとに焚かれる焚き火の煙の向こうで、見知らぬ部族の歌と太鼓の音が聞こえる。

 その一つひとつの村で、槍を立てる男たちと向かい合い、贈り物を差し出し、砲の砲口をちらと見せ、手懐けていった六弟の姿が、具体的な言葉でないまでも、アルバロの脳裏に像を結んでいく。

「太平洋側の港はどうだ」

「サリナ・クルス周辺の入江を、実質的に押さえました」

 ルイスは、貝殻を嵌め込んだ板を差し出した。そこには、小さな港と倉庫の配置が描かれている。

「ここに桟橋を延ばし、帆布をかけた倉庫を置きました。まだカスティーリャ人の船はほとんど来ておりません。代わりに、南から小さな船がいくつも上ってきます」

「そこから何が運ばれている」

「香料になる樹皮や、赤い染料の粉。硬くて重い黒い木。鳥の羽根。今までテノチティトランにほとんど入ってこなかった品々です」

 その言葉に合わせるように、従者たちがいくつかの箱の封を切った。
 箱の中から立ちのぼる匂いが、謁見の間の香の匂いと混じる。湿った樹皮の辛い香り。黄色い実を干したような甘さ。粉末にした何かの、鼻を刺すような鋭い風味。

 モクテスマの従兄弟たちは思わず顔をしかめ、しかし興味深そうに箱の中を覗き込む。

「これらは、南の海の国々で高く売れると聞いております」
 ルイスは淡々と続けた。
「逆に、我らの湖の都の品――織物、金と銀の細工、青い石。そうしたものを地峡に集めておけば、往復の荷が途切れません。

 そこで問題になるのが、誰に荷を運ばせるかでした」
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